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13 久しぶりの外出です 中編

 一方でサクヤは旭の予想通り、訓練場にてトキワのストレス発散の相手をしていた。とはいえサクヤも毎日の修行の成果を見せたかったので都合が良かった。


「静寂なる闇よ、大地に昏き雨を降らせろ…ダークレイン!」


 懲りずに無駄な呪文を唱えて雨状の闇魔術を繰り出すサクヤに対してトキワは無言で身の丈ほどの両手剣に風を纏わせ軽く一振りしてダークレインを霧散させた。


「我のダークレインが効かぬだと…⁉︎フッ、流石は風の神子代行…だがこれならどうかな?…漆黒よ、我が剣の礎となれ…ダークスラッシュ!」


 サクヤも自身の両手剣に闇を纏わせて大きく振りかぶってから振り下ろし、漆黒の衝撃波を飛ばした。しかしその攻撃も軽く弾き飛ばされてしまった。弾け飛んだダークスラッシュは事前に張っていた結界に吸い込まれていった。


「独学でここまでの魔術を操れるのは凄いと思うけど、無詠唱で魔術を使えるのが水鏡族の利点なのにわざわざそれを潰す意味があるの?」


 闇属性の魔術を使えるのはサクヤしか存在しない為、書物でしか学ぶ事が出来なかった。世界中を探し回れば闇魔術の使い手を探し出す事が出来るのかもしれないが、トキワの知る限りでは魔王以外に闇魔術を使う存在はいなかった。


「我は言葉を紡いで魔術を生み出す事に美学を感じている。無詠唱が有利なのは理解している」


「はあ…まあまだ若いんだし、色々試してみたらいいよ。ただ強くなりたい理由はしっかり持ちなよ」


「強くなりたい理由か…我は闇の力を統べる存在となりたいと考えている」


「なんか抽象的なんだよな…闇の力を統べる存在になって何をするんだ?世界征服?」


「神殿から出られぬのに世界征服など出来るわけ無かろう。闇の力を統べた暁には……思いつかぬぞ。風の神子代行は何故強くなりたいと願う?」


 闇の力を統べるという言葉の響きが良いから目標に掲げていたが、具体的に考えていなかったサクヤは参考までに問いかけた。


「俺は今も昔も大切な人を守りたいからかな」


「大切な人、か…」


 サクヤがまず一番に思い浮かんだ顔は養母の光の神子だった。


「我にとって大切な人といえば母だ…そうなると我は闇の神子としての責務を全うする事が大切な人を守る事に繋がる気がする。つまり闇の力を統べるのは強ち間違いでは無い気がしてきたぞ」


「…一応聞いておくが、旭は大切な人じゃないのか?」


 あれ程サクヤにご執心なのに彼の大切な人に該当されなかった妹にトキワは同情して確認すると、サクヤは考え込む様に腕を組んだ。


「風の神子は共に水鏡族の未来を担う同志だとは思っているが…それは大切な人に入るのか?」


「俺が決める事じゃ無いな。自分で判断しろ」


「ううむ…」


 また深く考え込むサクヤに以前は淡々として感情が薄い少年だと思っていたが、今は年相応の悩める青少年だと感じたトキワはサクヤの頭をワシャワシャと撫で回した。


「悩め少年、俺もサクヤと同じ歳の頃は死ぬ程悩んだよ」


「風の神子代行も昔は悩んだのか…」


「色々悩んだよ、剣と魔術の特訓が上手くいかなかったり、身体の成長に戸惑ったり、それこそ大切な人の事で頭が一杯になったりね…」


 少年時代を懐かしむ様に目を細めるトキワを見れば、悩むのは成長へと繋がっているのは明らかだと判断したサクヤは大いに悩んで行こうと決意した。


 特訓を再開しようとした所で訓練場にアラタと菫がやって来た。


「ねえねえ、私たちとタッグバトルしましょう?」


 うっとりとした目でアラタの腕に抱きつきながら提案する菫にサクヤは臨むところだと誘いに乗った。


「…お前、犯罪だぞ?」


「流石に16歳未満に手は出しませんよー」


 少年少女が盛り上がる一方で、明らかに恋する乙女の目をした菫を見たトキワはアラタに軽蔑の眼差しを向けた。


 準備が整ったのでまずはサクヤとトキワ、菫とアラタでの対決となった。


 先手を打ったのは菫だ。目に止まらぬ速さで氷の礫を生み出し繰り出した。トキワが結界を張り防ぐ一方でサクヤはワタワタと避けながら詠唱してダークウォールを生み出して防御した。


「さっくん遅いよー!」


 折角生み出したダークウォールをアラタは巨大な岩で叩き潰して消滅させた。そして間を置かず菫が氷の槍を一直線に投げた。サクヤは冷や汗をかきながら両手剣で弾いた。


「そろそろ攻勢に転じるか」


 攻撃を防ぐのに精一杯のサクヤにトキワはフォローをすべく、菫とアラタを包み込む様に激しい旋風を発生させた。


「ちょっ…こっちは女の子がいるんだよー!」


 菫を庇う様に抱きしめて、声を張り上げ非難するアラタにトキワは悪どい笑みを浮かべた。


「だから何?この位頑張って切り抜けなよ」


 女性に厳しいのは妹の旭に対してだけだと思っていたが、どうやら老若男女問わず容赦ない様だと活き活きと菫とアラタをいたぶるトキワを見てサクヤは確信しつつ、ダークレインを詠唱して旋風と融合させて降参に追い込んだ。


