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23 一族写真を撮ります

「いよいよ今週末、作戦実行よ」


 珍しく風の神子の間に訪れた祖母の光の神子は少し興奮気味に旭にそう告げた。作戦とはいったい何か、色々考えたが思いつくものは無い。


「ごめんおばあちゃん、何のことかさっぱり分からないんだけど」


「まあ、忘れちゃったの?あなたが言い出しっぺなのに!あれよ、一族写真の撮影よ!」


「ああ、あれね!そっかもうそんな時期かー」


 光の神子の絆が言っているのはトキワの家族写真撮影の日に便乗して一族写真を撮影するという作戦だ。勿論写真館には絆が許可を得ている。


 ちなみに以前旭ら神子達が撮影したカラーブロマイドは大好評で、機械も新しくなり追加で焼き増しが出来るようになった為、多くの村人達の手に行き渡っていた。旭のブロマイドもまあまあの売れ行きで特にサクヤとのツーショットと兄妹写真は既に3回の増刷となっているらしい。尚、1番人気は神子の集合写真らしい。


 お陰で懐が温かくなり、奨学基金の資金源にしたり、各幼稚園と学校に机と椅子を寄贈したり、祭壇の修繕を行ったり、少し成長した旭の羽織を新調したりする事が出来たので、買ってくれた村人達には感謝しかなかった。


「楓や暦達には事前に知らせてあるわ。当日は控え室でトキワ達の撮影が終わるのを待って、終わったタイミングでスタジオに乱入して勢いで一族写真をちゃちゃっと撮ってその後みんなで会食よ」


 ちゃっかり会食まで予定に組み込んで祖母はすっかりやる気満々の様だ。子供達の手前、感情を爆発させる事はないだろうと思うが、旭はひたすら当日兄の逆鱗に触れない様ただただ祈った。



 ***



 撮影当日、旭達は兄家族が来る前に控え室に集結していた。メンバーは旭と両親、祖父母と叔母夫婦、そしてサクヤだ。兄家族は毎年民族衣装で撮影するとの情報があったので全員民族衣装姿で待機している。


 サクヤは今日はプライベートだからといつもの眼帯や包帯、そしてベルトの様に巻いた鎖や髑髏の指輪などフル装備だった。


「そろそろ来る頃ね、気付かれない様に結界を張っておきましょう」


 絆はピアスの水晶を長杖に象り、トントンと地面を杖でつくと、一瞬だけ部屋の中は優しい光に包まれた。


「これで私達の気配や魔力に気付かれないはずよ。厳重に張ったから大声を出しても平気よ」


 光の魔術をこんな卑怯な事に使っていいのかと旭は苦笑してからサクヤを見やると、興味津々に祖母に魔術の仕組みを尋ねていた。


養母(はは)の魔術は素晴らしいな!他にはどんな事が出来るのだ?」


「ふふ、こんなのはどうかしら?」


 祖母が長杖を壁に向けて光を発すると、スタジオの様子が浮かび上がったので旭は目を見張った。


「え、おばあちゃん!これどういう仕組みなの?」


「これはスタジオに魔力を込めた鏡を置いて、それを媒体にして壁に映しているの。だから文字とか反転してるでしょう?音が聞こえないのが欠点だけどね」


 得意げだが、要は盗み見である。先程同様趣味が悪い魔術だった。しかしサクヤは目を輝かせてこれも仕組みを聞いて自分も出来ないかと考察していた。


「マザコンめ」


 許嫁の祖母への傾倒具合に旭は小声で毒を吐いてから、壁に映るスタジオの様子を見るとセツナが軽やかな足取りで母親の手を引いてやって来た。


「どうやら撮影時間のようね」


 絆達も気付いて壁に注目しているとトキワとクオンも姿を現してカメラマンの指示に従い撮影の準備をしていた。


「風の神子代行が優しい顔をしている」


 ボソリと呟いたサクヤの言葉に兄の顔に注目した。いつも深く刻まれている眉間の皺は無いし、口元も緩やかで穏やかな目をしていて、旭の知る兄とはまるで別人だった。


「温泉土産を持って来た時と雰囲気は似てるかも」


「そうだな、よっぽどこの日を楽しみにしていたのだろう」


 命は椅子に座り、セツナは母親の膝に乗って、クオンはその横で行儀良く立っている。トキワは長男と妻の間に立って後ろから2人の肩に手を添えて顔を寄せて幸せそうに笑って撮影に臨んでいた。


「あれをブロマイドで売ればボロ儲け出来るのに…」


 商魂たくましい祖母の発言に旭も叶う事なら焼き増しが欲しいと思っていたので静かに頷いた。


 旭はシャッターの合間に兄が愛おしげに義姉を見つめていたのが印象的だった。不仲だと思っていたが、これを見たら以前アラタが言っていたように義姉にベタ惚れというのは強ち嘘じゃ無いのかもしれないと考えを改めた。


