46 勇者様御一行を歓迎します
いつもならこの時期は大きな行事も無く神殿内はのんびりしているのだが、今日は様子が違った。朝から神官達が慌ただしく往来して清掃された精霊の間に並べられた円卓には上質なテーブルクロスが敷かれて、豪華な料理が並んでいた。
この様なセッティングが精霊の間に為されるのは普通神子の結婚パーティーを行う場合だが、今日は神殿に勇者一行が訪問する為神殿一丸となってもてなす事になっている。
何故こんな辺境の地に世界的な有名人が来るのかというと、光の神子と勇者が文通友達だからだそうだ。旭は祖母の交友関係の広さに驚きつつ、菫と2人で仲良く美容室でヘアアレンジをしてもらった。
「ねえ旭知ってる?10年以上前、魔王が神殿を襲撃した時、勇者一行と銀髪持ちの神子達で戦闘不能状態まで追い込んで撃退した話は有名だけど、それがキッカケで勇者の仲間の刀使いとアラタさんのお姉さんが恋に落ちて結婚したんですって!」
すっかり元気になった菫の話に旭はテンションが上がった。アラタの姉とは去年の梢の結婚式以降面識が無いが、それでも知っている人間のロマンスに胸をときめかせた。
「一緒に戦って愛が芽生えるなんてロマンティック…でもそこは勇者様じゃないんだね」
最後に勇者が村を訪れたのはだいぶ前らしく、旭の記憶にも無かった。紫が言うには勇者の名はエアハルト、現在33歳と良く言えば脂の乗った年齢だ。
漆黒の髪の毛と整った顔立ちは世の女性を虜にしているらしい。写真を見た事があるが、確かに美男子だが、個人的にはサクヤの方が好みだし、兄の方が美形だと思った。
ちなみに勇者ならお姫様とかと結婚してそうなイメージだが、未だに独身らしい。
「もし勇者様に見初められたらどうする?」
「断るに決まってるじゃない!私はアラタさん一筋ですから!旭こそ、もし光の神子がサクヤとの許嫁を解消して勇者と結婚しろって言われたらどうするのよ?」
「それが一番怖い…私は嫌だって言えるけど、サクちゃんはおばあちゃんの言う事なら従いそうだし…」
サクヤは育ての親である光の神子に陶酔している節があるので、彼女の言う事は何でも従う気がした。だからこそ早くサクヤには旭に恋愛感情を持って貰い、許嫁だからではなく、1人の女の子として見て欲しい願望があった。
「ま、私達みたいな子供を見初めたら勇者様はとんでもないロリコンよねー!」
「そんな事言ったらアラタさんはどうなるの…菫と12も離れてるじゃん」
「アラタさんは未だ20代よ!30代の勇者様と一緒にしないで!」
どうやら菫の中で20代と30代の壁は大きいらしい。旭も流石に30代の男性は恋愛対象外だと思いつつも、サクヤは30代になってもきっと素敵に違いないと妄想した。
支度が済んだ旭と菫は精霊の間へと向かった。既にテーブルセッティングは完了していて、関係者が集結していた。旭はサクヤを見つけると駆け寄って腕を取った。
「サクちゃーん、好き好き」
「お前、何サクヤにイチャついてるんだ?」
近くにいた兄に呆れられるも旭はサクヤの腕にしがみついたまま反論する。
「勇者様にサクちゃんとのラブラブぶりをアピールして惚れられないようにしなきゃと思って!」
「いくら女日照りの勇者でも子供には手を出さな…いや、アイツならありえるか?」
「風の神子代行は勇者と旧知の仲なのか?」
「残念ながらね…」
苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる兄の様子から勇者との仲はあまり良くなさそうだ。
「父さーん、ひいばあちゃんがお小遣いくれた!」
セツナの手を引きクオンが金貨をこちらに向けて報告に来た。どうやら甥っ子達も勇者一行をもてなすらしい。
「よかったな、お礼は言ったか?この調子で勇者様からも貰うんだぞ」
この場に甥っ子達の母親がいたら叱られるような意地汚い発言をする兄を旭は白い目で見た。
「今日は闇の眷属を宿し者はいないのか?」
「うん、お母さんはお腹の赤ちゃんとおばあちゃんちでお留守番」
子供達を連れて食事をこちらで済ませて、身重の妻には無理をさせず実家でゆっくりさせるという算段のようだ。そう考えると兄は案外良い父親で夫なのかもしれないと旭は少し見直した。
このように賑やかしとして神子の家族を呼ぶ事が許可されている様だが、アラタは現在交際中の女性の静を同伴させていた。やや公私混同の気もするが結婚前提だと考えたら問題ないのかもしれない。
「アラタさんの彼女、なかなかの美人だね。おっぱいの大きさは普通かな」
静を品定めしていると、菫がアラタの元へ突撃していた。これは修羅場の予感と旭がワクワクしていると、勇者一行到着の知らせが来た。代表格の神子達は光の神子の元へ集結して待つ事となった。
