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Gray Scale StoriesⅡ  作者: ほむいき
5/9

白銀の翼5


「お待たせしました、部品が全部届いたようなので組み立てに来ました」


深夜のテンションにしては明らかに元気すぎるフィロードが、

箱に入った荷物を前が見えなくなるほど抱えて、百十八格納庫に入って来た。


「言ってくれれば手伝うのに」


駆け寄って幾つか受取ると、地面に並べて置いた。

重いものや軽いもの、大きさもそれぞれ全く違う。


「ああ、じゃあまだ向こうに置いてあるのでお願いします」


扉から外に出ると、移動車にめいいっぱい積み込まれていた。

一体どこにフィロードが乗る隙間があったのかわからないほどだ。

荷物の山が崩れない様に上から何個かを取って持つ。

二人で三往復してようやく運び終わった。


「これ全部必要なのか」


「はい……あ、えっと大丈夫です。予算の範囲内ですよ」


そんな心配はしていないのだが、これだけの部品が全部ハイエンド品種であったら、

確かに金額面は恐ろしいことになっているだろう。


「今日から組み立てますね」


「無理のない範囲で頼む」


作業賃は後払いになっているのだ。あまり無理をしてもらうわけにはいかない。


「いや、むしろ徹夜で組み上げたいくらいです。

これだけのものを組むのは初めてですから、腕が鳴ります」


ヒュペリオンを始めてもらった時の俺と同じだろう。

目の前にある新しい玩具に、気分が高揚するのを抑えられない顔だ。

早く組み上がるのは有り難い。まだまだやらなければならないことは多いし、それぞれに問題もある。


「そっちのことは任せる。俺は俺でしないといけないことがあるからな」


「そういえば、今日はヒュペリオンを改造してるんですね」


「飛行機に関しては、今できることはあらかた終わったからな」


制御システムの更新、各部の動力伝達経路の変更。

殆どすべての回路を有線で接続し直し、通信やレーダーに頼らない計器を取り寄せて取付した。

レトロ部品として意外に高くついたが、必要経費だ。


「今度、四班の修理を手伝うからな、その変更に合わせた改造だ」


「もしかして、予備発電区画の修理ですか?」


「ん、知っているのか。そうだ」


情報があったとしても、絶縁装備から見抜けるほどだとは思っていなかった。


「僕はまだヒュペリオンをもらってないので参加できないですが、珍しいですね。

班長が他所の人間をそんな重要な仕事に入れるなんて」


「人が足りないと言っていたから、そのせいだろう」


「いえ、班長はそんな考えなしで人だけ足すなんてことはないですよ。

特に発電区画なんて重要な案件は、四班の中でも限られたメンバーしか参加できませんから。

何か信用を得るようなことがあったのでは」


「いや、一緒に一日仕事をしただけだ。往復の道中でも全く話していないし、

作業もそんな信頼を得るほど完璧だったかと言われるとわからん」


そもそも、殆ど別で作業をしていたのだ。

俺がどう動いていたかなんて知るはずもないし、作業が終わるのもシャミさんの方が早かった。

気に入られるような特別なことは何もしていない。


「何の仕事だったのかはわかりませんが、終わった後班長に怒られなかったんですよね」


「ん、ああ。別に何も」


「班長、仕事ができない人間が死ぬほど嫌いなので。

なにかやらかしてたりしたら帰りの道中で死にたくなるほど怒られますよ。

かくいう僕も最初の頃の同行では何度も怒られました。

というより新人は必ず一度班長と行動することになってるのですが、怒られなかった話は聞いたことありません」


「俺は新人じゃないけどな」


第三班でも厳しいことで有名なジジイの元で十四年間育てられてきた。

そのうち一緒に仕事をしていたのは六年ほどだが、ミスる度に罵声と工具が飛んでくるのだ。

仕事ができないままのわけがない。


「まぁ、そういう事ですよ。うちの班長と良好な関係を築くには、仕事抜きではありえません」


「だからこそ、第四班は少数精鋭。第三班の半分程度しか人数がいないんだけどな」


