11 お見合いを阻止します
旭は週に一度の神殿外部からの講師の指導の元で弓の訓練を終えると、神殿関係者のみが利用出来るバルコニーでひと休みしていた。
生まれた時に手に握っていた水晶は、持ち主に最も適性のある武器に姿を変えると言われているが、いつまで経っても上達する気配は無かった。
しかし以前試しに弓以外の武器を使ってみたが、弓以上に使いこなせなかったので、弓が最も適性があるのは強ち間違いではなさそうだった。
「いた!旭、ちょっと聞いてよ!」
バルコニーに顔を出したのは氷の神子三席の菫だった。どうやら旭を探していたらしい。今日は特に約束をした覚えがなかった旭は首を傾げる。
「どうしたの?菫、そんな青筋立てたら美人が台無しだよ?」
「今度の週末、アラタさんがお見合いするの!」
想い人であるアラタのお見合いに菫は危機感を感じているようだ。彼の婚活は連戦連敗なのだから焦る必要は無い気がするが、恋する乙女には緊急事態のようだ。
「へー、奇特な人もいたもんだね。どんな人だろ、おっぱい大きいかな?」
「旭って時々おっさん臭いよね…相手の女性は南の集落でリンゴ農家を営む一家の次女で名前は菖さん。年齢は19歳、アラタさんと同じ土属性で魔力もまあまああるみたい。アラタさんが視察した際にご両親が提案した事で食い付いたそうよ」
「随分と詳しいね」
「アラタさんが自分からペラペラ話してきたからね。全く、私がいるんだからお見合いなんてしなくてもいいのに…」
以前自分が16歳になったら結婚してくれと告白しているが、アラタは本気だと受け止めていなかった。それが菫はもどかしくてしょうがなかった。
「ちなみにその菖さんのお顔がこちらよ」
菫が完全に浮かれていたアラタから上手く言って借りた写真を見せてきたので旭は噂の人物を拝見すると、パッチリとした目が特徴的で中々の美人な女性が民族衣装を着て写っていた。
「お義姉ちゃん程じゃないけどおっぱい大きいわーこりゃ菫ピンチだね」
「アラタさんは女性を胸の大きさで判断しないから!ていうかこの人より大きいとか、あなたのお義姉さんどんだけ大きいのよ?」
「えーと、我らがおっぱい番長の雀さんよりは小さいよ?それより菫はどうしたいの?もしかしてお見合いに乱入しちゃうの?」
お見合いの場に突如乱入する菫の姿を想像して、旭は中々面白い事になりそうだとニヤリとした。
「そんな事出来ないわ。もしアラタさんに嫌われたら生きていけないもの…」
両手を頬に添えて悩ましげな声を出す友人に旭は不意に嫌な予感がした。
「だから代わりに旭がアラタさんのお見合いを滅茶苦茶にぶち壊して!お願い!」
「ええー!やだー!」
嫌な予感が的中した旭は眉を顰めて即座に拒否をした。
「そこをなんとか!私とアラタさんとの将来が掛かっているのよ!」
「この際だから言うけれど、私は菫がアラタさんとくっつくのは反対だから!年が離れすぎるてるよ!」
歳の差婚の許容範囲が3歳までと狭い価値観を持っている旭は12歳離れている人に焦がれる菫が理解出来なかった。
まさか反対されていると思っていなかった菫は驚きを隠せず、長いまつ毛に縁取られたアーモンドアイを見開いていた。
「愛に年齢なんて関係無いわ!私のパパとママも同じくらい離れているし」
菫の年上好きは両親の影響だと知った旭はこれ以上否定する事が出来なかったが、肯定する事も出来なかった。
「私が邪魔しなくてもアラタさんの事だからまたお見合い失敗するよ」
いつも結婚に前のめりなアラタは見合い相手に引かれて断られているのが定番だからと楽天的な意見を述べた。
「そうだとしても嫌なの!いいから協力して!」
横暴過ぎる菫の頼みに旭は断りたくてしょうがなかったが、この調子だと引き受けるまで付き纏われる気がしたので仕方なく引き受ける事にした。
***
お見合い当日、菫が仕入れた情報に従い、気配を消す魔術を自らに施した旭はアラタの様子を柱の影から窺っていた。彼は神殿のロビーで母親と思わしき女性と共にお見合い相手の菖を今か今かと鼻の下を伸ばして待っていた。
「お前何やってるんだ?」
「ひゃう!」
気配を消しているのにも関わらず声を掛けられた旭は奇声を上げてしまった。幸いアラタ達には気付かれなかったが、魔術は解けてしまった。
「お兄ちゃん…何でいるの?」
