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105 まさかの邂逅です

 今年も精霊祭の季節がやってきた。主催は兄家族が住んでいる西の集落だ。前回西の集落が受け持った際は、幼いクオンが同級生達と狐に扮して、童謡を元気に合唱していたなと回顧して、旭は懐かしさに目を細めた。


「僕のクラスは劇をするんだよ!『虹をかけた女の子』て話で、僕は水の精霊その5役!」


 槍の訓練を終えたクオンははしゃぎながら精霊祭の出し物について話してくれた。確かその話は水の精霊に愛された女の子が悲しいと雨が降り続け、嬉しいと空に虹がかかるという話だったと、旭は遠い記憶から引っ張り出した。


「へえ、主役は誰がするの?」


「岬ちゃんだよ」


 確かに岬は気の強い性格だが、黙っていれば可憐な少女なので、向いているかもしれない。クオンも整った顔立ちと、輝く銀髪はさぞや舞台映えするだろう。何よりも圧倒的に他の子供より背が高いので、目立つに違いない。


「セツナは子熊の歌を歌って、父さんは親方達と工作教室で、母さんはおばあちゃん達と託児所主催のバザーに参加するんだ」


 他にも自警団のレイトと祈は巡回警備、カイリはクラスで演武など、一族総出で忙しそうだ。その間螢はトキオと楓が預かるそうだ。孫と過ごす精霊祭はさぞや楽しかろうと、旭は破顔して螢と戯れる両親の顔が思い浮かんだ。


「ならば、我が闇の眷属の晴れ舞台、とくと活目させて頂こう」


「私も!目に焼き付けちゃうんだから!」


 身内が活躍する精霊祭、旭はいつも以上に楽しみになって来ていた。


 神殿の業務もあらかた終わり、神殿を訪れる村人も疎らだったので、旭達は門前広場で兄を待つ事にした。


「あ、クオン!」


 背後から呼び掛けられた声に一同が振り向くと、そこにはクオンより少し幼い少年と、少女、そして母親らしき女性が魔石が入ったバケツを重たそうに持っていた。


「ユヅキ!どうしたの?」


「魔石を買いに来たんだ。クオンは?」


「槍の稽古の帰りだよ。父さんが迎えに来るのを待っているんだ」


 どうやらクオンの同級生らしい。ユヅキと呼ばれた少年は旭達に気付くと、慌てた様子で頭を下げた。それに続いて少女も真似する。母親は既に平伏している。


「顔を上げてください。初めまして、くーちゃんのお姉ちゃんと言いたい所だけど…叔母の旭です」


「僕はユヅキ、こっちは妹の昴と僕のお母さん」


 紹介された少女はキラキラとした目で旭を見つめていた。一方で母親は顔を伏せたままだ。


「お姉さんはお姫さまなの?」


 お姫さまと言われて、旭は跳ね上がって喜びたい気持ちを抑えて、上品に笑い、しゃがんで昴に視線を合わせた。


「私は風の神子を務めています。村の皆さんを代表して、風の精霊に感謝の気持ちを伝えているのですよ」


 あまり意味を分かってない様子だったが、昴は特に追及する様子はなく、無邪気な笑顔を浮かべた。


「ユヅキも一緒に水の精霊役をするんだよ!」


「そうなんだ、当日を楽しみにしていますね」


 猫を被ったまま微笑みかけると、ユヅキは照れ臭そうに頷いた。その愛らしさに旭の母性がくすぐられる。


「あ、父さん!」


 父親の姿を見つけたクオンは羽の様に軽い足取りで出迎えた。そんな我が子の頭をトキワは慈しむ様に撫でる。


「ユヅキも神殿に来ていたんだよ!ねえ、途中までみんなで一緒に帰ろう?」

 

 クオンの提案でユヅキ達に気づいたトキワは社交辞令に会釈をする。ユヅキの母親も会釈を返した。


「いつもクオンがお世話になっています。バケツ重いでしょう?軽量化かけますね」


 ユヅキと母親が持っていた魔石が詰まったバケツを一瞥したトキワは、彼らが否応言う前にバケツに手をかざして軽量化魔術を施す。ここは自分が気づいてすべきだったと旭は反省する。


