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101 贈り物をするそうです

 月に一度の買い物の日、旭は新しい服や、気に入った雑貨など、欲しい物をお小遣いの範囲内で、我慢する事なく買った。


 風の神子の間にて、戦利品を広げて悦に浸っていると、クオンが遊びに来た。両親の姿が見えないので、1人で来たのかと尋ねると、ちょうど図書館に行こうとしていた彼の従兄弟であるカイリに連れて来て貰ったとか。母親にはちゃんと伝えているというので、旭は甥っ子の来訪を歓迎する事にした。


「旭姉ちゃん、今日は神殿にお店が来ているんだよね?まだやってるかな?」


「今の時間帯は神官達の買い物の時間だとは思うけど…行ってみようか?」


 ちょっとしたものなら買ってあげようと思いつつ、旭が提案すれば、クオンは目を輝かせて頷いたので、早速商人達が来ている多目的室と広場へ向かった。


「それで何が欲しいの?」


「父さんの誕生日プレゼントと、父さんと母さんの結婚記念日のプレゼント」


「なるほど、くーちゃんは優しいね」


 何日かは記憶が曖昧ではあるが、今月は兄の誕生日だというのは知っていた。しかし結婚記念日というのは初耳である。兄が結婚した時、旭は幼かったので覚えていなかったのだ。


「旭姉ちゃんは父さんに誕生日プレゼント渡した事無いの?」


「うーん…神殿で一緒に住んでいた時に、似顔絵とかその辺で摘んだ花とか渡したような気がする」


 いつから渡さなくなったのだろうかと顧みた結果、兄が神殿を出てから初めての誕生日に、旭が欲しい物を聞いたら、現金以外いらないと言われて、興が削がれて以来、プレゼントを渡していないのだ。


 どうせ今聞いても現金と答えるだろう。旭は大人しく金一封でも贈ろうかと考えながら、甥っ子の買い物の様子を見守る。


「去年は何をあげたの?」


「物はあげてない。毎年家族写真を撮るのが、父さんにとって一番の誕生日プレゼントなんだって」


 まさか兄家族が毎年家族写真を撮影する理由が、誕生日プレゼントだったとは。兄の意外な一面を知って、旭はなんだかむず痒くなる。


「結婚記念日もみんなでご馳走を食べるのが、一番嬉しいんだって。でもたまには何かプレゼントしたいなって思ったんだ」


 親孝行な甥っ子に感心しつつ、旭はふと自分は両親の誕生日や結婚記念日に何もしてないと気付き、少し肩身が狭く感じた。そもそも両親の誕生日はともかく、結婚記念日は知らなかったので、今度確認する事にした。


「くーちゃん偉いな…誕生日どころか、結婚記念日まで知ってて、お祝いするなんて」


「父さんの誕生日と結婚記念日が同じ日だから、覚えているだけだよ」


「えっ!そうなの?」


 自分も誕生日にサクヤと結婚したいと考えていたので、兄妹で考えてる事が同じなんだなと、旭は驚きを隠せなかった。


「あ、これいいかも…」


「ほう、エプロンかあ」


 クオンが手に取ったのは黒いエプロンだった。縁は銀色の糸でステッチされていて、中々品のあるデザインだった。


「父さん、いつもボロボロのエプロンを母さんに直してもらないながら着てるから、替えがあった方がいいなと思って!」


 兄はファッションに興味が無いのか、普段神殿にはいつも動きやすさ優先のシンプルな服装か、仕事着でやって来る。しかし顔とスタイルの良さが全てをカバーされている為、ダサいと感じる事は無かった。


 家で使うエプロンとなると、殊更ボロボロでも気にしないだろうし、ケチだから使えなくなるまで買い替えないだろう。


「これいくらだろう?」


 クオンはタグに取り付けられていた値札を確認した。すると次第にクオンの表情は暗くなっていった。旭は隣から値札を覗き込むと、予想より1桁多い値段だった。


 何故そんなに高いのか、旭が商人な率直な疑問をぶつけた所、高級な生地と染料が使われている上に、大国の王室御用達のデザイナーが手掛けたエプロンで、決してボッタクリではないと、資料を見せながら説明してくれた。


