表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/121

118 結婚式前日です

 ついに結婚式前日となった。準備は順調で、朝から婚礼衣装の試着を済ませ、更に野外劇場でサクヤと村人へのお披露目の流れの確認と慌ただしいスケジュールだった。


 昼過ぎに一休みしようと2人が風の神子の間に向かうと、兄家族が滞在していた。


 ここ最近結婚の準備に加えて、神子の務めと目の回るような忙しさに耐えきれず、旭は兄に助けを請うて精霊礼拝や奨学基金関連の仕事や魔石の精製などを式翌日まで代行してもらうことになっている。今も膝に愛娘を乗せてデスクワークをこなしている。


 義姉と甥っ子達もいるのは、今夜は神殿に泊まって翌日に備えるからだそうだ。確かに着飾った姿で母1人子供3人の準備をして神殿に向かうのは骨が折れるだろうから、妥当な判断である。


「お疲れ様、今お茶淹れるね」


「ありがとう、お義姉ちゃん。お兄ちゃん借りちゃってごめんね」


「いえいえ、私の旦那様が義妹の役に立って何よりです」


 黙々と執務をこなす兄を横目に旭は義姉に手を合わせる。サクヤは構えと言わんばかりに父親の膝から降りて突撃してきた螢を抱き上げ、ご機嫌を取る。



「そういえば結婚後の新居はどうなるの?」

 

「新居ていうか、私の部屋で一緒に寝る事になったの。だからこないだベッドを新しくしたんだよ!サクちゃんと一緒に選んだの」


「うむ、意見が割れに割れたが部屋の主は風の神子であるが故に我が折れた形になった」


「だってサクちゃんが選んだベッドって柱に鎖が巻かれていて、ドクロの飾りが付いていて寝心地悪そうだったんだもん!」


 目が覚めた時にドクロと目でもあったら悲鳴を上げかねないので、旭は断固拒否したのだ。しかし意思を貫き通した甲斐あって2人のベッドは中々雰囲気の良い物となった。部屋は狭くなってしまったが、明日から毎晩サクヤと寝れると思えば気にならない。


「明日から楽しみだね!」


「うん!ねえ一緒に寝る上で注意する事ってある?」


 せっかくの新婚生活。しくじりたくない旭は人生の先輩にアドバイスを求める。命は短く唸り、紅茶を淹れながら考えた後に口を開いた。


「掛け布団は1人1枚の方がいいかも。2人で使うとうっかり取っちゃうから」


「なるほど!大きな掛け布団しかないから、寝る時サクちゃんに持ってきてもらおう!」


「相分かった。掛け布団持参で伺おう」


 頭の中でメモをしてからサクヤはクッキーを小さく割って螢に食べさせた。もし子供が生まれたらいい父親になりそうだと旭は口元を緩めながら紅茶を啜った。


 紅茶とクッキーを楽しみながら旭は明日の螢のドレスを見せてもらった。レイトと祈からの贈り物らしく、いつも以上にフリル満点のピンクのドレスで、主役の座を奪われる危機感を感じてしまった。


 ついでにクオンとセツナの一張羅も見せてもらう。お揃いのデザインで結婚式の為に新調したそうだ。


「父さんも新しいスーツをオーダーしたんだよ」


「えっ⁉︎お兄ちゃんも?」


 兄は結婚式にいつも同じグレーのスーツを着て、ネクタイやハンカチ、靴下など安物を新調して誤魔化していたので、旭は耳を疑った。


「世界でたった1人の妹の晴れの日なんだから当然だろう?」


「お兄ちゃん…」

 

 あのドケチな兄が自分の晴れの日の為にスーツを新調するなんて。旭は兄の優しい笑顔と感激で涙ぐんだ。


「騙されるな旭。こいつは嫁とラブラブリングコーデをしたいが為に、スーツを新調しただけだぞ」


 いつの間にか兄家族同様前泊する予定の両親が到着していて、母がすかさずネタばらしをしたので、兄は短く舌打ちをした。妹の結婚式をダシに嫁とイチャつこうとしていた兄の所業に旭の涙は引っ込む。


 事情を知った上で見せてもらった兄夫婦の服装は黒のスーツとレースのドレスだった。ネクタイとパンプスの色が青色で、これを着て並べば仲の良さが際立つ気がした。


 来年の春にアラタと菫の結婚式で夫婦となって初めての結婚式の参列することになるので、旭はこっそり参考にする事にした。


 両親にお茶を用意した所で旭は真面目な表情で彼らに向き直り、姿勢を正して深々と頭を下げた。

 


「パパ、ママ。今までお世話になりました」


「そんな…旭っ…」


 途端にトキオは大粒の涙を流して机に突っ伏してしまった。泣かれる予想をしていたが、ここまで落ち込まれると思わなかった旭は父が明日の結婚式のエスコートを全う出来るのか心配になってきた。


