22 今日は一日劇場三昧です
今年も精霊祭がやって来た。毎年東西南北の集落が順番に主催して神殿の広場に屋台を出したり、絵画や陶芸といった芸術作品を展示したり、屋内の劇場で踊りや劇などの出し物を披露したりして精霊達に感謝の気持ちを捧げるという祭だ。
今回の主催は北の集落で、農家が多いので自然と屋台は農産物を生かした食べ物が多く並んでいる。しかし、風の神子代表として丸一日を劇場観賞に費やす旭は屋台を回る事は叶わなかった。
そもそも村人や観光客で賑わう中を神子が歩き回ると、注目を浴びてしまい警備が難しいし、屋台で何か買えば売り上げへの影響が大きくなるので、いつも屋台の食べ物は両親に買ってきてもらい、お昼の休憩時間に食べていた。
「はあ、一度でいいからサクちゃんと精霊祭デートがしたいなあ…」
いつも恋人同士と思わしき若者達を劇場の2階にある神殿関係者観覧席から見下ろす度に旭は羨ましく思っていた。非日常的な空間でのデートはきっと特別で忘れられない思い出になるはずだ。
「こうして一緒に劇場観賞デートしてるじゃないの?」
「それはそうだけど…」
旭の大きな独り言に祖母が反応して穏やかに笑った。間に挟まれているサクヤは熱心に上演プログラムに目を通していた。
今日は公の場だからか服装に指導が入って、いつもの眼帯や包帯に派手なアクセサリーは着けていないが、旭とお揃いのペンダントは服の下に隠れているが着けていたので、同様にペンダントをしていた旭は嬉しくなった。
劇場観賞に関しては各属性の神子から必ず1人出席しなくてはならない。次席と三席がいる属性は交代で観賞しているが、交代要員がいない光の神子と闇の神子は休憩時間があるとはいえ、一日中劇場にいなくてはいけない。
さぞや窮屈だろうと思いきや、祖母の絆もサクヤも劇場観賞は好きなようで、毎年楽しんでいる様子だった。そんな許嫁に付き合うように旭もここ数年は兄に交代して貰わず1人で観賞していた。
とはいえ旭が突然体調を崩した時のために神殿内に待機をしてもらっている。普段は厳しくて意地悪だけれど、兄は自分を支えてくれているのだなとそこは素直に感謝した。
しばらくして村長による開催宣言がされて催し物が始まった。先陣を切ったのは集落の幼稚園児による合唱だ。元気な歌声に会場内は温かい空気に包まれた。旭がふと祖母の顔を見たらデレデレになっていたので、子供の威力は凄まじい物だと痛感した。
次いで集落の婦人会の踊りや、消防団が力強く太鼓を叩いたり、児童達が昔話の劇を行ったりした。
次々と上演される催に旭は感想を走り書きする。昼休憩前と閉幕時に神子は感想を求められるので、気を抜く事が出来ないのだ。
農業組合による豊穣踊りが終わった所で午前の部は終了となり、村長から神子達へ感想が求められた。旭も何とか昔話の劇の感想を絞り出して児童達を褒めた。
昼休憩になり旭とサクヤが神子の控え室に向かうと、両親が屋台で購入した食べ物を用意してくれていた。一緒に祭を回っているらしいクオンとセツナも一緒だ。
「旭、お疲れ様」
「パパ!ありがとう!」
優しい父のトキオに抱きついて旭は感謝を告げた。母の楓は孫達と席についてマイペースに好物の激辛饅頭を頬張り、一足早く昼食を楽しんでいた。
「たくさん買って来たから遠慮せずお食べ。サクヤくんも」
「わーい!」
「かたじけない、風の神子の父よ」
保温魔術がかけられた料理はどれも食べ頃で美味しくて、ほくほくのジャガバターや牛串、焼きとうもろこしにさつま芋が入ったクリームシチューにフワフワのパンなどが空腹を心地良く満たしてくれた。
「ねえ、パパ。ソフトクリームはやってなかったの?あれをサクちゃんに食べさせてあげたいの」
義姉の妹の嫁ぎ先の牧場が今回の精霊祭で初出店するはずのソフトクリームを食べたいという要望にトキオは一つ頷いた。
「そう言うと思ったよ。大丈夫、今トキワが並んで買って来てくれてるよ」
「え、お兄ちゃんお祭回って大丈夫なの?」
いくら代行とはいえ神子だし、銀髪で美形という目立つ容姿でそこそこの知名度があるはずの兄が村人に混じったら絶対目立つと思った旭は心配になった。
「大丈夫だよ、お父さん変装してるから」
「変装?女の人の格好をしてるの?」
クオンの言葉に旭は兄がロングヘアのカツラをかぶってスカートを履いた姿を想像していると、ドアが乱暴に開かれた。
