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21 家出少年を見守ります

 少し開けた窓から漂う黄色い花の匂いを大きく吸い込みながら旭はピアノの練習に勤しんでいた。


 きっかけは来月開催する風属性の会合で信者をおもてなしする為に始めた趣味だったが、案外波長が合い、上達も早かった。これなら多少はマシな演奏を行えるかもしれないとワクワクしながら鍵盤を叩き続けた。


 3時になるとサクヤとのティータイムの時間だ。今日はチーズタルトを食べる約束をしていたので、軽い足取りで闇の神子の間に向かうと、先客がいた。


「あれー!くーちゃんじゃない。どうしたの?」


 先客は短く切り揃えた銀髪に、凛々しく吊り上がった赤い瞳が印象的な旭の甥っ子であるクオンだった。今日は学校だったはずだから、終わってから直ぐに神殿に来たようだ。


「旭姉ちゃん…」


 クオンの表情は暗く、今にも泣き出しそうだった。一体どうしたのか、問いかけてもいいのか旭は戸惑いながらソファでクオンの隣に座っている許嫁に視線を向けた。


「我が闇の眷属は闇の眷属を生みし者と仲違いをして我の元へ来たそうだ。案ずるな、闇の眷属を生みし者には使い魔を使って伝達済みだ」


 要は母親とケンカして家出したという事だった。この位の年頃ならよくある話だが、心優しくて争いを好まず、弟のセツナとさえケンカせず譲っているクオンにしては珍しいと旭は感じた。


「どうしてケンカしたの?」


「………」


 旭の問いかけにクオンは口をギュと結んで黙り込んだ。何やら訳ありの様だ。サクヤも聞いてないのか首を振るだけだ。


「とりあえずおやつにしよう?今日はチーズタルトなの!くーちゃんの分は私とサクちゃんのを半分ずつあげるね」


 丁度よく神官がチーズタルトと紅茶とコーヒーセットをワゴンに乗せてやって来たので、ティータイムとなった。


 サクヤがクオンの分のチーズタルトを分けている間、クオンが暗い表情のまま手際良く紅茶とコーヒーを淹れてくれた。彼の淹れる紅茶とコーヒーは昔貴族の屋敷でメイドのアルバイトをしていた母親仕込みだからか、とても美味しくて旭はお気に入りだった。


 しかし今日は悲しい顔をして淹れたからか、いつもより紅茶が渋く感じた。サクヤは相変わらず苦手なのにカッコつけてブラックコーヒーを啜るが、途中で我慢出来ず砂糖を入れていた。


 お茶の準備が整い、早速チーズタルトを口に運べば、濃厚なチーズの風味とバターたっぷりでサクサクのタルト生地に旭は思わず口元を緩めた。クオンも同様に美味しいお菓子に頑なになった心が和らいで来たように見えた。


「父さんと母さんには絶対言わない…?」


 事情を話す決心がついたクオンが小さな声で聞いて来たので、旭とサクヤは黙って頷いた。


「…今日学校でクラスメイトの岬ちゃんが僕が父さんに全然似てないって言うから、僕は母さん似なんだって言ったら、岬ちゃんが僕のお母さんはブスで悪い魔女みたいな目なんだねって…それで頭にきて、岬ちゃんの顔を叩いちゃって泣かせちゃった…」


「なるほど、迂闊だったな闇の眷属よ。言い争いというものは常に先に手を上げた方が負けだ」


 温厚なクオンでも母親を貶されたら冷静ではいられなかったようだ。彼の母親は確かに吊り目で第一印象は気が強そうに見えるが、実際は優しいし笑うと可愛くて決してブスじゃない。義妹の欲目かもしれないがむしろ美人だと旭は思っていて、凶悪な兄には勿体ない嫁だった。


「その後先生に母さんが呼び出されて、僕の代わりに岬ちゃんと岬ちゃんのお母さんに頭下げて謝っていて…なのに僕は一緒に謝る事が出来なくて、そのまま逃げ出しちゃって、後を追って来た母さんに酷い事言って泣かせちゃった」


「…なんて言ったの?」


「…あんな奴に謝る必要ない、母さんなんて大嫌いって言っちゃった…そんな事本当は全然思ってないのに」


 恐らく息子に大嫌いと言われたショックで義姉はこれ以上後を追う事が出来なかったのだろう。その光景を想像するだけで旭は胸が痛み、やるせない思いでポロポロと涙をこぼす甥っ子の頭を撫でて慰めた。


「それで我が闇の眷属よ、そなたはどうしたい?」


 サクヤの問いかけにクオンはしゃくり上げながらも涙を袖で拭ってこれ以上泣かないと決めたのか、口を真一文字に結んで鼻で呼吸をして落ち着かせた。


「…母さんと岬ちゃんに謝って仲直りする!」


「その心意気や良し。ならば中庭のバラ園へ向かうぞ。闇の眷属を生みし者が待っている」


 どうやらサクヤが気を回していたらしい。クオンは意志の強い瞳を輝かせて頷くと、サクヤと旭の3人で中庭へ向かった。


 中庭に近づくと、バラ園の中央にあるベンチで顔を俯かせているクオンの母の姿が見えた。その隣には何故か土の神子代表のアラタが慰めるように背中をさすっていた。母の姿を視認するなりクオンは一直線に駆け寄った。