神官が精霊の間の扉を開けると、勇者一行が入って来た。旭はお辞儀をした状態でこっそりとその姿を盗み見ると、勇者エアハルトは写真と変わらない黒髪短髪で、アメジスト色の意思が強そうな瞳が印象的な美丈夫だった。仲間は同年代の細身の弓使いの男と、赤毛のポニーテールの双剣使いの女性、長杖を手にした美しいエルフの女性だった。
エルフは物語だけの存在だと思っていた旭は驚きを隠せず、自分がどれだけ世界を知らないかと痛感した。
「お久しぶりです。光の神子」
「ようこそ勇者エアハルトとその仲間よ。長旅でお疲れでしょう?ゆっくり休まれて下さいね」
「ありがとうございます」
代表して光の神子とエアハルトが言葉を交わしてから勇者一行歓迎会が始まった。立食形式のパーティーで参加者達が歓談を楽しむ中で旭はサクヤと腕を組んで祖父母と勇者との会話を聞いていた。
「この子が私の息子と孫よ。サクヤ、旭、ご挨拶しなさい」
「初めまして勇者様。私は闇の神子、名はサクヤと申します」
「は、初めまして、風の神子の旭です」
神子仕様の挨拶をするサクヤに旭も続けて挨拶すると、エアハルトからの熱い視線を感じて、もしや一目惚れされたのかと警戒した。
「君はトキワきゅんの妹ちゃんだよね?フフフ、すごい美少女だ!」
鼻の下を伸ばして端正な顔立ちを台無しにしているエアハルトに旭は身震いをしてサクヤの背中にそっと隠れた。
「ごめんなさい、この子はサクヤの許嫁だから花嫁候補は別の子にしてね」
祖母のフォローに安堵して旭がエアハルトの様子を窺うと、明らかに落胆した表情をしていたので口角を引き攣らせた。
会話に困ってぶどうジュースを飲んで誤魔化していると、セツナが勇者に興味を持ったのか、クオンと共に駆け寄って来た。トキワも近くで見守っている。
「すごーい!ほんもののゆうしゃさまだ!カッコいい!」
目をキラキラと輝かせて称えるセツナにエアハルトは復活して、しゃがんで目線を合わせると、セツナの銀髪頭を撫でた。クオンも尊敬の眼差しを向けている。
「君達はトキワ君のお子さんかな?2人ともパパそっくりだねー」
「ありがとう勇者様!」
普段母親似としか言われてないクオンは初めて父親似と言われて気分を良くして満面の笑みを浮かべた。完全に子供達の心を掴んだ勇者に旭は感心した。
「あのねゆうしゃさま!ぼく、もうすぐおにいちゃんになるんだよー!」
「え⁉︎そうなんだ、楽しみだね!」
誇らしげに自慢するセツナにエアハルトは同調しつつも、本日不在の彼らの母親の姿を想像して鼻息を荒くした。
「…はあ、腹ボテ命たんとかどちゃくそシコい…ただでさえエロい体してるからなあ…」
小声で呟いたのに聞き逃さなかったトキワが殺気だった視線で睨みつけて来たので、エアハルトは気まずそうに視線を泳がせた。
「あはは、2人とも本当可愛いね!よし、お小遣いをあげよう。これでお菓子でも買ってね」
失言を誤魔化す様にエアハルトは懐からずっしりと金貨の入った袋を取り出すと、まるごとクオンに持たせた。
「わあ、こんなにたくさん…ありがとうございます!お父さん!勇者様がお小遣いくれた」
「良かったね、勇者様ありがとうございまーす」
子供を使って上手いこと金を巻き上げたトキワはこれでお菓子と生まれてくる赤ちゃんのおしめを買おうと提案してからクオンとセツナを連れて食事を再開した。
「ごめんなさいね、トキワは昔からお金に汚くて」
「よく存じ上げております…」
謝る光の神子に対してエアハルトは苦笑いを浮かべた後にサクヤと向き直った。
「君は強い闇の力を持っているね。僕には見える」
「闇の精霊と契約していますので、その影響だと思います」
「…そうかもしれない。今は制御出来ているみたいだけれど、闇属性は他より精神力をかなり使うから、闇の力に飲み込まれてしまわない様に気をつけて。辛い時は大切な人の事を思い浮かべるんだよ」
「御助言に感謝します」
恭しくお辞儀をして勇者のアドバイスにサクヤは感謝すると、光の神子から下がっていいと言われたので旭と共にその場を去った。
「どうだった?うちの子は」
「間違いありません」
「そう…」
何かについて断言するエアハルトに光の神子は複雑な表情を浮かべると、無邪気に料理を食べさせて合いっこしている旭とサクヤに視線を移してから目を伏せ、この平和な日常がいつまでも続く事を心から願った。
当時人物メモ
エアハルト
33歳 髪の色 黒 目の色 紫 闇以外の属性を使いこなす
この世界の勇者。女好きだけどモテなくて恋人がいた事がない。光の神子とは文通友達。