失望
0話的な何か。
「タオさん……やっぱり考え直してくれませんか? 今最高ランクの冒険者に辞められてしまったら……」
「別に困らないでしょ? だって俺が最後にまともな依頼をこなしたのはいつか思い出せない位なんだから」
そう、俺がいなくても冒険者ギルドはその機能を十分に果たす事ができる。
冒険者になったのは物語の英雄の様な、信頼できる仲間と未踏の地に挑み、強敵に挑み、古代の財宝を見つける……そんな冒険がしたかったから。
それなのに……
冒険が楽しくなったのはいつからだったか。
憧れだけで駆け抜けたあの頃とは違う。
幸か不幸か早くから冒険者としての頭角を現わしてしまった俺は、その特徴的な戦闘スタイルも相まってギルド内外の政治に携わる事になってしまった。
そこからは貴族や大商人の護衛、重要な会議の警備みたいな依頼ばかり。
たまに王都の外へ駆り出されたかと思えば、他の冒険者の後始末。
そして周りに集まる人の大半は、頼もしい仲間ではなく、自分を利用しようと企む者ばかり。
憧れで自分を騙すのにも限界があった。
所詮英雄譚も創作物なんだ。
「昨年の大災害からの復興が進むまでの期間だけでもどうか続けてもらえませんか?」
「冒険者は……冒険は……もう、いいんです」
「ですが……」
「なあ、受付の嬢ちゃん。もうその辺にしておいてやってくれよ」
背後から体に響く様な太い声が聞こえた。
その声には聞き覚えがあった、というより聞き間違えるはずがない。
「アギトさん……」
「『さん』はいらねえってんだろ。俺はプラチナランク、お前はミスリルランク。お前の方がもうランクが高いんだからよ」
顎に蓄えた立派な髭を整えながら呆れ顔でそう言った。
アギトさんは冒険者に成りたての頃から目を掛けてくれていた師匠の様な存在。
そんな彼を呼び捨てなんかにできるはずがなかった。
「アギトさん! 貴方ならタオさんがどれだけ冒険者ギルドにとってどれ程大事な存在か理解していらっしゃいますよね? それなのにどうして……」
「分かってるさ。冒険者ギルドにとって『英雄の再来』なんて言われてるタオがどれ程都合のいい神輿かって事くらい」
英雄の再来、なんて今の自分が言われていると知ったら過去の俺はどれだけ喜ぶだろうか。
その言葉も今は自分を縛る枷にしか感じられない。
ほら、その言葉を聞いただけで半ば反射的に表情が曇ってしまう。
「はぁ……すまねえな、タオ。お前ならもう大丈夫かと思って、何もかもお前に背負いこませちまった。いくら強かろうがお前はまだ22歳の若者だもんな」
「すいません……アギトさんの期待にも応えられないで」
「そういう事言ってんじゃねえよ。お前はちょっとばかり真面目過ぎるんだよ。腹の探り合いとかそういうのはもっと荒んだやつがやるもんだ……俺みたいなクソッタレがな」
その言葉は語気が強いながらも優しさの込められたものだと理解できた。
やはり、何年経ってもこの人には敵わない。
「そういうわけだ、受付の嬢ちゃん。こいつの仕事は俺が引き継ぐ。だからタオを自由にしてやってくれねえか?」
「えと……でも、その。私の一存では……」
「それもそうか。ならギルド長に今すぐ伝えてくれ、何だったら俺が訪ねてやってもいい。『戦鬼アギト』じゃ代わりが勤まらねえのかってな」
「ひっ……わ、わかり……ました。」
ギルドの受付員は逃げる様にその場を後にした。
無理もない。アギトさんからドスを利かせた声、明確な殺気を向けられて全くの平静を保てる人間なんて存在するはずがないからだ。
「ほら、後は俺に任せてさっさと帰れ」
「でもギルド長と話すんじゃ……?」
「なんだ? お前も俺じゃ代わりが勤まらねえとでも言う気か?」
その言葉から先ほどの様な殺意は一切感じられなかった。
それどころか……年相応に、或いはそれ以上に年を重ねた老人の様な声に聞こえた。
「いや……そんなことは」
「だったら早く行け」
「……」
無言で深く、深く頭を下げた。感謝、謝罪、胸に湧いた感情の全てを言葉にする事ができなかった代わりに。
頭を上げて無言で背を向けた時にチラリと見えたその時の顔が、反対しながらも王都で冒険者になる俺を見送ってくれた両親の顔と重なった気がした。
「なぁ……冒険は楽しいもんだと思うか?」
「え……?」
アギトさんはポツリとそう言った。
「足は止めなくていい。でもいつか、どんな形だっていい……この質問に即答できる様になったらまた帰ってこい。冒険は逃げやしねえんだから」
その言葉の意味は分からなかった。
ただ……胸に引っかかっていた何かが取れた気がした。
淡泊な前日譚。
次話から話は進んでいきます。