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8/10

勘違い

 衛兵からの聞き取りが終わりソルティコの街に足を踏み入れる事ができたのは、陽が傾き始めてからだった。

 海沿いという土地柄もあってか石造りの建物が多く、絢爛さでは遠く及ばないものの王都の貴族街を思わせるような雰囲気を漂わせている。


「あの衛兵さんも言ってたけどやっぱり皆元気なさそうだね」


「ああ、ただでさえ大災害の影響で交易が滞ってるのにそこに呪いだのなんだのって噂が出てたらそりゃ明るくはいられないだろうな」


「これは益々見過ごせないね!」


 そう話すアンジェの様子はこの街の明るさを1人で賄えそうな程だ。

 衛兵と話している間大人しくしていた事もあって元気が有り余っているのか、出会ってから一番テンションが高い気がした。

 この分だと明日にでもピレイネ山に出発するとでも言いかねない。


「よし、タオくん! 早速ピレイネ山に行こうか!」


「なるほどそうきたか」


 どうやら俺はまだアンジェの無鉄砲さを理解しきれていない様だ。

 ──俺と出会う前にこの街に立ち寄っていたら一体どうなっていたのか……


「さすがにそれは無理だ」


「お、なんだ⁉ 師匠に逆らうのか? 破門にするぞ!」


「そうじゃなくて! 瘴気の濃い所に馬は連れてけないからどっかに預けていかないと」


「ぐぬぬ……なら明日だ!」


「本当ならもっと色々準備したいんだけどなぁ……」


 街の人が近づけないというからには、向かう先にはゴブリンやコボルド等の亜人種以外の大型の魔物がいてもおかしくない。

 幸いこの辺りは特別瘴気の濃い場所としてメリディ王国から危険区域扱いされているエリアではなかったはずだ。


 アンジェを守りながら戦う事はできるが、それだとアンジェの旅路を見守るという当初の目的が破綻してしまう。

 どうにか軽い失敗、もしくは苦戦で済ませられればアンジェの無鉄砲さも多少は和らいでくれるかもしれない。


「なんだいタオくん。君どうも冒険に小慣れてないかい? さては……」


「えと……それは」


 アンジェが訝し気な眼で下から顔を覗き込んできた。

 こういう時だけ無駄に鋭い。

 この鋭さと察しの良さを他の所でも生かしてくれると大変助かるのだが……


 ここで無理に嘘をつくのはよくない。

 冒険者をやってた事だけは明かしておくことにしよう。

 これから先何か聞かれたら知り合いの冒険者が言ってた事にすれば色々とアドバイスもし易くなりそうだ。


「実は俺ちょっとだけ冒険者をやってて……」

「さてはタオ君、自分が冒険する所をずっと妄想してたんだろ?」


「「え?」」


 どうやら完全なすれ違いを起こしてしまったらしい。

 すれ違い……というより自爆と言った方が近いかもしれないが。

 

※ ※ ※


「酷いじゃないかタオくん! 冒険者をやってたならもっと早く言ってくれたらよかったのに」


「いやすまない。完全に言うタイミングを逃してたんだ。それにアンジェは何が聞いてこなかったし」


「ほぅ……師匠のせいにするとはボクは中々いい弟子を持ったものだよ」


 衛兵に勧められた宿で宿泊の手続きを終えた後、冒険者の件についてたっぷりと問い詰められていた。

 話を聞いているとどうやら冒険者をやっていた事より、それを言わずにいた事が気に入らなかった様だ。


「タイミングを逃したのもあるけど、単純に恥ずかしかったんだよ」


「何がさ!」


「冒険者になったけど、上手く行かなくて逃げてきたって事がね」


「ボクはそんな事で笑ったりしないよ!」


 その言葉は本心からのモノだとすぐに分かった。

 アンジェの目が珍しく真剣だったから。


 そんなアンジェをある意味を利用してる事に胸が痛んだ。

 今すぐにでもアンジェのしようとしてる事が如何に無謀で如何に命知らずな事かを伝える事ができる。

 それをしないのは、俺みたいになって欲しくない、そのままでいて欲しいという単純なエゴ。


 だからせめてもの自己満足の罪滅ぼしとして何があっても絶対にアンジェを死なせないとだけ心に決めていた。


「まあこの件はもういいよ……ボクも人の事を言えないから。ほら、それより元冒険者はどんな準備をするんだい?」


「ああ……そうだな。アンジェは魔物と戦った事はあるかい?」


「ない!」


 アンジェは潔く言い切った。

 本当にどこからあの自信が湧いてくるんだろうか?


「魔物って言っても色々いるけど、基本的にはこの間アンジェが倒した盗賊より強いと考えてくれ」


「それだったら問題ないさ! ボクにはこの魔法があるからね」


「そうだな。でもアンジェ盗賊に攻撃されかけた時魔法が使えなかっただろ?」


「そうそう! 使おうと思ったのに何故か魔法が使えなかったんだよ」


「魔法が使えるのは心に余裕がある時だけだ。焦ったり怖がってたりして集中できなかったら魔法は発動しないんだ」


「じゃ何さ、ぼくがあの盗賊たちにビビってたとでも言うのかい!?」


 実際ちょっとアタフタしていた記憶があるが……

 ここは師匠の面目を保つためにも一応のフォローは入れておくことにした。


「そもそもアンジェは魔法を自分に向かってくる相手に撃った事はあるかい?」


「そういえば……ない!」


「多分アンジェは単純に慣れてなかっただけだと思うよ」


「慣れてない……そうだ、きっとそうだよ! じゃあ次からはバッチリだね」


「魔法を習う時に『魔導士たる者平静たれ』って言葉言われなかったか?」


「…………」


 思い当たる節が無いのかアンジェは目を伏せて押し黙ってしまった。

 ただその様子は記憶の中からその言葉を探しているというよりかは、何かを切り出そうか葛藤している様にも見えた。


 純粋な疑問のつもりがったがどうやら地雷を踏みぬいてしまったらしい。

 アンジェはこれだけ明るいのにあまり自分の事はあまり積極的に話さない。

 何かしらのワケありだろうという事はとっくに分かっていたのに少し油断してしまった様だ。


 数秒の沈黙が訪れる。

 今更なかった事にはできない。

 だからせめてアンジェの気持ちの整理が付くまで見守る事にした。

 ここで変に急かすのも、話題を逸らすのもきっとよくない。


「そうだよね。タオくんに言わせておいて自分が言わないのは違うよね」


 アンジェは前髪を手で弄って少しバツが悪そうに切り出した。

 少し困った様な笑みを浮かべながら。

 その表情は初めて見る、ぎこちない笑顔だった。


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