28 畑仕事を手伝います
風属性の会合は無事終了したが、他の属性の一部はまだで11月から12月にかけて会合が開催される。
今日は明日行われる土属性の会合の余興の1つである収穫祭の準備をアラタからの好感度を稼ぎたい菫の主導で旭とサクヤは手伝う事となった。
動きやすい長袖長ズボンに髪の毛は2つに分けて三つ編みにしたら、菫からどこの田舎娘かと思ったと言われたが、日焼け対策につばひろの作業帽を被った菫こそ田舎娘だと返すと、アラタとお似合いの格好だろうと鼻高々だったので、旭はそれ以上何も言えなかった。
「いやーありがたいよ!早速だけど蔓を短くしてくれるかな?」
「蔓?」
土いじりの経験が無い旭とサクヤは首を傾げる。菫はアラタを好きになってから必死に農業について勉強していたので理解してる様子だ。
「週末はこの蜜芋を収穫するんだけど、収穫しやすい様に蔓を短くして、会合の時間内に終わらせたいから事前に切っておくんだ」
「私が真空波で切ってあげようか?」
左手に風を纏わせて旭が提案すると、アラタは楽をするに越した事がないのてしばし考えた。
「じゃあ試しにそこの畝の蔓を切ってみて」
「了解!」
得意げに旭は返事をして真空波を蜜芋の蔓にぶつけた。蔓は細かく切り刻まれてバラバラとなった。
「うん!バッチリでしょ?何なら切った蔓を風で集めてもいいよ」
戦闘向けの魔術は苦手だが、生活魔術の制御は気が楽なので旭は得意としていた。
「ありがとう、あーちゃん。でもこの方法だと土埃が舞って作業に支障が出るみたい」
言われてみれば地面も空気も乾燥しているので風魔術を使うと土埃が舞ってしまう。
「そっかー、じゃあ地道に頑張るしかないのか。ということでマイトさんよろしく」
芋蔓を切る作業が重労働だと予想した旭は側近の男性神官マイトに押し付ける事にした。彼は雫と同時期に旭の為に兄が雇った神官で、主に旭の護衛を務めている。武芸に秀で時々兄と手合わせをしているので、重労働はお手の物だろうと旭は期待していた。
「御用命とあらば致しますが…その間風の神子は何をされるのですか?」
近くにあったベンチに制服の白いジャケットを脱いで黒いシャツ姿になったマイトが問うたので、旭はにっこり笑ってベンチに腰掛けた。
「応援!」
菫が強引に誘ったから渋々やってきたが、はなから旭は肉体労働をする気が無かった。旭のサボり癖は今に始まった事では無いとはいえマイトは苦いため息を吐いた。
「サボった子には俺の妹達が作ったスイートポテト、あげないからねー?」
「やります!」
アラタの発表した労働の甘い報酬に旭の目がキラリと輝き、ベンチから立ち上がった。立ち替わりの早い旭に一同は呆れながらも何も言わずに、用意された小型の鎌を手にして芋蔓の処理を始めた。
「根詰めてやると周囲の様子に気付きにくくなるから時々腰を上げて、まったりおしゃべりしながらやってね」
集中した方が早いと思うが、畑の主の指示なので旭達はのんびりと作業する事にした。
「こないだの風属性の会合、あーちゃんピアノ上手だったよ!」
「ありがとうございます。ていうか、なんで見に来たんですか?」
芋蔓を引っ張りながら切って、人がいない畝の間に放り投げながら旭は疑問をぶつける。
「すうちゃんが一緒に行こうって誘ってくれたんだー!」
何となく予想していたが、どうやら菫の仕業の様だ。こっちは必死に頑張っていたのにデートの口実にされるなんてと旭は口を尖らせる。
「そういえば闇属性の会合て何してるの?」
これまで菫は闇の神子であるサクヤ主催の会合に興味が無かったがふと疑問に思った。
「闇のサバトでは我が禁断の魔術を用いて参加者の精神を支配して深い眠りに陥らせて過ごすのが定番だ」
「悪ぶってるように言ってるけど、要はサクちゃんが闇魔術を使って参加者をリラックスさせて心地よい眠りをお届けする、所謂お昼寝大会をするんだよ」
闇属性の会合は村人なら誰でも応募できる抽選による招待形式で、短時間の睡眠で疲れがスッキリ取れると評判なので日々生活に追われている世代に人気の催しなのだ。旭も毎年参加しているが、いつも最高の眠りを味わっている。
「へー、面白そう!確か12月だよね?アラタさん一緒に見学しましょう?」
「いいね、後で予定を確認しておくよ」
またもデートの口実を作った菫の逞しさに旭は少し見習おうかと思いながら、一旦腰を上げて肩を回した。周囲を見ると自分の作業速度が圧倒的に遅かったので一瞬焦ったが、早く終わった人に手伝って貰えばいいかと楽観視して作業を再開した。
「ちょっと休憩しようか?」
30分程してアラタの号令で一同はベンチで休む事にした。旭は手渡された冷たいお茶を一気に飲んでから大きく息を吐いた。
