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4 魔術の訓練をします

 サクヤの様子がおかしくなってから早2週間が過ぎた。旭を始め、神殿の人間は闇の神子の異変に動揺が広がったが、心根の優しさは変わらないので、思春期だし人とは違う自分になりたい年頃なのだろうと結論付けられると、生温かく見守ることになった。


 朝の礼拝を済ませて旭はサクヤとランニングをする為、動きやすい服装に着替えてふわふわウェーブの銀髪はポニーテールにして、待ち合わせ場所の訓練場へ向かった。


「うわあ…」


 旭が訓練場に辿り着くと、グラウンドいっぱいに魔法陣らしきものが落書きされていた。犯人は魔法陣のど真ん中で悦に浸っている。


「フッ、完璧だ…」


「ちょっとサクちゃん、何してんのよ?」


「近寄るな!」


 落書きされた魔法陣を踏んでサクヤに近寄ろうとしたら拒絶されたので、旭はビクリと体を震わせてその場で立ち止まった。


 許嫁にこんなに強い口調で否定されたのが初めてだったのでショックと不安で目に涙が浮かんできた。


「ハッ、すまない風の神子よ。強く言い過ぎた。この魔法陣は闇の力が強く、我以外が侵入すると暴走する危険があるのだ」


 今にも泣き出しそうな許嫁にサクヤが弁解すると、次は鋭く睨みつけられた。


「こんな大きな落書き、いつから書いたの?礼拝はちゃんとしたの?」


「否、落書きでは無いし儀式はつつがなく行った。魔法陣は闇の力が最も深い新月の夜に描いた物だ」


 誇らしげに胸を張るサクヤの目の下にはいつもより濃いめのクマが浮かんでいた。どうやら徹夜で魔法陣を作成していたらしい。


 こうやって夜更かししてばかりだから身長が伸びないのではと旭は指摘しようとしたが、いつも夜9時には寝ているのに全く背が伸びない自分が言うのは説得力が無いので、黙っておく事にした。


「で、この魔法陣はどんな効果があるの?」


「よくぞ訊いてくれた!この魔法陣の上に立てば、今宵の晩餐に好物が出る仕組みとなっている!」


「はあ…」


 こんな大掛かりな魔法陣なのにしょうもない効果に旭は間の抜けた声が漏れた。普段の神子達の食事は頼めば食べたい物を食べられるのだから、魔法陣に頼らなくても好物を頼めばいい話である。


「ちなみに何が食べたいの?」


「そうだな、今宵は断末魔を上げた鶏が産みし魂と月光が溶け合ったソースが掛かった混沌の川で捕われし白身魚を生贄としたムニエルだな!」


 回りくどいがタルタルソースがたっぷり掛かった白身魚のムニエルらしい。サクヤの発言に対して、神子思いの神官は忘れないように必死にメモを取っていている。闇の神子を担当する神官達の苦労に同情しながら旭は準備運動を始めた。サクヤは準備運動は済んでいたのか、魔法陣の上で筋トレをしている。


 準備が済むと旭がサクヤと訓練場から外に出て神殿の敷地内を3周する頃には、季節を楽しむ余裕も無くすっかり息が上がってしまった。


「はあ、はあ…ああもう動けない」


 訓練場に辿り着いた旭は地面にへたり込んで弱音を吐いた。週に2回のランニングを3ヶ月続けているが、未だに体力がついた気がしなかった。食生活の改善が必要だというのは分かっているが、少食の旭には厳しい物があった。


「風の神子よ、クールダウンは必須だぞ」


 息を荒げているとサクヤが手を伸ばしたので旭は手を取り立ち上がって一緒に魔法陣の外側をゆっくりと歩いて呼吸を整えた。


 奇抜なファッションになって言動も仰々しく回りくどいけれども、許嫁の心根の優しさは変わらないなと旭は少しホッとした。かつての彼は優しくて落ち着いた声であさちゃんと呼ばれるのは心地よく安らぎを感じていた。


 そもそも服装は変わったが、外見は変わっていない。サクヤのミステリアスな雰囲気を醸し出す三白眼の瞳と目が合うと胸がドキドキして、不健康な青白い肌に浮かび上がる目の下のクマさえも愛しかった。可愛らしい団子鼻も鼻筋がハッキリして美少女だけど男顔だと言われている旭からしたら羨ましかった。


 ランニング後は魔術の訓練だ。防護魔術を発生させた場所に攻撃魔術を当てる訓練である。防護魔術は比較的得意な旭だが、攻撃魔術は苦手だった。神子になる前、幼稚園に通っていた頃に力を抑えきれず巨木を真空波で薙ぎ倒して園舎を破壊してしまって以来トラウマになり、無意識に力を抑える様になったのが影響していた。


「逢う魔が時に出でし地獄の門扉…ダークウォール!」


 そんな事情があっても訓練は不可欠だ。先攻は旭なのでサクヤが防護魔術をブロック塀に掛けた。因みに水鏡族の魔術は無詠唱が基本で、手練れになればなる程発動が早くなる。同じ風属性でも師の兄と旭では酷い時は10秒以上差があったりする。


 サクヤは水鏡族唯一の闇属性の使い手の為、独学で学んでいる。才能があるのか飲み込みが早く魔術の発動は一瞬であるが、最近になってやたらくどい詠唱をするので、魔術の発動が明らかに鈍足になり、旭の防護魔術よりも遅い時があった。しかも大袈裟な決めポーズまでしているので隙だらけで、これが実戦なら旭は自分でも勝てる気がした。


