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14 久しぶりの外出です 後編

 サクヤが戦闘訓練に精を出す一方で旭は牧場を満喫していた。牛舎の臭いを心配していたが、観光事業を始める際に導入した風魔石を利用した換気システムのお陰であまり気にならなかったし、自分が精製した魔石が誰かの役に立っている事が嬉しかった。


「セツナ待って!」


 牧場を満喫しているのは旭だけではない。セツナも大自然に興奮してあちこち走り回っていた。母親の命は自らに加速魔術を掛けて必死に追いかけている。


「いつもは父さんが逃げるセツナを浮かして捕まえているんだ」


「そうなんだ」


「旭姉ちゃんは出来ないの?」


「ごめん、まだ出来ない…」


 遠回しに父親の代わりにセツナを止めろとクオンは言いたいのだろうが、旭の浮遊魔術の腕前は無機物は多少浮かすことができるが、動物や人間など予測出来ない動きをする対象には出来なかった。


 セツナが母親に捕まった所で、一行は牛の乳搾り体験をした。牧場に勤める義姉の妹の説明を聞きながら、旭は恐る恐る牛の乳を絞った。搾りたての牛乳はチーズ作りに使うらしい。少し味見をしたが、普段飲んでいる牛乳とは比べ物にならない位甘くて仰天した。


「…ママのおっぱいもこんな味だったのかな?」


「お前は母乳より粉ミルク派だったぞ」


「じゃあ不味かったんだ」


「失敬な」


「ほらほらケンカしない。楓さんも怒ると美人が台無しだよ」


 楓が不機嫌になった事で牛舎の気温が上がったので、トキオは慌てて外に連れ出した。楓は魔力が強すぎる影響で無意識に熱を発しているのだが、感情が入ると更に暑くなるので注意が必要だった。


 乳搾り体験を終えチーズ作りを見学して、次は乗馬体験をした。ここでもまたセツナが逃走して、母親との追いかけっこになった。祖父母も参戦したが、風の様に駆け回る為なかなか捕獲に至らなかった。


「せっちゃんて風属性だっけ?」


「そうだよ。なんというか…見た目もだが、動きも小さい頃のトキワそのものだ。あの子もあちこち駆け回って捕まえるのが大変だったな…風属性の子供は落ち着きがないのかな」


