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36 しっかり療養します

「頭痛い…」


 ベッドに横たわり旭は頭痛に顔を歪ませて天井を見た。昨日の朝から体調を崩して寝込んでいるのだが、翌日になっても良くなる気配は無かった。体は熱いのに寒気がして、筋肉痛のような痛みもある。濁った鼻水や痰が出るし、喉はヒリヒリしていた。


 随分とタチの悪い風邪だと嘆きながらベッドサイドのテーブルに置いてある水差しからコップに水を注ぎ一気に喉に流し込んだ。


「風の神子、体調どうですか?」


 朝の礼拝の時間になり紫が顔を覗かせた。旭は腕をクロスさせてダメだと告げると紫が苦笑いする。


「引き続き養生して下さい。朝夕の礼拝は代行が責任持って行うそうなので」


 普段旭が体調を崩すと、自己管理がなってないと説教をする兄だが、今回の風邪はどうやら一昨日遊びに来ていた甥っ子達に移された可能性が高いらしいと、珍しく頭を下げて謝り風の神子の執務を代行している。


 紫が朝食を持ってきてくれるのをぼんやり待っていると、朝の礼拝を終えた兄が様子を見に来た。


「生きてるか?」


「何とか…礼拝ありがとうね…」


「気にするな。とりあえず急ぎの書類だけ処理したら一旦帰るから。夕方また来る」


「くーちゃんとせっちゃんはもう大丈夫なの?」


「ああ、熱も下がって朝から動き回ってる。こっちの心配はいいから早く良くなれよ。元気になったらガッツリ鍛えてやるから」


「絶対嫌だー…」


 嫌がる妹にトキワは意地悪く笑ってから執務室へ向かった。病気の時くらいもっと優しくして欲しいと思いながらも、普段よりはマシだと言い聞かせてから旭は乾いた喉で咳込んだ。


 カボチャのポタージュをゆっくり啜りながら朝食を取っていると、ドアがノックされたので旭は掠れた声で返事をした。


「ギャーッ!!」


 部屋に入ってきた不気味な黒いカラス型のマスクを着けた来訪者に旭は喉の痛みを忘れて悲鳴を上げた。カラス人間は全身黒づくめで手には怪しい小瓶を持っていた。その姿はさながら死神で、旭は恐怖の余り力が入らない腕で枕を投げつけた。


「イヤーッ!来ないで!助けてお兄ちゃん!」


「風の神子よ、我だ」


 くぐもった聞き覚えのある声に旭は発動させようとした魔術の構成を止めてカラス人間の様子を窺った。しかし一向に正体を現さない。


「誰?」


「我はそなたの許嫁、闇の神子だ」


「サクちゃん、何で変な格好してるの?」


 旭が不信感を募らせているのにサクヤは素顔を見せずそのまま理由を明かす。


「風邪が移ったら執務が出来なくなるからな。昨日もお見舞いに行きたかったが配下達に止められた」


 闇の神子はサクヤ1人しかいないから倒れてしまっても不調を押して礼拝をしなくてはならない。なので神官達の判断は正しい事だ。


「どうにかお見舞いに行けないか水の神子に相談した所、このマスクを付けることを勧められた。ついでに風邪に効く薬も貰った」


 小瓶の中身を説明してサクヤはサイドテーブルにコトンと置いた。薬は紫色の液体で見るからに不味そうで旭は目を背けた。


「ありがとう、サクちゃん。気持ちは嬉しいけど、本当移しちゃ悪いからもう帰りなよ」


 許嫁に心配されて嬉しかったけれど、この辛さをサクヤに味わわせる訳には行かないので、旭は努めて冷たい口調で突き放した。


「承知した。後で花を贈ろう。早期の回復を祈る。必ずや薬を飲む様に」


 最後の言葉を聞き入れたくなかった旭は無言でサクヤを見送ってから、冷めたカボチャのポタージュをスプーンで掬った。そして助けを呼んだのに様子を見に来なかった兄に怨念を込めて腹の中で薄情者と罵った。


 空いた食器を回収に来た紫に小瓶の存在を指摘されて、隠さなかった事を後悔しながら素直に薬だと白状すると、無理矢理鼻を摘まれて飲まされてしまった。薬は葡萄が主成分だったようで、想像よりも飲みやすくてホッとしてから旭は一眠りする事にした。



 ***



 鐘の音が聞こえる…


 何事かと旭はベッドから起き上がり、執務室にいるだろう兄と紫の姿を探すが見当たらない。風の神子の間から出て廊下に出ると、神官達が慌ただしく走り回っていた。


 一体何が起きたのか、尋ねたくても神官達は旭に見向きもしない。叫び声を上げる者もいて、辛うじて聞き取れた言葉は「火事だ逃げろ」だった。


 まさかの事態に旭は戸惑い恐怖で足が竦んだ。そして何故兄と紫は自分を置いて逃げたのかと絶望感を覚えた。あのまま眠ったままだったら焼け死んでいたかもしれない。


 とにかく神殿の外に出ようと旭も逃げる神官達と同じ方向に歩いた。次第に煙が濃くなったので風を操り吸わない様にしながら出口を目指す。


 ここで旭は肝心な事に気がついた。もしこのまま鎮火せず、炎が神殿全体を包み込んだら、精霊と契約していて神殿の敷地外から出られない神子は逃げようとしても見えない力に阻まれて不可能だ。

