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19 人馬一体になります

 世間の子供達は夏休みが終わり、再び元気に学校や幼稚園に通うようになっていた。


 雨が降る度父親と共にやって来ていた甥っ子達も姿を見せなくなり、少し寂しくなっていた旭は食後の運動がてら何か面白い事は無いかと側近の雫と共に神殿内を散歩していた。


「はあ、働きたくない…」


 散歩が終わったら大量の魔石を精製しなくてはならない。風属性の魔石は風を発生させる風魔石、物を軽量化させる軽量化魔石、動きを早くする加速魔石などの需要が高い。


 魔石を作るのは村人の水鏡族も普通にしている事だが、神子が魔石を作るのは魔力が多いので大量に魔石を作る事が出来るし、更に銀髪持ちとなると魔力は無尽蔵なので重宝されているのだ


 にも関わらず、神殿の風属性の使い手は旭とトキワしかいない為、毎日大変だった。


 そろそろセツナが5歳になって変現の儀を行い、水晶を武器に変える能力を得ると共に魔術の使用も解禁となる筈だから、旭はその時には魔石の作り方を伝授して楽をしたいと考えていた。しかしその前に保護者である兄の許可という大きな壁が問題だった。


「あ、ディエゴだ」


 しばらく散歩して乗馬場に差し掛かった所で親子連れが白い一角獣に跨り乗馬体験を楽しんでいるのに目が留まった。


 あの一角獣は雷の神子代表、雀が契約した幻獣で、名前はディエゴと名付けられていて、神殿で雀から魔力を貰いながらのんびりと暮らしている。


 もう一人の側近である紫から聞いた話によると、最初は義姉の命が港町の近くにある森の中で先に遭遇して、彼女を見初めたディエゴは契約を迫る為に神殿まで後を追って来た所で雀と出会い乗り換えたらしい。


 どうやらディエゴは胸が大きい乙女が大好きで、命より更に大きい雀に惚れ込んだようだと語る紫の言葉はにわか信じられなかった。


 なぜならばディエゴは平たい胸の旭を始め、老若男女に優しいからだ。契約による魔力の安定供給が影響して穏やかになっていると聞いた事もあるが、元々ディエゴの心根が優しいからだと思っていた。


「そうだ、サクちゃんと一緒に乗馬するって約束してたんだ!早速今度のお休みデートしよう!」


「それは素敵ですね。では休日に仕事を持ち込まない為にも魔石作りを頑張らないといけませんね」


「あはは、そうなるよね…」


 サクヤとのデートの約束という楽しみも出来た事だしと、旭は気持ちを入れ替えて散歩を終了させて魔石作りに着手する事にした。



 ***



 乗馬デート当日、牧場に行った時と同じパンツスタイルで旭は前回のデート同様待ち合わせ場所のバラ園に向かうとサクヤが先に待っていた。乗馬しやすい服装でと言っていたはずだが、いつも通りの眼帯にジャラジャラと腰に鎖を巻いていた。


「その格好で馬に乗るのは危ないよ?」


「騎士はもっと重装備なのだから問題なかろう」


 確かに本で見た事がある気もするが、神殿の馬達は早馬や馬車で活躍する馬なので少しでも負担が少ない方がいいのではと思いつつも、そこは世話をしている神官が注意してくれるだろうと判断すると、旭はサクヤに手を差し出してエスコートを所望した。


 しかし許嫁の意図に気づかないサクヤは犬のようにポンとお手をして首を傾げた。思い通りに行かなかった旭は悔しそうに地団駄を踏んだ。


「今日のサクちゃんは私のナイトなんだからリードしてよ!」


「なるほど、そういう事か。してリードとはどうするのだ?」


 恋愛小説に興味が無く、幼く女性の扱いが分かっていないサクヤに完璧なエスコートを求めるのは酷な話だが、旭は構わず己の要求をぶつけた。


 辛抱強く話を聞いて理解したサクヤは早速許嫁の手を取り厩へとエスコートした。


「はーい、おふたりさん。ようこそ」


 厩ではピッタリとして体のラインが丸わかりのセクシーな黒革のボンテージスーツ姿の雀が笑顔で迎えてくれた。どうやらこれが彼女の乗馬スタイルらしい。


 ボタンが外されて今にも飛び出してしまいそうな雀の胸元に旭は目を見開き食い入るようにしばし見惚れたが、視線に気付いた雀にクスクスと笑われて現実に戻った。


「素晴らしい衣服だな、雷の神子よ。まるで闇からの使者のようだ!」


 まさかサクヤが雀のボンテージスーツに興味を示すとは思わなかった旭は焦りを感じた。自分があれを着こなす自信は無いし、増してや悩殺させるなんてもっての外だった。


「後で何処で仕立てたか聞いてもいいか?我も欲しいぞ」


「いいわよ、ちょうど来週来るはずだから。その時呼んであげるわ」


 見る側ではなく着る側としてボンテージスーツを褒めていたのかと旭は安堵しながらも、益々サクヤの服装が奇抜になるのではと危惧した。


 いざ乗馬体験となった所で雀はやはりサクヤの服装を注意した。その結果眼帯と鎖は没収されて、シンプルな黒のTシャツとチノパン姿になった。


 いつものダメージ加工が施されたズボンを履いてなかっただけ偉いと思いつつ、旭はよくよく考えたらサクヤと雀は黒一色のコーディネートでお揃いという事実に気付いて羨ましくなってしまったので、黒い服は殆ど持っていないが、許嫁として今後サクヤとコーディネートと合わせるためにも来月の買い物で探そうと決めた。


