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106 いつもより濃密な精霊祭です

 そして精霊祭当日、旭はいつもの様に着飾って屋内劇場の神子専用の観客席にいた。今年はクオンとセツナの発表があるので、楽しみでしょうがないのだが、サクヤの弟妹達の事もあって少し緊張していた。


 あれから礼拝のついでに風の精霊達に探りを入れた所、サクヤの妹、昴もまたクラスの劇に出演するらしい。しかも主役の赤ずきん役だ。事前にサクヤに伝えたら「それは楽しみだ」と穏やかに微笑んだ。


 今更兄弟になれず、見守ることしかできない。そんな複雑な関係をサクヤは甘んじて受けいれているようだ。


 時間になって、開催宣言の後、早速発表が始まる。トップバッターは幼稚園児達によるうさぎのダンスだった。うさ耳と尻尾をつけた園児達がぴょんぴょん飛び跳ねて歌って踊る姿に皆夢中になっていた。


 西の集落は弓使いの訓練場があるので、チラホラ顔見知りがいて、いつもより演武や舞いを楽しむ事が出来た。


 次はセツナの子熊の歌だ。生徒達はお揃いの熊耳のついたフードケープを着て、元気に歌っている。セツナは前例の中央という目立つポジションだったので、すぐ見つかった。


「うちの曾孫が一番可愛い…」


 祖母が思わず本音を溢す位、セツナは可愛かった。外見は兄の生き写しの筈なのに、甥っ子というだけでどうしてこんなに可愛いのか。旭は生命の神秘を感じてしまった。


 歌が終わり、拍手をしながら旭は何となく客席を見れば、両親と兄家族も観客席にいた。セツナとクオンの勇姿を見に来たようだ。兄は民族衣装姿ではあるが、魔道具で髪色を灰色にしているので、周囲に神子だと気付かれていないようだ。


「次は『赤ずきん』か…」


 ポツリと呟いたサクヤに旭は緊張する。幕が上がり、教師と思わしきナレーションと共に赤ずきん姿の昴が元気に演技していた。赤ずきんは複数の生徒達が順番で演じるらしく、昴の出番は最初だけだった。それでもサクヤは真剣に劇を見守っていた。


 赤ずきんが終わり、いくつかの発表の後、クオン達の「虹をかけた少女」が始まる。午前の部はこの劇で終わりとなる。


「……」


 幕間にサクヤが観客席に視線を向けていたので、その先を見ると、サクヤの生みの母親が彼女と同い年位の男性と共に観客席にいた。男性は恐らくユヅキと昴の父親だろう。暗くて顔はよく見えないが、親密な雰囲気から夫婦仲は良さそうだった。


 劇の主人公の少女はクオンが言っていた通り岬だった。存外演技力が高く注目を浴びていた。


「くーちゃんはあれだね」


 話が進み、青や水色の衣装を纏った水の精霊役の生徒達が登場した。クオンは他の精霊役達と同様に端っこで青いリボンを振って水を表現していた。セリフは無く、地味ではあったが、持ち前の背の高さのおかげですぐ分かった。


 こうなると平均的な身長だったユヅキがどこにいるか分からず、旭は彼を見つける事が出来なかった。

 

「ユヅキくん何処にいるか分かる?」


「恐らくだが、こちらに背を向けている精霊役だと思う」


 サクヤが指さしたのは、後ろ姿を見せてるクオン同様リボンを振っている精霊役だった。


「えー、全然気付かなかった!流石お兄ちゃんだね」


 何気なく発した旭の言葉に、サクヤは一瞬目を丸くしたが、少し嬉しそうに含み笑いをした。


 クオン達の劇が終わり、お昼休憩となった。いつもの様にサクヤと控え室に行くと、両親がお昼ご飯を用意してくれていた。姪とステージ発表を終えた甥達も一緒だ。


「うわーお弁当だ!パパありがとう!」


「今日は出店で買う余裕が無いと思って、事前にお弁当を用意したんだ」


「孫のステージ発表を見届けなくてはならないからな」


 テーブルに弁当を広げて両親は事情を説明する。娘の昼飯より孫のステージなのかと、旭は甥っ子達に微かな嫉妬を覚えながら父お手製のサンドイッチに齧り付いた。


「ちゃんとぼくの発表見てくれた?」


「うん!せっちゃんすごく可愛かったよ!」


 感想を求められたので、心のままに絶賛すれば、セツナは嬉しそうに小躍りをした。それに釣られて螢も一緒にはしゃぐ。


「ふふふ、くーちゃんも目立ってたよ!」


「ありがとう旭姉ちゃん、父さんと母さんも頑張ってたって褒めてくれたんだよ」


「くーちゃんのパパ達は今お仕事中なんだっけ?」


「うん、父さんは工作教室で、母さんはバザーの店番だよ。後で僕とセツナも手伝いに行くんだ」


「へえ、偉いなあ」


 午前の発表で役目を終えたのだから、あとは遊べばいいのにと思いながらも、親思いの甥っ子達に旭は心を和ませた。


 休憩が終わり午後の部へと臨む。昼飯を食べた後で眠気に負けない様に旭は気を引き締める。


「うちの弟はクラスで演武を披露するんですよ!」


「へえ、そういえばカイリくんの武器って何ですか?」


「斧槍です。カッコいいでしょう!」


「はあ…ヒナタさんて本当にカイリくんが好きなんですね。私はそこまでお兄ちゃんの事好きじゃないから、なんか新鮮」


 ブラコン全開のヒナタと旭の会話にサクヤは自分もユヅキと昴と普通の兄弟をしていたら、こんな風に仲が良かっただろうかと、叶わぬ生活をつい想像してしまった。


 気を取り直して早速始まった演武に注目する。民族衣装姿で生徒達が各々の武器で見事な演武を舞う。カイリは凛々しい顔つきで身の丈より長い斧槍を操り、長槍使いの同級生と息ぴったりの動きで観客を魅了した。