「それは女装だろうが」
部屋の外まで会話が聞こえていたのか、ただ単に地獄耳なのか、黒縁の眼鏡を掛けてニット帽を被ったトキワが保冷箱を抱えて足で開いたドアを押さえた状態で冷静にツッコミを入れた。よく見たら髪の色も灰色で念入りな変装だった。
「ほら、溶ける前に食べな」
机に保冷箱を置いて蓋を開けると、人数分のソフトクリームが並んでいた。これを待っていたと旭は即座にソフトクリームの入った紙カップと木のスプーンを取って、サクヤに手渡した。
「ほう、これが噂のソフトクリームか…どれ…」
興味深そうにサクヤはソフトクリームを見つめてからスプーンでひと掬いして口に運ぶと、程よい甘さと目の覚めるような冷たさに衝撃を受けた。
「なんだこれは…アイスクリームとはまた違う口溶けだ!」
「美味しいでしょ?」
問い掛けに対して何度も頷くサクヤに旭はこの姿が見たかったのだと口元が緩んだ。旭も久々のソフトクリームを味わう。初めて食べた時よりも隣にサクヤがいる時の方が一層美味しく感じた。
「ふう、美味しかったー!お兄ちゃんありがとう!」
「はいはい、どういたしまして」
感謝して腕に抱きついてくる妹を適当にあしらいながら、トキワはソフトクリームがついたセツナの口元を拭いてやる。
「ところでお義姉ちゃんの姿が見えないけど、まさかお留守番?」
「母さんはソフトクリーム売るのをお手伝いしてるよ」
「え⁉︎」
クオンによると、牧場は家族運営しているため、出店に人員を割けず、妹夫婦から手伝いを要請された命は二つ返事で引き受けたらしい。
「店を手伝って欲しい妹とソフトクリームが食べたい義妹…両方のお願いを叶えた筋金入りのシスコンであるうちの嫁はとても幸せそうに働いてたぞ」
「子供を放ってすることだか…全く、お人好しにも程がある」
3個目の激辛饅頭に手を出した楓はしみじみとその様子を思い浮かべた。そんな母にトキワは苦言を呈したので、自分のせいでまた兄夫婦が不仲になったのではと不安になった。
「嫁に放置されて寂しいのはお前だけだ。クオンとセツナは私達と精霊祭を楽しんでいる」
「うるさい、そういえばこないだクオンによくもおかしな事を吹き込んだな?」
「何の事だ?記憶に無い」
「まあまあ2人とも子供達の前で喧嘩しない」
まさに火と油の関係である母と兄とそれを止める父はもはや定番だと思いつつ、慣れてしまっている自分に気が付いた。よく見たらサクヤとクオンとセツナも同じようで気にした様子がなかったので旭は吹き出しそうになった。
午後の部を観賞する為に旭とサクヤは再び劇場に向かった。最初に上演されたのは学生達による歌劇だ。旭は毎年行われるこの歌謡劇が大好きだった。
テーマは冒険活劇や恋愛物語などテーマは様々で、今年はコーネリア・ファイア原作の「炎の逃避行」だ。5年程前に彼女の作品が世界的に有名な歌劇作家の目に留まり、歌劇化して大ヒットしたらしい。その結果楽譜なども市販されるようになり、こうして学生達が上演出来るようになったわけだ。
「旭は『炎の逃避行』を読んだ事があるのよね?」
隣で観劇していた暦に話しかけられて旭は大きく頷いた。
「私はやっぱりバラ園のシーンが大好きなの!モミジちゃんが焔くんと出逢って即プロポーズされるのが衝撃的なんだけど、ドキドキしたー!」
小声で旭は興奮気味に語ると、暦は嬉しそうに口角を上げた。
「でもまさか2人の子供が『そよ風のシンデレラ』の翠くんとは思わなかったなー!1巻で登場した時は思わず声を上げちゃったー!最新巻ではモミジちゃんが大活躍だったし!」
「ふふふ、楽しんでるのね」
「うん!早く続きが読みたいよー」
叔母と姪で会話を楽しんでいたが、上演となったので中断して歌劇を楽しんだ。
バラ園でのプロポーズシーンはセットと衣装も学生の手作りらしいが、とてもよく出来ていて豪華で雰囲気もピッタリだった。モミジ役と焔役の生徒は美男美女で歌も上手く、旭は指を組んでうっとりと鑑賞した。最後の結婚式のシーンは感動的で涙無しでは観られず、サクヤから貸してもらった黒いハンカチをグショグショにしてしまった。
歌劇の後は10歳位の子供達がそれぞれの武器を手に模擬戦を披露したり、北の集落に訓練所がある刀使いや両手剣使いがそれぞれ力強く剣舞をした。
