114 この際ハッキリさせます
「「イチャイチャしたい…」」
魔石精製の傍ら、欲求不満から思わず願望を同時に口にした風の神子兄妹に紫の笑いのツボが刺激された。
「ちょっとお兄ちゃん真似しないでよ!」
「真似したのはそっちだろう?」
続いて不毛な言い争いを始める兄妹に紫の爆笑は続き、腹を抱えた。
「こんにちは、相変わらず賑やかね…」
「おや、いらっしゃいませ水の神子三席。今兄妹でイチャイチャしてて困ってたんですよ」
「「イチャイチャしてない!」」
またも同時に発言した旭とトキワに紫は吹き出しつつも、環をソファへに勧めた。
「クッキー作って来たから一緒に食べましょう」
「わーい!」
ちょうどおやつが食べたかった旭にはベストタイミングだった。早速旭は紫にティーセットの用意をお願いする。その横で兄はしかめ面をしていた。
「俺はいらない。環さんの作った物は生涯食べないと決めているから」
「その節は本当に申し訳ありませんでした…」
以前媚薬入りのクッキーを食べて散々な目に遭ったトキワは環の申し出を断る。なんとなくそうなる気がしていた環は無理に進めず、過去を省みる様に自嘲した。
「今日はマイトさんお休みだよ」
彼女が風の神子の間に訪れる理由は九分九厘、現在交際中のマイト目当てだったので、旭が問えば、環は分かっていると答える。
「じつはその、マイトさんの事で相談があるんです」
視線を落として意気消沈した様子の環を見るからにマイトが何かしでかしたのだろうかと思う反面、旭にはあの優等生がそんな事するわけないという気持ちもあった。
「私で良ければ話を聞くよ。マイトさんの事となったら所属先の神子として責任もあると思うし」
「ありがとうございます。それでマイトさんなんですけど、最近燕さんと一緒にいる所をよく見かけるんです。女の私から見ても魅力的な女性ですから、もしかしたらマイトさんは燕さんを好きになってしまったのかもしれません…」
雷の神子三席の燕は姉の雀同様、抜群の容姿を誇っている。豊満な胸と美脚を惜しげもなく見せつけた服装は周囲をドギマギさせる。一方の環だってタイプは違うが、あの美貌の男神子と崇められるミナトを叔父に持つだけあって美人である。
「マイトさんの事だからきっと何かお手伝いでもしているんじゃないの?」
「でも私に何も話してくれないし、旭ちゃんにも報告してないなんて、おかしいわ」
不安にまつ毛を揺らす環が不憫に感じた旭はこうなったらマイトを問い詰めなくてはならないと、鼻息を荒くさせた。
「ああ、あれは雷の神子三席と水の神子次席の共同開発の魔道具の実験に協力しているんだよ。俺もこないだやった」
「ええ!」
昼まで待てなかったのか、持参していた弁当を広げていた兄の発言に旭はマイトが自分よりも兄を信用してるのかと、ショックを受けた。
「伯父様から話は聞いているから知っているのに…何故黙っているのかしら」
事情が分かっても気分が晴れない環にトキワは食べようとしていたサンドイッチを弁当箱に戻してから、わざとらしく大きなため息を吐いた。
「付き合っているからって、なんでも報告する義務があるわけじゃないだろう?環さんはマイトさんにいちいち報告してるの?」
この2人、同い年だが相性は最悪の様だ。蛇に睨まれたカエルの様に固まる環を他所に、トキワは早弁を再開する。
「じゃあお兄ちゃんはお義姉ちゃんが報告もなしに誰かと仲良くしていても不安じゃないの?」
言われてみれば旭もサクヤに隠し事をされて来たし、自分も彼に全てを話してはいない。そう考えれば兄の言うことは正しいかもしれない。しかし自分以外の異性と仲良さげにしていたら、不安になるのは仕方ないと思い反論する。
「やめて。せっかくの弁当が不味くなる…マイトさんの件については俺が保証するから安心して」
「ありがとうございます…すみません」
恐縮しきりの環だが、どこかホッとした様子だったので、旭も安心してようやくクッキーに手を伸ばした。
「それで、何の魔道具を開発しているの?」
兄が弁当を食べたのを見計らって、旭は環に魔道具の研究について尋ねた。
「血縁関係を証明する魔道具を開発しているの。ほぼほぼ完成していて、後は精度を確認する為に実験を重ねている最中よ。調べたい相手と一緒に魔道具に手を当てて、赤ければ親子で青が兄弟。紫が親戚関係で、黒くなったら他人なの」
「なんかよく分からないけどすごーい。
お兄ちゃんも実験に協力したって言ってたけど、どんなだったの?」
「俺とクオンとセツナで試したけど、当然ながら2人とも赤く光ったよ。俺としては妻を疑うみたいで気分が悪いけど、クオンはホッとしたみたいだから、やって良かったよ」
クオンは母親譲りの目元が印象的である故に父親に似ていないと、心ない言葉を浴びる事があった。だからこそ、この結果は誰よりも喜ばしいのだろう。
「ふーん。じゃあ後で私とも実験しようよ!長年の親子疑惑にケリをつけなきゃ!」
結局は母の嘘だったけれど、未だに捨てきれない疑惑だったので旭が提案する。
「そうだな、この際ハッキリさせておくか」
幸い魔石作りは2人作業だから直ぐ終わりそうなので後回しにして、兄妹は環と別れて燕の実験室を尋ねたら、白衣姿の燕が出迎えた。
「燕さん、私達にも魔道具の実験に参加させて」
「あら、ちょうどこれから実験なの。村の協力者を優先していいかしら」
