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アンジェ



 どうやら盗賊たちの狙いはあの少女に移ったらしく、こちらに背を向けて猛然と距離を詰め始めていた。

 未だ手に取ってはいないものの剣を持っている相手に背を向ける様な奴らだ。

 何かあればここから十分サポートできるし、ここは自信満々のあの少女に任せるとしよう。


「あれ? ちょっとそこは戦意喪失して赦しを請う場面でしょ!? 全員こっちに来るなんて聞いてない!!」


 先ほどまで自信満々だった少女は遠目からでも分かるくらいあたふたとしだした。

 わざと挑発して自分に注意を向けさせたのかと思ったがどうやら違うらしい。

 都合のいい御伽草子でもあるまいし、本当にあの一幕で盗賊たちが投降するとでも思っていたのだろうか?


「こっちくんなって言ったでしょ! 《風刃》!」


 それじゃダメだ。


「え、ちょっと! 何で魔法が使えないの!? 《風刃》! 《風刃》!」


 そんな傍目から分かるくらいに心が乱れている状態で魔法が使えるはずがない。

 『魔導士たるもの常に平静たれ』

 この言葉は常識だと言うのに。


 もしかするとあの少女は訓練以外で魔法を使うのは初めてなのかもしれない。

 いや、よく考えてみれば12歳くらいの子供が1人でこんな山中にいる事自体普通じゃない。家出娘か何かなのだろうか?


「さっきのはマグレか? 大事な髪を刈り取ってくれたお返しだよ!」


 元トサカ頭、現ツルハゲ頭の男が少女に向かって拳の大きさ程の石を拾って投げつけようとしていた。

 普通の魔導士ならその程度難なく対処できるはずなのだが、それもどうやら期待できそうにはなかった。

 怪我する前に場を治める事にしよう。


「《麻痺》」


「ッガ…な」


 盗賊たちが一斉に、まるで石像になったかの様に動きを止めた。

 ただ1人、少女に石を投げようとしていたその男だけは勢いを止める事ができずにその場に前のめりに倒れ込んだ。


 視線の先にいるその少女は何が起こったのか理解できずポカンとしている。


「は……はは! ざまあねえです! どうやらボクの新たな力の前に為すすべもなくひれ伏すしかなかったようね!」


 どうやら少女は盗賊たちが倒れたのは自分が何かしたからだと勘違いしている様だ。

 別にその勘違いを正す必要性もないからそのまま黙っている事にしようか。


「えーっと、アンジェとか言ったか? 俺はタオ、ありがとう助かったよ」


「礼には及ばないさ! この程度の相手に後れを取るボクではないのだ!」


 そう言うアンジェの顔からは得意げな様子が隠しきれていなかった。


 だけどこの程度の相手にビビリ散らかしていた様な気が……

 まあここはひとつ話を合わせておく事にしよう。


「それは頼もしいな」


「当たり前さ! 未来の英雄譚の序章に名前を残せた事を感謝するがいいですよ」


 礼には及ばないんじゃなかったのか……?

 それにしても英雄譚……か。


 さっきからやたらと芝居がかった言動が目に付いたのはそういう事か。

 アンジェも多分英雄譚に憧れて行動を起こさずにはいられなかったのだろう。

 その姿がかつての自分と重なった気がした。


 あの頃の自分もこんな風に屈託のない希望に満ちた目をしていただろうか?


「さて、こいつらをどうしようかな。このままここに置いていくわけにもいかないし」


「それだったらこのまま山を越えた先にあるソルティコの街に連れてくといいですよ」


「ソルティコ……そう言えばこの盗賊たちもそんな事を言ってたな」


 そう言いながら盗賊たちを縛り付けるための縄を探した。

 荷台に乗せるには盗賊は少し数が多いが、荷物扱いすれば十分載せられそうだった。

 必要最低限の荷物しか持ってこなかったのがこんな形で幸いするとはな。


「いくら拘束してるとは言っても1人でこいつらを連れて行くのは危険だよね⁉」


「え……あ~、そうか。そうだったな」


「そんな時はやっぱり護衛とか雇えたらいいなって思いません⁉」


「たしかに……そうだな」


 いくらなんでもアピールが下手過ぎる。

 どうしてこうも回りくどい言い方なんだ?

 

 まあいい。ここで会ったのも何かの縁だ。

 アンジェのお望み通り護衛をお願いするとしようか。


「アンジェ、ソルティコまで護衛を頼めるか?」


「よしきた。タオくんとやら、君は実にいい決断をしたね!」


「ああ……そうだといいね」


「それで、報酬の話なんだけど……」


 ここまで淀みなく自信タップリだったアンジェが急に言葉を濁らせて何やらゴニョゴニョ言っている。

 法外な値段を吹っかけてくる気なら、さすがに断らざるを得ないが……

 俺を助けてくれようとした事は事実である事に変わりはないから、多少割高な程度だったら支払ってあげようと思っていた。


 皮肉な事に金だけはそれなりにあるのだ。


「ハッキリ言ってくれないと分からないよ。いくらなんだい?」


 そう言いながらアンジェとの距離を詰めて耳を傾けた。


「えと……その……」


 煮え切らない態度にどうした事かと首を傾げたその時だった。

 アンジェの体内から、正確には腹部の辺りから魔物のうめき声の様に大きな音が鳴った。


 その音を聞かれたのが恥ずかしかったのかアンジェは顔を赤面させ、少し目を潤ませながら上目遣いで声を絞り出した。



「報酬は、食料でお願い……出来れば前払いで……」



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