声を掛けて来たのは兄のトキワだった。魔術の師匠である兄ならば気配を消す魔術が通用しないのも納得がいった。
「クソババアが大切な話があるって言うから顔を出したら、3人目はまだかとか、クオンとセツナのどちらか1人でもいいから神子にしろとか、挙げ句の果てに愛人を作って子供を産ませろとか言われた。全く、俺は種馬かよ」
超絶に不機嫌な顔で神殿に来た理由を話す兄に旭は少しだけ同情してしまった。祖母である光の神子は神殿の為ならば手段を選ばない節があり、兄は相当振り回されていると神官の紫に聞いた事があった。
しかし旭としては祖母の策略でサクヤの許嫁になれなので感謝しかなかった。
「あれ、風の神子ブラザーズじゃん」
兄妹に気付いたアラタがこちらに近づいて来た。これではお見合いをぶち壊し難くなってしまったと、旭は邪魔をした兄を心の中で恨んだ。
「どうしたアラタ、随分とめかしこんでいるな」
「今からお見合いなんだ。この子なんだけど、中々可愛いでしょ?」
胸ポケットから写真を取り出してアラタは自慢げに見せて来た。
「お似合いじゃないか。今度はしっかりモノにしなよ。で、さっさと子供を5、6人産んでもらえ」
先程自分が言われて嫌だった事をアラタに押し付ける辺り兄の性格の悪さが滲み出ていると思いつつ、旭は兄の応援で縁談がまとまったらどうしようと不安になった。
「任せてよ!俺がしっかりしないと、姉ちゃんとこに迷惑をかけるからな」
「それってどういう意味?」
「あーちゃんは知らないかもしれないけど、今神子の平均年齢が上がってきている割に将来神子を継げそうな子供がいないから、俺達みたいな適齢期の神子がガンガン子供を作らなきゃいけないわけ。ね?」
同意を求める様にアラタはトキワに視線を向けるが、トキワは不機嫌に顔を顰める。
「このまま後継者がいなかったら、神殿を出て行った元神子の子供に要請が来てしまう可能性がある。だから頑張らないと」
アラタの言葉で旭は先日梢の結婚式に参列していた彼らの姉である要とその家族の事を思い出した。要の男女の双子の子供達は父親が水鏡族じゃないし、母親と同じ銀髪ではないが、水晶も持って生まれて来た上に魔力も神子レベルにあるそうだ。
叔父としてアラタは甥と姪に神子としての使命を背負わせて、無理やり親元と離したくなかった。そもそも彼らの父親は貴族らしいのでそっちの跡を継ぐ方が優先となるだろう。
「そういうことか…じゃあ私もサクちゃんと結婚したら子作り頑張ろうっと!お兄ちゃんもお義姉ちゃんが女の子欲しいって言ってたし頑張れば…痛っー!」
神子として次代を築き上げる使命に燃える妹の鼻をトキワは真顔で摘んだ。一体何が癪に触ったのか分からない旭は涙目で悲鳴を上げた。
「酷いよお兄ちゃん…暴力反対!」
「お前の低い鼻を高くする手伝いをしてるだけだ」
「余計なお世話ですー!」
喧嘩する兄妹の姿にアラタは昔よく姉とこんな風に喧嘩をしていた事を思い出して懐かしくなった。我儘な姉だったが、彼にとっては大切な家族だった。
「申し訳ありません、土の神子」
不意に見合い相手の父親であるリンゴ農家の男の声がしてアラタが振り向くと、そこに菖の姿は無かった。
「いえいえ、ちょうど今来た所だからお気になさらずに…ところで菖さんは?」
目を爛々とさせながらアラタは菖の事に触れると、菖の父は座り込んで地面に頭を擦り付けた。
「真に申し訳ありません…菖は以前から幼馴染みと好き合っていましたっ!」
「へ?」
予想外の展開にアラタは間の抜けた声を上げてしまった。アラタの母親はまた破談かと頭を抱えている。旭もまさかこんな形で破談になるとは思わず目を丸くさせた。
「顔をあげて下さい。そ、そういう事ならしょうがないですよ。菖さんにはお幸せにと伝えて下さい」
涙目になりながらアラタは現実を受け入れると、菖の父は何度も頭を下げながら帰って行った。
「どんまいアラタ、女は他にも沢山いるから次行こうか?」
「うおーん!トキワさーん!」
「気持ち悪っ!」
失意のドン底にいるアラタを励ます様にトキワが肩を叩くと、アラタは堰を切った様に声を上げて泣き出し抱き着いた。
こんな事になるなら菫がぶち壊そうと待機していれば兄のポジションは彼女になっていたかもしれないと予想しつつ、旭は周囲からの好奇の目に晒されている大の男2人に声を出して笑った。
土の神子代表アラタ、本日も彼に春は来なかった。