呪われた街
近くで見たソルティコの街は遠目で見るのとどうも印象が違った。
ソルティコの街に入るためには関所を通過する必要がある。
普通関所があるのであれば街に入るまでに順番待ちの列などができていてもおかしくないはずなのだが、そんな様子がまるでない。
まだ表情までは確認できないが、見張りをしている衛兵も心なしか暇そうにしていた。
思い返してみれば、ソルティコに着くまでの間に他の行商人や旅人なんかとすれ違う事もほとんどなかった気がする。
閑散期にはまだ早いし、これは少しおかしな事だ。
もしかしたらアンジェの妄想通り何かしらの問題でも発生しているのかもしれない。
「旅人さん! 街に入る前にちょっと荷物見せてもらってもいいかな?」
「お疲れ様です衛兵さん。構いませんよ、というかその事でお話があるのですが……」
「……これは一体?」
関所の衛兵に呼び止められた俺たちは、後ろの荷台に転がしている盗賊たちを引き渡す事にした。
「王都からソルティコにくる途中で襲われたんです」
「そうさ、そして彼が襲われていた所をたまたま通りかかったボクが華麗になぎ倒してやったってわけよ!」
「へ、へえ……お嬢ちゃん小さいのに強いんだねぇ」
「小さい言うな!」
衛兵はアンジェの言う事をあまり信じてはいない様で苦笑いを浮かべている。
そんなほのぼのとした雰囲気は、衛兵が荷台にいる盗賊を確認した時に完全に失われた。
「まさか……」
荷台の盗賊を確認した衛兵が驚きの声を上げた。
──もしかして本当にアンジェの作り話だとでも思っていたのか?
「お前たち……なんて事をしてくれたんだ!」
「知り合い……ですか?」
「知り合い……というかこいつらはこの前まで、この街の住人だったやつらだよ」
「なるほど、そう言えば……武器に農具を使ってましたね」
「悪いが、詳しく話を聞かせてもらう。ちょっと一緒についてきてくれ」
すっかり顔の険しくなった衛兵に促されて衛兵の詰め所へと立ち寄る事になった。
※ ※ ※
「さて……まずはこの街を守る衛兵として君たちに感謝の意を表明したい」
「いえいえ、成り行きみたいなものですから」
「そうさ、ボクに出会ってしまったのが運のツキだったね」
「まあ……そうとも言えるかな」
案内された詰め所で行われたのは取り調べ……というよりは聞き取りに近い物だった。
歓迎……とはいかないまでもそれなりに好意的な態度で接してくれている。
「彼らはここの農家の方たっちだったんですよね」
「ああ……つい最近までは、昨年の大災害が起こるまではな」
「ここにくる途中で農地らしき場所を見かけたんですけど、何かあったんですか?」
「それがあの大災害の後、何故か畑に作物が全く実らなくなったんだよ。それこそまるで呪いか何かの様に……」
「呪い!? これはやっぱり事件の匂いが!」
「アンジェ、ストップ。今そんな空気じゃないから」
幸い話を聞いていた衛兵も苦笑いをする程度で流してくれた。
こっちの気も知らないで、いつも通りマイペースで無邪気。
ヒヤヒヤとさせられる一方でその純真さが少し羨ましく思えた。
「旅人さん、あんたこの現象に何か心当たりはないかい?」
「これだけでは何とも……他に何かないんですか?」
「これ以外だと……この一件の原因かは分からないんだが、大災害の後から川の水量が結構減っていてね。飲み水は井戸から汲み上げてるから今の所困った事はないんだけど……」
「川の水量……ですか」
「ああ、これ以上減る様な事があれば舟での運搬に影響が出てくるかもしれないがな」
「すいません、俺じゃ役に立てそうにないです」
「いや気にしないでくれ……過去に前例が無くて藁にも縋る思いなんだ」
そう言う衛兵の顔からは半ば諦めの色が浮かんでいた。
歴史上類を見ない程の被害を及ぼした大災害の事だ。
初めての事だらけなのはどこもきっと同じだろう。
「やはり……山神様のお怒りなのだろうか」
「と言いますと?」
その横で話についていけず暇そうにしているアンジェがピクリと顔を動かした。
何となくアンジェの性格が掴めてきた気がする。
きっと今も『山神様』という単語に反応したに違いない。
「ああ、この付近で古くから信仰されている豊穣と繁栄をもたらす神様の事だよ。この街の横を流れるリベル川の上流にあるピレイネ山にいるって言われてるんだ」
「なるほど、土地神の類ですか」
「ああ、場所自体はここからそう遠くはないんだけど……ピレイネ山周辺は瘴気が濃くてね。とてもじゃないけどそこまで行こうなんて思えないんだ」
衛兵がそこまで言ったあたりで服の裾が引っ張られた。
直接口で言ってこないのはアンジェなりに空気を読んだからだろうか?
──そんな分かりやすい顔してたら何の意味もないけどな……
アンジェが目をこれでもかとキラッキラに輝かせながら無言で訴えかけてきていた。
どうやら次の目的地が決まってしまったらしい。