 息を荒げる父に自分はそんなに動き回った記憶が無いので、風属性だから暴れん坊なのは風評被害だと思いつつ、旭はようやく母親に捕獲されたセツナを一瞥した。


「セツナ、あまり母さんを困らせるな。帰ったら父さんに叱ってもらうぞ」


「だめー!」


「じゃあ走り回るな、母さんの言うことを聞け」


 兄からの叱責にセツナは押し黙ると、味方になってくれそうな祖父の元へ駆け寄り抱っこをせがんだ。


「じーちゃん、おうまさんにのろう?」


「約束してたもんな、いいよ」


 孫にも甘いトキオは二つ返事でセツナを抱き上げて、乗馬体験の受付へ向かった。残されたクオンは要領のいい弟の背中を見ながら不貞腐れた。


「ありがとう、クオン」


 自分の為に損な役回を引き受けた長男を命は優しく抱き締めて、頭を撫でてあげた。クオンは母親に理解してもらえてた事に安堵して肩の力が抜けた。


 そんな母子のやり取りを見て、旭はやはり自分も義姉の子供になりたかったと羨望の眼差しを向けながらも、悪辣な兄が父親なのは絶対嫌なので、即座に撤回した。


 乗馬体験はセツナとトキオ、クオンと楓、旭と命で体験した。旭は1人で乗るのが怖かったので、義姉に一緒に乗ってもらったのだ。


「すごーい、目線が違うだけでこんなに景色が違うんだ!」


 ゆったりと進む馬からの景色に旭はほう、とため息を吐いて感動していた。そしてこの景色をサクヤと見たかったなと少し寂しい気分になって無言になった。


「今、サクヤ様のこと考えていた?」


「えっ⁉︎なんで分かったの?」


 図星を刺された旭は驚いてバランスを崩しそうになったが、後ろから義姉に支えられた。


「綺麗な景色を見たり、嬉しい事があったり、美味しい物を食べた時って、好きな人の事が頭に浮かぶよね。一緒ならもっと楽しかっただろうなって」


「うん…なんだか会いたくなっちゃった」


「可愛いなあ、旭ちゃん。何か青春って感じ」


「えへへ」


 義姉に褒められて悪い気がしない旭は景色を楽しみながら、帰ったらサクヤと神殿にいる馬に乗せてもらおうと楽しみを1つ増やしたのだった。


 昼食は草原に敷物を広げてお弁当を牧場から頂いたチーズと牛乳と一緒に楽しんだ。


「美味しー!義姉ちゃんのサンドイッチ最高!」


 きゅうりのピクルスと卵サラダが挟まれたサンドイッチを旭が絶賛すると、クオンが首を振った。


「それは父さんが作ったやつだよ。今日のお弁当は父さんと母さんが作ってくれたんだ」


 確かに兄はよく夕飯の支度があるからと言って特訓を切り上げるよなと旭は思い出しつつ、料理まで出来るなんてこれが世間で言う優良物件なんだろうが、性格の邪悪さで事故物件だとこっそり笑った。


 ならば義姉が作った物はどれかと確認してから、旭はナゲットを頬張って絶賛した。手作りのトマトソースも絶品だ。くるみパンも頂いたチーズとの相性バッチリで、普段は少食の旭だが、いつもの倍は食べていた。


 料理が美味しいのもあるが、外で食べると格別だと感じながら、今度サクヤと庭でランチをしようと旭は胸を膨らませた。


 デザートは現在販売に向けて調整中のソフトクリームをご馳走になった。義姉の義弟が手際良く機械からソフトクリームを器に盛り付けていった。


「アイスクリームみたい」


 早速旭はスプーンで掬って初めてのソフトクリームを味わった。濃厚なミルクの風味と甘さが冷たく口に広がってスッと溶けていった。


「美味しい…これ毎日食べたい!!」


 ソフトクリームをいたく気に入った旭は目を輝かせて興奮気味に足をジタバタとさせた。


「これって持って帰れないの?サクちゃんに食べさせてあげたい!」


 真剣な眼差しで旭は義姉の義弟に詰め寄った。絶対サクヤが気に入ってくれると確信していた。


「申し訳ないっス、保冷箱に入れて帰っても風味が損なわれる可能性が高いっス…」


 新鮮さが売りのソフトクリームなのでと説明を受けるも、旭は諦めきれず悔しそうにギュッと口を結んで、どうやったらサクヤにソフトクリームを食べさせてあげられるか必死に考えた。


「だったら!今年の精霊祭は北の集落が主催だよね?その時に出店して!お願いします!」


 年に一度神殿で行われる祭典は東西南北の集落が交代で出店やステージや作品発表を行う。今年は丁度牧場がある北の集落なので、旭は閃いたのだ。


「なるほど、それなら出来そうっス!早速実現に向けて挑戦するっス!」


「やったー!頑張ってね!なんなら風の神子イチオシって宣伝文句を付けてもいいよ!」


「いえ、既に土の神子からのお墨付きがあるので、お気持ちだけ頂くっス」


 アラタは村の農業の発展に注力しているので、先にソフトクリームを試食していてもおかしくない。


「私の方が若くて可愛くて宣伝になると思うけどなーまあいいや、精霊祭での出店期待してます」


 精霊祭の楽しみが増えたと旭はサクヤの喜ぶ顔を想像してワクワクしていると、周りから笑い声が上がったので現実に戻ると、セツナが口周りにソフトクリームを付けていたので思わず吹き出した。


 ソフトクリームを食べた後はお土産の乳製品購入した。サクヤと祖父母、叔母夫婦へと様々な種類のチーズやヨーグルト等を選んだ。


 その横で義姉がクリームチーズと生クリーム、そしてバターを購入しているのを見て、旭が何に使うのか尋ねたら、チーズケーキを作るというので、旭も食べたいとリクエストをしてから、自分の分の材料を購入して渡した。まだ作ってもいないのに、ティータイムが楽しみになり気分は上々だった。


