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2 お仕事頑張ってます

 神子の朝は早い。


 朝6時までに起床して身嗜みを整えてから民族衣装がモチーフの白い膝下丈のジャケットに腕を通すと、それぞれの神子の間に設置されている祭壇にて精霊礼拝の儀を執り行う。


 ちなみに神子の間は神子が執務や礼拝を行うスペースの他に、寝室や浴室などの住居スペースがある。言うなれば神殿という名の集合住宅の一室みたいなものだ。


 指を組み、目を伏せてから古代語で精霊への感謝を唱えると精霊達がやってくる。


 そこで神子は精霊達と交流して村の情報交換を行うのだ。旭の場合風の神子なので風の精霊から強風や嵐、突風に竜巻などといった情報や、逆に風が吹かない場合も教えてくれる。


 しかし精霊がわざわざ知らせてくる様な状況は月に一度あるかないかで、風の精霊達は下衆な情報を話すだけだった。今日は妖艶な姿が魅力的な雷の神子代表を務める雀が日課にしているバストケアについて教えてくれた後「旭も見習えば胸が大きくなるかもよ」と、余計なお世話を言ってから去っていった。


「…マッサージか」


 先程の風の精霊達の言葉を思い出しながら、旭は今後の伸び代が期待される平らな胸にペタンと両手を当てて、背中やお腹の肉を必死に寄せ集めようとしたが、よく考えたら背中やお腹に寄せる程の肉は無かったと気付き、馬鹿馬鹿しくなったのでマッサージは中止した。


 祭壇から書斎に戻ると、神官の紫が朝食の用意をしてくれていた。彼女は風の神子に仕える神官の中では一番の古株で、見た目は旭の両親と同世代の40代半ばで、肩甲骨まで届く長さの髪を1つに束ねている。性格は明るくて親しみやすいので、旭は子供の頃から大好きで頼りにしていた。


「言われた通り用意しましたが、朝食これだけで本当に足りるのですか?」


 今日の朝食は拳大のパン1つと小鉢に乗ったフルーツ、そしてヨーグルトにミルクたっぷりのカフェオレだった。紫の問いかけに旭は一つ頷くと、カフェオレで喉を潤した。


 旭は幼い頃から少食で両親を心配させていた。もっと食べろと言われても入らないものは入らないし、野菜や魚など好き嫌いも多いので、身長は同い歳の女の子達より低く、体も華奢だった。


「本日は神殿見学の書類の処理をお願いします。あとは11月に行われる風属性の会合の案も早めに考えてください」


「分かりました。はあ、朝から大変だな…」


「これでも減った方ですよ。奨学基金の書類については、昨日風の神子代行が夕方に少しだけ顔を出して処理して行ってくれましたから」


 兄は先代の風の神子代表だったが、旭が7歳の時に代表を退き旭に託すと、神殿を出て一村人として妻子と生活する道を選んだ。しかし風の神子が旭だけなのは心許ないので、苦肉の策として現在は風の神子代行として籍を置いて、旭の仕事をフォローしたり、旭に先々代から学んだ魔術の継承させている。


 書斎で書類と睨めっこをしていると、神官である(しずく)が出勤して来た。彼女は旭が風の神子次席になった際、当時代表だった兄が妹の世話係として採用した女性だ。


 雫は神殿の敷地内にある神官の寮ではなく、東の集落の自宅から通勤している。5年前に結婚して、現在は2人の子供の母親の為、勤務時間は朝から夕方にかけてのみである。


「ねえ紫さん、雫さん…最近のサクちゃんについてどう思う?」


 ここ最近突然仰々しい言動と奇抜なファッションになったサクヤについて旭が尋ねると、紫と雫は思わず吹き出して声を立てて笑い始めた。


「すみません、思い出すだけで笑いが…ははは!」


 謝りながらも笑う事をやめない紫に対して雫は口元を押さえてなんとか笑うのを堪えている。


「闇の神子もお年頃ですからね。ふふ、何かこう変わりたいと思ったのかもしれませんね……」


 声を震わせながら推測する雫の言葉に旭は一理あると思ったが。変わり過ぎだと思った。


「それにしても酷いんだよ!見てこれ!私達交換日記を始めたんだけど、お気に入りの花柄のノートをこんなに真っ黒にしたんだから!」


 引き出しからサクヤと始めた交換日記を2人の神官に見せた所、再び爆笑の渦に包まれた。


「もう、2人とも!他人事だからって笑わないでよー!」


 頬を膨らませながらも旭は書類に目を通す。園児や学生が対象の神殿見学は兄が始めた事でそれを引き継いでいる。神殿見学は子供たちに良い影響を与えているようで神官を志望する若者が増えて来ているそうだ。


