31 一度あることは二度あります 後編
光の神子の間には各属性の神子代表達が安楽椅子に座る光の神子の元に集結していたので、旭は緊張で体が強張る。
「ふう、別に反神殿主義でもそれぞれ思想は自由だし、実害が無いから野放しにしてたのが仇となってしまったわね」
「おばあちゃん…お義姉ちゃんを助けて…」
今の自分の力ではどうにもならないと思い旭が助けを乞うと、光の神子は優しく笑って孫娘の頭を撫でた。
「命さんも私の大事な孫ですもの。必ず助けるわ…その為にもこれを…暦、読んでもらえる?」
暦は母の代わりに反神殿組織の要求が書かれている手紙を開封すると、落ち着いた口調で読み上げた。
「光の神子よ、人質を返して欲しければ我々の毛根を蘇らせろ。本日中に来なければ人質を殺害する。 反神殿組織 光の神子を否定する会」
「はあ?」
反神殿組織の要求に旭は思わず間の抜けた声を上げた。土の神子のアラタに至っては吹き出して笑い転げている。
「何これ?冗談じゃないの?」
呆れた声で眉を寄せるのは氷の神子の霰だ。雷の神子の雀も同様に頷く。
「そういえば…反神殿組織の人達はみんな帽子を被っていたんだけど、あれってもしかしてハゲを隠す為?」
「ギャハハ!ハゲだらけの組織かよ!マジうける!」
「アラタ、あなた失礼よ。組織の方々も好き好んで禿げている訳じゃないのよ?」
旭の考察がアラタのツボに入ったのか、さらに声を上げて笑い出し、それを暦は窘める。
「あらあらどうしましょう…場所の指定を忘れている上に私は神殿から出られないし、光の魔術ではハゲは治せないのに…仕方ない、命さんの事は諦めましょう」
「おばあちゃん!?」
ついさっき必ず助けると言ったのに、諦めるのが早すぎる祖母に旭は非難の声を上げる。それに対して光の神子はクスクスと声を出して笑うと、手紙を暦から受け取り破り捨てた。
「ふふ、冗談よ。トキワはもう行ったんでしょ?居場所なら精霊が教えてくれてるでしょうし、あとはあの子に任せて吉報を待ちましょう」
「異議無し!あーマジうける。トキワさんの風で帽子とカツラが吹っ飛んで慌てるハゲとか想像するだけで腹筋崩壊だ!」
笑い過ぎて出た涙を袖で拭い、アラタは光の神子の意見に賛成すると、他の神子達も同意して次々と光の神子の間から出て行った。
「みんなちょっと軽過ぎない?お義姉ちゃんのピンチなのに…」
「みんなあれで心配してるのよ。以前も似たような事があったからね」
「似たような事?」
疑問を持った旭に暦は覚えていないだろうけどと、前置きをしてから話し出した。
「今から約7年前、あなたと命ちゃんが弓の訓練所に行った帰りに人攫い集団に襲撃されて、命ちゃんがあなたを守る為に1人で戦って負傷した事があるの。全く、一度あることは二度あるとは言うけど困ったものね」
「え…」
その事件について旭は全く覚えてなかった。7年前といえば旭はまだ5歳…記憶が無いのも仕方がないのがしれない。
「過去を振り返っても如何にもならない。風の神子よ、我々は今出来ることをしようぞ。ひとまずは闇の眷属達を安心させよう」
そう言ってサクヤは旭の手を取り光の神子の間を出て風の神子の間に戻ると、執務室で遊んでいたクオンとセツナの元で兄弟の両親の帰りを待った。
幼い甥っ子達を不安にさせてはいけないと旭は気を張りながらサクヤと一緒に勉強を教えたり、絵本を読んだりして時間を過ごした。
そして夕方の礼拝を済ませ、夕飯を食べてから兄弟とサクヤが神殿の共同風呂に行っている間、人質になっていたはずの義姉が兄に横抱きされて風の神子の間に姿を現した。
「お義姉ちゃん!」
「ごめんね旭ちゃん、心配かけちゃったね」
「ケガしてる!あいつらにやられたの⁉︎」
義姉の左頬は赤く腫れていて、口の端は血が滲み、手首には縄で縛られた跡があり、シャツのボタンが取れていた。旭は義姉の惨状に悔しさで顔を歪めた。
「おばあちゃんに治してもらわないと!」