 買い物を済ませて外に出たら、クオンとセツナが義姉の妹夫婦と共に草原で犬達と駆け回っていた。犬は牧羊犬で普段は牛達の世話をしているそうだ。


「帰るよー!」


 母親の呼び声にクオンはセツナを捕まえてこちらに来たが、セツナはジタバタと暴れて兄の拘束から逃げ出して、犬の影に隠れた。


「まだ帰りたくない!」


「じゃあ、うちの子になる?」


 叔母の提案にセツナは首を振るが、犬から離れない。よっぽど牧場が気に入った様だ。


「今日は楽しかったね、帰ってお父さんにお話ししてあげよう?お父さんセツナに会いたいって寂しがっているよ」


「うん!」


 駄々をこねる息子を咎めず、提案する母親にセツナは頷いて、抱っこをせがんだ。やはり末っ子は甘えん坊だと旭は自分の事を棚に上げてから、馬車を目指した。


 馬車が神殿を目指して動き出した途端、子供達は眠りに就いた。天使の様な寝顔に一行は口元が緩む。


「命ちゃんも寝たらどうだ?もう魔力も無いのだろう?」


 母指摘に旭が義姉を見れば、確かに顔色が悪かった。今日一日で相当の魔力を消費した様だ。


「でも、帰り道に魔物が出たら…」


「魔物は我々に任せろ。結界も今度こそ旭に張らせる」


 行きの魔物討伐時に旭が結界を担当しなかった所為で義姉の負担が大きかったのは明らかで、母親に睨まれて旭は肩をすくめた。


「いえ…今日はセツナがいつ走り出すか分からなくて加速魔術をかけ続けていたから魔力の消費が多かっただけで、旭ちゃんの代わりをしたのは関係ないです…」


 今にも気を失いそうな状態なのに庇う義姉に旭は罪悪感を覚え、今度は絶対に結界を張ろうと思いつつも、出来れば魔物が出ない事を願った。


 幸い道中魔物が出る事は無く、命は気を張り続けていたが、義父母の強い勧めでようやく目を閉じた。旭も馬車の揺れに眠りを誘われて寝てしまった。残されたトキオと楓は可愛い娘達の寝顔を見ながら今日の思い出を振り返った。


 夕方になり馬車が神殿に辿り着くと、サクヤとトキワが待ち構えていた。トキワが配偶者の命の水晶の位置から到着時間を割り出したようだ。


 馬車からはまずぐっすり眠るクオンを抱えたトキオが降りてきた。次に楓が夢の中のセツナを馬車から待機していた神官に託して、自身もお土産を持って降りた。


「風の神子はどうした?闇の眷属を生みし者もいないな」


 姿を見せない許嫁を心配したサクヤは馬車に乗り込んだ。中では旭が命にもたれかかり、白目を剥いて口を開け、涎を垂らした状態で眠っていた。


「うわっ、ブサイクな寝顔」


 入り口から様子を見てからトキワは妹の不気味な寝顔に素直な感想を述べて、サクヤに視線を向けた。


「修行がてら旭を部屋まで運んでくれないか?こっちはどうにかするから」


 馬車に乗り込んだトキワと交代する様にサクヤは馬車から降りて、旭を受け取ると、横抱きしたが、バランスが取れずよろめいてしまった。


「重いだろ?軽量化掛けてやろうか?」


「否、闇を統べる存在を目指す中で許嫁1人抱えられなくてどうする!」


「そうか、頑張れよ」


 両腕に伸し掛かる旭の体は小柄で同世代の少女達に比べたら軽いのだが、サクヤの貧弱な腕力では厳しいものがあった。


 それでも許嫁を落とすまいと、サクヤは歯を食いしばり、お腹に力を入れて一歩一歩風の神子の間に向けて進んで行った。


 途中で旭は目を覚ましたが、サクヤにお姫様抱っこをされている事に気付いて、嬉しさのあまり風の神子の間に到着するまで許嫁の呻き声を聞きながら、顔がニヤニヤするのを必死に堪えながら狸寝入りをした。



 


 

 



登場人物メモ

セツナ

4歳 髪色 銀 目の色 赤 風属性

 旭の甥っ子。元気盛りで天真爛漫の甘え上手。父親と生き写しレベルに似ている。

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