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37 大きくなりたいんです

「143.2cm…」


 神殿内の診療所にて身体測定を行った結果、去年より身長が僅か1.2cmしか伸びておらず、旭は天を仰いだ。ただでさえ同世代の平均身長から大きく引き離されているというのに、この仕打ちに焦りを感じていた。


「まあ…風の神子は13歳ですし、まだまだこれから伸びますよ」


 最早医者の慰めの言葉も届かず、旭は背中を丸めて診療所を後にして訓練所に向かった。


 訓練所では自己鍛錬に励む神官達の中に真剣な眼差しで両手剣を素振りするサクヤと、それを横目にセツナを肩車してスクワットをしているトキワがいた。


 雪が積もり大工の仕事が減った兄は午前中雪掻きの仕事をしてから、午後から神殿で風魔石を作ったり、旭達の指導をして生活費を稼いでいた。時々港町まで降りてギルドの依頼を受けて魔物退治もこなしているらしい。家族の為とはいえよく働くものだと旭は舌を巻いた。


「来たか、まずは準備運動な」


「はーい…」


 指示通り準備運動をしながら旭は今度は背中にしがみついている息子に数を数えさせて腕立て伏せを始めている兄を一瞥した。低身長とは無縁のその体は恐らく高身長の父の遺伝だろう。


 一方で旭は小柄な母の遺伝が強いと思われる。そういえば祖母も叔母もいくつか聞いた事はないが背はそんなに高くない。


 次に旭はサクヤに視線を移す。彼もまた同世代の平均より身長は低かった。旭の前に身体測定を行った筈なので小休止の時に結果を聞いてみようと決めると、大きく背伸びの運動をした。



「サクちゃん、身長伸びてた?」


 小休止になってから旭は開口一番にサクヤの身体測定の結果を尋ねると、珍しく不機嫌そうな顔を浮かべた。


「…前回から3.4cmしか成長していなかった」


 以前聞いたサクヤの身長は152cmだったので、155.4cmとなる。彼もまた伸び悩んでいるようだ。


「背を伸ばしたければ肉食って寝ろ」


 風を操りセツナを浮かせて遊ばせながらトキワはアバウトなアドバイスをする。彼は身長の話になるといつもこれしか言わない。


「風の神子代行は現在背丈はどの位だ?


「最近測ってないから正確には分からないけど、180位かな。サクヤ位の年齢の時は164位で、とにかくよく食べて宿題しないで9時までには寝ていた」


「えー、夜は忙しいからそこまで早く寝れないよ!お兄ちゃん暇だったの?」


 以前は旭もその位には就寝していたが、最近は交換日記を書いたり、予習をしたり、読書をしてたら日付が変わるころになっていた。


「お前達よりは暇だったかもな。神子じゃなかったし、勉強も嫌いだったから放棄してたし」


 兄が勉強嫌いだというのは旭にとって意外だった。いつもそつなく神子の仕事をこなしているので、学生時代はさぞや優秀だと思っていたからだ。


「むう、夜は挑戦したい闇の儀式が多過ぎるから寝るのは惜しい…」


 一体どんな儀式をしているのか、気になる所だったが、旭は何となく聞いてはいけない気がして黙っておく事にした。


「まあ、2人並んだ感じお似合いだから、そこまで気にしなくていいんじゃないか?」


 もっと高くと強請るセツナを一旦抱っこすると、トキワは空高く飛び上がり会話から離脱した。


「うーん、確かに身長差的にはアリなのかもしれない」


 サクヤと肩を並べ、旭は自身の身長の事で頭がいっぱいだったが、兄の言葉で許嫁とのバランスを考えたらそこまで無理する必要が無い事に気がついた。


「我は生みの親を知らぬ故未知数だが、そなたは隔世遺伝で突如雨後の筍の様に高身長になる可能性がゼロという訳ではない。不測の事態に備えて夜更かしを減らすか…」


 言われてみれば母方の祖父、烈火の身長がどれ程か知らぬが恐らく200cmは超えているし、一昨年旅先で亡くなったという父方の祖父も同じ位巨漢だった。父と兄が遺伝していないので忘れがちだが、旭の血には大男達の血が流れているのだ。万が一サクヤより10cm以上背が高くなったらお互い引け目を感じてしまうかもしれないと旭は危惧した。


 そしてもしかしたら甥っ子達はその血を引き継ぐかもしれないと、旭は父親に抱っこされてきゃっきゃと空を飛ぶセツナを見上げた。昔聞いた話によると、随分昔に亡くなった義姉の父も熊の様な男だったらしいし、思えば彼女も女性にしては背が高い方だった。


「よし、そろそろ飛行魔術の訓練をしようか?」


 地上に戻ってきた兄の誘いに旭は背筋を伸ばして気合を入れた。今年から始めた飛行魔術の訓練は順調とは言えないが、それでも頑張るしかないと旭もやる気を見せた。


 懸命に学ぶ姿勢の妹に応えるべくトキワは厳しく指導する。その間サクヤはセツナと鬼ごっこをした。存外子供の方が体力があり、小回りも利くので持久力を養うにはうってつけだった。


「高度が落ちている!浮遊している状態を保ったまま体を風に乗せろ!」


「はいっ!」


 続けていた体幹トレーニングが報われて、なんとか体勢を維持したまま旭は浮遊状態を保っているが、ここから風を操り移動するのは、いくら銀髪持ちは魔力が無尽蔵とはいえ制御が難しかった。


