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45 本家本元に振る舞います

「サクちゃん、遂にあの計画が始動よ…!」


「フッ、遂にその時が来たか…」


 春が来てポカポカ陽気が差し込むバルコニーで旭はサクヤと共に不敵な笑みを浮かべていた。今度は一体どんな事をしでかすのか、側近の雫はティーポットにお湯を注ぎながら胃の痛みを感じた。


「再来週はお義姉ちゃんの誕生日!当日は無理かもしれないけど、私達の作ったハンバーグを振る舞ってお祝いします!」


 以前、義姉のハンバーグのレシピを習得してから旭とサクヤの目標だった本家本元に振る舞うという作戦を旭は実行する事を宣言した。


「お兄ちゃんに食べさせた後、月に1回は感覚を忘れない様に作っていたから味に自信があるし、絶対お義姉ちゃんも喜んでくれるはずよ!」


「そうだな、我が包丁捌きを披露する時が来た様だな!して、どうやって闇の眷属を生みし者を誘き寄せるのだ?」


 去年は比較的会っていた方だが、元々義姉とは年に数回しか顔を合わせていない。平日は仕事が忙しいのと、休日は家族優先だという事情があるから仕方がないのだが、旭はせめて月に1回は会いたいと願っていた。


「招待状を出そうと思ってるの」


「なるほど、しかし風の神子代行は招待状を闇の眷属を生みし者に届けてくれるだろうか?彼は我らの料理を危険視している故に配偶者に食べさせる様な真似をする様には思えない」


 兄にハンバーグを振舞った際、サクヤが蛇の内蔵の粉末を入れた事により大不評を買った事を旭は勿論覚えていたので、他の手段を考えていた。


「普通に郵便で出すの!しかも自宅じゃなくお義姉ちゃんの勤務先にね!」


「そう来たか!それならば代行の目に触れる事無く闇の眷属を生みし者に招待状が届くというわけだ。考えた物だな」


 許嫁に褒められて旭は誇らしげに胸を張り、招待状の文面を2人で考えて作成すると、封筒に義姉の勤務先の住所を記入してから郵便屋に託した。



 ***



 義姉と手紙のやり取りを交わすこと数日、誕生日会は本日の昼からになった。毎週この日は義姉は午後からお休みを貰っていて、ちょうど春休みのクオンとセツナと一緒に神殿に伺うそうだ。


 旭とサクヤは朝から張り切って調理場を借りてハンバーグの準備をした。他の料理も覚えて作ろうか考えもしたが、下手に手を出して失敗しては誕生日会が台無しになるかもしれないと雫から止められたので、ハンバーグ以外は食堂の料理を調達する事になった。


 余計な物を加えないを合言葉にハンバーグは順調に仕上がり、後は焼くだけとなった所で約束の時間が近づいてきたので、旭とサクヤは片付けをしてから待ち合わせ場所の中庭のバラ園に向かった。


 バラ園のベンチでしばらく待っていると、クオンとセツナが仲良く手を繋いで歩いていて、その後ろを命がゆっくりついてきていた。


「お義姉ちゃん!久しぶり!」


 義姉の顔を見るなり旭は突撃したが、甥っ子達に抱きつかれ行手を阻まれた。


「旭姉ちゃん、いきなり母さんに抱きついちゃダメだよ!」


「ダメー!」


 いきなり抱きついているのはそっちなのにと思いつつ旭が物欲しそうに義姉に視線を移すと、ある変化に気がついた。


「お義姉ちゃん、太った?」


 以前会った時よりお腹周りがふっくらしている義姉に旭が率直な感想を述べると、甥っ子達から笑い声が起きた。


「まあそれもあるんだけど、今お腹の中に闇の眷属がいるんだ」


 そう言って優しい表情で自身のお腹を撫でる義姉に旭は一体何を言っているか分からなかったが、次第に義姉が妊娠していると理解して目を大きく見開いた。


「お、おおおおめでとうっ!!え?いつの間に?女の子?男の子ぉー?」


 甥っ子達に抱きつかれたまま、興奮気味に旭は矢継ぎ早に祝福と質問を投げつけた。


「落ち着け風の神子よ、闇の眷属を宿し者に立ち話はよくない。宴の会場へ参るぞ」


 サクヤの言葉で旭は冷静になり、主役である義姉達を風の神子の間へとエスコートした。


「えーと、妊娠が分かったのは反神殿組織に誘拐された3日後だったかな?夜中に高熱が出て、体から火が出そうな位熱かったんだよね」


 まるで他人事のように話すが、当時は相当辛かっただろうと、旭は自分が熱を出した時の事を思い出しながら義姉を心の中で労わる。


「で、勤務先の診療所に行って先生に診てもらった際にある症例を思い出してくれたの」


「何か別の病を併発していたのか?」


 サクヤの疑問に命は手を振り話を続ける。


「魔力が高い炎属性の子供を孕った妊婦は高熱に苦しむという症例でね、妊婦が炎属性だったら耐性があるから問題無く産めるらしいけど、私は水と風だからこのままだと体が持たず母子共に死ぬだろうって言われたの」


