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〈勇者〉のテスト返し

 進藤伊吹は緊張していた。

 今日からテストの返却が行われるからだった。

 早速一時間目から。

 これまではテスト返しなどほとんど気にもしてこなかったのに。



 そんな様子を後ろの方の席から眺めている者もいる。

 成瀬結依だ。

 あの日以来、その当日ほどずっとではないが、折を見て伊吹の様子をうかがっていた。

 そして、体育大会以降その頻度は少し増している。


 そんな結依の目から見ても、今日の伊吹はいつもよりそわそわしていた。

 極端に分かりやすいわけではなくとも、考え込んでいる様子が背中から伝わる。


 伊吹が気にする理由は大いにある。

 それは伊吹にとっては久しぶりの、努力の成果が問われる時間だったからだ。


<勇者>の時間は聖剣の力があるからやっていただけで、努力云々の話ではない。

 そもそも授かりものの力だし、偶然が重なっただけである。


 だから、自分自身の頑張りが直接目に見える瞬間が少し怖かった。



 ****



 あらかたのテスト返しが終わったら、担任の馬場からホームルームで個票が配られる。

 伊吹の学校は結構な進学校であって、テストに対する取り組みが厚い。


 カラー刷りの個票は教科ごとの偏差値が五角形のレーダーチャートに、学年順位の変化も折れ線グラフになっていて見やすく表されている。

 そのおかげで、一年生の頃の──〈勇者〉としてずっと活動していた伊吹も、五角形の大きさは惨めなもので、折れ線グラフは地べたが好きなミミズのようになっていたことは知っていた。


 それが今回は。


「……」

「ありがとうございます」


 個票を手渡した担任は無言であったけれど、少し面白がるような笑みを伊吹に向けてきた。

 いろいろ含めて感謝の言葉だけを返すと、彼が軽く肩を叩く。

 頑張ったな、と声でなくとも気持ちとして伝わる。

 悪い気分はしなかった。


 今回の五角形は人並みの大きさがちゃんとあるし、ミミズは鎌首をもたげた蛇になっていた。

 学年三百二十人で百四十三位。

 前回までが三百十位台だったのと比べたら驚くほどの大健闘である。


 伊吹が喜びと、驚きと、何とも言えない感情を味わっている間も、クラス中は悲喜こもごもの声で騒がしい。

 誰が何位だとか、順位が下がっただとか、友達との競い合いだとか。


「あ、」


 その中の声だった。

 あまり大きく無い声が、伊吹の随分と近くで。

 まさかかかるとは思っていなかったが、最近聞き馴染んできた声だった。


「あっ、えっと、ごめんね……勝手に見ちゃって」

「あー。いや、全然」


 個票を取りに行って席に戻る、成瀬結依である。

 同じ通学電車に乗っていることもあり、最近は挨拶ぐらいするようになっていた。

 伊吹から声をかけたのは数度だが、それが無い日には結依の方から挨拶する。

 それから、たいしたことのない雑談をいくつかするぐらいで。


「世界史の、順位が見えちゃって」

「ああ、これ、うん。ちょっ……いや、結構頑張ったから、嬉しい」

「そ、そっか。おめでとう、進藤君」

「ありがとう」


 世界史の欄に書かれた数字は一。

 記述の部分減点のみ誤答した九十八点という記録だった。


 伊吹は知らない事実だが、学年で最も世界史を対策したのが伊吹である。

 それが初めてのテストで差をつけた。


「おかげで総合順位もだいぶ上がったから」

「わー……すごい」


 過去の成績がずいぶんコメントのしづらいものであったが、それでも結依は感心していた。


「成瀬さんは、どうだった?」

「えと、私は、前回よりはよかった、かな?」


 控えめにそう言って、周りには見えないよう、ちらりと伊吹に個票を見せる。


「わ、すごい」

「二年生で教科が色々変わったから不安だったけど」


 結依のグラフは伊吹とは違った意味で圧巻だった。

 今回の順位は学年総合で八番目。

 これまでで一番低くても前回の十番目という、盤石の安定感だった。

 特進クラスではないというからさらに驚きだ。


「……竜」

「え、何?」

「ううん、なんにも」


 成績は全般的に優れていて、得意不得意が見当たらない。

 どれも二十番以内には入っていて、社会と理科の一科目ずつが二位と三位だった。


「実は、世界史は九十七点だったから、一位かもって思ってたけど」

「あー、ごめん……?」

「そんなのは、全然!……でも、次はもうちょっと、頑張ってみよっかな?」


 結依が伊吹のところで声をかけてしまったのは、世界史の一位が予想外のその人だったからで。

 不躾だったと反省しているが、それがきっかけで進藤と過去最長の会話を続けられている。


「それは、流石に負けそう」

「いやいや、けど、今回も頑張ったから、そんなに。って、あ、もう席に」

「ああ、うん、それじゃあ」


 話し込んでいるうちに、出席番号の最後の方まで呼ばれていた、

 これ以上立ったままであれば、随分と悪目立ちする、

 伊吹も、成瀬がそういうのを気にするタイプだともう分かっている。

 特に気にすることなく、別れを告げた。


 最後に小さく彼女が手を振ったのは、とても女の子らしかった。


 そんな二人のやり取りを自分の席から見ていた総合順位二百三位の女子が一人と、近くの席の総合順位八十八位の男子が一人、


「坂口、ほんと英語だけはいいよね」

「水野は英語苦手でいいの? サッカー選手」

「なんねえよ。けど、まずい」


 互いが先ほどまで同じ方を気にしていたのは知らずとも、目を背けたタイミングが一致したから雑談になった。


 二人とも、結依と伊吹のこれまでの順位については知っている。

 結依は普通科でもトップの才女で有名だし、伊吹は成績と生活態度で呼び出しを食らっているのを去年から目にしてきた。

 そんな二人が教室の真ん中で二人で話していたから、何を話していたのかは、お互い非常に気になった。


 二人が伊吹と結依の名前を並んで見るのは、職員室前に教科ごとの順位が張り出される、翌日の午後になってからだった。





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