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107 聖女降臨です

「私、あなたに一目惚れしてしまいました!」



 どうしてこうなってしまったのだろう。



 旭は目の前の光景に瞠目してから、およそ2時間前の出来事を思い出した。



 ***

 


 遂に聖女が現れた。



 この話題は瞬く間に世界中に知れ渡り、山奥の辺境の地である水鏡族の村でも、大盛り上がりだ。


 旭も新聞で聖女の情報を目にする度に、ワクワクして、周囲と語り合っていた。


 聖女の名前はジュリエット、南諸国の漁村で暮らしていたらしい。見目麗しく、淡いピンクブロンドヘアにエメラルドの様に輝く瞳は、見る者を虜にするという。


 年齢は34歳と勇者エアハルトと同い年で、長い間存在が明らかにならなかったのは、修行中だったからとか、魔王の魔手から逃れる為だったとか、様々な憶測が交錯している。


 ジュリエットは漁村を訪ねた勇者エアハルトに力を見出されてから、彼女の母国でお披露目を行った後、主要国を周り挨拶を済ませた。そして本日、水鏡族の村に訪れるはこびとなった。


「勇者殿達は養母の要請を受けて、しばらく村に滞在するそうだ」


「魔王が神殿を狙っているからね」


 サクヤの言葉に旭は納得する。魔王は10年以上前に撃退された事を恨み、復讐を企んでいるからだと推測されているからだ。実際はどうなのかは魔王に聞いてみないと分からないだろう。


 しかし、そうなると魔王討伐を志す勇者達にとっては絶好のチャンスである。水鏡族にとっても不安の種を取り除いて貰えるので利害が一致しているのだ。


「勇者一行を迎える前に注意事項があります」


 歓迎会の準備を終えて、関係者が揃った所で光の神子が口を開いた。


「古くから聖女の心を乱すと、天罰が下るといいます。その現象は私達と精霊の関係に似ているから軽視出来ないと考えています。よって、くれぐれも聖女様の機嫌を損ねない様に注意して下さいね」


「…以前聖女を故意に傷付けた貴族の屋敷が焼け野原になって、一族郎党が悲惨な死を告げたという文献を読んだ事があるが故、強ち嘘ではなさそうだ」


 説明を受けてのサクヤの言葉に旭はゾッとしてしまい、隣で大あくびをしている兄に絶対聖女に粗相がない様に強く言い聞かせた。


 お互いに準備が整ったところで、勇者御一行が精霊の間に入場して来た。


「あれが聖女様…」


 勇者エアハルト、弓使いテリー、双剣使いアザミ、魔術師ロベリアとお馴染みの面々に囲まれた、純白の外套を身に付けた女性が聖女だと思わる。背丈は勇者の胸ほどの高さで、猫背気味でフードを目深に被っている為、顔はよく分からない。

 

「ジル、光の神子の前で失礼よ。顔を見せなさい」


 勇者一行の1人であるエルフの魔術師ロベリアの叱責で聖女は渋々とフードを脱いで、顔を露わにさせた。淡いピンクブロンドの髪の毛は姿絵通りだが、分厚いレンズの丸眼鏡に遮られて、目の色は分かりづらい。口は半開きで締まりがなく、どこか自信が無さそうだ。


