115 卒業式に出席します
木々が芽吹き、春めいて来たある日の事。旭は卒業式に出席する為に学校に来ていた。
「遂に旭も卒業かあ…」
「ちょっとパパ泣かないでよ」
式が始まる前からトキオの目は涙で潤んでいた。神子としての生活が大半で一緒に暮らして来た時間は短いが、彼にとって旭はいつまでも可愛い娘で、あっという間の成長に誇らしさと寂しさを噛み締めていた。
「本当パパってば涙脆いんだから」
「トキオさんは優しいから、私の分まで泣いてくれているんだよ」
「私はどちらかっていうと涙脆いからパパ似なのかな?そういえばママが泣いている所見た事ないかも」
楓は自他とも認める涙腺の固さだった。喜怒哀楽の中で一番分かりやすいのは“怒”で、周囲の気温を引き上げる様な熱を発していた。
「ちなみにトキワの卒業式でも泣いて、トキオさんの顔の良さと美しい涙に触発されて、周りの保護者達もさめざめと泣き出してしまった」
容易に当時の様子とうんざりとした表情の兄が思い浮かんだ旭は同様の現象がこの後始まる予感がした。
両親と別れて教室に入ると、同級生達が既に半数は登校していた。卒業式だから早目に来たつもりだったが、どうやら同じ考えが多かった様だ。
服装は皆民族衣装だ。旭も両親から贈られた膝丈のノーカラーワンピースに長袖のボレロを羽織っている。
「旭ちゃん、おはよう!」
「おはよう」
巴に挨拶されて旭も嬉しそうに返す。彼女と響には長い間世話になった物だと顧みた。確か幼稚園から一緒で、登園拒否する前から旭の近くにいてくれた。
両親が言うには、登園拒否のきっかけは銀髪頭を揶揄われたかららしい。神殿にいるとサクヤを始めとする銀髪の神子達がいるし、家族も父と義姉以外皆銀髪なので、あまり珍しい感覚がないが、外に出たら自分達が一握りしかいない存在だと痛感させられるから、幼い子供から見て異質に映ったのだろう。
この問題については大人達が尽力して解決したので後を引いていない。この教室に揶揄った者達もいるが、あれ以来諍いはないし仲良くさせてもらっている。
「旭ちゃんは卒業したら闇の神子と結婚するんだよね?」
「うん!16歳になった最初の休日に結婚式を挙げるんだよ」
巴からの問いに旭は鼻息を荒くさせて答える。
「子供の頃からの許嫁と結婚てやっぱ憧れるなあ」
「2人も卒業したら彼氏と結婚するの?」
響は1歳年上の彼氏と、巴は同級生と付き合っていると聞いていた旭が尋ねれば、2人同時に首を振った。
「あっちが教師になる為に進学してるし、自然消滅するかも」
「手紙のやり取りは続いているんだよね?」
「まあ、一応…」
「じゃあ大丈夫だよ!確か彼氏さん風の神子奨学金を利用しているよね?うちの制度を利用してる人達の殆どは村に帰って来てるから!」
「…そうだよね。彼からは村に帰って来たら結婚しようって言われてるし、信じなきゃね!」
励ましが届いた響は次第に表情を明るくした。旭は安堵して、次のターゲットである巴に視線を移せば、観念した様に照れ笑いを浮かべていた。
「私達はとりあえず結婚式の資金を貯めてからになるかな?なるべく親に負担掛けたくないから」
堅実な同級生カップルに感心しつつ、そういえば自分の結婚式の費用の出処を知らないと気付き、これでは行けないと危機感を覚えてしまった。
「じゃあ、響ちゃんと巴ちゃんが結婚するまでに、結婚式の進行が出来る様に勉強するよ!」
本来は村人側から進行する神官と神子は選べないが、身内なら話は別である。彼女達だけじゃない。同級生達も望むのなら祝福したいと、旭は新たな野望が見つかり目を輝かせた。
その後もクラスメイト達から声を掛けられて奨学金制度を利用して進学する者からは感謝を伝えられたので、これまで頑張った甲斐があったと旭は報われた気がした。
卒業式の時間になり、全校生徒と教師、そして保護者が校庭に集結した。両親の様子をチラ見すると、案の定父が涙していて、周囲の母親達も貰い泣きしていたので、思わず苦笑してしまった。
