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47 弓の名手に教わります

 勇者一行は3日ほど滞在するという事なので旭は弓使いのテリーに手ほどきを受ける事になった。


 一流の弓使いに習えば少しは上達するかもしれないと期待に小さな胸を膨らませながら旭は歩みを進める。サクヤも勇者エアハルトが両手剣使いなので指導を受けているらしい。


「テリー、これが終わったらデートしましょう?」


「アザミずるい!テリーは私とデートするの!」


 待ち合わせ場所の訓練場に辿り着くと、双剣使いのアザミとエルフのロベリアがテリーを取り合っていた。


 勇者一行は男女それぞれ2人いるパーティーだから、もしかすると彼らは2組のカップルなのかもしれないと旭は勘繰っていたが、まさか勇者そっちのけで女性達が弓使いを取り合っているとは思いもしなかった。


 そんな憐れな勇者は訓練場の片隅でサクヤの素振りを熱心に指導して現実逃避をしていていた。


 指導者がお取り込み中ならばと旭は真剣な眼差しで漆黒の両手剣を素振りするサクヤに見惚れた。最近は食生活の改善の成果が現れて一回り逞しくなって来たし、声変わりが始まり喉に負担をかけない為か、少し無口になったのが相まって大人っぽくなっていた。


「はあ、私の許嫁がカッコ良すぎる…」


 うっとりとサクヤを見つめて旭が有意義な時間を過ごしていると、不意に後頭部に強い衝撃を受けた。


「痛っ…」


「何サボってるんだ」


 背後を振り向くと、兄が呆れた声で左拳を掲げていた。今日は義姉も一緒で、仲良く腕を組んでいたが、夫の暴挙に目を丸くしていた。


「お兄ちゃん!酷い!今グーで殴ったよね?」


「手加減はした」


「凄く痛かったんだけど⁉︎頭凹んだらどうすんのよー!」


 殴られた後頭部を摩って旭は非難する。


「ごめんね、痛かったよね…あなたも旭ちゃんに謝って。女の子の頭を殴るなんて最低!」


 涙目の義妹の頭を撫でてから、命は夫を睨みつけて抗議した。


「ごめんなさい」


 全く心のこもっていない抑揚の無い声で謝る兄を旭は忌々しく思いながらもサボってたのは事実なので、許してやる事にした。


「お腹の赤ちゃん元気?」


「うん、毎日元気にお腹を蹴ってるよ。今日は暦様に新しい炎耐性の腕輪を頂きに来たついでに旭ちゃんとサクヤ様の頑張りと、テリーさんの弓捌きを見学に来たんだ」


「テリーさんてそんなに凄い弓使いなの?」


「そりゃあ勇者が背中を預けるんだから凄腕でしょう。それに実践経験が豊富だから、見るだけでも学ぶ事が沢山あるし、教えるのも上手いよ」


 昔戦闘を見たし、アドバイスも貰ったと楽しそうに話してくれる義姉に対して兄は嫉妬からか、つまらなさそうにしていたのが印象的で、旭は必死に笑いを堪えた。


 後から売店で買ったお菓子を持ったクオンとセツナがマイトに連れられて合流した所で兄家族は場外のベンチに座り、結界を張った。今日は遠くから見学をするらしい。彼らだけで無く、他にも勇者一行の戦いぶりに興味のある神子や神官達が集まっている。



「おはようございます、本日はご指導を宜しくお願いします」


 正直話しかけづらかったが、仕方なく旭はテリー達に挨拶をして頭を下げると、女性陣達から一瞬鋭い視線を浴びた。


 肩身の狭い気持ちで旭は早速弓の指導を受ける。まずはいつもの様に的を目指して弓で矢を射った。矢は的の右上を少しだけ掠めて壁に刺さった。


「なるほど、君は矢を射る時にいつも左に重心が偏っていると言われているだろう?」


「はい、お義姉ちゃんと弓の先生によく言われてます」


「君はそのアドバイスを大事にするあまり、射る瞬間に右に重心を傾ける癖が出来ている」


「え、そうだったんだ…全然気付かなかったな」


 無意識に軌道修正したつもりだったのかもしれないが、裏目に出てしまった様だ。旭はテリーの洞察力に感心しつつ、どうしたら改善されるか助言を貰ってから再び矢を放つと、今度は的の真ん中を射る事ができた。