「…そもそもの話、銀髪持ちに勝とうとするのが間違いだった」


「いや、銀髪持ちにもヘナチョコはいるぞ。俺の妹なんだけど」


「あーちゃんは、まあ…今後に期待かな?」


 旭の戦闘能力の無さは神子達の間でも有名だが、許嫁が貶されて気分が悪いサクヤは次は菫とタッグを組んで大人2人に挑む事にした。


「サクヤ、変な詠唱は止めてよね」


「善処する」


 先程の旋風を出されたら勝ち目は無い。サクヤはこちらが子供だからと手心を加えて来そうなアラタを重点的に攻める事にした。


「行け!混沌の使者達よ、シャドウクラスター!」


 努めて詠唱を短くして、サクヤはクラスター状の闇の球体をアラタ目掛けて打ち込んだ。


「ちょっとー!アラタさんを傷つけないで!」


 アラタに攻撃したサクヤに菫は激怒して相棒の横笛で殴りつけた。


「これは手合わせなのだぞ?」


「でもダメ!アラタさんが鍬を握れなくなったらどうすんのよ!」

 

「あはは…すうちゃんの気遣いは嬉しいけど、これは戦いだよ!」


 サクヤと菫が仲間割れをしている隙にアラタは土で2人を生き埋めにして自由を奪った所で勝負が着いてしまった。


「次は俺と菫ちゃんだな。アラタに菫ちゃんのいい所を見せてあげよう」


「はい!」


 トキワの提案に張り切る菫を見て、自分と組んだ時はアラタを傷つけたく無いと言った癖に、物は言いようだなと舌を巻きながらサクヤはアラタと短い作戦会議をしてから3回戦が始まった。


「漆黒よ、我が剣の…うおっ!」


 詠唱を妨げる様に菫はサクヤに吹雪をぶつけてきた。


「だが、我が許嫁のそよ風のようだ!」


 不意打ちで驚きはしたが、菫の吹雪はさほど強いものでは無かったのでサクヤは余裕の笑みを浮かべたが、突如吹雪が激しい物へと変わった。


「さっくん、こっち!」


 アラタが形成した土の砦に逃げ込んでから、サクヤは状況を整理する事にした。


「何故氷の神子三席の吹雪があれ程までの威力になったのだ?」


「そりゃあれでしょ、魔王が増幅魔術を掛けたからっしょ」


「…なるほど」


 魔王が一瞬誰か分からなかったが、トキワだと気付いたサクヤは的確なあだ名だと思いつつ、菫が吹雪を弱めに放ちサクヤ達を油断させた後に強力な風を送り、猛吹雪に変える戦法に感心した。


「俺の防壁が崩れるのも時間の問題だな…何かいい策はないかな」


 防壁がミシミシと音を立てているのを耳にしながら2人は対策を練るが、思いつかない。


「服を脱ぐのはどうだろうか?」


「服を脱ぐ?」


「うむ、年頃の娘は異性の裸を見ると悲鳴を上げて取り乱す筈だ」


 それは以前、サクヤが着替えている所に旭が訪ねた際、強烈な悲鳴を上げられた事を思い出しての発言だった。


「つまり裸になって菫ちゃんを動揺させて攻撃を止めてその隙を突くって事か。まあ、やってみよう」


 急ぎアラタとサクヤは服を脱いでパンツ1枚の姿になった。それとほぼ同時に防壁が崩れ去ったので2人は猛吹雪を避ける様に左右から姿を現した。


「キャーッ!」


 読み通り2人の裸姿に菫は悲鳴を上げて顔を真っ赤にしていた。吹雪が弱まり作戦が成功したとアラタとサクヤはニンマリ笑みを浮かべて菫を集中攻撃しようとしたが、トキワが立ちはだかりアラタとサクヤ、2人の股間を次々と蹴り上げた。


「ぐおおお…鬼畜っ…」


 蹲り断末魔を上げるアラタと痛みで倒れて声も上げられないサクヤをトキワはゴミを見る様な目で蔑む。勝敗は火を見るよりも明らかだ。


「風の神子代行よ…同じ男として心が傷まないのか…?」


 声を搾り出して非難するサクヤに対して勝敗は着いているにも関わらずトキワは足で転がす。


「全然、変態は粛清しないとね」


「くっ…子供が出来なくなったら祟ってやる…」


 呻きながらアラタは真っ赤な顔をした菫の肩を借りて立ち上がった。


「子作り以前に相手見つけろよ。それにしてもサクヤ、お前貧相な体してるな。肉喰え肉。よし、お兄様が昼食にご馳走してやろう」


 青白く華奢なサクヤの体型について言及したトキワは時計に視線を移すと昼飯時だったので訓練場から出て行った。ようやく痛みが和らいできたサクヤは涙目になりながら脱ぎ捨てた服を拾い集めて身につけた。


 訓練を終えた4人は闇の神子の間に集合して、それぞれ昼食を準備して反省会をしながら盛り上がったので、サクヤは旭がいない寂しさが少し紛れた気がした。

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