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112 複雑な関係みたいです

 騒動もひと段落して年も明け、旭はいつもの自己鍛錬を少しセーブして、神子の務めと結婚式の準備に集中していた。


 これからティータイムをしながら結婚式の打ち合わせをするべく旭が闇の神子の間を訪れると、顔馴染みの老齢の神官達がまるで孫が来たかの様に歓迎してくれて、サクヤのいる執務室へと案内してくれた。


「おや、時間になったら知らせる様、神官ヒナタに頼んだ筈だったが…」


 旭を出迎えたかったのにと思いながらも、サクヤが傍に控えているヒナタに視線を向けると、虚ろな目をしてぼんやりとしていた。


「どうしたのヒナタさん?」


 旭に声を掛けられてハッとしたヒナタは職務怠慢を謝ってから、物憂げな表情を浮かべた。


「我々に話せる悩みならば、聞かせてくれないか?力になりたい」


 テーブルに着いて老齢の女性神官がお茶を淹れてくれるのを待ちながら、サクヤが申し出れば、ヒナタはまた一つ頭を下げる。


「ありがとうございます。じつは弟が家出してしまったんです…」


「えーっ!探さなくて大丈夫なの?」


「それははい、家出先は徒歩10分の距離のトキちゃん…風の神子代行の家なんで」


 居場所が分かっているなら一安心だ。カイリはクオンとセツナに懐かれているから、きっと大歓迎されているだろう。しかし何故カイリが家出したかは、付き合いが殆ど無い旭には分かりかねた。


「して、家出の原因は?」


「全く分からないんですよ…普段から自分の気持ちを口にするのが下手な子だから、俺達家族に対する不満を溜め込んでしまったのかもしれません」


 言われてみればカイリはヒナタに比べると大人しく、何か意見している所を見た事ない。それどころか旭は彼の声を聞いた事さえなかった。


「うーむ、家族に話しづらい事ならば、一先ず家出先の代行達に任せてみてはいかがかな?」


「ちーちゃんからも言われました。今俺達が口を出しても刺激するだけだって…でも時間が無いんですよ!あと3ヶ月もしたら、ヒナタは調理学校に行ってしまうんですよ!それまでに絶対仲直りしたいんです!」


 弟を溺愛するヒナタにとって今の状況が辛いのは火を見るより明らかだ。


「カイリ君はヒナタさんに不満を持っているの?」


「それも分からないんですよ…突然家を出てしまったから…悪い所があるなら直すのに…」


 いつまでも落ち込んでいたら仕事に支障が出てしまうが、力になれる気がしないサクヤは短く唸り、しばし考え込んだ。そしてある人物が頭に浮かんだ。


「マリーローズ先生に協力してもらうのはいかがだろうか?」


 兄弟の共通の知り合いで、相談に乗ってくれそうな人物ときたら彼女しか思いつかない。そんなサクヤの提案に旭とヒナタもこれだと賛同した。


「じゃあ昼休憩になったら、相談してきます。ありがとうございました」


「否、善は急げだ。直ちに行くといい」


 どうせこの後は礼拝の時間まで旭とお茶をしながら結婚式の打ち合わせをするだけだ。サクヤが背中を押せばヒナタは恐縮しながらも、お言葉に甘えてマリーローズがいる講義室へと向かった。


「…とはいえ、やっぱ気になるよね」


「ああ、要らぬお節介だがこのまま彼らが仲違いのままだと各方面で困るだろう」


 ヒナタは闇の神子直属の神官の中で一番若くフットワークが軽いので、サクヤは重宝していた。使い物にならなくなると業務に支障が出る。それを差し引いても兄貴分的な存在な彼には笑顔でいて欲しかった。


「やっぱり私達もカイリ君に話を聞いてみない?」


「そうだな。以前から彼とは年も近いし、話をしてみたいと思っていた。良い機会かもしれない」


 サクヤには立場上学校に通えないので、同年代の同性の友達がいない。彼らを取り巻く環境を考えたら、もっと早く交流出来たかもしれないが、サクヤも…恐らくカイリも社交的ではなく、周囲からのお膳立てがなかったので、実現しなかったのかもしれない。




 夕方前になり、そろそろカイリが塾に顔を出す時間だ。旭はサクヤと待ち伏せをした。


「あ、来た!カイリ君!」


 学校終わりから直行したのか、大きめのリュックを背負ったカイリがやって来たので、旭とサクヤは彼の前に立ちはだかった。突然の遭遇にカイリは父親譲りの切長の瞳を丸くさせたが、相手は神子なので恭しく頭を下げた。