 いくつかのパターンの写真を撮って終了になったのか、兄夫婦とクオンはカメラマンにお礼をしている様子だった。セツナも真似して頭を下げている。


「さて、いよいよ私たちの出番ね」


 腰を上げて控え室から出ようとする祖母の前に躍り出て旭は真剣な眼差しを向けた。


「やっぱりやめにしない?折角家族で仲良くしてるのに、私達が邪魔したらお兄ちゃんが可哀想」


 兄の穏やかな時間を守りたい。そう思った旭の提案に光の神子はにっこりと笑みを浮かべたが、気にせず孫娘の肩を押しやりドアを開けた。


 そういえばこの人は己の欲望に忠実な人だったと嘆きながら旭は怒り狂うだろう兄が恐くて、父の背中に隠れて様子を窺った。


「は?何でいるの」


 案の定先程の笑顔は消え去りトキワは怪訝な顔をして祖母に問い掛けていた。そんな空気を読まずセツナは隣にいた曽祖父に駆け寄って抱き付き抱っこをせがんでいた。


「今日貴方達が家族写真を撮ると小耳に挟んだからついでに一族写真を撮ろうと思ったの」


 祖母の意見にトキワは顔を顰めたが、隣にいた妻の目が輝き、手を合わせると歓喜に声を上げた。


「素敵です!私の方の親族とは一族写真を撮ってるのに、皆さんとは撮れてないのは悪いなと前から思っていたんです」


 祖母や叔母達に旭やサクヤも神子で多忙だし、声を掛けづらかったと説明する義姉に彼女にも不快な気持ちにさせるのではないかと思っていたので旭はホッと胸を撫で下ろした。


「あいつは嫁の親族には弱いからな」


「奥さん側の家族を大事にしてるのは夫婦円満の証拠だよ」


 楓は息子を皮肉りながらクオンに近寄り頭を撫でた。それに続くようにトキオは妻の肩に手を添えた。


 義姉からの援護射撃で一族写真の撮影はスムーズに決行となり、カメラマンの指示で並んだ。旭はサクヤと中央に座る祖父母の後ろに並んだ。甥っ子2人は前列の椅子に座り、あとはそれぞれ夫婦で後ろに並んで撮影に臨んだ。


