30 一度あることは二度あります 中編
反神殿組織…旭の頭の中にそんな名前が頭に過った。最近水鏡族の村を騒がせている組織で神殿の人間達は精霊を笠に着て村人達から金を毟り取っていると声を大にして叫んでいる組織だと会議で耳にした気がする。
神殿の収入源は生活必需品である魔石の販売やお札に結婚式の費用や写真館の利用料など商売が中心だ。あとは神子のブロマイドの販売も行なっており、それぞれの信者が買い求めている。彼らにとってはそれがそう見えるのだろう。
「あなた達、何者⁉︎風の神子に一体何の用なの?神子に用事がある時は神殿を通すのが筋でしょう?」
威勢よく男達に問い詰める命にキャスケット帽を被り口髭をたくわえた男が含み笑いをした。
「フッ、我々をご存知ないとはとんだもぐりもいたものだ。我らは反神殿組織、光の神子を否定する会だ。こんな小娘に本来用は無い。我々の真の目的は光の神子だ!」
彼らの目的は旭の祖母である光の神子らしい。恐らくは彼女の癒しの力を求めているのかもしれない。
「この子に用がないなら道を開けなさい。大体客じゃないならお店に迷惑でしょうが!」
もっともな事を言う命に黒い中折れ帽を被った若い男は睨みつけてきたが、命は怯まず睨み返した。
「風の神子は光の神子の孫だからな。こいつを人質にして光の神子に我々の要求を呑んでもらうのだ」
首謀者と思わしきシルクハットを被った年配男性の言葉に帽子を被った男達は一同に力強く頷いた。
「光の神子を否定する会なのに要求があるなんて随分と都合の良い話ね」
嫌悪感を露わにした命の視線を気にする事無く男達は不気味に含み笑いをしていた。
「いいから大人しく風の神子を渡せ!」
キャスケットを被った男が旭に手を伸ばしたが、すかさず命は男の腕を掴んで捻り上げる。男は即座にもう片方の腕で命の手を振り払った。
「義妹は絶対に渡さない!」
闘志に燃えた瞳で命は反神殿組織の人間達を睨み返した。そして彼女の意思に賛同するように店主達を始め、店内にいた者達も風の神子を守る為に立ち上がった。
命はキャスケット帽の男に鋭い蹴りを浴びせて距離を取らせた。その間に旭を店主に託す。旭は誘導されて厨房へと移動した。
厨房には子供や妊婦など戦闘に適さない客も避難している。厨房の入り口は店主が守り、彼の妻が旭を優しく抱き締めて守ってくれた。
店内は騒然としていた。その場にいる全員が戦民族が故に普段平穏に暮らしていても、戦闘となれば血気盛んになってしまうようだ。厨房からはその様子を伺う事は出来ず、旭は不安で胸がいっぱいだった。
「これは一体…」
「マイトさん!こいつらは反神殿組織の人間で旭ちゃんを狙ってるの!」
騒ぎを聞きつけて店内に入って来たマイトに命は簡潔に説明すると、シルクハットの男が振りかざしたステッキを椅子で防ぐ。
事情を把握したマイトは襲い掛かって来たハンチング帽の男の拳をいなしてファイティグポーズを取って対峙した。
喫茶店の客達が反神殿組織相手に奮闘する中で、頭にバンダナを巻いた中年男性客がキャスケット帽の男に突き飛ばされて倒れ込んでしまった。
「大丈夫ですか⁉︎」
隙を見て命は男性客に駆け寄り、キャスケット帽の男から身を呈して守ろうとした。
「動くな!」
喧騒が続く店内で声を張り上げた男の声が響き渡り、客と反神殿組織の両方が動きを止めて、声の主に注目した。
「作戦変更だ。この女を人質にする」
声の主は先程倒れた頭にバンダナを巻いた男だった。男は命の自由を奪い、彼女の喉元にナイフを当てていた。どうやら事前に客として潜入していた様だ。
「こいつはもう1人の風の神子の妻のはずだ。神殿に写真が飾ってあるのを見た。ならば人質としての価値は充分ある」
