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44 お見舞いに行きます

 4月になり季節はもう春と言ってもおかしくない筈だが、水鏡族の村は雪で覆われていた。村人達は氷の精霊達の怒りに触れてしまったのではないだろうかと不安な日々を過ごしている。


「一体全体なんでだろう?」


 すっかり日常となった雪掻きを終えた旭は赤くなった鼻を啜り、白い息と共に疑問を吐き出した。サクヤも原因が分からず首を傾げている。


 労働の後のココアを飲もうと旭とサクヤが風の神子の間に向かうと、兄のトキワが側近の神官である紫と何やら話し込んでいて、父親に着いてきたらしいセツナはマイトに肩車をしてもらって遊んでいた。


「あーちゃん!さっくん!」


 マイトの肩から無邪気に手を振る甥っ子に癒されながら旭も手を振り返した。


「お兄ちゃん、今日はどうしたの?内職?」


 この雪だと本業の大工仕事も再開は不可能だと思われる。そうなると雪掻きの仕事の他に、魔石の精製や神子の仕事で生活費を稼がなくてはならない。


「それもあるけど、この雪をどうにかしたくてね」


「ほう、風の神子代行は原因に心当たりがあるのか?」


「まあね、ただ解決出来るかは難しいな」


 複雑な表情を浮かべる兄に旭は不安な気持ちになる。このまま春が訪れなかったら大変な事になるのは目に見えているからだ。


「多分だけど、旭達の力が必要かもしれない」


「私達の力?」


 心当たりが無い旭はサクヤと顔を見合わせて頭の中に疑問符を浮かべた。もしかして雪を吹き飛ばすつもりなのか、そんな事より炎の神子達が溶かした方が早いだろうと考えていると、雫が旭達にココアを用意してくれた。


「お二人は神子の精神状態に感化されて精霊達が暴走する事はご存知ですよね?」


 紫の問い掛けに旭とサクヤはコクリと頷きココアを啜る。日頃から神子は心穏やかに過ごす様にと子供の頃から言い聞かされている。


「今まさにその現象が起きているのです」


「あっ…」


 神子と精霊との関係性を指摘された旭はある神子の存在が頭を過った。


「もしかして菫が塞ぎ込んでいるのが原因で雪が降り続けてるの⁉︎」


 氷の神子三席である菫はここ最近アラタが結婚前提の交際相手が出来てからショックで部屋から出て来なくなっている。そんな菫の悲しみを感じ取った氷の精霊達が雪を降らせている。そう考えるのが妥当だった。


「ええ、このままだと村は春になっても雪に閉ざされてしまうでしょう」


「そんな…」


「更に言うと、氷の神子三席は銀髪持ちではないのでこのままだと魔力を使い果たして力尽きる可能性もあります」


「何故だ?魔力は回復出来るのでは?」


「たとえ回復しても毎日大量消費していたら身体に負担が掛かるんだよ」


 サクヤの疑問にトキワは答えて険しい表情を浮かべる。体の魔力が空になるという感覚が分からない旭はいまいちピンと来なかった。


「例えばこないだサイクロプスと対峙したアラタは一度に多くの魔力を消費してヨロヨロになっていただろう?」


「確かに、あの時のアラタさん辛そうだった」


 アラタは魔力が込められた水が使われた風呂に浸かり回復を試みたが、その後丸一日眠り続けていたらしい。


「魔力不足といえば代行の奥さんもよく倒れてますね」


「ああ、いつも無茶ばかりしてるからね」


 言われてみれば去年牧場に行った際、義姉が帰りに魔力不足でぐったりしていた事を旭は思い出した。


「魔力の回復にはどの様な方法があるのだ?」


「休息を取れば大方回復しますが、手っ取り早いのは魔力を込めた水に浸かるか飲むか、後は魔力の多い人間の体液を…特に生き血を飲ませるのが一番有効です」


「体液か…ならば我の生き血を差し入れすれば氷の神子三席の魔力は当面持つだろうか」


「菫が元気になるなら私もあげる!」


 純粋に友人を助けたいという少年少女の想いをトキワは鼻で笑いココアを飲み干す。


「お前達、こんな風に生き血を飲めるか?もし飲めたとしても提供する側は貧血で倒れるだろうから、共倒れだ」


 言われてみれば血の臭いはキツいし、それを魔力回復の為だからと飲み干せと言われても断るかもしれない。そもそも他人の体液を摂取するなんて抵抗があると旭は冷静になった。


「根本的な解決が必要という訳か。しかしどうすれば…」


「一番手っ取り早いのはアラタが今の彼女にフラれる事じゃないかな?」


 トキワの意見に旭も同意したい所だったが、アラタが婚活を続ける限り、根本的な解決には結びつかない気がした。


「とにかく一回菫の様子を見に行こう!」


 話を聞いてみないと何も始まらない。旭はサクヤと兄と共に菫の見舞いに行く事になった。


「うわ…扉が凍り付いている」


 菫の部屋の凍り付いたドアを前に旭は頬を引き攣らせた。完全に心を閉ざしてしまっているようだ。


「下がってろ」


 旭とサクヤが扉から離れたのを確認したトキワは腰の重心を落とし軽く構えると左足に風を纏わせて強烈な蹴りをドアにお見舞いした。


「ええー!」


 まさか強行突破すると思わなかった旭は目玉が飛び出しそうになった。年頃の乙女の部屋のドアはぶっ飛んで中が丸見えとなった。


「す、菫!大丈夫?」


 ぶっ飛んだドアが菫に当たってないか危惧した旭は急ぎ菫の姿を探すと、ひんやりとした部屋の中で菫はベッドの上で放心状態になっていた。


「旭…?」


 消え入りそうな声で名前を呼んできた菫の髪の毛からは艶やかさが消えていて、白く滑らかな肌もガサガサで、目は腫れぼったく光が無く隈が浮かんで、いつもの美しさが形を潜めていた。