「はい、皆さん笑って!撮りますよー!」


 カメラマンの合図で何枚か写真を撮って一族写真は終了となった。旭としてはもっと撮って欲しい気もしたが、次の人の予約時間が迫っているらしいので仕方なかった。


「絶対ブロマイドにして売らないでよ?俺達家族の写真もだよ?」


 このまま祖母を殺しかねない勢いで念を押す兄に旭は怯えてサクヤに抱きついた。この様子だと焼き増しさえお願いできなさそうだ。


「もちろんよ。今日は無理を言ってごめんなさい。お詫びにお食事の用意をしてるから一緒に食べましょう?」


「家で食べるから断る」


 会食を即座に断る孫に対して絆は笑みを絶やさず視線をひ孫に移した。


「クオン、セツナ、ひいおばあちゃんとご馳走を食べましょう?」


「お昼ご飯は母さんがミートパイ焼いてくれるから食べない」


 どうやら家族写真を撮影した後は自宅で一家団欒を楽しむ予定だったようで、クオンはどんなご馳走よりも母親の料理の方が優先順位は上だった。


「ミートパイは夕飯に食べればいいじゃない。その方が手間と食費が浮いて命さんも助かるわよね?それに貴方達が食べなかったら用意した食事が勿体ない事になるわ」


 次いで義姉に家事と家計の方面で訴えるなりふり構わない祖母に旭は笑いそうになったが、兄の険しい表情を見て気を引き締めた。


「ですよねー!じゃあお昼はお言葉に甘えてご一緒させて下さい。クオン、セツナ、ミートパイは夕飯に作ってあげるね」


 またも命のアシストプレイで一族での会食が実現した。会食の会場である光の神子の間では人数分のテーブルセッティングが綺麗に並んでいた。


 結局一族写真の撮影はつつがなく終わり和やかに会食まで行われたので、旭の杞憂に終わったようだった。


「ねえお義姉ちゃん、今度結婚式からの家族写真を見せてよ」


 肩の力が抜けた旭は向かい側の席の義姉に家族写真のおねだりをした。命はりんご酒を口にした後笑顔で肯く。


「いいよ、今度会う時持ってくるよ。でも結婚式の写真ならお義父さん達に渡したから見たことあるでしょ?」


「え?無いよ。お兄ちゃんが写真を焼き増しし忘れたって言ってたんだよね?」


 以前母がそんな事をボヤいてたので旭は母に視線を移して同意を求めると頷いて来た。


「全く、嫁の晴れ姿を永久保存をしたかったのにヘマしやがって…」


 恨言を吐く母の姿に義姉は無表情になり、隣の兄を強く睨み付けた。いつも優しい義姉の怒り顔は想像以上の迫力で旭は震え上がった。


「どういう事なの?あの時結婚式の写真の焼き増しをお義父さん達に渡す様に頼んだよね?」


 まさかの事実に旭は耳を疑った。一体兄は何を思って結婚式の写真を両親達に渡さなかったのか全く分からなかった。


「もしかしておばあちゃんや暦様達にも渡してないの?」


 問い掛けに対して夫に代わり祖母と叔母が頷いたので命の表情は更に険しくした後に顔を俯かせた。


「お、お義姉ちゃん大丈夫…?」


 自分が義姉の笑顔を奪ったという負い目があった旭が心配したが反応は無い。甥っ子達も母親の異変に戸惑いを感じている。それでも兄は押し黙り真実を話さなかった。


「ごめんなさい…」


 震えた声で命は席を立ち、部屋から出て行こうとした。場の空気を悪くした責任を感じたのかもしれない。


「待って」


 ようやく声を発したトキワは妻の手首を握り引き止めたが、振り払われた。


「触らないで!顔も見たくない!」


 拒絶の言葉にトキワは再び部屋から出ようとする妻の右肩を掴んだ。


「俺が出て行く」


 抑揚の無い声でそう言い残して兄は部屋から出て行った。旭は席を立ち、残された義姉を支える様に抱き締めた。


「ごめんなさい、私が余計な事を言ったせいでこんな事に…」


「旭ちゃんは悪くないよ…10年以上前のくだらない嘘を笑って許せない私が悪いの…」


 自分を責める義姉に旭はこれ以上掛ける言葉が見つからなかった。


「しかし風の神子代行は何故そんな嘘をついて写真を渡さなかったのだ?」


「うーん、もしかして渡しに行く途中に道端で転んで写真を水溜りに落としちゃって、全部ダメにしたとか?」


「なるほど、それで気まずくなって嘘をついてしまい

、謝るタイミングを逃したというわけか」


 サクヤの疑問に案外兄はドジな所があるかもしれないと旭は想像を膨らませて推理した。


「…あはは、もしかしたらそうかもね。ありがとうサクヤ様、旭ちゃん」


 今にも泣きそうだった義姉は一転して声を出して笑い、旭の背中を優しく撫でてから離れた。


「…皆さん、お騒がせしました。今から仲直りして来ます」


 深々と頭を下げて顔を上げた命は笑顔で部屋から出て夫を追った。


「私は旭の推理とは違うな」


 何事もなかったかの様に食事を再開した父の一言に旭は首を傾げた。一体他にどんな理由があるというのだろうか。


「トキワは宝物を誰にも渡したくなかったんだと思う」


「それだな。流石トキオさん名探偵」


 指を鳴らして楓は夫の推理を絶賛すると、メインディッシュの白身魚のムニエルを一口大に切って食べた。


「おとうさんとおかあさん、なかなおりできるかな?」


「大丈夫だよ。戻って来たらいつも通りの父さんと母さんだよ」


 あどけない顔に影を落とすセツナにクオンはポンと頭を撫でた後に口についていたソースをナプキンで拭いてあげた。美しき兄弟愛に場の空気は温まり食事は部屋を出た2人を除いて再開された。


 夕暮れが近づく頃になってようやくトキワと命が戻って来た。トキワは仏頂面で当時写真を渡すのがめんどくさくなって、適当に誤魔化して放置していたと理由を話して懐中時計型の異空間収納の魔道具から件の婚礼写真を両親と祖父母、そして叔母夫婦に手渡して謝った。


 異空間収納に仕舞いっぱなしだったお陰か、10年以上前のセピア色の婚礼写真は劣化していなかった。写真に写っている花嫁姿の義姉はとても綺麗で、旭は自分が兄だったら父の推理の通り宝物にして、隠して独り占めにしたと思いながら、花嫁の隣で幸せそうな今より少し若い兄に微笑みかけた。


 後日仕上がった一族写真は約束通りブロマイド化はされなかったが、喧嘩の発端となった兄夫婦の婚礼写真が1ヶ月ほど写真館の入り口に飾られた。絆曰く、自分を騙した孫への罰らしい。


 薄々感じていたが、祖母だけは絶対に敵に回してはいけないと旭は肝に銘じて自分とサクヤの婚礼写真は独り占めしないで、大人しくブロマイド販売もしようと心に誓った。



登場人物メモ

烈火 れっか

75歳 髪色 白 目の色 金 

 旭の母方の祖父。サクヤの養父。水鏡族ではないが光の神子である絆と結婚してから東の集落で木こりとして働いていた。今は夫婦で神殿で暮らしている。

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