 書類のサインと日程の確認をすると、次は会合についてだ。会合は各属性の神子が同じ属性を扱う水鏡族で集い、共に礼拝をする行事だが、それ以外は神子とその信者の交流の場となっている。


 何故同じ属性の者限定かというと、開催される屋内劇場の収容人数の都合もあるが、独身の神子の結婚相手を探す為だとも言われている。同じ属性同士で結婚した方が生まれてくる子供が後継者になりやすいからという大人の事情もあるそうだ。

 

 ちなみに光属性と闇属性は神子以外水鏡族には存在しないので、事前に希望者を募り抽選で招待される。


「今年は何にしよう?去年は奨学基金を利用した学生達のその後について発表したけど…反応悪かったよね」


 集まってくれた信者達の為に神子達はそれぞれ特技や趣味、事業の紹介など工夫を凝らしたもてなしをするのだが、良い案が浮かばなかった。


「私的には炎の神子達による朗読会や、氷の神子達による代表(あられ)さんのブランドの新作ファッションショーとかに憧れるんだけど…うちじゃ無理だろうな…」


 他にも土の神子達は神殿内の畑で収穫祭をしたり、雷の神子達は歌とダンスを披露して、水の神子達は薬草に関する研究を発表していた。旭は趣味や特技も研究している事も無いため何か披露するものが無かった。


「テキトーでいいですよ。先々代の時なんて老人会でしたし」


 先々代の風の神子は老人男性で、旭の兄が代行になるまで次席以降がおらず1人だし人気が無く、会場は参加者が少ないので普段結婚式の食事会が行われる会場を借りて、礼拝の後に先々代のお気に入りの茶葉をみんなで楽しむという和やかなものだったらしい。


 今みたいに風属性の会合が屋内劇場になったのは、兄が代行として50年に一度行われる大精霊祭の目玉である精霊降臨の儀という演目に出演した際に、圧倒的な美しさと精悍な顔立ちと若さに、正統派の身の丈ほどの両手剣を扱っていた事から小さな子供から若者に支持を得て人気者になったのがきっかけらしい。


「でもなんでみんな風の神子をやりたがらないんだろう?」


 後から聞いた話によると、兄も神子は嫌々やっているらしいし、サクヤと一緒になりたいという下心があったとはいえ、幼い頃から自ら進んで風の神子になった旭はレアケースらしい。


「よく言われるのは風属性の使い手は風の精霊達同様気まぐれで変わり者な性格が多く、神子になると行動が制限されるから束縛を嫌う者が多いと言われてますね。ほら、うちの神官達も私以外風属性じゃないでしょう?」


「確かに…みんな違うや。会合には風属性の人たち沢山来てくれてるのにねー。はあ、本当どうしよう…もうお兄ちゃんに丸投げして私は見てるだけにしようかなー」


「それだけは勘弁して下さい。過去の会合であの戦闘狂が何回劇場を壊した事か…確か全力の魔術を披露した際に結界を張り忘れて劇場の屋根が吹っ飛んだのと、10人束になったのを相手してステージに大きな穴を開けたのと…ああ、思い出すだけで溜息が出ます。本当暴力以外でなんかして下さい」


 懇願する紫の様子から当時は悲惨だったのだなと旭は同情した。


「うーん、じゃあみんなで筋トレをするのとかどうかな?私がカウントするからお兄ちゃんとみんなが限界までスクワットして最後の1人になった人に記念品を渡すとか。スクワットなら座席で出来るから良いと思わない?」


「そうですね、あまりお金が掛からず準備もいらないから良い提案だと思います。ですが…」


 雫が歯切れ悪そうに言葉を続ける。


「その場合カウントするのが代行で、スクワットをするのが代表になる未来が見えます」


「確かに!あの鬼畜なら風の神子の足が千切れるまでスクワットさせますね!」


 雫と紫の意見に旭は実際ありえそうで、怖くなって来たのでスクワットは撤回して、会合まで期間があるので、いっそ楽器でも習って発表しようかと考えながら、この件は先延ばしにすると、神殿で販売する用の風属性の魔石作りに移るのだった。



登場人物メモ

サクヤ

14歳 闇の神子 髪の色 銀 目の色 赤 闇属性

旭の許嫁。ある日突然言動が仰々しくなる。ファッションも奇抜になっている。

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