「カイリくんって、絶対女の子にモテそう…あ、私はサクちゃんの方が好きだからね?」


 誤解されまいと旭はサクヤの腕に抱き着く。毎回気にした様子はないが、どこで気持ちがすれ違うか分からないので確実に言葉で伝える。


「案ずるな、風の神子の気持ちはしかと伝わっている。それに神官ヒナタの弟は男の我から見ても美丈夫だからな」


 サクヤは旭の意見を尊重するつもりで同意したが、旭は逆に新たなライバル出現と危惧してしまうのだった。


 様々なステージ発表を観賞するなかで、各集落の13歳の少年少女が行う結婚ジンクスのある発表が行われた。西の集落は模擬結婚式で、年々流行りも取り入れてマンネリを防止している。前回はブライズメイドが登場して華やかだったと旭は顧みる。


 さあ今年はどうなるかとステージに注目する。幕間にセッティングされた式場のセットは中々本格的だ。


 厳かな音楽と共にまずは花婿役の入場だ。真っ白な花婿衣装を身に纏った背が低く少し幼い風貌の少年が緊張気味に歩みを進めている。


 続いて花嫁の入場だ。まずは母親らしき女性によるベールダウンが行われ、父親らしき男性がエスコートする。アナウンスによると、花嫁役の両親も13歳の頃に模擬結婚式で花嫁役と花婿役をして、その後結婚したらしい。


 つまり親子二代に渡って模擬結婚式を行った事になる。ロマンティックな巡り合わせに、旭は手を合わせてうっとりと目を細めた。


 模擬結婚式を見守っていると次第に感化されて、あと少しで自分とサクヤも同じ様に結婚式を挙げられるのかと思うと楽しみでしょうがなかった。


 花嫁と花婿、2人並ぶと花嫁の方が頭一つ背が高い事に気がついた。


「その結婚待ったー!操を幸せにできるのはこの俺だ!」


 そんな凸凹カップルも3年経って実際に結婚する事になればどうなるのか楽しみだと考えていると、まさかの闖入者が登場した。これは本気なのか演出なのか、周囲はどよめく。


「これは『そよ風のシンデレラ』と同じ展開だ…!」


 もしかしたらオマージュなのかもしれない。皆が息を呑んで見守る中で、花嫁が選んだのは花婿だった。闖入者の少年はガックリと肩を落とすが、直ぐに花婿に向き直り、花嫁を絶対幸せにしろと男の約束を交わしてから会場を後にした。


「世の中小説の様に上手くはいかないのね」


「風の神子は横恋慕が成功して欲しかったのか?」


「いやそれはないけど、観客の立場だと、どうしても刺激のある展開を求めちゃうんだよね」


 自分が横恋慕された日には気が狂うだろうに、勝手なものだと自嘲しながら旭は実際に横恋慕されて結婚式がめちゃくちゃになったらアラタを見遣れば、目が合い苦笑いをされてしまった。


 模擬結婚式の後は目立ったトラブルも無く、今年も無事発表は終了した。最後に神子達は感想を求められた。旭はメモを確認して必死に頭で整理してから、演武の感想を述べた。


「光の神子は如何だったでしょうか?」


 最後に感想を聞かれた光の神子が立ち上がり、拡声魔道具を手にした。


「今年も素晴らしい発表ばかりでとても楽しめました。特に印象に残ったのは、模擬結婚式で待ったをかけた少年です。昔私の孫も似たような事をしたのを思い出して、懐かしくなりました」


 光の神子の孫といえば自分だが、身に覚えが無かった旭はもう1人の孫である兄だと思い至り、不意にある事実に気付いて頭が冴えた。


 勇気を出して気持ちを伝えた少年のこれからの未来に、素敵な出会いがある事を心よりお祈りすると締める祖母の言葉も会場の拍手も旭の耳に入らなかった。


「サクちゃん…おばあちゃんの言った孫って、お兄ちゃんの事だよね?」


 確信を得るべく尋ねたら、特に動揺した様子もなくサクヤはコクリと頷く。気付いてなかったのは自分だけだと旭は腹の中で嘆息する。


「あら旭はまだ気付いていなかったのね。『そよ風のシンデレラ』はトキワと命ちゃんの馴れ初めに脚色や改変をして執筆しているのよ」


 作者である暦に言われた事で旭の疑念は確定となり、また一つ大きな溜息を吐いてしまった。そして芋づる式に他の作品も身内の話だと気付き、ショックで項垂れる。


「もういつもの感覚でコーネリア・ファイア先生の話が読めない…」


 今年の精霊祭はいつも以上に充実したと満足していたのに、最後の最後に知ってしまった事実により、旭はどっと疲れてしまうのであった。



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