「うっわ、すごいブス…」


「うるさいな、ほっといてよ」


 率直な感想に反論する元気がある様子だったので、旭は少し安堵して菫の痩せた手を取った。


「今あなたのせいで村が大変な事になっている自覚ある?」


「…分かってるわよ。霰姉さんからも叱られたし、皆にも心配かけてる事くらい。でも自分でもどうしようも出来ないの!」


「菫…」


 失恋のショックが大き過ぎて感情をコントロール出来ない様子の菫を旭は抱きしめて慰める事しか出来なかった。


「諦めるには早いのではないか?」


「サクちゃん?」


 まさかサクヤが助言すると思わなかった旭は目を丸くして言葉の続きを待つ。菫も同様だった。


「土の神子は交際相手と婚姻どころか婚約の契りさえ交わしていないと聞いている。ならばその前に氷の神子三席が振り向かせれば良い話だろう」


「サクヤ、あなた自分の言っている意味分かっている?」


「無論だ。我とて日々男女の色恋沙汰を学んでいるからな。最近は修羅場新聞の他に風の神子に恋愛小説を借りて読んでいる」


 先日サクヤから恋愛小説を貸して欲しいと言われた時は驚いたし、少し恥ずかしかったが、案外良い影響を受けている様だと旭は感心した。この調子なら一緒に好きな作品を語れるかもしれないと楽しみが増えた。


「でもあと2年近く経たないと結婚出来ないし、それまでにアラタさんがあの女と結婚したらどうしよう…」


 埋められない歳の差を嘆く菫に旭とサクヤは励ましの言葉が浮かばず黙り込んだ。


「そこはアラタが2年待ってでも菫ちゃんと結婚したいと思わせる位頑張るしか無いんじゃないかな」


「トキワさん…」


 てっきり自分とアラタの恋を反対していると思っていたので、トキワの助言に菫は驚きを隠せなかったが、心強く感じた。

 

「お兄ちゃんもお義姉ちゃんと歳離れてるからね。経験者のアドバイスだから説得力あるー!」


「つまり風の神子代行は並み居る恋敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げ…という事だな」


「だったら!今後の参考の為にもどうやって歳上をオトしたか教えて下さい!」


 藁にもすがるような勢いで教えを乞う菫にトキワはどうするべきか悩んだが、水鏡族の冬を終わらせる為にも一肌脱ぐことにした。


「うちは俺の顔の良さで選んで貰えたから参考になるか分からないけど…」


「うわー、この人自分で自分の顔が良いって認めてる」


 兄の前置きにツッコミを入れると、自分も美少女を自称している癖にと反論されて旭はペロリと舌を出した。

 

「まずはストレートに気持ちを伝えて、後はとにかく相手に考える隙を与えず押して押して押しまくれ」

 

「え、でも…アラタさんに引かれたらどうしよう」


「引かれても逃げ道を塞ぐ勢いで押せばいいよ」


 強引過ぎる作戦に菫は戸惑いつつも、確かに自分は今までアラタに対してハッキリと好きとは言わず、間接的に思いを伝えて来た気がした。だから本気と受け取って貰えなかったと省みる。


「そういえば昔、お兄ちゃんはお義姉ちゃんにお花と一緒に愛の言葉を添えたカードを沢山プレゼントしてたって聞いたよーあの量は相当押したよね」


 顔をにやけさせながら旭が義姉から貰った恋愛小説に挟まれていたしおりのエピソードを披露すると、兄から殺気だった眼光で睨まれたので口を噤んだ。


「私、トキワさんの事を誤解してました。奥さんとは初恋相手のカトリーヌさんと別れて傷心中に出会って慰められて妥協して結婚したと思っていたんですけど、ちゃんと奥さんと恋愛して結婚したんですね」


「は?何それ」


 カトリーヌは否定していたが、妻子あるトキワの手前自分を偽ったのだと菫は結論付けていた。


「アレの事なら殺していいなら殺したい位嫌いだけど」


 物騒過ぎるトキワのカトリーヌへの思いに菫は今まで自分が空想して来た物語と違いすぎて戸惑いを隠せずにいた。


「それこそそうだ、俺が同級生と結婚する噂を立ったせいで、今の菫ちゃんみたいに精霊達が俺の怒りに同調して、村が嵐になって大変な事になったんだよね。犯人があのバカ女だって知ったのがこないだの舞台の時」


 まさか兄とカトリーヌにそんな因縁があったと思わなかった旭達は仰天するが、今思えばあの時の2人の会話はカトリーヌの懺悔だったのかもしれない。


「闇の眷属を生みし者はその噂を信じたのか?」


「俺を信じてくれたけど、別れを切り出されたよ。あの時が最大瞬間風速だったな」


「お兄ちゃんでもフラれるとそこまで取り乱しちゃうんだ…」


 とはいえ、今こうしてトキワ達が夫婦でいるという事は破局の危機を乗り越えたのは一目瞭然だ。


「俺の事はともかく、菫ちゃんは燃え尽きるまでアラタを口説いてみたら?」


 燃え尽きたらまた銀世界に逆戻りのような気もするが、旭が菫を見遣ると瞳に光が戻っていた。


「私、やってみます!後悔しないくらい徹底的にアラタさんを口説きます!」


「頑張って菫!私も応援するよ!」


「我も力になろう」


「旭、サクヤ…ありがとう!」



 恋する乙女の復活は水鏡族の村に春をもたらして、ようやく旭達は雪掻きから解放される事となった。


 

 

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