16 誰が何と言おうとデートなんです
礼拝を終えて今日は食堂で夕飯を食べようとクワクしながら旭が羽織を脱いで風の神子の間を出ようとしたら、紫が義姉を連れてきた。
「お義姉ちゃんだー!」
思わぬ来訪に旭は義姉に抱きついて喜んだ。しかしこの時間帯に義姉だけで来た事がなかったので、もしや兄と夫婦喧嘩をして家出したのではないかと邪推した。
「こんばんは旭ちゃん、頼まれていたスカートが出来たから持って来たよ。遅くなってごめんね、何度も持って行ってって頼んでたのに全然聞いてくれなかったから今日は仕事終わりに強行突破しました」
そういえば3ヶ月前に義姉が1人で遊びに来た際におねだりしていた事をすっかり忘れていた。旭は手渡された紙袋を受け取ると、早速開けてみた。
「うわー可愛い!ありがとう!着てみようっと!」
逸る気持ちで旭はスカートを脱いで義姉の作った花柄のフレアスカートを試着した。
「突然服を脱ぐなんてはしたないですよ」
「いいじゃん、紫さんとお義姉ちゃんしかいないんだしー」
フレアスカートを履いた旭はその場でくるりと回って裾を膨らませた。可憐な義妹の仕草に命は顔を綻ばせた。
「可愛いよ旭ちゃん、あー私の義妹最高すぎる!」
可愛い盛りの義妹を手を合わせて崇め奉る命に紫は苦笑しながら旭が脱ぎ散らかしたスカートを拾った。
「えへへ、ありがとう!あ、そうだ!今からご飯食べるんだけど、義姉ちゃんも一緒にどう?」
「うん、そうする。明日は休日だし、羽を伸ばしちゃおう!着替えもあるし、お泊まりもしようかな」
「勝手に泊まったらお兄ちゃんに怒られない?」
「書置きしておいたから大丈夫じゃないかな?」
「なら大丈夫か、お義姉ちゃんとお泊まり嬉しいー!」
突然の僥倖に旭は心を弾ませ義姉と手を繋いで食堂へ向かった。夕飯時で混んでいたが、なんとか確保できた席で各々食べたい物を選んだ。
「ねえ、そのスカート履いてサクヤ様とデートしたら?」
「デート?どうやって」
義姉の提案は魅力的だったが、精霊との契約の都合上神殿の敷地外から出る事が出来ないサクヤとお出掛けなんて、天地がひっくり返っても不可能だった。
「どこかで待ち合わせをして、神殿内のお気に入りの場所で2人でゆっくり過ごせばいいじゃない。いつもと違う場所に行く事だけがデートじゃないよ」
そんな事今まで考えた事が無かった旭は目から鱗が落ちた。昔から本で読んでいたデートや待ち合わせに憧れていたので義姉のアイデアはとても魅力的だった。
「それ最高!やってみたい!ねえねえ、デートってどんな事すればいいの?」
「ええ…どんな事って…一緒に何かすればそれがデートなんじゃないかな?」
「お義姉ちゃんはどんなデートした事あるの?」
「…普通にお食事とか買い物とかお散歩かな」
過去のデートを振り返る内に照れ臭くなった命はそれ以上は例を挙げず、目の前のチキンの香草焼きを口にして咀嚼し始めた。旭は特に気にせず目玉を爛々とさせている。
「なるほど…だったら私達にも出来そう!うわー楽しみになって来た!早速サクちゃんをデートに誘っちゃおう!あ、交換日記に書こうかな」
「サクヤ様と交換日記してるんだ?いいね、ラブラブだね」
いつもならサクヤとラブラブと言われたら大喜びの旭はだったが、今は表情が冴えなかった。
「それが全然ラブラブじゃないの…サクちゃん、交換日記に変な事ばっか書いてて…」
謎の魔法陣や儀式についてや龍や蝙蝠に蜘蛛などのイラストばかり描かれているサクヤのページを思い浮かべながら旭は苦々しく息を吐いた。
「ま、まあ続いているって事はサクヤ様は旭ちゃんとの交換日記を楽しんでいる証拠だよ」
「そっか、そうだよね!」
前向きな義姉の言葉に励まされた旭はこれからもサクヤへの大好きな気持ちを綴りながら交換日記を続けようと誓った。
夕飯を終えてから義姉妹は神殿の共同浴場で風呂に入り互いの髪の毛を洗い合ったりして仲良く過ごし、風呂上がりは冷たい牛乳を飲んでそれぞれ風を操り髪の毛を乾かしていたが、ふと命が苦笑いをして大丈夫じゃなかったと呟き、お泊まり会は中止になり、家に帰って行った。