寝ていたと思っていたニゥが会話に割り込んできた。

父親が班長であるあいつには、何か思うところがあるのだろう。


「ですね、今回みたいな大事故が起きると、必然的にうちはきついです」


「でもって、そのまま引き抜いた人間も少なくないだろ」


「噛みつくなよ、ニゥ。お前には関係のない話だ」


班長は世襲ではない。

現職の班長が引き継ぐと決めた時、班内の人間から新たに選ばれる。

少なくともニゥが選出されることはありえない。

仕事にも人間関係にも手を抜きすぎだ。

自分のやりたいことしかやらない人間を、誰だって頭にはしたくないだろう。


「ニゥさんは班長になりたいとか思わないんですか」


「俺には向いてないからな。面倒な仕事は他の誰かに任せるさ」


「ニゥさんらしいですね。それより、次のイベントキャラ見ましたか。

正直、楽しみで仕方がないんですけど……!」


「それな、俺はもう課金して準備したぜ。日が変わった瞬間に連打するつもりだ」


話ながらも、フィロードはテキパキと組み立てていく。

最初にホログラムウィンドウを展開する投影機を机の四隅に設置し、それぞれを無線リンクさせる。

まだ何もないグリーンのウィンドウが机上に表示された。


次に本体の構築をし始めた。

流れるような手つきに目を奪われて、手が止まっていたことに気付き、作業を再開する。

補助機で持ち上げた絶縁装備をヒュペリオンに装着していく。

関節部も一度取り外して緩衝材を絶縁仕様に変更し、精密動作用のアームを取り外す。

重量物を運搬するための剛力アームを取り付けると、普段よりも二回りほど大きくなった。


「後は何がいるかな……」


シャミさんから送られてきた施工予定表を開いて確認する。

ヒュペリオンの最低仕様は一定レベルの絶縁性能と重量物可搬性能。

その二つは問題なくクリアしている。


それなら後は、現場で必要になりそうなものを想像するだけだ。

電気工具一式と、溶接用のサブアームくらいで十分だろう。

あまり重装備にしても動きにくいだけだ。


絶縁装備カラーとして定められている深緑の機体。

知識としては持っていたが、実際に装備させるのは初めだ。

特徴的なシルエットではないが、意外と似合っている。


「よし、こんなものか」


「出来たんですね」


「ああ、明後日が施工日だからな。明日の勤務時間でこいつを四班の準備倉庫に輸送する。

そっちはまだかかりそうだな」


「そうですね、設営、組み立てに二時間ほど。設定まで入れると五時間かかると思います」


「なら今日はここまでにしよう。明日以降で、また来れるタイミングで組み立ててやってほしい。

連絡はニゥに入れてもらえれば助かる」


ニゥのカードキーが無ければここには入れない。

俺が頼んでも来てくれないこともあれば、一人で来ていることもあるようだ。

工具の位置が動いてたから間違いないだろうが、

わざわざ指摘してへそを曲げられても面倒だから気づかないふりをしている。

現に、ここ最近はつまらなそうに寝そべってゲームをしているだけだ。


「俺はそろそろ飽きてきそうだよ。さっさと空を飛んでほしいね」


「そう言うなよ。今飛び出したって十秒もせずに爆発四散して終わりだ。

そんなんが見たいわけじゃないだろ」


「確かに、ここまで来たからには空を飛んでほしいけどな。青空なんてほんとにあるのかね」


「青空を探しに行くんですか?」


「フィロードには話してなかったか。第三班の長老の話、聞いたことあるか」


整備課の人間ならうわさくらいは聞いたことがあるだろうが、

班が違うため直接話す機会はなかなか無い。


「あー青空爺ちゃんですよね、四班でも割と有名ですよ。子供さんが遊びに行ったって人もいますし。

昔はすごい優秀なヒュペリオン乗りだったんですよね、確か」


「そうなのか、俺は聞いたことないが」


「蒼龍だろ、親父が話していたことがある。今のヒュペリオンが第八世代機。

うちの親父が乗っているスコピオンや、坊の爺さんが乗っているアラクネがそうだ。

その二つ前の第六世代機で現存する最後の一機。もう十数年は動いてないって話だな」


「凄いですよ、当時では考えられないツインエンジンと、独力で改造したクアットロモータのハイブリッド機!

