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文化祭、三日目

 三高祭の三日目は市の文化ホールに場所を移して、一年生の合唱コンクールの優秀三クラスによる決勝戦、三年生の最多得票クラスの再演、それから演劇部や放送部、吹奏楽部に軽音部のコンサートなども目白押しだ。


 さて、合唱と演劇の披露が終わった頃には昼食の時間である。


「航希めっちゃツボッてたじゃん」

「……おもろかったじゃん」

「いや、確かに」


 航希の向う脛を蹴ってやりたい衝動をなんとか抑えて、伊吹は黙々と母親の手製弁当を咀嚼している。

 話題にされているのは昨日の体育館でも見たクラスの演目で、あの〈勇者〉軍団が登場するダンス劇である。

 二日連続の観劇であったが、隣が成瀬結依らでなく気兼ねなかったのもあって、今日の航希は声こそ抑えながらもずっと笑い続けていたのである。


「航希って結構ゲラよな」

「いや、普段はそうでもねえよ?」


 ちなみにこの昼食の集まりには潤哉と仲の良い吉村元気も参加している。

 陸上部の彼はクラスメイトで同じ陸上部の濱本ひよりと付き合い始めたこともあり、特に伊吹のことを気にしていなかった男子であった。

 昨日の調理室でも何の抵抗もなく話しかけてくれて、伊吹は結構嬉しかった。


「午後は……チア部あるか」


 ただ、彼にはどうやら気になることがあるらしい。

 チア部と言いながら視線がばっちり伊吹の方を向いていた。


「トリは吹部だろ?」

「放送部の編集動画はあるけど」

「あれ多分俺映るわ、撮られた」


 そうじゃねえんだよな、と顔に出る元気から伊吹は目を逸らす。


 三高祭の演目の中で毎年観客席を一番盛り上げるのは間違いなく、チア部の集大成となるパフォーマンスだった。

 伊吹も去年に一応は目にしていて、その演目自体には大した興味を持っていなかったけれど、皆がどこからともなくペンライトを持ち出した観客席の様子には驚かされた。

 三高祭の伝統になっているらしく、皆が曲間に部員の名を呼んで、パフォーマンス中にはリズムに合わせてペンライトを振っているのはテレビに映るアイドルのコンサート現場のようだった。