 イメージと違う聖女の姿に精霊の間はざわついたが、光の神子が長杖で床をコツンと叩くと、再び静寂が訪れた。


「ようこそ勇者エアハルトとその仲間達よ。いつぶりかしら?」


「お久しぶりです光の神子、お元気そうで嬉しいです」


 柔和な笑顔で勇者一行を歓迎する光の神子にエアハルト達は跪いて頭を垂れた。ジュリエットも慌てて彼らに倣う。


「ふぁ…初めまして…お、お会いできて光栄でしゅ」


 緊張のあまり語尾を噛みながら挨拶する聖女に光の神子は優しく微笑みしゃがむと、そっと彼女の肩に手を添えた。


「ふふふ、緊張しなくてもいいのよ。初めまして聖女ジュリエット。私はあなたと同じ光属性の魔術を扱う人間なの。滞在中に魔術を伝授するから、楽しみにしてて」


「あ、ありがとうございまっす…」


 光の神子の貫禄に聖女ジュリエットはガタガタと震えていて、旭はなんだか不憫に思えて来た。


「お手柔らかに頼みますよ。ジュリエットは故郷で大事に育てられた為、箱入りで極度の人見知りなんです」


 エアハルトのフォローに光の神子は納得した様子で頷き、挨拶を終わらせて歓迎の乾杯へと移った。その後神子達は順に挨拶する事となった。


 水、雷、氷、炎、土、闇と代表の年齢順に紹介されていき、風属性の旭達兄妹は最後に呼ばれた。


「トキワ、旭、挨拶しなさい」


 祖母に促され、旭は兄とどちらが先に挨拶するか目で会話してから、勇者達にお辞儀をした。


「初めまして聖女様、私は風の神子代表を務める旭と申します」


「………」


 何か不備があったのだろうか、返事が無いので、旭が顔を上げて様子を窺うと、聖女の視線が兄に釘付けになっていた。


「ジル!」


「も、申し訳ありませんっ!わ、私はジュリエットと申します!」


 隣にいたアザミに肘で小突かれてようやく我に帰った聖女は慌てて旭に土下座する勢いで頭を下げた。 


「ふふふ、お気になさらずに。この子は旭の兄で風の神子代行を務めるトキワです。普段は神殿の外で暮らしていて、時々旭のサポートをしてくれています」


 ここはトキワに喋らせてはいけないと判断した光の神子が代わりに紹介を済ませる。トキワは面倒くさいのか、特に文句を言わず頭を下げた。


「そうだわ、トキワ、ジュリエットに神殿を案内して差し上げなさいな」


「は⁉︎」


 光の神子の提案にトキワはふざけるなと言いたげに睨みつけるが、逆に村の平和の為に聖女の機嫌を取れと圧のある視線が返って来た。


「…チッ、仕方ない。お給金3倍で手を打つから」


「勿論よ。くれぐれも聖女を傷付けない様にね。あと妻子の事は黙ってなさい」


 聖女に聞こえない様にやり取りをしてから、トキワは必死に不機嫌を隠して聖女に向き直り案内を申し出た。聖女ジュリエットは嬉しそうにコクコクと頷き、2人で精霊の間を後にした。


「サクヤ、旭。トキワがやらかさないか見張りに行きなさい」


「うへぇ…私達に止められるわけないよ…」


 祖母の命令に旭が苦言を呈したら、勇者エアハルトが肩を叩いてきた。


「僕も同行するよ。ジルが心配だし」


「勇者殿が一緒なら心強いな。よろしく頼む」


 エアハルトの同行にサクヤは頼もしさを感じる。旭も彼が一緒なら聖女の力が暴走しても止められるかもしれないと予想した。


「ここが厩。変な馬がいる。あっちが食堂。飯が美味い」


 やる気ゼロのトキワの案内に対して聖女ジュリエットはうっとりとした様子で頷いている。その様子を旭達は遠くから見守る。


「私てっきり聖女様は勇者様と恋仲だと思っていた」


「ははは、よく言われる」


 率直な旭の偏見にエアハルトは苦笑いをするしかなかった。


「僕としてはジルがお嫁さんになってくれたら嬉しいよ。だけど、ジルには聖女という身分に囚われず自由に生きて欲しいんだ」


 きっとエアハルト自身が勇者という呪縛に囚われているからこその言葉なのだろうと思うと、旭は少し不憫に感じた。


「それにしても、ジルがトキワきゅんに惚れるとは…まあ、確かに僕も彼になら掘られていいと思っているから気持ちは分かるけど…痛っ!」


 エアハルトの下品な発言に鉄槌を下したのはテリーだ。どうやら心配になって後を追って来た様だ。アザミとロベリアもいる。


「しかし、いくら聖女の機嫌を損ねると、天罰が下るとはいえ、既婚者である風の神子代行と恋愛するのは如何なものかと思う。無論この村には愛人を持つ者もいるらしいが…聖女が愛人なんて外聞が悪い」