UIが古すぎてもう誰も動かせないらしいですが、今でも最高クラスの機体性能だそうです」


「ま、誰も動かせないからそろそろ分解して廃棄するか、もしくは再利用する話になってるんだがな」


あのよぼよぼの爺さんが持っていた伝説ヒュペリオン。

ぜひ見てみたいが、俺の権限で探せるようなところにはおいてないだろう。

ニゥに頼むのは簡単だがこれ以上迷惑をかけるわけにもいかない。


「そろそろ帰る時間か」


「ああ、フィロード。もう帰るぞ。

あまり遅くまでやって明日に……もう今日になるが、影響を出すわけにもいかないだろ」


「わかりました!」


格納庫の扉を閉め、移動車に乗り込む。準備倉庫までの道のりは終始無言だった。

全員うとうとしていたのだろう。移動車が止まった時、特に次の約束も無く解散した。







「よし、全員揃ったな」


予備発電区画修理当日。

俺ともう一人、第三班から二人を加えた第四班のメンバーが準備倉庫に集合していた。

十二人全員が自身のヒュペリオンを絶縁装備に変えて並ぶ。


「……来たか」


直前に聞かされたことだが、発電区画の修理には一人、同行者がいるらしい。

統括区画からわざわざ来るとはご苦労なことだ。

一台当たり三機のヒュペリオンを収納できる巨大なトレーラーが四台。


先頭を走る真っ赤なスポーツカータイプの輸送車から降りてきたのは、派手な服装の女。

その辺ですれ違ったとしても、まさか統括区の人間だとは誰も思わないだろう。

金色の長い髪、胸元をはだけさせた服、タイトなスカートに踵の高いヒール。

少なくともこれから作業現場に向かうタイプの人間ではない。


「お疲れ様です!」


俺以外の全員が、シャミさんの挨拶に合わせて頭を下げた。

偉い人が来るとは聞いていたが、そんな挨拶は聞いていない。

思考停止した脳を何とか働かせて、一秒どころか十秒以上も遅れて動きを合わせる。

ヒールの音を響かせて目の前に立った女は、いきなり襟首を掴んで俺の身体を持ち上げた。


「はぁっ?」


驚きで全身が硬直している間に、世界が一回転した。

引っ張られた襟が首元を締め付けて息ができない。


「っぅ……!」


「ちゃんと挨拶が出来んのか? この糞餓鬼は!」


遅れて鈍痛が全身に響く。

肺の中の空気が全て吐き出されたまま、息が止まった。


「ごふっ……うっ……っあ……」


胸を抑えて、何とか呼吸をもどそうと必死に息を吸う。

糞女の足に怒りを向けながら、何とか起き上がった。


「アタシが今回の発電区画修理監督役。レモン・アーティだ。

生意気な奴と話を聞かない奴はぶちのめすんで覚悟してくれ」


「うちの人間がご迷惑をおかけしました。早速現場に向かいたいのですが、よろしいですか」


「さっさとヒュペリオンをトレーラーに格納しろ。それが終わったら全員一番後ろのバスに乗れ。

返事をしてる間があったらさっさとしやがれ!」


あまりの剣幕に蜘蛛の子を散らすように走り出す整備課のメンバー。

俺も例外ではない。いきなり投げられて腹は立っていたが、頭は意外と冷静だった。


大人の男を持ち上げるだけの腕力と、微かに聞こえた作動音。

昨今巷で噂になっている身体の一部機械化、それも恐らくは両腕と両足の全部。

けがや病気で欠損した一部ならともかく、生身の肉体をそこまで機械に変えている人間の話は聞いたことがない。


ヒュペリオンほどのパワーは出ないだろうが、その分小回りがきく。

仮に格闘技で戦うようなことになれば、一撃でノックアウトされるだろう。

逆らう理由はあったが、それについて来る結果が芳しくないの解っていたので、

黙ってヒュペリオンをトレーラーに仕舞った。