 軽い口調で話しているが、もし医者が気が付かなかったら義姉とお腹の子供はここにいなかったということだ。旭は彼女の叔母である医者に心から感謝した。


「もうダメかと思ったけど、一緒にいたこの子達のお父さんが炎属性じゃないのに炎の神子を2人も産んでピンピンしている奴がいたなとか言って私を連れて急遽神殿に行きました」


「そっか、おばあちゃんはママと暦ちゃん…炎の神子のママだもんね!」


 医者の話が本当なら祖母も母と叔母を孕った際、いくら光の神子とはいえ高熱に悩まされた筈だ。


「うん、それで光の神子に教えを請うた結果、暦さんに強力な炎耐性の付与効果が付いた腕輪を用意してもらって嵌めたら熱が収まって一件落着!そして現在に至ります」


 そう言って命は左手に光る腕輪を掲げた。終始軽い口調だったが、そんな大騒動が真夜中の神殿で起きていたなんて旭は全く気付かなかった。正月に抱き着こうとして兄に阻まれたのも、身重だった義姉を守るためだったのかと今なら理解出来た。


「つまりは次の闇の眷属は炎属性だという事だな」


「そういう事だね。普通赤ちゃんの属性が分かるのは生後1ヶ月位なんだけど、魔力が高い炎属性の子は特殊みたい」


「じゃあこの子は将来の炎の神子なんだね!楽しみだなー」


 炎の神子は風の神子に次いで後継者不足が悩まれる属性だ。代表の暦には子供がいない上に、次席と三席も高齢で近親者に神子レベルの炎の使い手はいなかった。となると生まれてくる子供は喉から手が出るほど欲しい人材である。


「私としてはこの子には自分の道を選んで欲しいんだけど、今回ばかりは神殿に大きな借りを作っちゃったから成長したら朝夕の礼拝だけでも覚えてもらう様約束されちゃった…」


 流石策士の祖母といった所だろうか、旭は生まれてくる甥か姪に同情しつつ、もし神子になったら先輩として力になろうと決意した。


 事情が分かった所で旭とサクヤは調理場へ向かい、ハンバーグを焼き上げて雫に他の料理を温めて貰って準備を済ませると、料理をカートに乗せて再び風の神子の間に戻った。


「わあすごい!これ全部2人で作ったの?」


「ううん、ハンバーグだけ。このハンバーグはお義姉ちゃんのレシピをパパから教えてもらったやつなんだよー」


「えー、なんか恥ずかしいな。残り物とか使ってるのに…」


「恥じる事は無いぞ。このハンバーグのレシピは食堂の賄いとして定番化して好評だからな」


「そうなんだ…知らない所で随分と活躍してるんだね」


 照れ臭そうに笑いながら命は自分が母親から受け継いだ料理を義妹達に作って貰えた事に喜びを感じた。


「さあ、冷めない内に食べよう!」


 旭とサクヤも食卓に着くと、一同で食事の挨拶をしてから少し遅めのランチタイムを楽しもうとしたが、突如乱暴にドアが開かれて旭はビクリと肩を震わせてから来訪者に注目した。


「お、お兄ちゃん…どうしてここに?」


 泥だらけの仕事着に頭にタオルを巻いたトキワが顔面蒼白で息を荒げながらズカズカとこちらにやって来て、妻の顔を見るなり力が抜けたようにその場にしゃがみ込んで、大きなため息を吐いた。


「はあっ…心配させないでよ…」


「あはは、ごめんなさい。ちょっと旭ちゃん達に会いたくて」


「何も言わずに神殿に行ってたら何かあったと思うでしょう?」


「そうだね、本当にごめんなさい」


 気まずそうに笑いながら命は手を伸ばして夫の頭を優しく撫でた。


「…無事で良かった」


「うん、心配してくれてありがとう」


 あそこまで動揺した兄を旭は初めて見た気がした。それだけ義姉とお腹の子供の事を大事に思っているのだなと感心する一方でこの事態を起こした自分にどんな仕打ちが待っているのかと怯えた。


