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24 プロの舞台を観賞します 前編

 精霊祭や一族写真の撮影など10月は充実した日々を過ごして来たが、11月も旭は楽しみにしている事が目白押しだった。


 少しひんやりして来た風を感じながら旭はサクヤと菫とバルコニーで勉強後のティータイムを楽しんでいた。今日のお菓子はアラタの畑で採れたカボチャを使い食堂に勤める婦人が作ったケーキだ。


「いよいよね…楽しみだわ」


 アップルティーの香りを楽しみながら菫は長い睫毛を瞬かせる。


「うん、とっても楽しみ!」


 カボチャケーキを味わってから旭も同調する。盛り上がる少女達を他所にサクヤは今日もブラックコーヒーに砂糖を入れるか入れまいか葛藤している。


 旭と菫が楽しみにしてるのは今週末の休日に神殿の屋内劇場にて行われる歌劇だ。演じるのは精霊祭のような村人達ではなく、世界的に有名な劇団「エトワール」だ。


 何故辺境の地である水鏡族の村で行われるかというと、現在のトップスター女優がなんと水鏡族で、恩返しとして村で公演されるそうだ。


「カトリーヌさんは風の神子奨学基金を利用して演劇学校に行った後に現在の劇団に入ってからメキメキ実力を上げてトップスターまで上り詰めたんですって!」


 代々の風の神子に仕えている紫からの情報を旭は自分の手柄のように菫に説明した。自分が受け継いだ事業で花開いた事を誇りに感じているのだ。


「カトリーヌというのは真名ではないよな?」


「そうだね、水鏡族ぽい名前じゃないから芸名だろうね」


 結局ブラックコーヒーに砂糖を入れる事にしたサクヤが看板女優に対する疑問を述べたので、旭はチラシを見せてあげる。灰色の髪の毛に赤い瞳は紛れもなく水鏡族だ。


「仮名か、面白い。我も考えてみるか」


 ニヤリとしてからサクヤは目の下まで伸びている前髪を払い、何に使うのか分からないがペンとノートを取り出して仮名を考え始めた。こうなると自分の世界に閉じこもって暫く帰ってこないので、旭は放っておく事にして菫と話を続ける。


「演目の『光と闇の絆』は今から15年程前、カトリーヌさんが学生時代精霊祭で主演したものらしいわ」


「15年前って私達生まれてないね。でも『光と闇の絆』といえば東の集落の学生が毎年上演する歌劇よね?ていうことはカトリーヌさんは東の集落出身というわけだ」


 奨学基金を利用しているからカトリーヌの個人情報は調べたら分かるが、それではロマンが無い気がして旭は知らないままで曖昧な情報で想像を膨らませたかった。菫も同じ考えで楽しそうに頷く。


「東の集落といえば旭の実家じゃない?ご両親が何かご存知かもよ?」


「ああ、そういえば…あれだけの美人なら集落でも有名人かもね。パパは役場で働いてるから情報通だと思うし、今日一緒にご飯食べるし聞いてみよう」


 何か情報を得たら報告すると菫と約束すると、旭は嬉々として仮名を考えるサクヤを横目に紅茶のお代わりを頼んだ。



 ***



 夕方の礼拝を終えた旭は両親と夕飯を共にした。明日は父が休みなのでそのまま泊まって行くらしい。


「ああ、香ちゃんの事だね。今話題になっているよ」


 早速旭がカトリーヌについて何か知らないか両親に尋ねたらすんなり父の口から本名が出た。


「香ちゃんはトキワの同級生だよ。幼稚園の頃から一緒だったから覚えている」


 まさか兄と接点があったとは、旭は世間は狭いものだと痛感した。


「どんな子だったの?お兄ちゃんと仲良かった?」


「可愛らしい子だったよ。幼稚園の頃はよくトキワの隣にいて2人で周りに可愛いって言われてたよ」


「もしかしたらお互い初恋の相手だったりしてな」


 母の言葉に旭の気分は盛り上がる。幼馴染みの初恋の相手と久々の再会…ドラマが生まれる予感しかなくて、明日菫に話すのが楽しみになった。


「香さんって学生時代精霊祭で『光と闇の絆』やったんだよね?もしかしてお兄ちゃんは相手の闇の精霊役だったりして?」


 身内の欲目かもしれないが、兄は眉目秀麗だからヒーロー役にピッタリだとカトリーヌとの共演を旭は妄想して更なるときめきを求める。


「トキワはねー、大道具係をしたんだよ!背景のセットとか上手に出来ててさ、思えばあの頃から大工の才能があったんだよなあ」


「えー、そこは香さんにアプローチすべきだったよね。お兄ちゃんったら意気地なし」


 父の親バカトークに不満を持ちつつ、これ以上カトリーヌの情報を引き出せないと見なした旭は白いパンをちぎって口に放り込んだ。



 ***



「って、事らしいのよ」


 翌日、訓練場で菫と顔を合わせた旭は昨日の夕飯の話を報告した。すると菫は興味津々に目を輝かせた。


「ロマンスの予感ね!きっとトキワさんは女優の夢を追うカトリーヌさんを応援する為に敢えて身を引いて傷心中に今の奥さんと知り合って結婚したのよ!絶対そうだわ!」


「それだ!全然考え付かなかったよー!菫凄い!」


 キャッキャと声を上げながら旭と菫は他人の恋の話に花を咲かせていた。


「随分と賑やかだな」


「サクちゃん!」


「否、我が名はルシフェル!闇に染まりし堕天使だ」


 顎に右手を添えて右肘を左手で支えてポーズを決めてからサクヤは昨日から考えていたらしい仮名を披露した。菫が小声で「ダサっ!」と言っている横で旭はまた面倒臭い設定が増えたと苦笑いをした。