「災難だったな」


バスに乗り込んだ時、第三班のメンバーの一人が話しかけてきた。

あまり一緒に仕事をしたことは無いが、優秀なヒュペリオン乗りだ。

長年第三班に所属している古株の一人。

見た目はただの渋いおじさんだし、汚れたくたくたの作業着をいつも来ているが、

仕事は早くて丁寧だ。


「ドゥエリさん……まだ背中が痛いよ」


骨折まではしていないだろうが、青痣くらいにはなっているだろう。

ジンジンとした痛みが内蔵にまで届きそうなくらい響いている。


「派手に投げられたもんなぁ、女の細腕だと舐めてかかってたろ」


「そんなつもりは無かったんだけどね、あんなに手が早いとは思ってなかった。

こんな大層なバスまで用意して、統括区の人間が考えていることはわからん」


「そう言えば初めてだったもんな、特A級エリアの仕事は」


「何時もあんな監督官が来るのか」


幾らなんでも手が早すぎる。統括区画の人間だからと言って優れているわけではない。

権限としては上位であっても、権利は対等なはずだ。

ああやって全員揃って頭を下げるのは違う気がするし、正直言えば下げたくはない。


「んーどうだかな。毎回違う人が来てるな。あのお嬢ちゃんも、少なくとも俺は初めてだ。

あそこまで乱暴なのもな」


俺は外れを引いたという事か。


「監督官って何してるんだ」


「その名の通り、仕事の監督だけさ。だからあんな格好で来るんだよ。

ま、俺もあんまり好きじゃねぇやなぁ……。

あの女は露骨だが、どいつもこいつも俺らの事を便利な道具としか思ってないんだろうって感じるさ」


「にしても、おかしくないか。ただの監督役なら、身体強化する必要性なんてないのに」


少なくともタイタンではまだ一般化されていない技術だ。

事故や病気で欠損した四肢の代わりに利用している人はいるが、あそこまで精緻なものではない。

ガワこそ人体を模してはいるが、人を片手で持ち上げるほどの馬力はない。

当たり前だ。人間の想定する力を超える脚力や腕力は、日常生活に支障をきたす。

怪我や事故の原因になりかねないがゆえに、出力はセーブされている。


「坊よ。あの女の強化装備、整備課で作れると思うか」


「……出力解除程度ならできると思う」


「それでどの程度だ」


「半分くらいじゃないかな」


実際に見れば幾らか予想もたつだろうが、人工皮膚に隠されていた機器の性能までは流石に見通せない。

人体の機械化計画。聞いたことはあるが、都市伝説の類だと切って捨てていた。

それらしき技術を実際に目の当りにするとは思わなかったが。


「なんで統括区であんな技術が使用されているんだかわからないね。

うちには紹介されていないよな」


技術開発は研究棟の仕事である。

彼らがこちらに持ってくるのは、ヒュペリオンの技術を筆頭に各工業区画に必須の開発技術など。

定期的に行われる報告会で、新しい技術を幾つも持ってきてくれていた。


「俺は聞いたことないね。機械人のリミットが解除されたって話もな」


「どうにも納得がいかないが、俺ら下っ端は従うしかないってことか」


「そういうこった」


「何時までもつまらないことを話しているな。三班の連中はどいつもこいつも口が軽い」


前の方に座っているシャミさんはこちらを向かずに話しかけてきた。

声のトーンが少し苛立っているように感じるのは間違いではないだろう。

窓の外を眺めようにも、反射板が張られていて見えない。


結局、携帯端末のつまらないゲームを起動して時間を潰す。

小一時間ほど経ってようやくバスが止まった。

ドアが開くと同時に、喧しいキンキン声が聞こえてきた。