 他にも動いている的の狙い方も教えてもらい実践すると上手く当てる事が出来て、テリーの指導は旭の大きな自信へと繋がった。


「ありがとうございました!」


 特訓を終えて旭は充実した笑顔でテリーにお礼をした。相変わらずアザミとロベリアの視線は鋭かったが、一仕事を終えたテリーの争奪戦が始まった隙に兄家族の結界に入れてもらい、一緒にサクヤと勇者の修行を見守る事にした。


「お疲れ様、頑張ってたね!」


「えへへ、お義姉ちゃんありがとう!」


 義姉に褒められて抱き着きたい気持ちを抑えつつ、旭は右隣に座って寄り添った。


「アザミさんとロベリアさんだっけ?凄いね、よくあんな格好で戦えるなあ…」


 言われてみればアザミはビキニタイプの防具に太ももが露わになったショートパンツにニーハイブーツ、ロベリアは胸の半分が露出して、腰の辺りまでスリットが入ったローブと目のやり場に困る格好だった。


「確かにあれ絶対おっぱい丸見えになっちゃうよね…めっちゃ揺れてるし、ロベリアさんに至ってはパンツの紐見えてる…冒険者の女性てみんなああなの?お義姉ちゃんもギルドの依頼受ける時とかあんな格好してた?」