もしサクヤが神子じゃなかったら彼らと両手剣の腕を磨いていたのかもしれないと旭は思いつつも、あまり団体行動が得意じゃなさそうだから変わらず兄に師事してただろうという結論になった。
そして旭が楽しみにしていたもう1つの演目である同い年の学生達によるファッションショーが始まった。
このファッションショーにはちょっとしたジンクスがあって、ショーの最後に披露される婚礼衣装を着た男女は高確率で結婚するというジンクスがあるのだ。ちなみに他の集落にも同じジンクスを持つ演目がある。
東の集落は婚礼衣装を着てダンスを踊った男女は将来結婚すると言われ、西の集落では模擬結婚式を挙げた男女が将来結婚すると言われ、南の集落は歌劇で恋人役を演じた男女が将来結婚すると言われている。
「私ね、研究の一環として例のジンクスが本当なのか調査してるの」
図書館の館長を務める傍らでそんな研究をしてるのかと叔母の発言に旭は感心しつつ興味津々に耳を傾けた。
「そしたら本当に殆どのカップルが結婚してたの。何組かに話を聞いてみたら、高確率のカラクリは元々恋人同士やいい雰囲気の男女や両片想いの男女が推薦されるからだと言われているの」
「ほえー」
「あとは村の若者達は結婚が早いじゃない?だから13歳で恋人同士になってそのまま勢いで3、4年後に結婚てパターンが多いみたい」
「なるほど…ちなみに別れたり離婚するパターンはいるの?」
「少ないけどいたわ。周囲に恋仲と勘違いされて推薦されたカップルや、いざ結婚したけど合わなかったカップルもいたわ」
あくまでジンクスはきっかけにしか過ぎず、ハッピーエンドのその先は2人次第というわけだ。旭は港町で流行っているとアナウンスされたブライズメイド姿の少女達を見ながら考察した。
「面白いアクシデントもあるのよ?昔西の集落の模擬結婚式で乱入者が現れたの」
「それでどうなったの?」
「乱入者と花婿が交代する形で模擬結婚式が続行されたわ」
「ん?それ何処かで聞いた事がある」
一体何処で聞いたのか、旭は唸り声を上げて記憶を辿った。
「あ、『そよ風のシンデレラ』でそんなシーンがあった!同級生と模擬結婚式を挙げるミコトちゃんを翠くんが乱入して止めたやつ」
もしかしたらコーネリア・ファイアはこのアクシデントの当事者なのかもしれない。となると、彼女は西の集落の人間かと予想した。
そして目玉の婚礼衣装に身を包んだ男女がショーのトリに現れた。初々しく腕を組んだカップルに会場は暖かい拍手に包まれた。
ファッションショーの後いくつかの出し物が上演されて最後は氷の魔術の使い手が見事な演舞を行い全ての演目が終了した。そうなるといよいよ神子達の感想を述べる時間となる。
「まずは炎の神子に聞いてみましょう。『炎の逃避行』はコーネリア・ファイア先生の原作ですが、いかがでしたか?」
「はい、私が生み出した物語を若い世代によって瑞々しく演じて頂けてとても嬉しく思いました」
「え…?」
暦の言葉に旭はしばし呆気に取られてしまった。私が生み出したという事は、暦がコーネリア・ファイアだという事になる。まさかこんな近くに憧れの作家がいたとは仰天したし、何故今まで黙っていたのかという憤りもあった。
動揺を隠せないまま旭はファッションショーの感想を求められて慌ててメモを一瞥してから印象に残った服や、婚礼衣装を褒めて、締めにいつかこんなドレスを着てサクヤと挙式をしたいとお決まりの台詞を言えば会場は盛り上がった。
次いでサクヤは演舞について、いつもの仰々しい言葉遣いを封印して品の良い言葉遣いで称えていた。養母である光の神子が望む闇の神子を演じているようだ。
最後に光の神子が総評を述べて今年の精霊祭は大きなトラブルも無く閉幕した。このままゆっくり休みたいところだが、夜からは懇親会に出席しなくてはならない。とりあえず旭は暦に質問攻めした所、全然気づかない旭が可愛くてつい隠してしまったと言われてガックリと肩を落としたが、後で持ってる本全てにサインをしてもらうよう約束してもらい手打ちとなった。
登場人物メモ
絆 きずな
71歳 光の神子 髪色 白銀 目の色 赤 光属性
旭の祖母。サクヤの養母でもある。神殿の象徴的存在で発言権が強く、神殿至上主義者。神殿の為になる事なら手段を選ばない節がある。