「さっさと降りろ。ぼさっとすんな。アタシにはお前ら全員を牢にぶち込む権限もあるんだぞ。

時間は有限なんだ。有無を言わずに働け」


内心で唾を吐きながら、バスから降りて自分のヒュペリオンに乗り込む。

起動確認をした後、他の班員の動作に合せてトレーラーから降りて並ぶ。

正面にシャミさんが出て来て、作業工程の再確認をし始めた。


「すでに三日前に電源は停止してある。充分冷えているだろうが、各自注意して行動しろ。

まずは中央の制御芯棒を持ち上げて、最下部にあるコアを取り外す。

次に各接続の分離を確認した後、既に搬入している新規制御芯棒にコアを取り付けて挿入。

最後は各電線と蒸気ラインの連結を確認して再稼働だ。間違えるなよ!全員、かかれ!」


「了解!」


十二人の声音が綺麗に重なった。

与えられった役割を果たすために、各々がヒュペリオンを走らせる。


全長五十メートル。全周十八メートル。総重量約二千トン。

合金製の円柱内部には、膨大な量の混合水が封入されている。

他に類を見ない重量の制御芯棒を地上付近で支えているワイヤーは、

タイタンの外壁材と同等の強靭性能。

数十本ものワイヤーが天井の構造材や、付近の柱と繋いで支えている。


俺たち三班を含んだ半数は、取り外し予定の制御芯棒に。

残りは既に運び込まれていた新型に必要な部品を組み込んでいく。


高所の作業は小型のヒュペリオンを操る二人が行う。

息が合った動作で、次々と固定してあるパイプを外す。


俺たちの仕事は運び出しの為の巨大なキャスターを側面に固定すること。

横倒しにする前に必要個数を全て接続しなければならない。

人間の胴体程も太さがあるボルトで、ヒュペリオンが持ち上げるのがやっとのサイズのタイヤを止める。


「もう少し上、そのまま奥に一歩進んで」


支えてくれているドゥエリさんに指示を出しながら、二つの穴を繋いでナットを締め込む。

右腕のアームに接続した電動レンチのトルクを調整して、四カ所を順々に。

最も低い位置に二つ接続しただけで、三十数分の作業だ。


「坊!次は一段上だ。他の作業者は」


「いない!」


操縦席の通信を利用して確認を取り合い、作業を進めていく。

天井を支えている支柱から垂らされたワイヤーとヒュペリオンを接続する。

遠隔操作で機体の高さを変更し、キャスターを接続していく。

低い位置に四つ接続するのが俺たちの仕事。

一時間かけてようやく終えた時には、丁度他のチームの仕事も終わったところだった。


「おッせぇなぁ!やる気あんのかお前ら」


偉そうに椅子に座っているだけで喧しい監督官様は無視しておく。

明らかにこっちに向かって言ってきたのは外部カメラの映像からわかっていたが、

ハナから喧嘩腰の相手に対して絡むと碌なことがない。


「各員!作業確認!」


「ワイヤーケーブル、蒸気配管取り外し完了」


「運搬用キャスター取り付け完了」


「再利用部品の分離確認」


「最新データ取得機作動中。誤差0.001パーセント以内」


「入れ替え準備完了です」


シャミさんの声に返答が幾つも重なった。

それら全てを一度で理解したのか、班長は次の指示がテキストで届く。

入れ替えの動作を簡略化した図と一緒に来た手順は、事前打ち合わせで配布された資料と同一のものだ。

再確認して、決して手はずを間違えるなという意味だろう。

数千トンもの重量がある物体を運ぶのだ。一つのミスが大事故につながりかねない。


「これから、取り外しを行う!セッテ!セルタ!」


先程、最上部の接続をバラしていた双子の班員が、制御芯棒の上部に立ちワイヤーを二本取り外した。

頭が少し下がって全体的に斜めになり、固定された柱が軋む。

