113 責任を取ってもらうそうです
結婚式の準備は勿論、魔石作りや奨学金関係の仕事で目が回る忙しさが続く中、旭は運動不足解消の為にサクヤと雪かきに勤しんでいた。
火炎魔石を使えば、あっという間に終わる作業だが、神殿では鍛錬の一環として神官達がせっせと雪かきをしている。いつもそれに混ぜてもらっているのだ。
「あー、暑い。終わったらお風呂入ろうっと」
コートを脱いでひんやりとした風に旭は目を細めた。汗をかいているのでハンカチで拭う。
「サクちゃんも一緒にどう?」
「否、気持ちだけ頂く」
冗談混じりに誘えば、サクヤにスパッと断られた。まああと少しの辛抱だ。結婚したらもっともっとイチャイチャしてやると野望に燃えていると、冬場なのに白いネグリジェ姿の菫が近づいて来た。氷属性だから寒くないのだろうかと思いつつ、旭は手を振った。
「私ついにアラタさんと結ばれたの!」
「ふぁっ⁉︎」
予想外の爆弾発言に旭は己の耳を疑った。サクヤも目を丸くさせている。ここ1年、菫とアラタは良好な関係を築いていた様に見えていたが、交際宣言は聞いていない。
「そ、それってお付き合いする事になったってことだよね?」
「旭ったら、いつまでお子様でいるつもりなの?結ばれたって言ったら男女の仲になったに決まってるじゃない!」
更なる爆弾投下に瞠目してしまう旭を見て嬉しそうに笑みを浮かべる菫にサクヤは身震いした。いつもの彼女とは様子が違ったし、一波乱が起きる予感がした。
「土の神子は今何をしている?」
片方の言い分だけを鵜呑みにするのは良くないと判断したサクヤはもう1人の当事者であるアラタの所在について尋ねる。すると、菫はニンマリと口を弧にした。
「部屋で休んでいるわ。お薬の効果がきれてないのかも」
「なるほど、薬を盛ったのか」
これまで交際してきた女性達と関係を持たなかったアラタが恋人でもない、しかも妹同然の菫に手を出すとは思えなかったサクヤは軽蔑するのは早合点だったと反省した。
「こういうのはきっかけが必要だからね。アラタさんの背中を押しただけよ。ふふ、これから忙しくなるわ」
まるで悪びれていない様子の菫に掛ける言葉が見つからず、旭とサクヤが顔を見合わせてどうしようか悩んでいたら、菫の側近の神官達が駆けつけた。
「菫様、氷の神子がお呼びです」
恐らくアラタとの件だろう。菫は抵抗する事なく迎えに来た神官達に従う。
「…我々も同席しよう。事情を知ってしまったからには無関係ではいられない」
「だね」
サクヤの提案に旭は頷き、連行される菫の後ろを着いて行った。氷の女王霰は今どんな心境なのか。怒っていなければいいけどと、旭は願いながら冷たい風にくしゃみをした。
氷の神子の間では一足早く連行されて、床に正座させられたアラタを霰が凍てつく視線で見下していた。菫は神官達を振り切ってアラタに寄り添った。
「私達愛し合っているの。例え霰姉さんでも邪魔するなら許さないんだから!」
完全に今の状況に酔いしれている菫に旭達は頭を抱えた。昔からアラタが絡むと周りが見えていない所があったが、今日が今までで一番酷かった。
「愛があるなら何故薬で体の自由を奪う必要があった?」
まだ薬の効果が残っているのか、アラタは時折体を痙攣させていた。責める霰に対して菫は曇りなき瞳をしていた。
「時には押しも肝心だって、ママも言ってたわ」
「押し方を間違えている!あなたの言い分は分かったわ。それでアラタはどうなの?」
菫の様子がおかしいので、彼女だけの意見を聞くのはアンフェアだと判断した霰はもう1人の当事者に視線を向けた。
「本当に申し訳ないです。俺がすうちゃんをいつまでも煮え切らない態度で期待させたのが悪いんです」
青白い顔でアラタは菫を擁護してから彼女に向き直った。
「散々お見合いに失敗して…挙げ句の果てに結婚式で破談になった。そんな情けない俺は若くて、まだ未来があって、汚れを知らないすうちゃんに相応しくない。そう思っていた。だけどそれが逆にすうちゃんを苦しめる結果になってしまった。本当にごめんね」
「謝らないでアラタさん!そんな言葉聞きたくないわ」
「いいや、最後まで話を聞いて欲しい!」
大袈裟に頭振る菫の両肩を掴みアラタは真剣な眼差しで宥めた。彼の話に一同は耳を傾けた。
「こんなにもダメな俺をすうちゃんが健気に支えてくれたお陰でここまで立ち直れた。本当にありがとう。これからは俺にもすうちゃんを支えさせて欲しい」
「アラタさん、それって…」
縋る様な目で見つめて、言葉の続きを待つ菫にアラタはゆっくり噛み締める様に頷いた。
「俺と結婚して下さい」
「はい!」
この言葉をどれだけ待っていただろうか。このチャンスを逃すまいと菫は即座に承諾して彼に抱き着いた。例え夢でも偽りでも構わない。アラタから紡ぎ出されたプロポーズに変わりないのだ。
「えーと、おめでとう。でいいのかな?」
「いいに決まってるでしょう!ありがとう、旭」
奥歯に物が挟まったような祝福する旭に菫は食い気味に感謝した。長年の片想いが成就したのだからめでたいとは思うが、旭はイマイチ気分がスッキリしなかった。
「まあ、責任を取るというならば私も何も言うまい。後は親から許可を得る様に」
霰が言うには、現在菫とアラタの両親がそれぞれ神殿に向かっているらしい。果たして無事認められるのだろうか。そこまで見届けるのは、実務に支障が出るので、旭とサクヤは良い報告を待っていると伝えてから、各自の持ち場に帰った。
***
後日、菫とアラタの婚約が発表されて村を騒がせた。菫の両親は兼ねてより娘の恋を応援していたらしく、歓迎ムードだった一方で、アラタの母親は終始恐縮しきりだったらしい。挙式とお披露目は来年の春になるそうだ。
「いやー、すうちゃんの花嫁姿楽しみだなあ」
「私、結婚式でアラタさんにお姫様抱っこしてもらいたいな」
「よーし!今から練習だ。よっと…」
「きゃー!アラタさん逞しい!」
一体ここ数日で何が起きたのだろうか?菫とアラタは誰もが認めるラブラブカップルへと成長していた。世話になったから改めて挨拶をしたいというので、時間を作ってあげたのに、完全に2人の世界になっている親友達に、旭は真顔になってしまった。
「もしかしたら、意外と破れ鍋に綴じ蓋でお似合いなのかもね…」
「ううむ、とりあえず幸せならいいのでは?」
終わり良ければ全て良しだと締めて、サクヤが無言で持参していた書類仕事を始めたので、旭もそれに倣いバカップルをそっちのけで、雫に魔石作りの準備をしてもらう事にした。