「母さん!」


「クオン…」


 我が子の声に顔を上げた命の顔は涙に濡れていた。


「母さん、大嫌いなんて言ってごめんなさい!本当は大好きだよ!」


 駆け寄った勢いに任せてクオンは母に抱き着いて思いを伝えた。


「お母さんこそごめんね…ちゃんとクオンの話を聞いてあげればよかった。岬ちゃんがクオンが叩いた理由を教えてくれたよ…ごめんね、お母さんの目に似たせいで…」


 本人を目の前にして良心が痛んだのか、岬は経緯を説明したようだ。しかしそれは義姉の心を更に傷付ける結果になった様子で旭は胸が苦しくなった。


「ううん、僕は母さんと同じこの目が好きだよ!父さんもいい目をしているって、いつも褒めてくれてるよ」


 だからこそ同級生の言葉に腹を立てたクオンは真っ直ぐな瞳で母を見つめて訴えた。


「クオン…ありがとう」


 命は我が子の主張に感激したのか、先程とは違う温かい涙を目に浮かべると、我が子を抱きしめる腕の力を強めた。


「俺も奥さんの目、好みだなー!エプロンつけてお玉を持って叱って欲しいなー!」


 母子の和解に水を差して命の肩に触れたアラタに一同は冷たい視線をぶつけ、クオンは母親から離れると、左耳の瑠璃色のピアスの水晶に触れて身の丈より長い槍を構えアラタに穂先を向けた。


「母さんに触らないで」


 鋭い刃物のような視線で睨みつけるクオンにアラタは降参するように両手を上げて命から離れた。


「こら、守ってくれるのは嬉しいけど丸腰の相手に武器を向けちゃダメでしょう?ごめんなさいアラタ様」


 母に諌められてクオンは大人しく長槍をピアスの形に戻すと、母に倣ってアラタに頭を下げた。どうやら怒ると喧嘩っ早い所は彼の父親に似たようだと旭は感じて、今後クオンを怒らせないようにしようと肝に銘じた。


「クオン、岬ちゃんに謝りに行くよ。どんな理由があってもお友達を殴っちゃっダメなんだからね」


「はい…サクヤ兄ちゃん、旭姉ちゃん、またね。アラタ兄ちゃんも」


 旭達に手を振ってからクオンは母と手を繋いでから中庭を後にしようとした所で、命が何かを思い出したのか、引き返して来た。


「みんな、この件についてはくれぐれも内密にして。特にあの人には…」


「お兄ちゃんに?何で?くーちゃんのパパなんだから知っておいた方がいいんじゃない?」


 首を傾げる旭に命は真顔で念を押すように見つめてきた。


「あの人にバレたら血が流れるかもしれない…だからよろしくね」


 一体誰の血が流れるのか、旭は怖くてこれ以上きく事が出来ず、今度こそ中庭から去っていく義姉と甥の背中を見送った。


「確かに血が流れるだろうなー…くーちゃんと岬ちゃんと俺の血が」


 命とクオンが去った後、アラタが愉快げに呟いた。


「なんで?わけわかんないんだけど?」


 アラタの言葉の意図が分からない旭が首を傾げると、アラタはケラケラと声を立てて笑った。


「だってあーちゃんの兄ちゃん、嫁さんにベタ惚れだから泣かした奴と貶した奴と触った奴、それぞれ絶対に許さないだろうから」


 そう言って両手でハートマークを作ってウインクをするアラタに旭は理解ができなかった。


 兄の顔が好きだと言うから義姉の方が惚れているのなら分かるが、兄は義姉の話題になると嫌そうな顔をするし、同じ空間にいても会話が殆ど無かったのでベタ惚れからは程遠いと感じた。


「ならば実験だ。今度風の神子代行が来た際に土の神子が闇の眷属を生みし者を辱めたと報告してみよう。ククク、土の神子の言う通りならば血の雨が降るぞ」


「サクちゃん名案!」


「そんなご無体なー…」


 面白そうに提案するサクヤに賛成する旭に対して、アラタは後ろから抱きついて来た。元々彼は男女問わずスキンシップが多かったので、旭は特に気にして無かったが、サクヤは厳しい視線を向けて指を差した。


「土の神子よ、我の許嫁に気安く触るでない。そんなに血の雨を御所望か?」


「おっと、ごめん!血の雨はご勘弁を」


 これはもしや、やきもちなのか?旭はサクヤが自分に対して独占欲を持っていると判断して、にやけそうになる顔を必死に抑えて真顔を保つのだった。


 

 


 

 



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