強度計算では問題なかったはずだが、実際に金属が歪む音が鳴ると随分と不安になる。


「全員離れておけ」


指示に従って、制御芯棒から少し離れた場所に待機する。

唯一、班長だけが危険圏内ギリギリのところで作業指示を出していた。

ワイヤーが一つ外されては、より長いもので頂部を引っ張るようにし支え直す。

四十五度以上傾いた時に、それは起こった。


「っ!」


バランス補正機能を有するヒュペリオン内部にいてもわかるほど強い揺れ。

タイタン全体が悲鳴のような金属音で唸っている。


「地震だ!全員警戒!」


冷静な通信が班長から全員に届く。

その場から一歩も動かず、誰もが機体の外部カメラ映像を注視していたのだろう。

だからこそ、その違和感に気付いたものがいた。


「倒れるぞォ!!」


誰かが叫んだ。

カメラを上部に向けた時には、既に三本目のワイヤーが引き千切られていたところだった。

双子のヒュペリオン乗りは天井に吊るされたまま無事だ。

なら次に危ないのは転倒半径ギリギリにいた班長。

幾ら頑強な装甲を持つアルマジロであっても、数千トンの重みに押しつぶされてしまえば元も子もない。


目まぐるしくカメラを移動させて状況を確認する。

二度目の振動は、爆音と共に届いた。

制御芯棒が倒れて折れたことによって引き起こされた現象。

大量の水が溢れ出て、予備発電区画が一時的に洪水のような状態なった。


何故そうしようと思ったのかはわからない。ただ嫌な予感がしてカメラを上部に回した。

捉えたのは、引きちぎられたワイヤーが重量に任せて振り回され、送電線を直撃した瞬間。

目も眩むような閃光と共に、支えを失った送電線がゆっくりと落ちて来る。


その足元に誰がいるのかはわかっていた。


「っうおおおおおッ!」


「坊! 何をっ……!」


通信から呼びかけるドゥエリさんの焦った声は、最後まで続かなかった。

視線を俺に合わせた時、その先に何があるのかが見えたから。

火花を散らす送電線の切断面。

全力でブーストして、びしょ濡れになった床を強く蹴った。


「届けぇぇぇぇぇぇ!!」


どのヒュペリオンも絶縁装備はしている。少々の電圧であれば全く問題は無い。

だが、今にも地面に触れそうなのは今も通電したままである超高電圧の送電線。

なお悪いことに、制御芯棒が倒れた方向にいたヒュペリオン各機は全身ずぶ濡れである。


割れそうなくらい力を込めて、アクセルペダルをべた踏みする。

右腕を前に伸ばし、後部のスラスターを全力で起動した。

加速による負荷で視界が狭まるが、電線の先端部にだけ焦点を合わせる。


瞬発的な大容量エネルギーの使用により、あらゆる警告音がコクピット内を埋め尽くす。

このBGMにはもう慣れた。一ミリも加速を緩めることなく、全力で跳んだ。


「掴めッ!」


先端部のギリギリのところ、ケーブルの被覆部分を最も絶縁性能が高いアームで捉えたはずだった。

その瞬間、意識と同時に全ての電源が吹き飛んだ。


「おい、しっかりしろ!」


気が付いた時には、何人もの班員に囲まれていた。

ヒュペリオンから引きずり出されたらしく、適当に詰まれた梱包材の上に寝かされているようだ。


「うっ……痛ッぅ……」


「全身打撲だ、骨折はしてないみたいだがな。起きれるか」


「あぁ、シャミさん……なんとか」


全身の痛みが思考を鈍らせているせいか、記憶がはっきりとしない。

脳みそが揺れるような感覚が収まらず、油断したら吐きそうだ。

シャミさんに起こされて、受け取った水を一口飲み込む。


「無茶しやがって、死んでたかもしれないんだぞ」


「おい、自殺志願の馬鹿野郎が起きたなら、さっさと全員作業に戻れ」