パジャマパーティーで栞の送り主を義姉に問い詰めようとワクワクしていた旭は落胆したが、気を取り直して机に向かってサクヤとの交換日記にデートのお誘いを綴ってからその日は就寝した。
***
デート当日、旭は精一杯のおめかしをして中庭のバラ園のベンチでランチボックスが入ったトートバッグを持って、サクヤを今か今かと待ち構えていた。今日のファッションは胸周りにフリルがあしらわれた白いブラウスに義姉に作って貰った花柄のフレアスカートを履いて、首にはサクヤから貰ったペンダントを下げていた。
サクヤは旭の誘いを交換日記に魔法陣を描いて返して来たのでスルーされたと思って落胆したが、よくよく見たら魔法陣に使われている文字を繋いだら「了解」と解読出来た。
もしや今までのページもメッセージがあったのかもしれないと思い、遡って解読を試みたが意味不明の文字だったので、どうやら今回だけのようだ。
「待たせたな」
「ううん!今来た所!」
恋愛小説でよく出て来る決まり文句を返しながら旭はサクヤの到着に目を輝かせてベンチから立ち上がった。しかしサクヤのデートファッションに一気にテンションが下がった。
今日のサクヤはすっかりお馴染みの黒革の眼帯に指抜きグローブに、真っ赤な半袖シャツに黒革のズボンと編み上げブーツ、アクセサリーは旭とペアのペンダントと、ウォレットチェーンにトゲトゲの鋲が付いたブレスレットに左右5本の指にはゴテゴテとした指輪を嵌めて彼なりに張り切っているのは分かるが、出来れば一緒に歩きたく無い服装だった。
そして何故か手には鎖を握っていたので、まさか旭が希望したデートプランにお散歩と書いていたのを犬の散歩と勘違いしたのかと不安になっていると、サクヤの足元から鋲が打たれた赤い首輪をした黒いフワフワの毛が可愛らしい小型犬がひょっこりと顔を出したので不安は的中となった。
「どうしたのその犬?」
「風の神子のご希望の散歩を遂行すべく我と契約せし闇の精霊を召喚した」
まさかこんな形でサクヤと契約している闇の精霊と顔を合わすと思わなかった旭は仰天したが、予想よりもずっと愛らしくアメジストの様なつぶらな瞳で見つめてくる闇の精霊に旭の胸はキュンとときめいた。
「初めまして闇の精霊様!可愛い!お名前は何ていうの?」
「ディアボロスだ。契約時はクロと命名したが、先日改名した」
「そんな簡単に改名出来るんだ」
精霊なのに悪魔なのかという野暮なツッコミは敢えてせず、旭はディアボロスの右前足を手に取って握手した。
「じゃあディアちゃん!よろしくねー」
旭が挨拶に対してディアボロスはハッハっとパンティングしていて犬そのものだった。
早速デートを始めようとまずはバラ園をぐるりと一周した。光の神子の加護により常にバラが咲き乱れる中庭をサクヤと手を繋いで歩けるだけで旭は幸せ一杯だった。ディアボロスは2人に歩調を合わせてまったりと歩いている。
「ディアちゃんは私達とお話し出来るの?」
「契約をしている我とは脳内で伝達出来るが、ディアボロスは精霊として生まれてまだ日が浅く、未熟が故に他の人間との会話は不可能らしい」
そっと契約の証がある胸に手を当てて、サクヤは答える。どうやらディアボロスに確認した様だ。
「闇の神子は今生に1人しかいないから精霊との契約を次の代に受け継ぐ事が出来ないもんね」
「確かにそうだな。だが、風の神子の精霊の様に好き好んで初代の風の神子から代々契約をする方が稀有だぞ」
一見そんな風には見えないが、紫はかなり高位の精霊なのかもしれないと旭は感心しつつ、もっと精霊について勉強したいと思った。
バラ園の次はのんびりといつものランニングコースを散歩する。そんな中で話題は先日旭が言った牧場の話になった。牛の乳搾りや乗馬体験など楽しかった事を話せばサクヤも優しく笑顔を浮かべていた。
