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43 許嫁の誕生日を祝います

「出来たぁ…」


 体の芯まで冷える真夜中、達成感と共に旭は黒いハンカチを掲げた。刺し始めて早2週間、ようやくサクヤへの誕生日プレゼントが完成した。まさかこんな小さな刺繍に手こずって、何度もやり直すとは旭は思いもしなかった。


 時計をランプで照らすと、短針は2の字を指してサクヤの誕生日当日である事を示していた。早く寝ないと目の下にサクヤとお揃いの隈をつけてしまうと危惧して、旭は洗濯とラッピングを後回しにして布団に潜り込んだ。



 ***



 結局翌朝は寝坊してしまい、礼拝では風の精霊達に揶揄われてしまった。その後栄養補給をしてから雫に手伝って貰いながら仕上がったハンカチを手洗いして乾かしてからアイロンを当てて、綺麗に折り畳んでから青い包装紙でラッピングして仕上げに濃紺のリボンを結んだ。


「サクちゃん、喜んでくれるといいな」


 誕生日会は夕食時に闇の神子の間で会食をするのでプレゼントはその時渡す予定だ。


 となると会食まで礼拝以外急ぎの仕事も無いので、自分磨きをする事にした。ゆっくりお風呂に浸かり、肌を整えてから、事前にヘアケアの予約をしていたので、旭は神殿内の美容室に向かった。出来れば菫と一緒にヘアケアをしたかったが、断られてしまった。


 アラタの交際が上手く行って笑顔になればなる程、菫の心が死んでいくのが旭の憂いだったが、今日はサクヤの事だけを考える事にした。


 トリートメントを施術して貰い、少し大人っぽくおだんごのヘアアレンジとメイクをしてもらった旭は満足げに自室に戻ると、サクヤとお揃いのペンダントを磨いてから首につけた。本日でサクヤは15歳、来年には16歳と結婚出来る年齢になる。そんな許嫁と少しでも釣り合いたいと今日は背伸びをしたい気分だったのだ。


 次に自室に戻りクローゼットを全開にして会食で着る服を選ぶ。いつも通りの明るい色のワンピースも良いが、今回はサクヤが好んで着ている黒を基調としたコーディネートにする。大人っぽくヘアアレンジにしたのもこの為だ。


 思案の末、霰が手掛けるブランドの黒いシャツワンピースに決めた。この服は菫が選んでくれた物だ。当時の菫の笑顔を思い出すと、旭はやはり彼女には元気になって欲しいと強く思い、明日にでも面会しようと心に決めた。


「なんかサクちゃん色に染まった感じ…」


 姿見に映る自分に満足してから旭は読みかけだった恋愛小説を読む事にした。蜂蜜の様に甘い溺愛シーンに胸をときめきせている内に夕方の礼拝の時間となり、黒いシャツワンピースの上から白い羽織を身につけて精霊との対話に臨んだ。


 礼拝を終えて旭はバッグにサクヤへの誕生日プレゼントを入れたか確認してから闇の神子の間へと向かった。部屋には既に祖父母と叔母夫婦が揃っていた。あとは旭の両親も一緒に食事を取ると言っていたので、そろそろ来るだろう。旭は壁に貼ってあったクオンとセツナが描いたと思わしき誕生日プレゼントの似顔絵を眺めながら主役を待った。


「サクちゃん、お誕生日おめでとう!」


「ありがとう、風の神子よ」


 サクヤが礼拝を終えたので、旭は抱き着いて誕生日を祝福した。いつもの様にサクヤは許嫁の背中に手を回して抱擁に応じる。


「バラの香りがする」


「あ、気付いた?今日はバラのヘアオイルにしたんだよ」


 珍しく些細な変化に気付いてくれた許嫁に旭はパッと花が咲いた様に笑顔を綻ばせた。


「それでね、今日はサクちゃんの服の色に合わせてみたの。どうかな?」


 一旦サクヤから離れて旭は真っ黒なワンピースの裾を摘んで今日の服装を披露した。


「いつもと雰囲気が違うがよく似合っている」


「えへへ、サクちゃんの色に染まったみたいでしょう!」


 今日のコーディネートを褒められて旭は浮かれながらサクヤと共に食卓に着いた。


 10分ほどして旭の両親も到着してメンバーが揃ったので会食となった。


「今宵は我の誕生祝いに駆けつけて頂き感謝する。我は闇の神子として未だ未熟だが、日々昇進するが故に今後も皆には御助力願いたい」


 堅苦しいサクヤの乾杯の挨拶で会食は始まった。闇の神子の神官達が今日の日の為に用意した食事はサクヤの好物ばかりだった。神官達は全員中高年でサクヤが赤子の頃から仕えている者達だったので、孫同然なのか気合いが入っているようだ。


