34 許嫁と星を見ます
寒さが厳しくなり、雪が降りつもる日々が続いていた。旭は兄からの言いつけを守ってサクヤと毎日トレーニングの一環として広場の雪掻きを行っていた。
最初は雪掻き当番の神官達から心配されたし、筋肉痛で動けない朝もあったが、日を追うごとに旭の手際も良くなり、雪掻き大臣の名を欲しいままにしていた。
「今年もあっという間だったね…」
「そうだな。まさに光陰矢の如しだ」
既に年末となり、神殿内は慌ただしくなっていた。神官や食堂などに勤める者達は年末年始は仕事が休みなので、それまでにやるべき事が山の様にあった。
大掃除や仕事納め、休みの間の神子達の食事を作り置きしたり、新年に行う精霊王謁見の儀の際に着る衣装の準備など目が回る様な忙しさだった。
紫ら風の神子の神官達も同様で、旭はいるだけ邪魔だと風の神子の間から追い出されている始末である。ならば自分の部屋を片付け大掃除すればいい話なのだが、他人に片付け掃除される事に抵抗がないので神官任せにしている。
そうなると旭がやる事は訓練一択である。最近は魔術も上達して遂に空中浮遊をマスターした。年明けには兄から飛行移動を教えて貰う予定だ。弓の方も精度が上がっていて、的中率は高くなっている。動いている物はまだまだだが、更なる躍進を狙っている。
雪掻きが終わり、タオルで汗を拭いて体が冷えないうちに旭とサクヤはコートを着てマフラーを巻いた。
「サクちゃん、そのマフラー穴だらけだけど…」
「流石は我が許嫁、お目が高い。このマフラーは今年最後の買い物で大将から購入したものだ。敢えて空けたという穴に無限の可能性を感じるだろう?」
「はあ…」
どうやらサクヤが巻いている黒い穴だらけのマフラーはいつもの奇抜なファッションアイテムを扱う店主から購入した物の様だ。
もし自分が手編みのマフラーをプレゼントしたらサクヤは巻いてくれるだろうか?そんな考えが頭を過ったが、毛糸すら触った事ない自分が編んだら今巻いているマフラー以上に穴だらけになりそうだと旭は自嘲した。
「…時に風の神子よ、今宵は暇か?」
「え今夜?暇だけど…どうしたの?」
突然サクヤに夜の予定を聞かれた旭は夜のお誘いという背徳感溢れるワードが頭に浮かび、不意に胸がドキドキして来た。
「朝の礼拝で精霊達が今夜は快晴だと教えてくれたから我と星でも見ないか?」
サクヤからのデートのお誘いに旭は己の耳を疑ったが、次第に胸が強く締め付けられて顔が熱くなり事実だと確信した。そしてに自分はこんなにもサクヤが好きだったのかと、全身に響き渡る早鐘を打つような心臓の音で自覚した。
「顔が赤いが、具合でも悪いのか?」
「ううん大丈夫!いいよ!星見よう!」
心配そうに額に手を当ててくる許嫁に旭は飛び上がりそうになりながら、星を見る約束を交わして待ち合わせ場所と時間を決めてから夜起きていられる様に寝るからと、サクヤと一旦別れた。
「どうしよう何着てこう?ていうか誰に相談すれば…」
その場でぴょんぴょんと浮かれ気分で跳ねながら旭は冷静になれと言い聞かせた。いつもならまずは菫に報告したい所だが、ここ数日忙しそうだった。義姉が都合良く遊びに来てくれたら助かるのだが、誘拐事件以降顔を見せない。
となると恋話なら常にウェルカム態勢の暦が適任だろうと判断して、旭はダメ元で図書館に顔を出すと、蔵書整理で暦ら炎の神子と神官達はおおわらわだった。
「あら旭、どうしたの?」
諦めて帰ろうと踵を返した旭に気が付いた暦が本を抱えたまま駆け寄って来た。仕事を中断させてしまい申し訳ない気持ちになりながらも、旭は事情を話す事にした。
「暦ちゃん、サクちゃんが星を見ようってデートに誘ってくれたの!」
「まあ!素敵ね」
「それでアドバイスが欲しいんだけど、忙しいよね?」