神殿内に研究としてアラタ達が牛を飼っているし、厩もあるので今度それぞれの責任者達から許可を取って色々体験しようと早くも次のデートの予定を考えてから野外劇場前の噴水広場に出た。
「取ってこい!」
サクヤは闇の精霊の首輪に繋いでいたリードを外してからいつの間にか用意していたボールを投げた。ディアボロスは元気よくボールを追いかけて咥えて持ってきた。
「素晴らしいぞ、ディアボロス!」
もはやディアボロスは完全にサクヤの犬だと思いつつ、旭は他の精霊達がどんな姿なのか気になってきた。
しばらくボール遊びをしていたが、ディアボロスは飽きたのか地面に伏せて動かなくなった。仕方ないのでベンチで旭が持参したお昼ご飯にお弁当を食べることにした。
「もしやこれは風の神子の手料理か?」
「まっさかー!安心安定の食堂の料理長お手製だよ!」
家事全般は一切出来ない旭は自慢にならないのに誇らしげに胸を張ってランチボックスを開けると、色取り取りの具材が挟まれたサンドイッチを手に取ってサクヤに差し出した。
「はい、サクちゃん。あーん」
デートで恋人に食べさせてあげるのは恋愛小説の定番だったので旭は実践した。サクヤは特に照れる様子も無く素直にサンドイッチに齧り付いた。
「うまい!流石は料理長だな」
自分が褒められる権利が無いのは分かっているが、どこか釈然としないと旭は思いつつ、今度はサクヤにサンドイッチを食べさせて貰った。許嫁に食べさせて貰ったサンドイッチはなんだか嬉しさと恥ずかしさでいつもより美味しく感じた。
いくつかサンドイッチを食べさせ合っていると、ディアボロスも食べたいとサクヤの膝に前足を置いておねだりしていた。
犬なのに人間と同じ物を食べて大丈夫なのか旭が心配すると、ディアボロスは雑食だとサクヤは説明してから鶏の唐揚げを相棒に分けてあげた。どうやらお気に召した様子で尻尾をパタパタと振って喜んでいた。
昼食の次は神殿関係者専用の売店でショッピングだ。ほぼ犬のディアボロスは店内に入れる事が出来ないので外で待たせている。旭がふと店内から様子を窺うと、その愛らしさから通りかかった女性神官達から可愛がられていた。
売店では主に生活用品が販売されていて、デートで買う様な雑貨やアクセサリーなどは見当たらなかった。それでもお互い贈り合いをしようと決めて店内を物色した。
結局2人はごく普通のガラスコップを贈り合ってから最後の目的地であるバルコニーでティータイムをしてデートは終了となった。
旭はサクヤに風の神子の間の前まで送って貰った。これも恋愛小説で読んだ憧れのシチュエーションだ。
「中々愉快な時間だったぞ」
「また一緒にデートしようね」
「ああ、では我はこれにて失敬する」
ディアボロスを抱っこしているサクヤは踵を返して闇の神子の間に帰ろうとしたが、旭はシャツの裾を引っ張って引き止めて上目遣いで見つめた。
「デートの最後はキスが定番だよ」
「そうなのか」
「サクちゃんからしてね」
自発的にして貰おうとしたらいつまで経ってもして貰えそうに無いので旭は思い切っておねだりをしてからギュッと目を瞑った。
以前唇は結婚するまでお預けという結論になっているので、唇以外なのは分かっているけれど、一体どこにキスをしてくれるのか、旭は胸を高鳴らせていると、おでこに触れる柔らかい感触がした後に頬をペロリと舐められた。
「ふぇっ?」
まさか舐められると思わなかった旭は思わず目を開けると、サクヤが抱っこしていたディアボロスか旭の頬をペロペロと舐めていた。
「ディアボロスもデートが楽しかったと言っている」
「そ、そう…」
思わぬ刺客に旭は口角を引き攣らせつつ、ディアボロスの頭を撫でてあげた。
こうして旭とサクヤの初めてのデートは終わりを告げた。
登場人物メモ
ディアボロス
年齢不詳 闇の精霊 毛色 黒 目の色 紫 闇属性
サクヤが契約している闇の精霊。ぱっと見黒い小型犬。契約時の名前はクロだったが改名された。