校長、在校生代表の話が終わると卒業代表としてヒロトが壇上に上がった。あの意地悪なお隣さんがこんなにも立派になるなんてと、旭は感慨深い物を感じてしまった。
「ーーー本日を持って今まで共に学び高め合ってきた仲間達と別々の道を歩む事となりますが、みんなと過ごした日々は決して忘れる事はないでしょう」
引っ越してきた子とかもいるけれど、基本幼稚園の頃から今日までずっと一緒だった。もしかしたら家族の次に長い付き合いかもしれない。だからこそ皆惜別に涙するのだろう。あまり交流がなかった旭でさえも胸に込み上げるものがあった。
卒業式が終わり、最後のホームルームとなった。15名の卒業生達が順番に涙で言葉につまりながらも別れを告げていった。
そして旭の番になった。注目されるのには慣れているが、それは神子としてであって素の自分として話すのは得意じゃなかったので緊張で顔が強張った。
「ええっと…みんなご存知の通り私は2ヶ月後には闇の神子と結婚式を挙げます。もし時間があったらお披露目に来てくれると嬉しいなあ…」
まず結婚式の話をすれば、おめでとうと拍手と共に祝福される。いい気分になりながら旭は手を振った。
「今後も風の神子を続ける予定なので、みんなとはこれからもどこかで会えると思います。その時は知らん顔しないで声を掛けてね!」
一生の別れじゃないから、旭は明るめに話を切り上げた。
ホームルームが終わり、旭は名残惜しげに両親と教室を出た。お別れ会に誘われたが、神殿で兄を待たせているし、祖母達と卒業祝いの会食を予定していたので後ろ髪引かれる思いで断りつつも、同窓会には是非誘って欲しいと告げて馬車に乗り込んだ。
「パパ白目と鼻が真っ赤だよ」
散々泣き腫らした父にハンカチを差し出せば、再び目から涙が一雫零れていった。
「旭は本当に優しい子に育ったなあ…卒業おめでとう」
「あ、ありがとう…」
本当はもっと感謝の気持ちを伝えたい所だが、これ以上泣かれても困るので旭は一言にとどめた。父の隣に座っている母はもらい泣きする様子は無かったが、優しい夫の頭を愛おしげに撫でていた。
「この調子だと結婚式じゃ大洪水だな」
「やめて楓さん、その話はまだ聞きたくない…」
10年前から決まっていた娘の婚約だが、トキオは未だに心の準備が出来ていなかった。サクヤはここ数年の言動と趣味は奇抜だが、相変わらず優しくて礼儀正しくて、何よりも旭を大事にしてくれて、婿として最高の人選だ。
それでも可愛い我が子が自分の手から離れるのが寂しくてしょうがなかった。
「ママは寂しくないの?」
「トキオさん程ではないが寂しいぞ。だから結婚しても里帰りは続けて欲しい。まあ偶にでいいからな」
予想より素直な返答に意外性を感じながらも帰る場所を与えてくれる母の優しさに旭は身を乗り出して両親に抱きついた。
「ありがとうパパ、ママ」
両親の温かい愛に包まれながら神殿に辿り着いた。馬車から降りて最初に視界に映ったのは、ピンクのバラの花束だった。
「卒業おめでとう」
「サクちゃん…ありがとう!」
祝福と共に花束を差し出した許嫁に旭は感激して抱き着いた。彼自身は精霊との契約で学校に通えなかったのに、こちらの卒業を喜んでくれる優しさが嬉しかった。
「宴の準備は整っているぞ。行こう」
サクヤのエスコートで向かった光の神子の間では祖父母は勿論の事、叔母夫婦に兄家族と親戚勢揃いだった。
「旭姉ちゃん卒業おめでとう!」
「あーちゃんおめでとう!」
「おめでと!」
口々に祝ってくれる甥っ子達に旭は感激してからサクヤが勧めた席に着いた。テーブルには旭の好物ばかりが並んでいた。部屋の飾り付けも可愛らしく、聞けばサクヤと甥っ子達で頑張ったらしい。
「旭、卒業おめでとう。これからは風の神子の務めに専念して、サクヤと一緒に村を盛り上げて頂戴ね」
「もちろんだよ、任せて!ね、サクちゃん」
「ああ、共に歩んでいこう」
ほぼ不登校で他の同級生達と比べたら卒業という実感はあまり無かったが、祖母からの言葉で一つの節目を経たと実感した旭は明日から大人として気持ちを入れ替えていこうと決めて、今宵の宴を楽しむことにした。