「でも仕事中なのによくここにいるって分かったね。もしかしてサボってた?」


 融合分裂を交わした夫婦は互いの位置を確認出来るというが、仕事中にそんな事が出来るはずないと指摘する妻にトキワは首を振った。


「どんな時でも居場所が判る様に常に魔術を発動しているだけだよ」


「うわ、束縛強過ぎ!」


 サラリと高等魔術を変な事に使う兄に対して旭が思わず本音を漏らすと、兄からの鋭い視線を感じて背筋が凍った。


「もしかして旭が俺に黙って会いに来いって頼んだの?」


 正にその通りだったが、旭は恐怖で首を縦に振る事が出来なかった。


「提案したのは我だ。闇の眷属を宿し者に我と風の神子の手料理を振る舞いたかったのだ」


 旭を庇う様にサクヤが事情を説明する。優しい許嫁に旭は感激で涙が出そうだった。


「もしかしてあの不味いハンバーグを⁉︎」


 トキワは焦りの表情を浮かべて食卓に並ぶ料理に視線を移す。まだ手をつけられていない様子だったので安堵すると、旭とサクヤを交互に睨みつけた。


「あんな物喰わせてもしもの事があったらどうするつもりだったんだ⁉︎」


「あれから我も反省して余計な物は入れていないから問題ない。なんだったら我々が先に味見をしよう」


 旭に目配せをしてからサクヤはナイフとフォークを手にハンバーグを口にした。旭もそれに続く。


「うん!美味しい!修行の成果が出てる!」


「うむ、記載された材料のみで作ったからな」


 自画自賛する旭とサクヤに未だ疑いの眼差しを向けている夫に対して命は苦笑しつつ自らも食べようとしたが、フォークを持っていた腕をトキワに掴まれてハンバーグを先に食べられてしまった。


「…問題無さそうだな」


 まるで毒見の様な兄の物言いに旭は失敬だと思いつつ、クオンとセツナにも料理を勧めた。長い事お預けを食らっていた甥っ子達は目を輝かせて料理に手をつけた。命もセツナのハンバーグを食べやすいサイズに切ってあげてから、自分のハンバーグをようやく口に運んだ。


「おいしい!母さんのと同じくらいおいしいよ!」


 ハンバーグを絶賛するクオンに場の空気が一気に明るくなる。セツナもおいしいと喜んでいる。


「本当おいしいね。旭ちゃん、サクヤ様、ありがとう」


 慈悲深い命の笑顔を見て旭とサクヤは目標が達成されたと確信した。


「仕事が終わったら迎えに行くから」


「はいはい、待ってまーす」


 妻の無事を確認したトキワは仕事の途中だったので戻って行った。



「お兄ちゃんて意外と過保護なんだね」


 これまで義姉に対して素っ気ないと思っていたが、時折見せる仕草から兄は義姉を大切にしていると旭は最近感じる様になった。


「我の生みの親は過保護では無かっただろうな…」


 ボソリとサクヤが記憶にない生みの父親について投げやりな言葉を口にした。生まれて直ぐに神殿に捨てた親なのだからサクヤは望まれて生まれてきた子供では無いのかもしれない。


 旭はかける言葉が見つからず戸惑っていると、命が席を立ってサクヤに歩み寄り後ろからそっと抱き締めた。


「もしサクヤ様が私達の子供だったら過保護だったよ…神殿の皆そう思ってるよ。大好きだよ、サクヤ様」


 サクヤの生みの親を貶す事なく命は自分の気持ちだけを伝えた。


「僕もサクヤ兄ちゃん大好き!」


「ぼくも!」


 母に続く様にクオンとセツナもサクヤに抱き着く。旭もこの流れに乗って許嫁に抱きついた。


「サクちゃん大好きだよ!」


「…我は皆を抱き締めたくなった。これが大好きという気持ちだろうか?」


「そうだよ!」


「つまりこれは恋心というものか」


「それはちょっと違うかな?多分家族愛だよ」


「家族愛…なるほど腑に落ちた気がするぞ」


 好きという気持ちに鈍感なサクヤにとっては進歩だが、恋心を理解するのはまだ難しいようだ。


「あのね、サクちゃんは今恋心を探求中なの!お義姉ちゃんは恋心てどんなのだと思う?」


 この勢いでサクヤに恋心を学ばせようと旭は義姉にアドバイスを求めた。命は一旦サクヤから離れて席に戻ると少し困った様な表情を浮かべて考えた。


「何かにつけてその人の事ばかり考えていたらそうなのかな?」


 義姉の言葉に旭は強く共感して何度も頷いた。事あるごとにサクヤならどうだろうと考える事が日に何度もあったからだ。


「なるほど…それが恋心…」


 命の言葉に感銘を受けたサクヤは自分に今そんな人物がいるだろうかと思い浮かべるが、該当する人物に心当たりが無かった。ただそれを口にしたら旭が悲しむという事は何となく分かっていたので、これ以上は何も言わなかった。


 食後はケーキとお茶を楽しんで旭とサクヤの計画した命の誕生日会は大成功となった。夕方には宣言通り仕事を終えたトキワが迎えに来て一家は帰って行った。旭とサクヤは手を振り見送った。


「私達もいつか幸せな家庭を築けるのかな?」


 恋心が分からないサクヤに重過ぎる言葉だっただろうか。旭は自己嫌悪に陥りながら顔を俯かせ、祈る様に許嫁の手を繋いだ。


「そうなれば良いと思っている」


 繋いだ手を握り返してくれたサクヤの温もりに旭はこの上ない幸せと、体全体に響き渡る胸の鼓動を感じながら唇を震わせて沈む夕陽に瞳を潤ませた。

 


 





 

 


 

 

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