 素朴な疑問を投げかける義妹に命は首をブンブンと振った。義姉なら露出度の高い戦闘服が似合いそうなのにと旭は内心ガッカリする。


「私はあまりギルドの依頼受けた事なかったし、実力も外見も自信無かったし、基本的に旭ちゃんと狩りに行く時と同じ格好だよ」


「あー、あの露出度がゼロで胸当てと腰巻きのせいでお義姉ちゃんの魅力が死んでる超地味な格好ね…」


「そんな風に思ってたんだ…と、まあ露出度の高い戦闘服を着ている人はそれだけ腕に自信がある証拠なんだよ」


「なるほど、確かに敵からダメージを喰らわないからエッチな格好でも平気だと考えたら、手練れなんだと理解出来るよね」


 それにしても魅惑的過ぎて目が離せない。旭が周囲を見渡すと、他の見学者も同じの様で、アザミとロベリアに釘付けになっていた。


「お兄ちゃんはアザミさんとロベリアさん、どっちが好み?」


「どうでもいい」


 サクヤとエアハルトの手合わせに視線を向けたままトキワは興味なさげに返事をする。


「ねえ、お兄ちゃんて女の人に興味無いの?」


「うーん…こう見えて結構真面目だから、私以外の女性に鼻の下を伸ばすのは浮気だと思ってるのかも」


「ほえー」


 意外な兄の素顔に驚きつつ、旭もサクヤに注目する。必死に食らい付いているが、エアハルトは余裕の表情だった。


 結局力負けしてサクヤは膝を突いてしまった。エアハルトが差し伸べた手を取り立ち上がり、2人で旭達の元へ近づいて来た。


「サクちゃん、お疲れ様!」


 特訓を終えた許嫁に旭は持っていたタオルを差し出した。汗を拭う姿もまた素晴らしいと口元が弛む。


「勇者様と戦うサクヤ兄ちゃんカッコよかった!」


「さっくんカッコいい!」


 クオンとセツナも普段遊んでもらっているサクヤの健闘を称える。応援してくれる人間がいないエアハルトは寂しそうに佇んでいた。


「…流石勇者様、お強いですね」


 空気を読んだ命の優しさでエアハルトは立ち直ると、気を良くしてトキワに視線を向けた。


「よしトキワ君、今日こそお手合わせ願おうか!」


「あー、すみません。今妻の手を離したら産気づいちゃうから無理です」


 手を上げて見せつけるまで気付かなかったが、兄は義姉と仲良く指を絡めて手を握っていたようだ。案外ラブラブなんだなと思いつつ、旭は少し憧れを感じた。


「予定日まだ先なんだし、そんなわけないでしょう…クオン、セツナ、お父さんが勇者様と戦ってる所見たいよね!」


「うん!僕、父さんが勇者様と戦う所見たい!」


「みたーい!」


 訳の分からぬ事を言う夫に呆れつつ、命は子供達を盾に勇者との戦いをけしかけた。


「我も風の神子代行の勇姿が見たいぞ!」


「いや、でも武器持って来てないし」


「そのボケはもう聞き飽きたから!それとも可愛い奥さんと子供達の前で負けて恥かきたくないのかな?」


 エアハルトの挑発に乗るつもりはなかったが、期待に満ちた我が子達と弟子の眼差しに応えるため、トキワは渋々妻の手を離して立ち上がった。


「ここ最近、仕事と家事と子育てと夫婦の営みが充実してて修行が疎かになってるから期待しないで」


「クソ、幸せアピールしやがって!手加減はしないからな!」


 怨念を吐きながらも手合わせに応じて貰えて気分を高揚させたエアハルトはトキワと共に訓練場の中央へと移動した。


「父さん頑張れー!」


「がんばれー!」


「トキワ、絶対勝ってね!」


 妻子からの応援にトキワは手を振って応えてから左耳のピアスに触れて両手剣を手にした。


「どっちが勝つと思う?」


 兄と勇者、両方と手合わせをしたサクヤに問いかければ、サクヤは腕を組みしばらく考え込んでから口を開いた。


「個人的には代行を応援したいが、恐らくは勇者殿が勝つだろう。彼は代行より経験豊富だと見受けられる」


「確かに世界中を旅して魔物を退治してるし、魔王を倒さなきゃいけない人だからね」


 勇者と神殿指折りの戦闘力を誇る風の神子代行の手合わせは訓練場にいた者全員の注目を浴び、アザミとロベリアも手を止めていた。


「さあ、かかってこい!」


 余裕の表情でエアハルトはトキワに先手を譲った。トキワは受けて立つと言わんばかりに両手剣を構えてエアハルトに挑んだ。


 互いに剣撃を浴びせ合う2人に周囲は息を呑んで見守る。滅多に見ない兄の闘志に満ちた表情に旭は手に汗を握る。ふと隣の義姉を見遣れば、心配そうに指を組んで見つめていた。


「思えば君との手合わせは初めてだね!なんか感慨深いよ」


 心底嬉しそうに剣を振るエアハルトに押され気味になっている兄に旭は見ていられず目を覆いたくなったが、クオンとセツナの声援に負けじと声を張った。


「痛っ…ごめん旭ちゃん、一緒に来てくれるかな?ちょっとお腹が張ってるから休みたいの…」


 痛みに顔を歪めて介助を頼む義姉に旭は焦り、何度も頷きそっと寄り添い立ち上がった。


「どうしたの?」


「え、お兄ちゃん何で…⁉︎」


 勇者と手合わせ中の筈である兄がまるで瞬間移動のように駆けつけて来たので、旭は度肝を抜かれた。


「少しお腹が張ったから休もうと思っただけ」


「分かった行こう」


 苦しそうに説明した妻をトキワは横抱きすると、颯爽と訓練場から出て行った。あまりに突然の事で旭は一体何が起きたのか分からず、本来兄がいた筈の場所に注目すると、エアハルトが顔を地面に伏して尻を突き上げた状態で戦闘不能状態となっていた。


「サクちゃん、どうしてこんな事になったの?」


「動きが速過ぎたので推測に過ぎないが、闇の眷属を宿し者の不調に気付いた風の神子代行が勇者殿に何やら吹き込んで、手痛い一撃を喰らわせた後に高速移動でこちらに来たと思われる」


 手合わせの一部始終を見ていたであろうサクヤでさえ状況を把握出来なかった様だ。


「やった!父さんが勝った!」


「おとうさんすごい!」


 しかしトキワが勝利した事は明白で、クオンとセツナは父親を無邪気に喜んでいた。


「1つだけ分かっている事がある」


「なあに?」


 確信を持ったサクヤの声色に旭は首を傾げる。


「風の神子代行は大切な人を守る為に強さを発揮したという事だ」


 以前自分に語ってくれた師の言葉を思い出したサクヤはようやく意味が分かった気がした。


 誰を守る為に強くなりたいのかを見失ってはいけない。サクヤはそう胸に刻み込んでから、誰も手を差し伸べてくれない憐れな勇者の救護に向かった。


「大切な人を守る為の強さか…」


 自分はいつかサクヤにとってそんな存在になれるのだろうか。今は自信が無いけれどいつか必ずそうなりたいと願いながら旭も勇者救護の手伝いをする為サクヤの後を追った。


 


 

 


 

登場人物メモ

テリー

32歳 髪色 ベージュ 目の色 青

 エアハルトの幼馴染みで旅の仲間の弓使い。引退した仲間に代わりエアハルトの保護者的存在を担う様になってから毎日胃の痛みに悩まされている。

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