「あ、ありがとうございます…」


 弱々しく感謝するも、ユヅキの母親は視線を合わせない。兄の美貌を直視できないのかもしれない。昴なんて完全に見惚れていた。


「クオンのお父さんていつ見てもカッコいいよね」


「まあね!」


 父親を褒められてクオンは誇らしげに胸を張る。その一方でトキワは謙遜するように静かに笑うので、他所行きの兄の顔に旭はむず痒くなってしまう。


「マイトさん、今日もありがとうございました!旭姉ちゃん、サクヤ兄ちゃんまたね!」


 稽古をつけてくれたマイトに感謝と、旭とサクヤに別れの挨拶をしてクオンは父親とユヅキ達と共に帰路へ着いた。


「保護者モードのお兄ちゃんて、なんか気持ち悪かったね…て、サクちゃん⁉︎」


 姿が見えなくなったのを確認して、旭が兄の悪口を言って同意を求めようとしたが、サクヤが今にも倒れそうな位真っ青な顔をしていたので、不穏に顔を歪めた。


「大丈夫?どこか悪いの?とにかく移動しよう!」


 旭はマイトに目配せをして、サクヤを抱き上げてもらってから、一先ず風の神子の間へと向かった。出迎えた紫は急ぎソファへと誘導した。


「すまない…」


「気にしないで、熱は無さそうだけど…頭痛い?」


 ソファに横たわるサクヤの手を握り、旭は不安に瞳を揺らす。


「…我ながら情けない」


 フッ、と自嘲してからサクヤは腹の底から大きな溜め息を吐いた。一体彼に何が起きたのか、旭には皆目見当もつかなかった。


「悪いが風の神子と2人で話がしたい。席を外して貰ってもいいかな?」


「かしこまりました。何かありましたらお申し付け下さい」


 わけを聞かずマイトは言われるままに部屋を出る。それに倣って紫も無言で後を追った。


「礼拝の時間が差し迫っている。簡潔に話そう」


 どうやら旭にだけ事情を説明するようだ。不謹慎ながら許嫁からの特別扱いに旭の胸はときめく。


「単刀直入に言わせてもらうと、先程の親子達は…我の生みの母親と、父親が違うが弟と妹だ」


 サクヤの告白に旭は目の前が真っ白になってしまいそうだった。以前サクヤが生みの母親に会ったのは知っていたが、それがあの女性だったとは思いもしなかった。


 今一度顔を思い出そうとしたが、終始俯いていたので印象に残らなかったし、弟と妹はサクヤに全く似ていなかった。恐らくは父親似だろうと旭は推測する。


「まさか闇の眷属兄の同級生とは…世間は狭いな」


「そうだね。そっかあ…あの人達が…」


 もしサクヤが捨てられなかったら、旭は彼らと家族ぐるみの付き合いがあったかもしれない。そう思うと、人生というのは不思議なものである。


「決意が揺らぐ故、出来れば知りたくなかった…」


 以前断った弟と妹の学費の援助の件は、サクヤの心に残ったトゲだった。もし自分がお金を出さなかったせいで、彼らの夢が絶たれたらと思うと罪悪感で押し潰されそうだった。


「サクちゃんは優しすぎるよ」


 自分を捨てた親と、何も知らない弟と妹の事について杞憂するなんて、お人好しだと感じつつ、旭はサクヤの震えている手を強く握った。


「嫌でも色々と考えてしまう。我だけ幸せになって、彼らが不幸になってもいいのかと…しかし我が援助した事が弟と妹、そして母の配偶者に気付かれたら、彼女の消したい過去は露呈する」


 その消したい過去の1つが自分だろうと、サクヤは弱々しく吐き捨てる。完全に参ってしまっている許嫁に旭は胸が締め付けられた。


「…サクちゃんはユヅキくんと昴ちゃんに、自分がお兄ちゃんだって知ってもらいたいの?」


「そんな事出来るわけがない!ただ…血を分けた兄弟として、幸せになって欲しい気持ちがある」


「うーん…中々難しい問題だね。こうなると大人からのアドバイスが欲しいな」


 しかしサクヤの出生については秘密事項のような気もするので、迂闊に話す事が出来ない。となると、相談する相手は1人しかいない。


「ねえサクちゃん、おばあちゃんに話を聞いてもらおうよ」


「養母に話を…そうだな。解決して欲しい訳ではないが、養母の視点の意見も欲しいかもしれない」


 出生の件で養母との間に生じた蟠りや、反抗心はもう無かったので、サクヤは旭の提案を素直に受け入れて、2人で光の神子の間を訪ねる事にした。



「あらまあ、遂に出会ってしまったのね」


 快く迎え入れてくれた祖母に人払いを頼み、事情を話せば、軽い反応だったので、旭は肩透かしをくらった。


「おばあちゃんはユヅキくんと昴ちゃんの事知っていたんだ?」


「ええ、勿論。サクヤの弟妹という事は、神子になれるレベルの魔力を持ち合わせている可能性もありますからね。残念ながら、2人とも神子になるなんて到底無理な魔力量だったけど」


 相変わらず神殿至上主義の考えに、旭は乾いた笑いしか出なかった。しかしそうなると、サクヤの無限に溢れる魔力は突然変異か、父親が銀髪持ちの水鏡族だったのかもしれない。


「それはさておき、サクヤは父親違いの弟妹と交流を考えていないけれど、場合によっては資金援助をしたい。そう考えているのね?」


 本題に入る光の神子にサクヤは整理できてない頭を左手で押さえる。


「…何が正解なのか、分からない。ただ、彼らの生活を壊したくない」


「随分と優しいこと。あなたを捨てた家族なのに。サクヤ、あなたが決められないなら私が決めます。今後あの家族とは他人でいなさい。援助は一切認めません」


「おばあちゃんが決める事じゃないと思うんだけど…」


「もちろん、最終判断はサクヤのする事よ。私は背中を押してあげただけ」


 これまでは祖母の言いなりだったサクヤもいつまでも子供じゃない。旭が苦言を呈すると、祖母は肩をすくめる。


「…養母よ、感謝する。やはり我は彼らに一生兄と名乗る事はない。今後は闇の神子として彼らの支援をするつもりだ。ただ、心の中では弟妹の幸せを願いたい」


「サクちゃん…」


 これ以上何かいうのも野暮かもしれない。旭は許嫁の決意に寄り添える様に、彼と同様に神子としてこれからも励む事を誓う。


「それでいいのよ。仮に弟妹がお金に困って不幸になっても、親の責任ですからね。両親が健在なのに、あなたが資金援助をする理由はないわ」


 確かに祖母の言う通りだ。自分の立場に置き換えてみたら、両親と旭の生活費を兄が払う事になるが、それはどう考えても滑稽だった。


 とはいえ、サクヤの弟妹問題については結論が出たので、光の神子の間を後にして、それぞれ神子としての役目である礼拝へと臨んだ。

 

 


登場人物メモ

ユヅキ

10歳 髪色 灰 目の色 赤 水属性

サクヤの異父弟。クオンと同級生。学校でよく遊んでいる。


昴 すばる

8歳 髪型 灰 目の色 赤 氷属性

サクヤの異父妹。年相応に物語に憧れをもっている。


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