 

 しかし火事なら水の神子達がどうにかしてくれるだろう。そう楽天的に考えながら旭は門前の広場へと辿り着いた。


「えっ…サクちゃん?」


 広場の中央でサクヤが静かに佇んでいたが、明らかに普段とは様子が違った。闇属性魔術特有の黒い靄を体から発しながらも手からは青い炎を出していた。


「我はついに闇の力を極めたぞ!」


 高揚した声色でサクヤは神殿敷地内の建物を炎で包み込めば、遠くから断末魔が聞こえてきた。


「どうしてこんな酷い事をするの⁉︎」


「これが我に与えられた使命だ!」


「サクちゃんはおばあちゃんを…光の神子を守りたいんじゃなかったの?」


 ずっと前からサクヤは光の神子の力になる事目標にしていた。それなのに神殿を燃やすという行為は余りにも矛盾していた。サクヤは自己陶酔して高笑いをしている。


「神殿を…神子を…水鏡族を滅ぼす!それが我の天命よ!」


 パチンと指を鳴らすと馬車よりも大きな黒い獣がサクヤの背後に現れた。恐らく闇の精霊ディアボロスだろう。


「最早神殿は風前の灯火、我の炎で燃やし尽くされるだろう。さらばだ!我が許嫁よ!」


 ディアボロスに跨ったサクヤは神殿を去り、水鏡族の村は瞬く間に炎に包まれていった。


「サクちゃん待ってーッ!」


 空へと手を伸ばし、サクヤを引き止めたが旭の声は届かず、炎に包まれた旭は意識を失った。



 ***



「サクちゃんっ!」


 許嫁の名前を叫んで旭は息を荒げて飛び起きた。額から冷たい汗が伝い、現実に戻ると大きく溜息を吐いた。


「夢か…よかったぁ…」


 悪夢を見たせいかお気に入りのネグリジェは汗でぐっしょりと濡れていた。不快感に顔を顰めて旭は着替える為にベッドから降りてネグリジェと下着を脱ぎ捨てると、一糸纏わぬ姿になってタオルで体を拭いた。


「旭、帰るからなー」


 ノックもせずにドアを開けた兄に旭は本日2度目の悲鳴を上げた。


「最低!お兄ちゃんのエッチ!!」


「ああ、ごめん。だけど赤ん坊の頃おしめを替えてやっていたし、風呂も入れた妹に発情する程俺は変態じゃない」


「嘘!何で勝手におしめを替えたのよー!」


 物心がついていない昔の事とはいえ、恥ずかしい過去を暴露された旭は羞恥と怒りで掠れた喉を酷使する。


「いいから早く着替えろ、見ていて悲しくなる。じゃあな」


 憐憫の目で裸の感想を述べて逃げた兄に旭は発狂して奇声を上げたが、寒さで身震いがしたので不本意ながら言うことを聞いて、タンスから新しいネグリジェと下着を取り出して着替えた。


 大量に汗をかいた影響か、なんとなくスッキリした旭は執務室に顔を出して紫にベッドのシーツの交換の手配をお願いしてから水分補給をした。


「何だったんだろう、あの夢…」


 夢の中の青い炎に包まれ、まるで闇の力に飲み込まれてしまったような許嫁の姿を思い出すだけで旭は不安で胸が押し潰されそうだった。


 どうか夢が現実にならないようにと強く願いながら旭はドレッサーの1番上の引き出しからサクヤとのペアペンダントを取り出して強く握りしめた。


 お昼過ぎになるとサクヤが花束を持って再び姿を現した。午前中同様カラス人間スタイルだが、いつもと同じ雰囲気なので旭は安堵する。


「ありがとうサクちゃん、何かいい匂いがする」


「水の神子達が管理する薬草園で摘んだ物だ。リラックス効果が見込めるらしい」


 少しでも許嫁に元気になって欲しいとサクヤがミナトに相談した所、アロマセラピーとしてハーブの花束を勧められたのだった。目を細めて香りを楽しむ旭にサクヤは作戦は大成功だと嘴の付いたマスクの奥でニヤリと口の端を上げる。


「サクちゃん、サクちゃんはいつまでもサクちゃんでいてね…」


 闇の神子でありながら、さり気ない陽だまりのような優しさを持つ許嫁が旭は愛おしかった。


「ふむ、意味が分からない…我は我だが?」


 首を傾げるカラス人間に旭はクスクスと笑いながら黒革の手袋を嵌めた許嫁の手を握った。


「それでいいんだよ。好きだよ、サクちゃん」


 許嫁への想いを口にすると心がポカポカになって、旭は風邪を引いている事も忘れてしまいそうだった。


「そうか、感謝する」


 好きだと言われて嬉しい気持ちはあるが、未だ恋というものが分からず自分も好きだと自信を持って答えられないサクヤは感謝という言葉に想いを乗せて旭に伝えた。



 

 


 

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