「塾が始まるまで、ちょっとお話ししましょう!」


 否応なしに旭とサクヤはカイリの両腕にしがみつき、風の神子の間へと連行した。


「えと、受験勉強は順調ですか?」


 未だに状況を把握出来ず、質問に対してカイリは遠慮がちに頷いた。彼らは少し遠い親戚に当たるとはいえ、立場が違うのでどう接したらいいのか分からなかった。


「合格したら、調理学校に行くんだよね?やっぱ料理好きなんですか?」


 また一つカイリが頷くと、沈黙が漂う。気まずい空気に用意してもらったパウンドケーキを旭はゆっくりと齧る。


「…いつも母は料理を目分量で適当に作っていて、美味しい時もあるけれど、凄く不味い時もあって夫婦喧嘩の原因になっていました」


 沈黙に耐えられず、遂にカイリが口を開いた。初めて聞く彼の声は旭が想像してたよりも少し幼かった。


「それが嫌だったから祖母や叔母に料理を教えてもらって、自分で作る様になりました。今では毎日家の料理を作っていて、みんなが美味しいって褒めてくれるのが嬉しくて、気付けば料理が大好きになって、もっと勉強したいと思いました」


「なんか素敵だね」


 照れ臭そうに志望動機を語るカイリに旭はもっと早く交流したかったと悔やむ。無論兄に頼んだ所で断られていただろう。


「ところで家出中と聞いていていますが…」


 本題を切り出した旭にバツの悪い表情を浮かべるも、カイリは静かに頷いた。


「もし良ければ理由を聞いてもいいですか?」


 出過ぎた真似だというのは分かっていたが、このままだと蟠りが残ったまま別れが訪れてしまう。それは悲し過ぎるから旭はお節介せずにはいられなかった。


「…兄と顔を合わせたくないんです」


 絞り出す様に出したカイリの声を聞き逃すまいと耳を澄ます。


「兄はマリー先生の好意に全然気付いていないんです」


 まさか恋話だとは思わず、不謹慎ながら旭の好奇心がそそられてしまった。


「そんな兄を見ていると、イライラして強く当たってしまいそうなので、頭を冷やす為にも距離を置いているんです」


 家出の理由は中々複雑な様だ。当事者達に話せばこじれるのは必至だ。だからこそ部外者の旭達に話してくれたのだろう。


「神官ヒナタの胸の内は分からないが…彼はマリーローズ先生を仲間として大切にしてくれている」


「もしかしたら恋愛感情より友情を感じているのかもね」


 サクヤの擁護に旭も乗っかる。最初はただならぬ関係を疑ったが、彼らの様子を見ていくうちに恋人同士というより、水鏡族の発展を願う同志だと感じる様になった。


「なんでカイリ君はマリーローズ先生がヒナタさんの事を好きだって思ったの?」

 

「…いつも兄を目で追っているから。好きなんだと思う」


 寂しげに理由を口にするカイリの姿に旭は率直な疑問が頭に浮かんだ。


「もしかして、カイリ君はマリーローズ先生が好きなの?」


 マリーローズがいつもヒナタを目で追っている事に気づくという事はカイリがマリーローズをいつも見ているという事だ。


 旭の指摘にカイリの白い肌がみるみるうちに紅潮し始めた。どうやら図星らしい。しかしこれ以上深く問い質す勇気が無く黙り込んでいると、カイリが立ち上がり傍に置いていたリュックを手にした。


「そろそろ塾の時間なので失礼します。お茶とお菓子ご馳走様でした」


 早口で退室を告げ、カイリは声を掛ける隙も与えず、そそくさと風の神子の間を去った。


「どうやら彼は風の神子の言葉でマリーローズ先生への恋心に初めて気付いたのかもしれない」


「そっかぁ…人に言われて気付く恋心もあるんだね」


 自分は物心つく前からサクヤにメロメロだったので、旭はいまいち理解出来なかった。


「我は彼と同じだ。勇者殿から指摘されるまで、己の中の風の神子への恋情にまるで気付いていなかった」


「えっ!そうだったの?」


 つまりエアハルトがサクヤに言わなければ今の様な関係が築けていたか怪しいという事だ。早く知っていたら、恋のキューピッドとして敬い、もっと優しく接してあげられたのにと、旭は申し訳ない気持ちになってしまった。


「にしても、中々厄介な三角関係だね…暦ちゃんが聞いたらネタ帳とペンを持って大喜びしそうだよ」


 ヒナタを慕うマリーローズ。マリーローズを慕うカイリ。そしてブラコンなヒナタ…一体どうなってしまうのか、誰を応援すればいいのか、全く分からないので静観するしかないと旭とサクヤの間で結論が出た所で各々夕方の礼拝へと向かった。

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