 食事が済んでバースデーケーキを食べ終えた所でそれぞれサクヤにバースデープレゼントを渡した。祖父母からは上質な腕時計、叔母夫婦からは難しそうな本、そして旭の両親はナックルをプレゼントした。どうやら旭のナックルを羨ましそうに見ていたのを覚えていたらしい。


 それぞれに感謝してサクヤは後で腹ごなしにトキオにナックルの手解きを受ける事になり目を輝かせていた。年相応の表情を浮かべるサクヤに大人達は心を温めていた。


 こうなると自分が刺繍したハンカチのしょぼさが情けなくなって、旭はラッピングしたハンカチをギュッと握った。


「旭はどんなプレゼントを用意したの?」


 プレゼントを渡せないでいる旭の背中を押すように暦が話題を振った。こうなると渡すしか無い、旭は意を決すると席を立ちサクヤと向き合った。


「サクちゃん、これ誕生日プレゼント…」


 包装紙の皺を伸ばしてから旭はサクヤに刺繍ハンカチを手渡した。受け取ったハンカチをジッと見つめる許嫁に旭は緊張する。


「早速開封しても構わぬか?」


「それは…後でひっそりと開けてほしいかな…」


「えー、旭のプレゼントが何か気になるわ。見せて」


 ここ2週間、針で指を刺す度に治癒魔術を掛けていた祖母が開封を希望した所為でサクヤから縋るような目で見つめられ、旭は仕方なく承諾すると、サクヤは丁寧にリボンと包装紙を解いて黒いハンカチを取り出して広げた。


「そ、それ私が刺繍したの…サクちゃんいつも黒いハンカチ持ってるからそれに銀色の糸でイニシャルを刺繍したの。初めて刺したから失敗沢山してハンカチを何枚も駄目にしちゃった…」


 早口で説明しながらサクヤの顔を窺うと、頬を弛ませて喜んでいたので旭は胸を撫で下ろした。祖母達からも上手に刺せていると好評を得た。


「ありがとう、見事な刺繍だ。大事に使役させてもらう。ところで失敗したというハンカチはいずこへ?」


「え?ああ、それなら食器の片付け用に食堂に引き取ってもらった。そのまま捨てるのは忍びないからね」


「なんと勿体無い!」


 失敗作の行方を聞いたサクヤは珍しく大声を上げると、主役にも関わらず闇の神子の間から出て行こうとした。


 旭は自分が不器用なばかりに数多のハンカチを無駄にしてしまい許嫁が怒ってしまったとショックと己の不甲斐なさで目に涙が浮かんだ。


「サクヤ、どこに行くんだ?」


 楓の問い掛けにサクヤは一旦足を止めて振り返ると、険しい表情で口を開いた。


「我が許嫁が心血を注ぎ錬成した手巾を雑布扱いなど論外だ!取り戻して来る」


「えっ…」


 どうやらサクヤは失敗してハンカチを無駄にした事ではなく雑布として使われる事に憤っていた様だった。


 プレゼントだけじゃなく、自分の努力そのものを大事にしてくれた許嫁の気持ちに旭は先程とは違う感情の涙を流した。


「ありがとう、サクちゃん…大好き!」


 闇の神子の間を出たサクヤの後を追い、旭は腕にしがみついて好意を伝え一緒に食堂へ向かった。


 食堂で失敗作の刺繍ハンカチ達の居場所を尋ねたら、畏れ多くて使ってないと明日の仕込みをしていた料理長がロッカーに仕舞い込んでいたハンカチの入った袋を返してくれた。


「これは責任持って私が使うよ」


 そう言って旭が料理長から袋を受け取ろうとしたら、サクヤが横から掻っ攫った。


「我の為に刺してくれたのだろう?ならばこれは我の物だ。いくら製作者の風の神子といえども譲れない」


 失敗作なのに自分が作った物に執着してくれる許嫁が旭は愛おしさで胸の奥がギュッと詰まった。


「ありがとう、サクちゃん。でも恥ずかしいから人には見せないでね」


「恥じる事は無いと思うが…風の神子が言うなら従おう」


「絶対だよ」


 食堂を出て闇の神子の間に戻る最中、旭は隣を歩くサクヤをチラリと窺った。日に日に大人びている横顔を見ると、彼との結婚が近付いている事を実感できた。


 どうかこのまま恋愛小説の様な波乱も無く平坦と日々が過ぎて彼と結ばれる日が来ますように。


 旭は心から願ってからサクヤの腕を取り、寄り添いながら大人達の元へ向かった。


 

 

 



 

 

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