「私が足りない分出してあげようか?」


 とうの昔に身長は超されてしまっても、いつまでも可愛い甥っ子には変わりない。旭が資金提供を申し出ると、クオンは首を振った。


「父さんへのプレゼントは、僕が初めて受けたギルドの報酬だけでプレゼントしたいんだ」


「へえ、くーちゃん冒険者デビューしてたんだ!」


「うん、こないだ父さんと2人で行ってきた。ギルドで香水臭い受付嬢さんに冒険者登録してもらってから、依頼を受けて村の畑を荒らす魔犬の討伐をしたんだ!」


 嬉しそうに話してくれるクオンに旭は自然と頬が緩んだ。


 結局エプロンは諦めて、プレゼント選びは振り出しに戻ってしまった。他の出店を回ろうとした所で、マイトと遭遇した。


「マイトさん、お買い物?」


「ええ、今しがた済ませた所です。普段は村や港町に買い出しに行くのですが、今月は時間が取れなかったので、こちらで必要な物を購入させてもらいました」


「もう、警備の交代を安請け合いしちゃうからだよ!ちゃんと休みを取って!マイトさんがいなくなったら困る人がいっぱいいるんだからね?」


「気に掛けてくださり、ありがとうございます」


 お人好しのマイトの事だ。今後他人の仕事を肩代わりし続ける事だろう。彼の為にも旭は神官の働き方改革を次の会議で提案する事にした。


「風の神子は買い忘れですか?」


「ううん、くーちゃんがパパの誕生日プレゼントを探しているの」


 旭はプレゼント選びの経緯を話して、アドバイスを求めると、マイトは口元に手を当てて、考え込む。


「そういえば、以前執務をされている際に、私物が壊れたからと、風の神子のピンク色の万年筆を使ってました」


「それだ!」


 兄は子供の頃に義姉から誕生日プレゼントに貰った万年筆を後生大事にしていたが、風の神子の間に忘れてしまった際に、不幸な事故で修復不可能レベルに壊れてしまったのだ。


 早速旭達は文房具を扱う店に足を運んだ。所狭しと並ぶ文房具は、神子相手に商売しているからか、上質な商品が多かった。


「お金足りそう?」


「万年筆は買えないや…でも、このノートを結婚記念日のプレゼントにしようかな」


 クオンが手に取ったのは、ワインレッドに四辺に金のインクで蔦模様が描かれた表紙がシックで大人っぽいハードカバータイプのノートだった。万年筆と比べたら、確かに手頃な値段だ。


「父さんと母さんはノートでよくやり取りをしているんだ。僕たちの送り迎えとか、行事とか、必要な事や伝えたい事を書いてるって言ってた」


「伝達ノートですね。私も仕事の引き継ぎで利用してますよ」


「じゃあ、これをプレゼントしたら役に立つよね!」


「はい、とても喜ばれると思いますよ」


 マイトの後押しもあり、クオンは先に結婚記念日のプレゼントとしてノートを購入した。そして残りの金額で万年筆を探すが、予算に見合った商品は結局見つからなかった。


「風の神子、何油売っているんですか。お買い物は終わったんでしょう?」


「油なんて売ってません!お兄ちゃんの誕生日プレゼント選びを手伝っていたの!」


 呆れた口調で紫が様子を見に来たので、旭は反論すべく事情を説明する。


「ああ、あのバッキバキに壊れた万年筆ですね。あれ安物ですよ。売店で同型を取り扱っていますから、そこで買ってはいかがですか?」


「え⁉︎あれって安物だったの?」


 確かにどこにでも売っている様な万年筆だったが、あれ程大事にしていた物だから、てっきり高級品だと思っていた旭は目を丸くさせた。クオンも同様の表情をしている。


「お金に困ってない風の神子には分からないと思いますが、母子家庭の少女がいくらボーイフレンドの誕生日とはいえ、バカ高い万年筆なんてプレゼント出来ませんからね」


「なるほど…言われてみればそうか。じゃあ売店に行こうか?」


「うん!」


 方針が決まり、一同は紫と別れて売店に向かった。棚には色とりどりの万年筆が並んでいて、クオンは真剣な眼差しで吟味していた。


「お兄ちゃんの好きな色とかどう?」


「父さんの好きな色…確か瑠璃色って言ってた気がする」


「えーと、どんな色だっけ?」


「こんな色」


 問い掛けに対して、クオンが手にした軸が紫かかった深い青色の万年筆に旭は指を鳴らした。


「あ、お義姉ちゃんの水晶の色だ!」


「当たり。父さんて本当に母さんが好きなんだよね」


 手に取った万年筆に決めたクオンは予算内である事と、不備がないかを確認すると、会計して包装をお願いした。


「旭姉ちゃん、マイトさん、ありがとうございます。お陰で最高のプレゼントが選べたと思う」


 礼儀正しくお辞儀をする甥っ子に、旭はマイトと共に目を細める。


「喜んでもらえるといいね」


「うん!じゃあ僕カイちゃんを待たせているから行くね!バイバイ」


 手を振ってから、クオンは背を向けて、従兄弟が待っている図書館へと駆けていった。そんな後姿を見送った旭は風の神子の間に戻って戦利品の鑑賞を再開することにした。



 ***



 後日、雨の日の小銭稼ぎに来た兄が瑠璃色の万年筆を手に、機嫌良く仕事をしているのを横目に、旭はクオンのプレゼント大作戦の成功を確信したのだった。


 

 


 

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