 馬はサクヤと旭は黒い馬、雀はディエゴに乗って周回する事になった。たまに神殿内で乗馬の腕を競う為、乗馬場は中々の規模だった。


「あん、ディエゴったら!今日もお盛んね」


 一角獣のディエゴは雀の深い胸の谷間に鼻梁を埋めて息を荒くしていた。その様子に旭は紫の話は強ち冗談では無いのかもしれないと推測しつつ義姉も同じ目に遭ったのかもしれないと想像した。


「雷の神子は一角獣と対話は出来るのか?」


 馬上で会話が出来る程度に歩調を合わせながら乗馬を楽しんでいる中で、サクヤはふとした疑問を口にした。


「ええ、契約しているからね。ちなみにさっきは『雀ちゃんのおっぱい今日も最高だよ!ハスハスっ!』て言ったわ」


 雀の通訳で旭の推測は確信へと変わり、今まで心優しい幻獣だと思っていたディエゴが一転して、とんだおっぱい魔神だとイメージが変わった。


「紫さんが言ってたけど、最初はお義姉ちゃんと契約したがってたんだよね?やっぱおっぱいおっきかったから?」


 旭の問いに対して雀はディエゴに掻い摘んで説明して理由を尋ねた。


「今から約12年位前、ディエゴは当時魔力が充分得られる事ができず生命の危機に瀕していて、魔力を持つ乙女を探していた所で命ちゃん…旭ちゃんのお義姉ちゃんに出会ったの。魔力は少ないし、やや男の匂いがするけど乙女だし、優しくて可愛いし、何よりいいおっぱいをしていたし、背に腹は変えられないと命ちゃんに一目惚れをしたディエゴは大事な角をプレゼントして契約をアピールしたんですって」


「男の匂いって何?お義姉ちゃんは女でしょ?」


「えーと…彼氏持ちだったって事よ。話は戻るけど、契約のアピールをしたにも関わらず気付いて貰えなかったディエゴは何とか契約してもらおうと命ちゃんの後を追って水鏡族の村まで付いてきたの。で、たまたま命ちゃんが神殿を訪れた際にディエゴが猛烈アタックを始めちゃった所に私が様子を見に来たのよ」


「そこで雀さんに乗り換えたというわけ?早過ぎない?ディエゴ最低!」


 顔を顰めて非難する旭にディエゴは特に気にする様子も無く澄まし顔で歩みを進めていた。


「私と出会ったディエゴはまさに雷を撃たれたような衝撃を受けたそうよ。『無限に溢れる魔力と眩しい美貌、そして命ちゃんよりも大きいおっぱい…嗚呼まさに女神!運命の乙女だ!初恋の命ちゃんも捨てがたいけど、魔力が少ないから身体に負担を掛けちゃうし、厄介なのが付いてるし仕方ないよね、女神に助けてもらおう!』と、いう事で私のペットになったそうよ」


「つまり一角獣は闇の眷属を産みし者で妥協しようとした所で理想の契約者である雷の神子と出会ったという事だな」


「そういう事みたいよ。まあディエゴがペットになって私も楽しい毎日を過ごしているから、連れて来てくれた命ちゃんには感謝してるわ。ね、ディエゴ?」


 同意を求める雀にディエゴはご機嫌に鼻を鳴らした。その様子は言葉が分からなくても満足している事は充分に伝わった。


「妥協ていう言い方はお義姉ちゃんに失礼よ!ていうかお義姉ちゃん昔彼氏いたんだ…何でその時の彼氏じゃなくてお兄ちゃんなんかと結婚したんだろ?雀さんはどんな人か知ってる?」


 素朴な疑問が浮かんだ旭に対して雀は何か言いたげだったが、笑みを浮かべるだけに留めてディエゴの腹を蹴って速度を上げた。


「あーはぐらかされたー」


「雷の神子の対応は正しい。闇の眷属を生みし者の過去の男について探るなど野暮だぞ、風の神子よ」


「まあ、そうだよね…こういうのは本人に聞かないとね」


 義姉には聞きたいことがたくさんあるので、前回叶わなかったパジャマパーティを実行すべく事前に招待状を用意しようと頭の中で計画した。


「我々も雷の神子に続こうぞ!しっかり掴まれ」


 そう言ってサクヤは黒い馬の腹を蹴って速度を上げた。慌てて旭はサクヤの細い腰にしがみついた。


「きゃー!サクちゃん速いー!」


「フハハ、振り落とされるなよ⁉︎」


 馬と共に風と一体になったサクヤは上機嫌で手綱を操って雀とディエゴに迫った。


「あーら、サクヤくんやるじゃない!でも私達は負けないわ!」


「そいつはどうかな…行け!アドラメレク!」


「絶対この子そんな名前じゃないよね!うぐっ!」


 思わずツッコミを入れた旭は舌を噛んでしまい、涙目になった。そんな許嫁を気にも留めず、サクヤは雀達との競争に夢中になっていた。



「じつに有意義だった!」


 満足げに汗を拭いながらサクヤは勝手に名付けたアドラメレクの鼻梁を優しく撫でてから餌をあげた。どうやら乗馬をお気に召したらしい。


 一方で旭は必死にサクヤにしがみつき続けた上になれない内腿の筋肉を酷使した為、足がガクガクになってしまい、立っているのもやっとだった。


「楽しんで貰えて良かったわ。また遊びにきてね!」


 日頃から鍛えているからか雀はケロリとしていた。やはり美しい肉体は毎日のトレーニングが重要のようだ。


「ああ、また来よう!なあ風の神子よ」


 キラキラとした目で次の乗馬デートを約束するサクヤに旭は嫌だとはとても言えず、不自然な笑みを浮かべて承諾した。

 

登場人物メモ

ディエゴ

年齢不詳 毛色 白 目の色 金 

 雀と契約を交わしている一角獣。神殿では乗馬体験の馬として活躍する。基本老若男女に優しいが、巨乳の乙女が大好き。

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