「だったら実験の様子を見学させて貰ってもいいかな?」
「勿論よ。その後でたっぷり調べさせてもらうわね」
快い返事をもらったので燕の後を追って、待ち合わせとなっている神殿内の貸し部屋に着いた。
「あれ、マイトさん?」
部屋には本日休みのはずのマイトと彼と同年代と思わしき女性と10歳位の男の子がいた。
「ごめんマイトさん、今日だったんだね」
何やら事情を知っているらしい兄は申し訳なさげに顔を手で覆っていた。それに対してマイトは冷静に大丈夫だと首を振った。
「旭、ちょっといいか」
トキワは一旦旭と部屋から出てから、子供に言い聞かせる様に視線を合わせた。
「これが終わったらちゃんと事情を話すから、絶対にこの実験が何なのか口にするな。ていうか喋るな。やらかしたらお前の結婚式に出席しない」
今後の信用に関わる脅し文句に旭は震え上がり何度も頷いた。まあいつもの村人の前で演じる姿で乗り切ればいいだろう。そう楽観視して兄と共に再び入室した。
「私達も見学させて頂く事になりました」
何十匹もの猫を被って穏やかさの塊の様な笑顔で振る舞う兄の隣で、旭は借りて来た猫の様に静々とお辞儀をした。女性と子供は居心地悪そうに頷いて了承した。
「では早速ですがそれぞれこちらに触れてください」
燕が取り出した魔道具は中央に透明な魔宝石が埋め込まれていて、左右に手を置く場所があった。調べるのは女性と子供の血縁関係の様である。彼らの関係は一体何なのか。気になるけれど聞けないもどかしい状況を必死に抑えて、旭は結果を見守る。
しばらくして中央の魔宝石が赤色に光りだした。確か赤は親子だ。次に女性からマイトに交代すると、魔宝石は黒色…他人を示した。それが何を意味するのか頭の中は疑問符でいっぱいだったが、マイトが気が抜けた様な溜め息を吐いた所からして望ましい結果であるのは予想できた。
「以上で終了となります。実験のご協力ありがとうございました。少ないですが、こちらは謝礼になります」
燕の側近が恭しく女性にお金が入った袋を手渡した。女性はマイトに何か言いたげな視線を送ったが、謝礼をバッグに仕舞うと、子供の手を引き部屋から出て行った。
「マイトさんお疲れ。あとおめでとう」
「ありがとうございます。雷の神子三席も何とお礼を言ったら良いか…」
しばしの静寂を破った兄の発言に旭は益々首を傾げる。マイトは深々と頭を下げて燕に感謝していた。
「いえいえいいのよ。寧ろこういうケースの為に開発した物だし…と、そろそろ旭ちゃんに事情を説明してあげたら?」
一人状況が分かっていなかったので、燕の提案はありがたかった。マイトはまずは今まで黙っていた事を謝罪して今回の実験の真相を語り始めた。
「先程の女性は私の元婚約者です。とは言っても、もう10年以上前のことですが」
彼に婚約者がいた事は旭にとって初耳だった。そもそも環とのロマンスがある前までは浮いた話1つなかったのだ。訳知り顔の兄を見た所、もしかすると幼い自分の耳に入らない様にしていたのかもしれない。
マイトが言うには、彼女は婚約半年で彼の同僚と浮気をして妊娠してしまったらしい。しかもお腹の子供がマイトと同僚、どちらか分からない事態になってしまったらしい。
結局婚約者は子供を産む決意をして、生まれた子供が同僚と同じ属性、かつ顔が似ていたので、マイトと婚約を解消して同僚と結婚したらしい。
そして同僚と同じ職場で働き辛くなったマイトは仕事を辞めて、ちょうど募集されていた風の神子の神官に志願して、現在に至るそうだ。
「うーん、マイトさんには悪いけど、良いタイミングでうちに来てくれて私は凄いラッキーだったんだね」
「大変光栄なお言葉です。ありがとうございます」
「でも何で今になって、あの子供と血縁関係を調べる事になったの?」
とうの昔に解決した問題ではと指摘する旭にマイトは苦い表情を浮かべた。
「じつは3ヶ月程前から元同僚が仕事を辞めて、働かなくなったらしく、元婚約者が生活費を捻出する為にやはりこの子はお前の子だから、今まで育てるよに掛かった金とこれから掛かる金を寄越せと言い出しました」
「うわ…ご愁傷様」
「はい、このままだと両親や、下手したら水の神子三席にも危害が及ぶと案じていた所で、血縁関係を調査する魔道具が完成したと代行から聞いて、チャンスだと思い、事情を話して被験体に立候補しました」
「私も托卵案件を実験したかったから、渡に船だったわ」
にこにこしながら修羅場新聞案件に喜ぶ燕に力無く笑い、話の続きを待つ。
「そして先程、雷の神子三席を証人とする形で親子関係が証明されたら、お金を払う。違ったら二度と関わるなと約束して、子供の方には新しい魔力測定器の実験だという形で母子で来てもらいました。結果はご存知の通りです」
神子が証人ならば、元婚約者もこれ以上騒ぎ立てる事も出来ないだろう。長年の悩みが無くなったマイトはどこかすっきりとした表情をしていた。
「もしまたおかしな事言い出したら、その元同僚とさっきの子を調べればいいよ。俺も証人になるから」
「ありがとうございます。風の神子代行には神官採用の時から感謝してもしきれません!」
「感謝したいのはこっちの方だよ。これからもよろしく」
「はい!」
これにて万事解決となった所で、兄と血縁関係を調べた所、魔宝石がくっきりと青色に輝いたので、旭はホッと胸を撫で下ろすのだった。