「いや、しかし……」


「てめぇらの介護が必要ねぇって言ってんだよ。取り敢えず死なねぇようには見ててやるからよ。

さっきの倒壊で他の発電システムに影響が出てないかも全部調べなきゃならねぇ。

生活区の住人が一人ずつ死んでいくカウントを見ながら、一週間ぶち抜きで泊まり込み作業したいなら止めないぜ」


「……わかりました。全員! 作業に戻るぞ。セッテとセルタは今の事故の影響を確認!

他は現場の片づけと、新型の搬入だ。今日中に千切れた送電網も治すぞ!」


優秀な班長なだけあって流石に切り替えが早い。

指示を受けて、周りに集まっていた班員たちがヒュペリオンに戻って行った。


「おい、いつまでぼさっとしてやがる。てめぇにゃ聞かなきゃならんことがあるんだ。

死んでもらったら困る」


「ははっ……」


心配するなんて人間ではないのはわかっていたが、発言に冗談は全く含まれていないらしい。

ようやく戻って来つつあった記憶を精査しながら、乾いた笑いが出た。


「ま、運が良かったな」


監督官が指差したのは、真っ黒こげになったヒュペリオン。

その胴体部分が無理やりこじ開けられていた。


「みたいですね」


「電撃にやられて性格まで吹き飛んだか」


「そうかもしれないですね。他に被害は出てないですか」


作業に戻って行ったヒュペリオンの台数は十一。

俺以外の怪我人は出ていないようで胸を撫でおろす。


「ん、ああ。まぁ制御芯棒倒壊の被害だけで相当な金額にはなるがな。

人的被害はイチだよ、どこぞの馬鹿以外は無傷だ」


「それならよかったです」


高電圧を受けて、恐らくは内部基盤から全て焼けついてしまった愛機を見る。

オイルが焼けつくような臭いが鼻につく。


「あれはもう直らねぇよ」


「はい、わかっています」


初めて受け取ってからもう三年になる。寿命というにはあまりにも早すぎた。

ついこの前も修理したばかりの機体だったが、もう廃棄するしかない。

一抹の寂しさを感じなら、長く息を吐いた。


「それで、聞きたいことって何だったんですか」


「ああ、それは後で聞く。この場で話すようなことじゃないしな。

取り敢えずそこで休んでろ……ん、緊急通信だと。めんどくせぇな」


統括官は端末をもって離れていった。

俺に聞かれたら困る話でもあるのだろうか。

独り残されて、作業を眺めていた。


あれだけの事故が起きた後だとは思えない程、全員が連携してスムーズに作業が進んでいく。

破損した制御芯棒の撤去はもう終わり、今は新型の搬入を行っている。

予備発電区画ゆえに、先程の事故が生活区に与えた影響は少ないだろう。


電力はタイタンでの生活において最重要。

一時ですら途切れることがあってはならない。

今回の事故に関しても。班長は面倒な書類を何枚も提出させられるだろう。

原因を調査して、二度と同じことが起こらない様に対策を考えるなければ。


ヒュペリオンが無ければ工事に参加できない。

明日からは自宅で書類仕事か、別の小さな現場の手伝いに回されるだろう。


「あーっくそ、面倒だな。くそったれ」


およそ女性とは思えない程、粗暴な独り言を呟きながら戻ってきたレモン。

通信の内容は彼女にとって良く無いものだったのか、明らかに苛立っていた。

知らんふりをして自分への被害を避けようとしていたが、

彼女の進行方向は真っ直ぐこちらに向かっている。

そのまま俺の正面まで来ると、苛立ちを隠さずに吐き捨てた。


「てめーの爺さんが倒れた。連れて帰ってやるから、さっさと病院に行け」



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