静まった店内から聞こえて来た発言に旭は耳を疑った。祖母が戒めにと写真館に飾った兄夫婦の婚礼写真が裏目に出てしまったようだ。急ぎ姉を助けようと旭は店主の妻の腕から出ようとしたが、ふくよかな太腕は力が強く、びくともしなかった。
「…分かった。私が人質になるから早く店を出なさい」
このままでは旭まで人質になってしまうと判断した命は人質になる事を受け入れた。返事に満足した反神殿組織の者達は命の首筋にナイフを当てたまま店を出ようとした。
「待て、妹より弱いとはいえ、お前の夫に追跡されては困る。水晶を外していけ」
兄よりも妹の方が魔力が強いから風の神子は代替わりをしたと勘違いしているようだったが、夫婦の水晶は互いの居場所が追跡できる事を中折れ帽を被った若い男が指摘してきた。命は悔しそうに右耳のピアスを水晶の形にすれば、床に落ちて転がった。
「この手紙を光の神子に渡せ」
それを確認した反神殿組織の男達は満足した様子で武器を手にしてから店内の人間を牽制しながら近くの机に手紙を置くと、命を連れて店から出て行った。
「お義姉ちゃん!!」
ようやく解放された旭は後を追おうとしたが、マイトに引き止められた。細腕の旭は振り払う事ができず膝から崩れ落ちると、近くに転がっていた瑠璃色に光る義姉の水晶を手にして号泣した。
***
「風の神子!」
許嫁の声が聞こえたので旭が目を開けると、サクヤが不安に顔を曇らせていた。確か自分は泣きながらマイトに馬車に乗せられて神殿に戻っている途中に過呼吸になってしまい…それから記憶が無かった。
「サクちゃん…私…」
「無理をするな、そなたは気を失って眠っていたのだぞ」
「そうだったんだ…ねえ、お義姉ちゃんは無事なの?」
「分からない…今しがた代行が風の精霊から情報を得ている所だ」
未だに行方が掴めていない事に不安を覚えた旭は義姉から託された水晶を探すが、見つからず焦りパニックになった。
「どうした?」
「お義姉ちゃんの水晶が無い…どうしよう…」
「案ずるな。闇の眷属を生みし者の水晶なら風の神子代行が預かっている」
「お兄ちゃんが…よかった」
紛失や破損では無い事が分かり旭は安堵の溜息を吐いた。水晶は水鏡族にとって身体の一部同然の物だからだ。
「よくない」
憤怒に包まれた低い声で旭を否定したのは兄のトキワだった。彼が怒っている顔は散々見てきたが、これまでで一番怒っているのは一目瞭然で旭は恐怖に震え上がった。
「お前はいつまで守られてばかりのお姫様でいるつもりだ?」
兄の叱責に旭は返す言葉が見つからなかった。常に自分の身は自分で守るよう言われて来たのに、自分は守られるべき存在だからと最低限のトレーニング以外は全く手をつけていなかった。
そんな怠惰が今、自分ではなく大切な人に返っている事を痛感すると、目から一筋の涙が落ちた。
「泣いたらどうにかなると思うな」
「ちが…これは泣きたくて泣いてるわけじゃないもん…」
次々と涙が溢れる妹にトキワは大きくため息を吐くと左手を掴んで自分の胸に押し当てた。
「早く証を回収しろ」
「うん…」
光と風をまとわせて精霊との契約の証を兄から回収すると、旭の左手に紋章が浮かび上がる。それを確認するや否や兄は風の神子の間を飛び出して行った。
「大丈夫か?風の神子よ」
「…どうしよう、私のせいでお姉ちゃんが…」
「闇の眷属を生みし者の事は代行に任せれば問題無い。風の神子は体力の回復に専念するがいい」
「サクちゃん…」
どうにもならない状況に旭はサクヤに縋るように抱き着いて声を上げて泣いた。
「あのー、お取り込み中すみません。光の神子がお呼びです。なんか反神殿組織が置いて行った手紙を開封するそうです」
気まずそうに寝室の入り口から顔を出して側近の紫が声をかけて来たので、旭は鼻を啜りながらサクヤから受け取った髑髏模様のハンカチで涙を拭くと、2人で光の神子の間へ向かった。