「緊張しているな、もっと肩の力を抜け」


「簡単に言うけど難しいよー!」


 弱音を吐く妹にトキワはどう伝えればいいか口元に手を当てて考える。自分が先々代の風の神子に習った際どんな指導を受けたか思い出してみる。


「…空を飛んで誰に会いに行きたいか想像してみろ」


「ふぇー…会いたい人?サクちゃんかな…空を飛んで会いに行って驚いた顔を見たい!」


「じゃあサクヤと空を飛んで一緒に行きたい場所は?」


「一緒に行きたい場所…昨年末に塔の屋上で一緒に星を見たから今度は空を飛んで行きたい!」


「ああ、あそこか…お前達も行ったのか」


「お前達もってどういう事?」


「いや、何でもない忘れろ。だったらサクヤと空を飛んで塔を目指すのを思い浮かべろ」


 兄のアドバイスに旭は星が降る夜に手を繋いで塔を目指して空を飛ぶ様を想像した。考えるだけでロマンティックな光景に自然と歯の食い縛りは弛み、体の力が抜けた気がした。


「あ…出来そう…」


 浮遊状態を維持したまま旭は風を操り宙を自由に移動した。初めて自分の力で空を飛べた事に興奮を露わにした。


「やったー!出来た!」


 宙に浮いたまま旭は歓声を上げた後兄の元まで飛んで抱き着いた。


「頑張ったな、今日はこれくらいにして次回はもっと慣れて速度をあげられるようにしよう」


「うん!」


 魔術の訓練に手応えを感じた旭は自信へと繋がった。兄と共に地上に降りてから続いて体術の手合わせをする事にした。


「今ならお兄ちゃんに勝てる気がする!」


 強気な表情で旭は構えて兄を挑発した。そんな妹にトキワは臨むところだと言わんばかりに肩を回した。


「それは楽しみだな。よし、来い!」


 合図と共に旭は攻勢に出る。自分が持てる最速の動きで左の拳を強く握り兄目掛けて正面に突き出した。拳は軽くいなされてしまったが、旭は透かさず右ストレートを繰り出す。それも読まれていて腕を掴まれて投げ飛ばされてしまった。受け身を取って体勢を整えてから旭は再び挑むが、兄はその場から全く動かずあしらう。


 何度も動きを変えて攻撃を繰り出すがまるで歯が立たず、旭は今日も白旗を上げてしまった。


「あーん、もうやだー!」


 折角調子が良かったのにいつも通り上手く行かない自分に旭は嫌気がさした。


「以前より動きが良くなっていたと思うけど?」


 珍しく褒めてくれる兄に旭は励まされ、服に着いた土埃を払い立ち上がった。もう一戦交えようかと頭を過ったが、また叩きのめされたら折角出たやる気の芽が萎えそうだったので今日の挑戦はここまでにした。


「次は我の番だ。ダークソードの更なる進化をご覧あれ」


 旭に続いて漆黒の大剣を手にサクヤはトキワに手合わせを挑む。トキワはそれを迎え入れる様に自身も左耳のピアスに触れて、水晶を身の丈程の両手剣に姿を変えた。


「旭結界を張ってくれ。あとセツナを頼んだぞ」


「はーい」


 旭は甥っ子を後ろから捕まえて安全な場所に移動してから兄と許嫁を結界で包み込んだ。


「サクヤからどうぞ」


「相分かった…行くぞ!」


 両手剣を構えサクヤはトキワの元へと走り出し、武器の範囲内手前で飛び上がると、大きく振りかぶり剣撃をぶつけた。トキワは素早く対応して自身の両手剣で受けた。


 力負けして弾かれる前にサクヤは退き体勢を整えてから、地面を蹴って剣を横からスライドさせる様に振った。


「流石にヘンテコな詠唱をする余裕が無いみたいだな」


 次々と繰り出すサクヤの剣撃を受け交わしながらトキワは意地悪く口角を上げる。こんな悪どい顔を子供に見せていいのか悩みながらも旭がセツナの様子を窺うと、特に気にした様子もなく父親とサクヤを応援していた。


「現在ダークスラッシュは改良中だ」


 競り負けてバランスを崩したサクヤはお腹に力を入れてなんとか膝を突かずに済んだ。体の成長は緩やかでも日々の肉体トレーニングは嘘を吐かず確実にサクヤを強くしていたのだ。


「それは完成が楽しみだ!せいぜい俺がオッサンになって弱くなる前には完成させてくれよ!」


 サクヤが体勢を整えたのを確認してからトキワは今度はこちらからと言わんばかりに重い剣撃を幾多にも繰り出した。サクヤは歯を食い縛りながら剣で受けて耐え続けるも、遂には剣を弾かれてしまった。


 弾かれた剣は放物線を描き結界を貫くと、ベンチで待機していた旭とセツナの方へ飛んでいった。


「風の神子!」


 咄嗟にサクヤは走り出し剣を追ったが、足がもつれて頭から地面に倒れ込んでしまった。一方で旭達はトキワが瞬時に発動させた結界のお陰で無傷だった。


「いやいや、今のは剣を水晶に戻した方が早かったでしょう?あと旭は結界の特訓追加な」


 対処の誤りを指摘しながらトキワはしゃがんで倒れたサクヤの襟を掴んで起こした。


「…サクヤ?」


 反応が無いサクヤにトキワは青ざめ、背中を叩いて何度も名前を呼んだ。しかしサクヤは意識を失ったままだった。


「どうしたの⁉︎お兄ちゃん!」


「サクヤが起きない。ばあちゃんの所に連れて行くからセツナとついて来い!」


 妹に指示をしてからトキワはサクヤを抱き上げると、急ぎ光の神子の間へと向かった。旭は足元に落ちていたサクヤの剣も持って行こうとしたが、地面に縫い付けられているかのように重くて動かす事も出来なかった。


 そういえば水晶の武器は持ち主以外は持てない仕組みになっていたなと思い出すと、剣を持って行くのは諦めて護衛として待機していたマイトに剣の見張りを頼んでセツナと共に兄の後を追った。

 


 





 


 

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