 苦悶の表情を浮かべ、非難するサクヤにエアハルトはキョトンとした顔になる。


「えっそうなの?初耳なんだけど」


 まさか勇者が知らないと思わなかったサクヤは聖女にまつわる文献について説明すると、ロベリアがああ、と納得した様子で声を上げた。


「うちの村の長老が当時の聖女の仲間だったんだけど、あれは天罰じゃなくて、聖女の信者達が怒って屋敷に火をつけて、逃げ遅れた一族が焼け死んだり、生き残っても後遺症に苦しんだり、悪事が暴かれて処刑されたりした所謂自業自得よ」


 生き字引の情報ならサクヤが読んだ文献より正しいのかもしれない。


「じゃあ別にお兄ちゃんはジュリエットさんのご機嫌を取らなくていいって事?」


「だな…」


 事実を知らない兄を憐れみつつも、乱入するのも野暮だと結論を出して、旭達はそのまま遠くから集音魔術を用いて観察する事にする。


「ここが中庭。バラが咲いている」


 相変わらずやる気の無い案内を受けるジュリエットだが、庭師が丹精込めて世話しているバラ園の美しさに目を輝かせ、ベンチで休憩したいと申し出たので、トキワは渋々ガゼボへと誘導した。



 ***



 そして冒頭の告白へと至る。まさか出会って即告白するなんて、積極的な聖女に驚きを隠せないし、言い伝えがデマという事を知らない兄がどんな返事をするのか、旭の胸中は修羅場だった。


「ああ…無理。どうにでもなれ」


 堪忍袋の尾が切れたのか、トキワは酷く低い声で呟いて、わざとらしく溜息を吐いた。

 

「聖女様のお気持ちは大変光栄ではありますが、俺には最愛の妻と可愛い子供が3人いるので、あなたの気持ちに応える事は出来ません」


 トキワは努めて冷静な口調で断りを入れて頭を下げた。ジュリエットは目を丸くさせたが、次第に自分がしでかした事に気付き、慌てだした。


「こ、こちらこそごめんなさい!え、えと…トキワさんが既婚者なのは、結婚指輪を着けていたから分かっていました!」


 言われてみれば、兄は神子の仕事中は必ず結婚指輪を嵌めていたのを旭は思い出した。つまり偽装は最初から意味が無かったのだ。


「ただ私、一度でいいから好きになった人に告白してみたかったんです。これからの人生は悔いを残したくなくって…」


「つまり聖女様に振り回されたという事か」


「ごめんなさい…」


「まあいいや、案内は以上でいいですよね?」


「は、はい!あの…最後にひとつだけお願いがあります!これからはトキワさんと奥さん…いえ、お子さん達も含めて家族(ハコ)で推してもいいですか?」


「何それ?意味わからないんだけど?」


「ご家族皆様の幸せを祈り、見守り、応援します!」


「ああ、そう…邪魔をしないなら勝手にしたら」


「御公認頂きありがとうございます!」


 流石のトキワもジュリエットの勢いに引いてしまい、顔を強張らせる。そんな兄を見るのは初めてだったので、旭は堪らず吹き出してしまった。


 しかし、早速聖女から金を巻き上げようとしたので、旭達は慌てて止めるのだった。


 


当時人物メモ


ジュリエット

34歳 髪の色 ピンクブロンド 目の色 エメラルドグリーン 聖女。光魔術の使い手。

南諸国の老人しかいない漁村を1人で魔物から守っていた。自分を押し殺し、我慢ばかりしてたのでこれからは自分に素直に生きる事をモットーとしている。


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