「風の神子よ、我のダークウォールを打ち砕く事が出来るかな?」


 まるで物語に出てくる魔王の様に不敵に笑うサクヤに旭は勇者になったつもりで左手をダークウォールの前に伸ばし自分が出せる最大の真空波をぶつけた。しかしサクヤのダークウォールはびくともせず、悔しさに奥歯を噛み締めた。


「そなたの優しい人柄の様なそよ風だな」


「むぅ…」


「そうだ、力を込める為にも我の様に詠唱をしてみてはどうだ?」


「やだよ。恥ずかしい」


「我が考えて進ぜよう」


 辞退されているのにも関わらずサクヤは意気揚々と旭の真空波の詠唱を考え始めた。


「疾風よ、刃の如く総てを切り裂け!ウィンドクロー!…さあ、唱えてみるがいい」


 くるりと一回転してポーズまで指示をするサクヤに旭はジト目で拒否をした。いちいち詠唱してしかもポーズまでつけたら実践では格好の的だし、恥ずかしい事この上なかった。周囲で訓練している神官達もサクヤの奇行を薄ら笑っている。


 それなのにサクヤは本気で良かれと考えていて、キラキラと闇とは無縁の澄んだ目をして旭を見つめていた。


「もう!やればいいんでしょ?」


 期待に満ちたサクヤの視線に耐えられず旭は先ほどの手本通りにくるりと一回転して詠唱した。


「し…疾風よ、刃の如く総てを切り裂け…ウィンドクローっ!」


 左手をかざしてから振り下ろてサクヤのダークウォールに旭はウィンドクローをぶつけた。しかし先程よりも威力が弱い真空波がダークウォールを撫でるだけだった。


「サクちゃんの嘘つきー!」


 頑張ったのに成果に現れず、恥ずかしいだけだった旭は大きな声で許嫁を責めた。


「うーむ、改良の余地があるな。例えば狙いを定める手の動きをこう風を纏わせるようにすればどうだろうか?」


「詠唱と動きに意識が向いちゃって肝心の魔術の制御が上手くできなかったんだよ!」


 異論を唱える許嫁にサクヤは聞く耳を持たず自分の世界に入り込んでいた。これは昔からの悪い癖だった。


「では風の神子、そなたの弓矢で我のダークウォールを射抜いてみるのはどうだ?詠唱は…疾風の矢よ!総てを貫け…ウィンドアロー!さあ、実践だ」


 今度は旭の水晶が姿を変える武器である弓を使えというサクヤのリクエストに旭は難色を示した。確かに自分の専用の武器は弓矢だが、あまり上手く使いこなせず、10回に1回程度しか的を射抜くことしか出来なかった。


「そんなの出来ないよー!」


「自分の限界を自分で決めてどうする?何事も挑戦だ!」


「だって絶対失敗して笑われちゃうもん!」


「笑うものか。失敗は成功の母だ。恐れず挑め!」


「サクちゃん…」


 闇の力に目覚めた割には熱くポジティブなサクヤの激励に旭は勇気づけられて、右耳のターコイズグリーンのピアスに触れて水晶を弓に形を変えた。そして魔術で風の矢を作り出し、弓を構えて矢を番えてダークウォールを見据えた。


「疾風の矢よ!総てを貫け…ウィンドアロー!」


 放った矢はダークウォールに命中して真空波が発生したことにより、ダークウォールは崩れ去っていった。


「やった…!」


「見事だ!風の神子よ!」


「サクちゃんのおかげだよ!ありがとう」


 感激で旭はサクヤの胸に飛び込んだ。しかしあまりの勢いでサクヤは後ろに倒れ込んでしまった。


「ごめん、頭打ってない?」


「問題ない。フッ、我もまだまだだな。許嫁1人受け止められないとはな」


 旭よりは背は高いし体重もあるが、同世代に比べると背も低く、体も細いサクヤは自嘲する。師匠である旭の兄からは身長がある程度伸びるまでは無理な筋トレは禁止とされているので、今出来る範囲のトレーニングと食事を更に努める事を心に決めた。


「おやー、おふたりさん!朝からラブラブだねー」


 2人と同様にトレーニングにやってきた菫が地面に重なる様に倒れ込んだままの旭とサクヤを冷やかす様に声を掛けた。


「えへへ、もっと言ってー」


 冷やかしが通じない旭は満更でもない様子で起き上がって菫に手を振った。


「はいはい、あんたら夫婦夫婦っと」


 雑に冷やかしてから菫も魔術の訓練に混ざった。旭達より神子になって日が浅いものの、魔術の扱いは長けており、見事な氷の壁を作り出した。


「よし、風の神子!先程の特訓の成果を見せる時ぞ!」


「うん!任せてサクちゃん!疾風の矢よ!総てを貫け…ウィンドアロー!」


 堅牢な氷の壁に対して旭は自信満々に先程の習得したウィンドアローを放つと、氷の壁が切り裂かれた。


「ちょ…何それ…ウィンドアローて…ぷぷぷ…あははははは!」


 ウィンドアローが笑いのツボに刺さった菫は腹を抱えて甲高い声で笑い出した。途端に旭は我に返り、自身の行動が恥ずかしくなり耳まで顔を赤くして、2度と詠唱をしないと決めたのだった。

 

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