「じゃあルシフェルさん、お兄ちゃんの初恋の話を聞いて行かない?」


 養子の件で話し合った時に、恋が何なのかを知るために兄に問いかけたのを旭は覚えていたので試しにサクヤを誘ってみると、興味深いと乗って来たので、訓練後に3人で風の神子の間で昼食を食べながら語り合う事にした。


「ただいまー」


 先に風の神子の間に戻った旭を出迎えたのは雫と紫、そして噂の中心人物である兄のトキワだった。


「どうしたの?お兄ちゃん」


 平日の昼間で、しかも雨も降っていないにも関わらず神殿にいる兄に旭は動揺を隠せず問いかけた。


「今度上演される舞台のチケットが無いか確認しにお昼休みを利用して来たそうです」


 雫が説明した兄の事情に旭はドキリとした。もしかしたら兄はカトリーヌを舞台越しでもいいから一目見たいと思っているのだろう。そう気付くと段々と心臓の鼓動が早くなった。


 頭の中は兄とカトリーヌの甘酸っぱい初恋の続きでいっぱいだった。兄の家庭を壊したくないカトリーヌは愛人になる道を選んで、2人の間に生まれた子供は銀髪持ちで強い魔力を持っていたので、光の神子に取り上げられて神子として生きる運命となる。カトリーヌは涙に暮れて再び村を出て女優に復帰する…旭はそんな物語を考えていた。


「なにやら奥さんがチケットを買えなくて落ち込んでるから、喜ばせる為にコネを使おうと姑息な手段に出たというわけですよー」


 紫が言うにはカトリーヌの里帰り公演は村人達の大きな注目を浴びているらしく、事前販売のチケットは発売当日の午前中で売り切れたそうだ。


「発売前に言ってくれたら押さえることができたんですけどねー」


 義姉は変な所で真面目だから、自分の力で入手しようとしそうだ。そして義姉はカトリーヌが兄の初恋の相手だと知らないのだろう。


 もし義姉が兄とカトリーヌの関係を知ったらどうなるのか、旭がまた妄想の世界に潜り込んでいると、サクヤと菫が昼食を手に入ってきた。2人も兄の滞在に目を丸くしつつも、事情を聞くと訳知り顔になった。


「そういう事ならカトリーヌさんに直接お願いしたらどうですか?」


「カトリーヌ?誰だそれ?」


 真相を知りたくて攻めに出た菫に対してトキワは眉を顰める。その顔はとぼけているようにも見えた。


「トキワさんの幼馴染みなんでしょう?ほら、この人!」


 芸名だから分からなかった可能性もあると思い、菫は持参していたチラシをトキワに手渡した。一体どんな反応をするのか旭達は固唾を呑み込む。


「……ああ!こいつ同級生だ!」


 しばらくして心底驚いた様子で声を上げる兄に旭は次第に本当に知らなかったんじゃないかと思いつつ、もしかしたら今、初恋の歯車が動き出したんじゃないかとワクワクもした。


「でもこいつの家知らないや。紫さん、チケットって誰が管理してるの?」


 チラシをポイと捨てて、トキワは紫に他の手段を確認した。菫は踏まれそうになったチラシを慌てて拾う。


「確か光の神子と雷の神子の共同企画だからどちらかが管理してますよ」


「そっか、じゃあ夕方に出直すか…」


 時計を横目にトキワが風の神子の間から出ようとしたので、旭は咄嗟に兄の腕を掴んだ。


「だったら、私達がおばあちゃんか雀さんに頼んであげる!何枚いるの?」


「旭…ありがとう助かる。じゃあとりあえず2枚頼む」


 妹の申し出にトキワは指を2本立てて、珍しく笑顔を浮かべると本業の仕事場へと戻っていった。


 そして旭達はとりあえず昼食を取りながら作戦会議となった。


「どう思う?菫」


「奥さんの為は口実で、これはもう愛しかないでしょう⁉︎やだー!どうしよう?カトリーヌさんとトキワさんの恋は応援したいけど、完全に修羅場新聞案件だわー!」


 修羅場新聞とは読者が投稿した男女の痴情の縺れが掲載された港町で発行されている新聞で、神殿の図書館で3日遅れで取り扱っていて、神子や神官達に人気の新聞だ。


「だよねー?私としてはお義姉ちゃんの味方でいたいけど、カトリーヌさんも応援したいよー!どうしようサクちゃん?」


「そうだな…一昨日読んだ修羅場新聞に則ると、嫉妬に狂った闇の眷属を生みし者がカトリーヌを刺そうとするが、風の神子代行が庇って死ぬな」


 物騒な展開にも関わらず旭は嬉々とした反応を示す。


「あ、それ私も読んだ!奥さんも愛人も身重だったんだよねー!」



「…紫さん、あの子達は一体何を話しているのでしょう?」


 顔を引き攣らせて問い掛ける後輩の神官に紫は笑いを噛み殺した。


「日々退屈な彼女達にとって他人の色恋沙汰は蜜の味なんでしょう…しかし何で代行が舞台女優と…ククク」


 いつも旭のぶっ飛んだ思考には笑わせて貰っているが、今回のは特に酷いと紫は肩を震わせた。


「とりあえず、炎の神子に修羅場新聞の取り扱いを止めて頂くようお願いしましょうか?」


 雫の提案に紫も大きく頷きつつも、あれは他の神子や神官にも人気だから難しそうだと予想しながら、頭の中で午後の予定に組み込んだ。




 


 


登場人物メモ


雫 しずく

30歳 髪の色 灰 目の色 赤 雷属性

 旭の側近というかお世話係。神殿には自宅から通っていて基本朝〜夕までの平日勤務。夫と子供がいる。

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