「大丈夫、この程度のケガで光の神子の手を煩わせるわけにはいかないよ」
治療を辞退する妻に対して、トキワは無意識なのか妹の目を気にせずに、妻の頭に優しく口付けてから顔を近づけた。
「クオンとセツナが見たら驚くから治して貰いなよ」
「ああそっか、そうだよね…」
夫の説得に命も子供達の事を考えたらと納得する。そんな今まで見た事ない兄夫婦の甘ったるい雰囲気に旭は見てはいけないものを見てしまった気持ちになって、紫と顔を見合わせると苦笑いされた。しかしこの様子で、今までの不仲説はとんだ思い違いだったんだと思えた。
「じゃあちょっとハゲ達を滅ぼしてくる」
まるで近所に買い物に行くような軽い口調で殺伐とした言葉を放ち、トキワは命を降ろし、短く抱き締めてから踵を返して風の神子の間から出て行こうとした。
「殺生は駄目だからね?」
トキワを追いかけて手を取り、命は子供に言い聞かせるような口調で念を押した。
「クオンとセツナを人殺しの子供にしないで」
物騒過ぎる兄夫婦の会話に旭は戦々恐々としてしまう。反神殿組織の者達は憎いが死んで詫びろと迄は言えなかった。
「約束だからね?」
「ん」
後ろ姿しか見えないので確証はないが、まるで約束を交わす様に口付けをしてるかもしれない兄夫婦に旭はドキりとした。
「ありゃ完全に2人だけの世界ですね。最近は代行も自粛してたから久々に見ましたよ」
「あはは…そうなんだね」
紫のぼやきで兄夫婦の仲の良さを旭は確信すると、自粛前は一体どれだけ仲睦まじかったのか、非常に気になった。
その後兄を見送った旭は義姉と共に光の神子に報告をして、怪我の治療を施してもらってから風の神子の間に戻ると、風呂上がりのサクヤ達が仲良くソファで並んでコーヒー牛乳を飲んでいた。
「母さん!」
「おかあさん!」
クオンとセツナが嬉しそうに声を上げて母親の元へ駆け寄った。命は優しく息子達の頭を撫でて、心配掛けた事を謝った。
「あれ、父さんは?母さんを迎えに行ったんじゃなかったの?」
父の不在を指摘する長男に命は視線を泳がせて事情を考えた。
「あー…お父さんはお母さんがお世話になった人達にお礼をするから遅くなるって言ってたよ。だから今日は神殿にお泊まりだよ。先に寝ておこうね」
「分かった。じゃあ今日はサクヤ兄ちゃんと一緒に寝る。いいでしょ?」
「よかろう。極上の夜咄を披露してやろう」
クオンの希望にサクヤは快諾した。旭は許嫁と一緒に夜を過ごせる甥っ子を羨ましそうに見つめる。
「僕はお母さんと寝る!」
一方で普段兄のクオンと2人で寝ているセツナはここぞとばかりに母と寝る事を所望した。
「いいよ。今日はお父さんもいないし、たくさん甘やかしてあげる」
「やったー!」
甥っ子達はそれぞれお泊まりを堪能する様だ。それにしても兄は反教会組織に対して今頃どんなお礼をしているのか…想像するだけで旭は夜眠れなくなりそうだったので、考えることを止めて作り笑顔を浮かべた。
「セツナが寝ちゃう前にお風呂入らないと。旭ちゃんも一緒にどう?」
「うん!行く!」
旭は即答すると、自室で着替えを用意してから義姉と2人で共同風呂に向かい、仲良く背中を流し合った後、湯船に浸かって義姉から救出劇を聞いた。
兄は気配を消して反神殿組織のアジトに忍び込み、絶体絶命だった所で助けてくれたらしい。
その姿はさながらお姫様を助ける騎士の様だと言いたい所だが、実際は粗暴な山賊そのものだったらしく、監禁部屋にいた男達を殺す勢いで殴っていた兄の暴走を止めるのに苦労したと義姉はぼやいた。
末恐ろしきは反神殿組織よりも兄であると旭は恐れながら、湯船にぷかぷかと浮いている義姉の豊満な胸に癒されて、三度目の悲劇が起きない為にも自分の身は自分で守れるくらい強くなろうと心から誓うのだった。
登場人物メモ
霰 あられ
42歳 氷の神子代表 髪色 銀 目の色 赤 氷属性
菫の叔母。クールビューティーと崇められている。副業でファッションブランドを展開している。