遠慮がちに確認してくる旭に暦の目はキラリと輝かせ、可愛い姪と義弟カップルの進展に胸が躍った。最近は本職が忙しくて作家稼業がおざなりになっていたが、これを糧に年末を乗り越えたらまた頑張れるという下心があったのだ。
「ちょうど休憩しようと思っていた所だから平気よ。さ、こっちで話しましょう」
近くを通ったタイガに本を押しつけて休憩する旨を伝えると、暦は姪の手を取り館長室へと誘った。
「それで何処で見る予定なのかしら?」
魔術で沸かしたお湯を使って紅茶を淹れながら暦は本題に入る。本当ならじっくりと話を聞きたい所だが、時間が無かった。
「塔の屋上で見る事にしたの。使用許可はサクちゃんが取ってくれるって」
「場所はどっちが提案したの?」
「私!障害物ない所で見たいじゃん!」
「旭はもう飛べるんだっけ?」
「飛べない。だから頑張って階段で上がる」
屋上まではかなりの高さがあるので一種のトレーニングになるだろうと旭は覚悟していた。それでもサクヤと星が見れるなら大したことではない。
「フフフ、なるほどね。素敵な夜になるといいわね」
「うん!星は詳しくないけどサクちゃんと一緒なら絶対最高だよ!」
嬉しそうに頬を染める姪に暦は破顔する。そして冬の天体観測をする上で必要な物や服装をアドバイスして、ついでに寒かった時のためにと周囲を温かくする作用がある魔石をその場で精製してプレゼントしてあげた。
「ありがとう暦ちゃん!忙しいのにごめんね!」
「いいのよ、代わりに今度デートの話たくさん聞かせてね」
「うん!なんだったら『そよ風のシンデレラ』のネタに使っていいよ!」
「協力的で嬉しいけれど、あの作品は大方の話が決まっているのよ。だから新作を出す事になったら参考にさせて貰うわね」
「そうなんだ!あ、今月の新刊も良かったよ!ミコトちゃんと翠くんがようやく両想いになれたのに、ミコトちゃんが調理学校に入学するために村を出て行ったシーン!ミコトちゃんとの別れに涙を流す翠くんに貰い泣きしちゃった!」
「ありがとう、現在鋭意執筆中だから次巻もお楽しみに」
コーネリア・ファイアの貴重な裏話を聞いた所で旭はお暇して、早速デートの準備をして夜に備えて仮眠を取った。
***
夜が更けてサクヤとの約束の時間になった。旭は上は白のローゲージセーターで、ウールの焦げ茶のショートパンツの下に厚手のタイツを履いて、大判の赤いチェックのストールを羽織った。そして黒のニット帽をかぶって黒いショートブーツを履いて、ランタンを手に塔の入り口でサクヤを待っていた。
今夜は雪は止んでいたが、想像以上に冷えていた。呼吸する度に白い吐息が薄暗い中でも主張していた。ポケットに忍ばせた暖房用の魔石を直ぐにでも使いたかったが、ぐっと我慢して肩を摩った。
「待たせたな」
5分程してサクヤが姿を現した。全身黒づくめのコーディネートのせいで一瞬何処にいるのか分からなかったが、目深に被ったフードの隙間から輝く銀髪と青白い肌でなんとか視認できた。
鍵を借りて来たとサクヤが説明して、塔の入り口の鍵を開けて2人で中に入った。塔の中は真っ暗で、ランタンの灯りだけを頼りに屋上を目指して螺旋階段を慎重に上る。
「ごめんね、私がお兄ちゃんみたいに空を飛べたらこんな苦労しなかったのに…」
カツン、カツンと足跡を響かせながら旭は恐縮すると、サクヤは気にするなと足元を確認しながら首を振る。
「我だってディアボロスや使い魔達をもっと上手く使役すれば容易く上れたはずだ。力不足はお互い様だ。今後共に精進しよう」
サクヤが言うには歴代の闇の神子の中には契約している精霊や使い魔達に乗って移動する者もいたという。現在ディアボロスは子犬サイズだし、使い魔も鳩位の大きさで、乗る事は到底出来ない。
「はあ、私も目標のお兄ちゃんがバケモノ過ぎて近づけてる気がしないんだけどね。反神殿組織のアジトを1人でぶっ壊すとか本当有り得ない」