「万が一の為に代打を用意しておいた方がいいな…トキワ、頼んだぞ」


「絶対嫌だ」


「でもパパが駄目ならやっぱお兄ちゃんでしょ?」


「人生最高の日を汚したくないんだよ」


「お兄ちゃんのせいで私の結婚式が台無しになるなんて思わないけど」


「違う。俺の神聖な結婚式の思い出が汚れるんだよ」


「何それひっどーい!」


 まさか妹の結婚式をエスコートするのが汚点だという兄に旭は怒りに頬を膨らませるも、結婚式がそんなに大切な思い出になるのかという期待が湧き上がった。


「じいちゃん元気出して。ねえ、一緒にお散歩しようよ」


「おさんぽ!」


 ハンカチを手渡して気落ちした祖父を励ます為にクオンが提案すると、先に螢が目を輝かせ小躍りを始めた。セツナもすっかりその気になっている。


「行こうか…」


 覇気のない声だったが、気は紛れたトキオは立ち上がり、孫達と散歩に出て行く。楓も心配だったので後を追った。



「ねえねえ初夜の心得とかある?義姉ちゃん達はどんなだったの?私失敗したくないの!」


 必死にアドバイスを求める義妹に命は困惑の表情を浮かべた。可愛い義妹の力になりたいが、正直に体験談を話すのは違うし恥ずかしいと感じていた。


「あのね、旭ちゃんが不安になる気持ちは分かるけど、なんていうかその…失敗した位で旭ちゃんとサクヤ様はダメになる関係じゃないでしょう?」


「無論だ。我は風の神子の全てを受け入れるつもりだ」


「サクちゃん…」


 堂々としたサクヤの返答に不安が吹き飛んだ旭はしばし彼の手を取り見つめ合った。完全に2人の世界に浸る義妹達に蚊帳の外になってしまった命は助ける様に夫に視線を向けた。


 援護要請にトキワは万年筆のキャップを閉めてケースにしまい席を立つと、妻の腰掛ける椅子を引いてふわりと抱き上げた。


「え⁉︎」


 予期せぬ兄の行動に旭は我に帰り、呆気に取られた。抱き上げられている義姉も混乱している。


「ちょっと下ろしてよ!恥ずかしい!」


 羞恥に勝てず抵抗する妻にトキワはとろける様な甘い表情で彼女の滑らかな頬に短く口付ける。そんな兄の姿に旭は胸焼けがした。


「こいつらが見せつけてくるから羨ましくなったんじゃないの?」


「羨ましくないって言ったら嘘になるけど…イチャイチャしたかったわけじゃないの!ましてや義妹達の前でするなんて…」


「そうだね。じゃあ部屋に行こうか。夕方の礼拝まで休憩してくる。あとは若いおふたりでごゆっくり」


「はあ…」


 間の抜けた返事をして旭は観念して両手で顔を覆い隠して大人しくなった義姉を横抱きした兄を見送った。


「仕事が忙しくても妻を優先する、か。我も見習わなければ」


 ただ単に本能のままに動いていただけの兄に感銘を受けた様子のサクヤに旭は嬉しさよりも、少し面倒臭い複雑な気分になってしまった。



 ***



 夜も更けて本来なら明日に備えて早く寝るのが理想だが、目が冴えて寝付けない旭は夜風に当たろうと部屋を出て塔へと飛んだ。


「あ、ディアちゃん。とサクちゃんもいたんだ」


 屋上に辿り着くとサクヤが巨大化したディアボロスに埋もれていた。


「風の神子…其方も眠れないのか?」


「まあね。なんかワクワクしちゃって」


「そうか。夜風は冷える。ディアボロスで暖を取るといい」


 手を差し伸べてサクヤは旭を隣に座る様に促した。肩を寄せ合いディアボロスのフワフワとした毛に包まれると冷えた体が温まる。


「夕食時に我も養母と養父に育ててもらった感謝を伝えた」


「おばあちゃん泣いちゃった?」


「否、いつも通りだった。そして水鏡族の未来を託された。我にとっては何よりの言葉だ」


「なんていうか、おばあちゃんらしいな…」


 思えば祖母が泣いている姿を見た記憶が無いし、想像出来なかった。水鏡族の象徴的存在はそれだけの強さが必要なのかもしれない。


 泣くなというのは無理かもしれないが、これからサクヤと2人で水鏡族の未来を担う覚悟はあるつもりだ。


「…ねえ、一緒に星を見た時の事、覚えてる?」


「ああ、あの時は我はディアボロスに乗れなかったし、風の神子は空も飛べなかったが故に地道に階段を登ってここまで来たな」


 当時を懐かしむ様に微笑するサクヤの横顔に旭は釘付けになる。青白い肌に目立つ隈、団子鼻にいつも眠たそうな三白眼。全てが愛おしかった。


「我の思い出の中にはいつも其方がいる。これからもそうであって欲しい」


「サクちゃん…」


 頬に触れたサクヤの手の平は子供の頃から剣を握っていた影響で厚くガサガサしているが、心地よくて旭は目を細めた。


「愛してる」


 自分でも驚く位優しい声で愛を囁き、サクヤは目を伏せ、旭の柔らかい唇に口付けた。相変わらず息を止めていたので、少し短めに留めておく。


「明日は早い。戻ろう」


「うーん、ちゃんと寝つけるかな?」


 今床に就いても眠ることができるから不安だった旭にサクヤは一つ笑い優しく髪を撫でて、今度は額に口付けた。


「安眠の(まじな)いだ」


 おそらく彼の得意とする精神安定の闇魔術だろう。きっと自分だけに掛けてくれる特別なおまじないに旭の心は満たされ、効果は無いけれどお返しにサクヤの額に口付けた。


 2人でディアボロスに乗って塔から下りていき、旭はサクヤに風の神子の間まで送ってもらった。


「ありがとうサクちゃん。おやすみなさい」


「ああ、おやすみ。良い夢を」


 明日の夜からはおやすみの後も一緒だ。そう考えただけで旭は浮かれていたが、サクヤの魔術が効いたようでベッドに横たわった途端に静かに寝息を立てていた。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