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111 変わらず愛してます

 それからはあっという間だった。魔王が討伐された吉報は神殿内に知れ渡り、お祝いムードになった。旭は戦いで体力を消耗した為、その日の精霊礼拝は兄に任せて泥の様に眠り、起きたのは翌日の朝だった。


 朝の礼拝を済ませて朝食にバターと蜂蜜をたっぷり乗せたパンケーキを口に運び、幸せな甘さにうっとりした。


「サクちゃん大丈夫かな…」


 いくら倒したとはいえ、一度魔王を体内に取り込んだサクヤの体が心配なので、午前の仕事を後回しにして、闇の神子の間へ向かった。


 闇の神子の間でサクヤは蜘蛛の巣柄のマルチカバーが敷かれたソファで寛いでいた。存外顔色が良い。向かい側にはエアハルトがいる。


「風の神子、ゆっくり休めたか?」


「うん、サクちゃんも元気みたいだね。よかった」


 サクヤの隣に座って腕に抱き着いた旭は向かい側のエアハルトに渋い視線を向けた。


「勇者様はいつまでここにいるの?王様に報告しなきゃでしょ?」


「君にとって僕がおじゃま虫なのは分かっているけど…最低でも今年いっぱいは滞在するよ。サクヤ君の中にまだ魔王の因子が残っているからね」


「えっ⁉︎それって大丈夫なの?」


 討伐されてもなお残る魔王の影に旭は不安に顔を曇らせる。するとサクヤが優しく肩を抱いた。


「我の闇の力の方が強いが故、負けはしない。勇者殿が留まるのは確実に魔王の因子を消し去るためだ」


「本当に?」


 疑いの眼差しを向けられて、サクヤは信用が無い物だと戯ける。出来る事なら信じたいが、一度乗っ取られた姿を見た旭は心配で仕方がなかった。


「大丈夫、順調に魔王の力は減っている。それにサクヤくんの中には頼もしい味方もいるし」


「…それって歴代の闇の神子の記憶の事?」


 彼の中に存在するものといえば、旭はそれしか思いつかなかったので尋ねると、サクヤは肯定する。


「その通りだ。彼らの記憶があったからこそ、我は魔王に対抗できる術を見つける事が出来た」


「元々勝機があったんだ。じゃあなんで私はサクちゃんの傍にいて良かったの?」


 認めたくないが、あの場の旭は足手纏いでしかなかった。それなのにサクヤは引き留めた。


「風の神子の声が心の支えになる。我はそう確信して、代行に無理を言って其方の護衛を頼んでいた。黙っていて申し訳ない」


「だからお兄ちゃんは私を引き留めたんだ」


 当時の兄の行動を振り返れば、サクヤの話は合致する。許嫁に隠し事をされたのだから、普通はヘソを曲げる所だが、自分を必要としてくれたという理由が旭は嬉しかった。


「それで私は役に立った?」


「無論だ。風の神子の声があったからこそ、我は魔王に精神を完全に乗っ取られる事はなかった。本当に感謝する」


 席を立ち、深々とお辞儀をするサクヤが他人行儀に感じた旭は不服に顔を顰める。それを感じ取ったサクヤは無言でソファに座り直し、更には神官達を下がらせた。


「…ところでだ。風の神子はこのままでいいのか?」


「どういうこと?」


「我は魔王の子供だ。そんな人間を生涯の伴侶に選んでいいのか?」


 深刻な顔で問い掛けられて、旭は目を丸くさせた。まさかここに来て婚約破棄問題が再来するとは思わなかったのだ。何と返せばサクヤは納得するのか。旭は頭の中で言葉を探した。


「ありがとうサクちゃん、私の為にしんどい事言わせちゃってごめんね」


 白いサクヤの手に触れ、旭は温もりを感じ取る。エアハルトはそんな若い恋人達に気を利かせて、静かに部屋から出た。


「でも私の気持ちは変わらない。サクちゃんの親が誰かだなんて関係ないよ。私はサクちゃんだから好きだし、結婚したいと思っている」


 そもそもサクヤの父親が魔王というのも言われるまで忘れていたと旭は付け足す。


「どうやら我は其方を見くびっていたようだ」


「まったくだよ!」


 自嘲するサクヤに旭はくすくすと笑い、彼の腕にしがみついた。笑いが止むと沈黙が流れる。


「ありがとう、あさちゃん」


 穏やかな表情を浮かべてサクヤは旭の頬にそっと触れて顔を近づけた。久々の甘い空気に旭は待っていましたと言わんばかりに目を爛々と輝かせた。


「すまない、我とした事が理性を失っていた。約束を違えそうになるなど、情けない」


 我に帰り添えた手を下ろして自省するサクヤに旭は思わず悲嘆の声を上げる。


「そんなのもういいじゃん!もしかしたら武闘会だって開催されなくなるかもしれないのに!」


 武闘会のきっかけは戦いに備える一環だった。その必要が無くなった今、開催する可能性はほぼないだろう。


「否、有耶無耶にして楽な方に逃げるのは、我の矜持が許さない。武闘会も引き続き行えないか、雷の神子に相談する」


 常々思っていたが、サクヤは石頭だ。そんな所も嫌いではないが、このままずっとキスがお預けだなんて死活問題である。旭は恨めしげにサクヤを見つめ、こうなったら彼に徹底的に強くなってもらうしかないので、あとで勇者に厳しい特訓をしてもらうように頼む事にした。



 ***



 村に雪がちらほら舞い落ちる頃、勇者一行は旅立つ事となった。まずはエアハルトとテリーの祖国にて魔王討伐の報告を行うらしい。


「魔王の因子は完全に消えた。これで魔物達の活動も沈静化するだろう」


「本当に大丈夫なの?」


 もし魔王の因子が残っていて、サクヤに異常をもたらしたらと思うと、旭は不安でしょうがなかった。


「大丈夫だ。僕とジルは魔王の力に敏感に気付ける力を神から授かっているから」


 そんなカラクリがあったのかと旭は舌を巻いて改めてエアハルトとジュリエットを見るが、当然ながら目に見える能力ではなかった。


「これから勇者様達は何するの?」


「ギルドの依頼を受けながら、魔王の因子を浄化する旅を続けるよ。ついでに婚活でもしようかな?」


 恐らくサクヤの様な魔王の子供は世界に何人か存在する。エアハルトはそう睨んでいるのだろう。まだまだ彼らの戦いは終わらないようだ。


「結婚したら是非お相手と一緒に遊びにいらしてね」


「はい、紹介させて下さい」


 最後に光の神子と握手と抱擁を交わして、エアハルトは仲間達と旅立って行った。


 これでようやく精霊王達の預言である戦いの日は終わりを告げたのだ。あとは結婚式を迎えるべく準備に邁進しようと、旭は隣にいるサクヤを見ながら張り切るのだった。

 



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