畑に視線を向けると、蔓は半分位刈り取られている。この調子ならもう30分で終わるだろう。
「マイトさん手際がいいね!経験者?」
アラタはマイトの働きぶりを絶賛して彼の肩を叩いた。2人は同世代だからか、パッと見仲の良い友人同士にも見える。
「農作業は未経験ですが、腰の悪い両親に代わって実家の周りの除草を行うのでその影響だと思います」
「なるほどね、じゃあこれから時々手伝ってもらおうかな?」
「ちょっとー!マイトさんは私の神官なのよ⁉︎アラタさんは自分の神官達にやらせればいいでしょ?」
「勿論うちの神官達にも農作業を手伝って貰ってるけどさ、畑はここだけじゃないし、デスクワークもあるから手が回らないんだよね」
「そういう事でしたら手隙の時に助太刀します。また呼んで下さい」
「ありがとう!マイちゃん!」
人懐っこい笑顔を浮かべて承諾してくれたマイトにアラタは感激して抱きついた。その様子を菫は羨ましそうに見つめていた。
作業を再開して芋蔓を切り終わると、次は切った芋蔓を集めて荷車に積んだ。自然乾燥させた後に燃やすらしい。
全ての作業が済む頃にはティータイムに丁度いい時間になっていた。アラタはサクヤとマイトに手伝って貰いながら机と椅子の用意をして青いチェック柄のテーブルクロスを広げた。畑でティータイムをするようだ。
火をおこしてお茶用のお湯を沸かしている間に服や手に着いた土汚れを丁寧に落とす。冷たい水に旭は悲鳴を上げながら体を縮こませた。
「はいこれ、可愛い手が荒れない様に塗り込んで」
手を洗い終えた菫と旭にアラタはハンドクリームを差し出した。
「うわー!アラタさん優しい!なんでモテないの?」
優しい気遣いに対して旭は皮肉で返す。アラタは張り付いた笑顔を浮かべていたが、突如顔を覆った。
「俺の方が知りたいよ!先月のお見合いでも『こんなに優しい人は私には勿体無いです』ってフラれたし!」
どうやら急所を突いてしまったようだ。それにしてもアラタはまだお見合いを続けて連敗を重ねていたのかと旭は少し不憫に感じた。
お湯が沸いたのでマイトに紅茶を淹れてもらって、アラタの妹達が作ったスイートポテトを頂く事にした。
「俺だって昔は恋人がいて、いつか彼女と結婚すると思ってたんだよ」
聞いてもいないのにアラタは自分の恋愛遍歴を語り出した。菫は聞きたいけど聞きたく無い複雑な気持ちになりながら紅茶を啜る。
「彼女は元は姉ちゃんの…先代の土の神子代表の側近でさ、俺が代表を引き継いだ時の指導係だった。年上で真面目で美人な彼女に俺は一目惚れをした」
「その人おっぱい大きかった?揉んだの?」
「ちょっと旭…」
低俗な質問をする旭に菫は非難の視線を向ける。
「いやー俺も当時はガキで純情だったから、キス以上の事は出来なかったな…そういう意気地が無い所も愛想尽かされた原因かもな」
当時を振り返る様にアラタは遠い目をしている。
「して土の神子は何故恋人と別れる事となったのか?」
核心に迫るサクヤに困った様に笑いながらアラタはスイートポテトを一口食べて紅茶で喉を潤した。
「付き合って3年目にプロポーズしたら自分は土の神子の花嫁になる自信が無いて言われた」
「身分が違い過ぎる、みたいな感じ?」
「そんな感じかもね。彼女には土の神子の花嫁になる事が重荷だったかもしれないし、もしかしたら誰かに身を引く様言われたのかもしれない」
「それでその彼女さんは今何をしているの?」
ライバルの芽は摘んでおかなくてはならない、菫は必死な目でアラタの元恋人の行方を確認した。
「俺をフった後、逃げる様に神殿から出て行って幼馴染みと結婚して現在は3人の子持ちだよ」
個人的には喜ぶべき状況なのに、苦しそうに話す大好きな人な姿を前に菫は複雑な気持ちだった。
「だからさ、俺も早く結婚して子供も生んでもう大丈夫だよって所を彼女に見せてあげたいと思っている。俺がいつまでも独身だと引け目を感じちゃってるかもしれないからね」
思い上がりかもしれないけどと付け加えてからアラタは残りのスイートポテトを頬張った。
「神子の結婚て大変なんだね…」
「大丈夫、あーちゃんとさっくんは神子同士だし、許嫁で周知の仲なんだから何の障害もないでしょ?時が来たらラブラブな結婚式を挙げなよ」
悲しい過去を告白したにも関わらずこちらの事を心配するアラタに旭はやっぱり優しいのがモテない原因じゃないかと分析しつつ、彼に幸せが訪れる様に少しだけ願うと、残りの紅茶をスイートポテトと共に流し込んだ。
登場人物メモ
マイト
27歳 髪の色 灰 目の色 赤 炎属性
風の神子直属の神官で普段は神殿の警備や旭の護衛を行なっている。真面目な性格で休日は年老いた両親の世話をしている。