本業が大工だから建物を解体する方法を知ってたのかもしれないが、一晩で出来る事ではないはずだ。
「風の神子代行は実戦経験が豊富だからな。神子でありながら冒険者ギルドのランクがAという異質さもある…だが、代行も我々のように未熟だった時代があるはずだ。恐らく守りたい人の為に血反吐を吐く思いをしたに違いない」
「じゃあ私達も血反吐を吐かなきゃねっ…ふぅ」
塔の中腹に到達すると冷えた体が温まり、息が乱れて来た。まだまだ修行が足りないと嗤いながら旭は足を進める。
「風の神子は守りたい存在はいるか?」
「お兄ちゃんに怒られてから何度も考えたんだけど、私はやっぱり守られたい。みんなから守りたいと思われるような立派な神子になりたい。その為にも強くなる!」
「守られたい存在になる、か…風の神子らしいな」
「それってどういう意味?」
「あの様な事件に巻き込まれ責め立てられたら、普通考えを改めてもおかしくないのに、己の信念を曲げない所はそなたらしい」
一見皮肉を言っているようだが、サクヤの口調は優しくて旭は本気で褒めている事が伝わった。いつだってサクヤは馬鹿にしないで真面目に話を聞いてくれる。そんな所が旭は大好きだった。
「サクちゃんは私の事守りたいと思う?」
「我は風の神子と共に母を守りたいと思っている」
許嫁にとっての守りたい存在は光の神子である祖母…旭は悔しい気持ちもしたが、サクヤにとって自分は背後ではなく隣にいる存在だと考えたらそれもいいかもしれないと思えた。
ようやく階段を上り終えて旭とサクヤは屋上に出た。高い場所の為地上より風が強く、旭は思わず身震いをした。
そして汗をタオルで拭った後に敷物を広げて魔石を使い周囲を温めてから、身を寄せ合いランタンの光を弱めて雲一つない星空を見上げた。
「綺麗…」
「今宵は新月だからより一層星が輝いているな」
幾千の星に2人は夢中で空を見上げた。お互い星座は詳しくなかったので、適当に名前を付けて遊んだ。
「あっ、流れ星!」
流れ星を見つけた旭は指を組んで願い事をした。サクヤもそれに倣ってから目を伏せた。
「どんなお願い事したの?」
「それは最重要秘匿情報だ。知られると叶わないらしいからな」
「それもそうか。ねえ、サクちゃんは何で私を星を見ようと誘ったの?」
サクヤから誘われたのが初めてだった旭はふと疑問に思い尋ねてみた。彼との付き合いは長いが、未だに考えている事はストレートに聞いてみないと分からなかった。
「闇の精霊達から今宵が快晴だと聞いて星を見たいと思った時、風の神子が隣にいたらもっと愉快だろうと思った。それだけだ」
薄暗い闇の中でもサクヤが柔らかい表情をしているのが伝わり、旭は胸が苦しくなった。美しい物を一緒に見たいと願うという事は、サクヤが自分の事を愛しいと感じてくれている。そう思った。何故ならば自分がそうだからだ。
無意識に旭はサクヤの頬にそっと触れた。夜更かしの習慣が祟っているのか、お世辞にも滑らかな肌ではなかったが、それでも旭はずっと触れていたかった。
「サクちゃん…」
キスして
そうおねだりをしようか悩みながらも旭はゆっくりと瞳を閉じて、後はサクヤの裁量に任せることにした。
「眠そうだな。そろそろ引き上げよう」
どうやらサクヤには甘い空気を読む事はまだ早過ぎたようだ。旭はガックリと肩を落としながらも、あまり遅くなると神官達を心配させるので、後ろ髪を引かれる思いをしながらランタンの灯りを強くして階段を下りることにした。
「また2人で星を見ようね」
「そうだな、また快晴の新月の夜に誘う」
最後にもう一度空を見上げて、澄んだ空気を吸い込むと、次の約束が気軽に出来るサクヤとの関係に倖せ感じながら、旭は許嫁の背中を追いかけた。
ちょうど年末ネタ。
中々甘い展開になりませんが、今後ともよろしくお願いします。