 さて、話が逸れた元気はもう気にすることなく尋ねてきた。


「千早と実際どうなの?」

「どう、とは」

「とはじゃねえのよ」


 永井千早とは小中の同級生であるため、元気は気兼ねなく呼び捨てする。


「聞くじゃん元気」

「潤哉知ってんの?」

「全然?」


 興味がないのかデリカシーなのか、一切尋ねてこなかった潤哉は航希の方をまず見て、彼が肩を竦めたのを見て伊吹に視線を向けた。

 観念して、伊吹が事実を述べる。


「何もないよ」

「あれでえ?」

「ほんとに。ね、水野」

「こいつマジヤバいから。ったい!」


 事情を知っている癖に昨日の出来事をまだ面白がっている航希の脛を今度こそ蹴った。

 むしゃむしゃと弁当のしなびたレタスを呑み込んだ潤哉が口を開く。


「普通に成瀬と付き合ってるかと」

「それは俺も思ってた」

「濱本とかみいちゃんとか何か言ってなかったの」

「ひよは寧ろなんもないと見てた」

「最近の結依ちゃんめっちゃ可愛くない? って」

「キモ、声真似」


 濱本ひよりの見立てが大正解である。

 なぜか弁解を求められた伊吹はまだ完食しきっていないが箸を置いた。


「何もないんだよね、ほんと」


 さて、そんな様子を窺っていたわけではなく、自分たちの少なめの昼食を終わらせてきたクラスメイト三人がテーブルに近づいていた。


「あれ、元気も居るじゃん」

「お、おお、千早」


 千早筆頭、「ながたにえん」の三人である。


「何の話してたん?」

「え、何もない話」

「何それ」


 今朝からステージメイクと髪のセットも既に済ませていて、あとはチア衣装への着替えだけという様子。

 三高チア部の彼女らにとっては今日こそが集大成でもある。


 だからか何か伊吹に絡んでくることも少なくて、直前の昨日もチア部のメンバーでの時間を重視していたようだった。


「頑張ってな」

「え、ありがと」


 部活動の終わりに先に辿り着く三人に声を掛けたのはサッカー部主将でもある水野航希。

 チア部副キャプテンの沙也加が意外という風に受け取って、千早と菜帆も微笑んでいる。


「ふぁいとー」

「ペンラはみいから貰った」

「準備が良いっすな!」


 元気と潤哉も続いたのに菜帆が親指を立てて、伊吹の番が回ってきた。


 察して、割り込むように千早が口を開いた。


「見ててね」


 真剣に、伊吹を見ていた。

 そうやって頼まれてしまうと伊吹は照れることもできなくて、微笑みを作りながら答えることになる。


「うん。見てる」


 それで用を果たしたらしく、ながたにえんの三人は「見てろよー」という捨て台詞で茶化して去っていく。

 冷やかすこともできず成り行きを見つめた後、航希がぼそりとこぼす。


「永井、強いわー」

「で、何も無いの?」

「……ないよー」


 潤哉に笑われて、伊吹は弁当をわざわざ手に持ってそのまま突っ伏した。

 彼らの関係というか、千早の考えというか、立ち居振る舞いを見ていた元気は気付いたことを口にする。


「まあ千早、チアは結構ガチっぽかったか」

「ぽいよな」

「意外っちゃ意外か」


 元気から聞けば中学の時はテニス部だったそうだが、全くやる気があるようには見えず、体育会系の部活であってもゆるゆるだったそうだ。

 それが高校のチア部では、熱くなりがちな沙也加と一緒になってダンス練習を重ねていたともいう。

 良い友人に出会ったからなのか、自分でそうしたいと思ったのか、男子たちでは判断も付きかねる。


 さて、昼の演目が進み、チア部の本番。


 アナウンスだけで大歓声が沸き、登場と同時にクラスメイト達は五人居るチア部へ熱い声を張り上げていた。

 こういう時きちんと波に乗れる潤哉は、サッカー部でも一番声がデカいと豪語する声量で周囲の笑いを誘う。


「いいの?」

「頼まれたわけじゃないし」


 千早は伊吹にそんなこと頼まなかった。


 彼女らのステージが始まって、静かにサイリウムを振って……永井千早を見つめる。

 一番背が高く、一番目立つけれど、センターに立つわけでもない。

 ステージから伊吹を見つけようとするわけでもなく、ステージの上で求められる満面の笑顔で踊り、観客の皆を部員全員で喜ばせようとしている。


 チア部の輪の中に溶け込もうとして溶け込んでいる姿。

 お世辞抜きで誰よりも美しい千早は埋没することを選んで、そこに居る。


 その姿は綺麗だな、と思った。


 その後一瞬の曲の切れ間、ずっと視線で追っていた彼女と目が合って、ふっと素の笑いを見せられてしまった。

 手を振るようにサイリウムを横に振っていたけれど、なんだか自分が見惚れていたのを指摘されたみたいで無性に恥ずかしかった。



 ****



 軽音楽部がギャンギャンと場を盛り上げ、吹奏楽部が軽音楽部や教員有志ともコラボして大団円を演出。

 最後に放送部が撮影、編集した総集編動画がスクリーンにて映し出されれば、幕引きである。


 閉会に際して一年生の合唱コンクール、二年生の模擬店、三年生のアトラクションの審査結果が発表される。


 伊吹たち二年二組のカフェが内装、メニュー、提供、接客の全部門で圧倒し、金賞に輝いた。

 男子も女子も一緒に爆発するような歓声が上がる。

 みんなよく頑張ったからだ。


「明日佳ーーー!!!!」

「マジで店長のおかげだったから!!」

「橋本さん! 表彰、俺じゃなくていいから! 代表者!!」


 その輪の中心にいたのは橋本明日佳。

 最初はモデルにした喫茶店が好きだからという小さな拘りと勉強への鬱屈から積極的に取り組むことにしただけの三高祭模擬店だったけれど、人の質問に答え、分からなければ一緒に考えていると、クラスの皆は指示を出せば答えてくれて、当日はくるくると働きながら上手く行くことを純粋に喜んでいた。

 昨日の帰り、本当に楽しかったと言って友人の前でちょっと泣いた


 それにご褒美のような金賞受賞が決まって、もう止めどなくなってしまう。


「前行けないー」

「橋ちゃんしかいないって!」


 彼女は市民ホールの自分の席から送り出されて、泣いているのに通り過ぎるのを律儀に申し訳なさそうにしながら伊吹の前も歩く。


「おめでとう、店長さん」

「進藤君もだよー、うぅ」


 伊吹は午前の内に彼女と彼女の友人グループと、お願いをされたので写真を撮っている。

 それを見た他の女子グループとも航希と一緒に居るタイミングで写真を撮った。

 昨日は航希にやってもらった髪のセットを、今日も見様見真似でやってきていて良かったと思ったのだ。


「走った甲斐あったわ」

「ね」


 楽しかったな、と思った。

 大はしゃぎしたわけではないけれど、輪の中で友達と一緒に楽しむことができた。

 去年から、いや半年前からもまったく考えられなかった景色だ。


 その三日間、隣にはずっと水野航希が居てくれたのである。

 クラスにも、サッカー部にも自分の友達が居るはずなのに。


「ありがとね、水野」

「ふっ」


 感謝を述べたら鼻で笑われた。

 照れ隠しだったらしいけれど。


「何もしてねえわ」


 差し出された右手に、伊吹も笑いながらハイタッチした。

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