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足りない物

 何かが動く気配と物音。

 反射的に目を開いて立ち上がり、剣の柄に手を掛ける。

 それと同時に音のした方を鋭く睨みつける。


 視線の先にあったのは馬車の荷台。


「あいつら……」


 どうやら昨日捕らえた盗賊が暴れているらしい。

 ──これなら問題なさそうだな。

 柄から手を離し、ゆっくりと盗賊たちの元へ歩を進めた。


 冒険者にとって素早く意識を覚醒させられる事は必須の能力だ。

 俺みたいに1人で行動する事の多い人間にとって寝込みを襲われる事は死を意味する。


 意識を休めながら周囲に気を張る。

 この矛盾した行動を器用にこなさないと単独で冒険者なんてやっていられない。


 荷台を開けると盗賊たちが縋る様な目でこちらを見てきた。

 必死に何かを訴えようとしているのだが、口をふさがれているせいで何も聞き取れない。


 これ以上騒がれるのも面倒だし、その中でも一際喚いている元トサカ頭の盗賊の口に噛ませていた布を外す事にした。

 うるさい様ならまた麻痺させてしまえばいい。


「何の用だ? 言っておくが情けはかけないぞ?」


「頼む……もう限界なんだ! 用を足させてくれ!!」


「それは……すまん。考えてなかった」


 無視せずにいてよかった。

 危うく取り返しのつかない大惨事を引き起こす所だった……


※ ※ ※


 事無きを得た盗賊たちはもう観念したのか、それ以上騒ぎ立てる事はなかった。

 ──これで一安心、だな。

 あくびを噛み殺しながら、馬車に背を向けて寝床へと戻る事にした。


 薄暗かった周囲も次第に明るくなってきている。

 ソルティコへと出発するにも今からもう一度眠りにつくにも中途半端な時間だ。

 ──何をして時間を潰そうか……


 そう悩む俺への当てつけかの様にアンジェは熟睡している。

 それも俺が寝るはずだった寝具を使って。


 元々誰かと行動を共にする気はなかった事もあり予備の寝具なんてない。

 そしてまだ幼いアンジェを地べたで寝かせて自分1人が寝具で寝る、なんて鬼畜じみたマネができるほど人として擦れてはいない。

 だからこうなるのは当然の流れだった。


 ──ソルティコに着いたら寝具とか生活用具一式買い揃えないとな。

 

 見ず知らずの少女の冒険に同行させてもらう事になった。

 この事を数日前の自分に話したらどんな顔をするだろうか?

 きっと訳が分からないとでも言いたげに首を傾げるだろう。

 仕方ないだろう。久々に、本当に久々に心が躍ってしまったんだから。

 俺は今、どういうわけだかこの選択を微塵も後悔していなかった。


※ ※ ※


 陽が昨日超えた山の端辺りから顔を出した頃に俺たちはソルティコへと出発した。

 アンジェはやはり寝起きが悪いのか未だにウトウトと舟を漕いでいる。

 ──昨日あれだけ寝たのにまだ寝れるのか……

 この位の年頃は無性に眠くなる事があるとは言え、さすがにここまでだと心配になる。


 だだっ広い草原に囲まれた街道を進み続けている。

 昨日の山越えに比べたら今日の旅路は快適そのものだった。


 しばらく進むと草原が人の手が加わった畑らしき場所に変わってきた。

 「畑らしき場所」というのも、刈り入れ時期が既に終わっていたのか畑には全然作物が植えられておらず、所々がキラキラと光る黒土の農地と用水路が広がっているばかりだったからだ。

 

「なんか……変なの」


「そうだな。これだけ広い農地なのに、見渡す限りただの土ってのは不思議だ」


「もう使われてない畑なのかな?」


「いや、それだったらすぐに雑草で埋め尽くされるはず……何か同じ作物でも育ててるのか? 」


「う~ん、ボクの知ってる限りだとソルティコで力入れて育ててる作物は特になかったはずだよ」


「ああ、俺も聞いた事ないな」


「これはあれだね。事件と冒険の匂いがするよ!」


 起きてからずっと暇そうにしているアンジェの暇つぶしにはちょうどいいネタになった様だ。

 ブラブラさせていた足を止めてあーでもないこーでもないと考えを巡らせている。

 

「ほら、そんな事を考えてる間に……見えてきたぞ」


 少し小高い丘になっていた所を超えるとソルティコの街が見えてきた。

 大きな川の河口の周りを囲む様に広がるその街は王都までとは言わないまでもそれなりに栄えている様だ。


「いかにも港町って感じだな」


「港町……魚……ああボクお腹空いてきちゃったよ!」


「持ち合わせはあるのか?」


「うっ……いやでも! タオくんをソルティコまで護衛した報酬の後払い分が……!」


「師匠、弟子から金を巻き上げる気ですか?」


「ぐはぁ……まさか弟子入りというのは報酬を踏み倒すための罠!? なんて姑息なっ!」


 アンジェは大げさに頭を抱えてウンウンと唸り出した。

 こうして見るとやはり成人直前の14歳には見えない。


「嘘ですよ師匠。ちゃんとお小遣い……じゃなくて報酬は払いますから」


「タオくん……ボクの事だいぶバカにしてるよね! ボクは君の師匠だぞ、もっと敬えよ!」


「悪い、師匠の反応が面白かったからつい……」


 口を尖らせて文句を垂れるアンジェが面白かったのでついからかってしまった。

 その代償としてソルティコの街につくまで、『弟子たる者かくあるべし』みたいな師弟論を延々と聞かされる事になってしまった。

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