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進藤伊吹の文化祭④

 店長の名札をした明日佳が莉央にはちょっと言いにくそうにしながら、それでも教室で起こっていた事情を教えてくれた。

 準備をするりと抜け出して明日佳と莉央の背後に歩いてきていた航希は怪訝な莉央の表情が予想通りらしく、引き笑いをかましてくれている。


「あいつマジでヤバいわ」

「……結構、笑いごとじゃないんだけど」

「いや、笑いごと。マジで」


 巻き込まれた明日佳は仕事に向かってしまいたかったが、それはそれとして、今クラスで一番ホットな話を彼らがしようとしているのが分かって、どうしても聞いていたかった。


 普段から成瀬結依を応援しているのが丸わかりの坂口莉央を、水野航希はよく笑えるものだとちょっとそわそわする。

 明日佳は今一緒にいる二人や、さっきの二人のような大物ではなく、基本的に小心者だ。


「全然、今日のことも忘れてないと思うし」

「ならもっと笑えないんだけど」

「そうじゃねえんよな」


 自分は分かっているという態度で一人笑っている航希の態度に、何の遠慮も無く眉を顰めていた。

 莉央の表情を改めて面白がってから、進藤伊吹に最も近付いた友人は言う。


「マジで別に、頼めば言ってくれるだけでしょ、あれ」

「え、進藤くん?」

「進藤。ほんと、マジで別に、永井とどうとか考えてないと思う」


 航希に尋ねたのは明日佳の方であり、莉央は航希の言葉にぴんと来てしまっていた。


 言われてみればそうだ。

 オープンキャンパスの時も、花火大会も、伊吹はこれまでも莉央の期待に応えるように言葉をくれていた。

 それが莉央に特別というわけじゃないことは分かっていたし、であれば千早も特別ではないかもしれないのだ。


 思い返してみれば、最近の伊吹に何か頼んだり誘ったりして断られたのは先に予定があったという花火大会の時くらいである。


「つーわけで、がんば。昼にだな」


 言いたいことだけ言って、彼は準備に戻って行った。


「……約束してるの?」


 そういう関係だったのか、と早とちりした顔だったので慌てて否定する。


「あ、うちじゃないよ? 結依と進藤君」

「へー。え?! あ、え、そういう感じなの?」

「そういう感じらしいねー」


 微妙に「そういう感じ」の認識が異なっていることには気付いたが、すぐに訂正をする必要まで感じなかった。

 いずれにせよ、進藤伊吹の難解な行動によって周囲に与えられた認識であることに変わりはなかったから。


 明日佳はビッグニュースを携えて仕事に向かっていった。

 今日の最初のシフトが軌道に乗ったら二日目にして初めての自由時間を迎えるが、怖いもの見たさで進藤伊吹と成瀬結依を探してしまうかもしれない自分が居る。


 結依が他のクラスメイトと話しているのを待って、考える。

 それにしても、助言によって読み解けたとしてどうしたものか。


 ちょっと考えて、少なくとも自分だけで判断はできないと判断した。


「お待たせー」

「作戦会議するよ!」

「? う、うん!」


 幸いにも時間はもう少しだけ与えられている。

 永井千早対策……というよりは、難解な進藤伊吹攻略のための作戦会議をさせてもらおう。



 ****



 シフトの最後に約束していた通り千早と写真を撮った時の、今日も一緒にどこかへ行かないかという申し出を言葉を濁しながら断ると、沙也加なんかは分かりやすく唖然としている様子だった。


 過去の自分の決断によるものであるので失望も甘んじて受け入れるところだが、流石にどこの誰と行くということはその場で言葉にできなかった。

 女子の情報はきっと早く、少なくとも今日の内には伝わるだろうから、その時に考える。


「ほんと、マジでおもしろい」

「もうどうぞ笑ってください」


 笑いを堪えきれておらず、それとなく沙也加らの方から顔を逸らしていた航希を回収して、待ち合わせのための連絡を送る。


 すぐに返信が来て、今は三年生がステージをする体育館に居るとのことだった。

 次も面白そうだからと、二人分の席も空けてくれているそうだ。


「ナイスタイミング」

「お疲れ様、進藤君、水野君」


 今朝もあまり化粧気のなかった結依がしっかりと化粧をしていることには、男子二人ともすぐ気が付いた。

 髪のリボンのアレンジメントも、千早ほどゴテゴテしていないが編み込み含めてしっかりと。


 それでも上品に見えるのは流石優等生と、プロデューサーがなかなかの腕前なのだろう。

 航希が、結依に合わせた髪に変えている莉央の方を見ると、ちょっと鼻を鳴らしていた。


「可愛いっしょ」

「聞かれてますよ」


 意図をもって回されてきたパスを簡単に捌くのは、サッカー部の航希の十八番だ。


「……うん。可愛い。リボン似合うね、成瀬さん」


 教室のド真ん中でなくても、同じ言葉を貰えればそれで十分。

 莉央は人の髪をあまり触らないから時間がかかってしまったけれど、可憐で純真な成瀬結依によく似合うように、ディテールまで満足いくまで拘らせてもらった。


「へへ、ありがとう」


 莉央が髪を整えながら話す伊吹の習性も聞いていたから、結依も今日はちょっと期待していた。

 やっぱり耳まで赤くなってしまうけれど、面食らって動けなくなるわけでなく、ちゃんとすぐにお礼が言える。


「坂口さんも」

「まーね。座んなよ」


 しかしこの男は面と向かうと本当に気が利くものだと、顔を綻ばせる結依を愛でて満足していた莉央は顔にこそ出ないが、照れ隠しに二人を席に促す。


「あ、そうだ。始まる前に写真撮っちゃお」

「いい?」


 小柄な結依と、そこそこに身長のある伊吹だから、座っても勝手に目線の高さに差が付く。

 長いまつ毛の上がキラキラしている彼女の目に合わせるよう頷いて、伊吹は右隣りの航希へ。


「いい?」

「おう」


 莉央の構えるカメラで、椅子に座った四人が一枚の写真の中に。


「これ挙げちゃってもいい?」

「別に」

「うん」


 女子の撮った写真は基本的にSNSに上げられるものだと思っている二人は快諾する。


「私も、いいかな?」

「問題ないでーす」

「成瀬さん、投稿、するんだ」

「してみよっかなって」


 これまで伊吹とは無投稿仲間だったのでそのあたりの変化には敏感だ。

 このあたりの機微をどうも分かっているらしい莉央が問いかけてくる。

 

「進藤くんも上げてくれていいんだよ?」

「うーん、どうしよっかな」


 そうは言っても、この文化祭の間に撮った写真を思い出せば、纏めても一つを選んでも角が立つだろう。

 永井千早らか、成瀬結依らか、どちらかとしか撮っていない。

 航希がまたしても笑いかけているところで暗転が始まって、三年生のステージが始まる。


 笑いが中心のコメディステージだったが、物語の軸はラブストーリー。

 ヒーロー役の女子の先輩とヒロイン役ではない別の男子の先輩が本当にお付き合いしていることをいじられたり、フィナーレには本当に付き合っている別のキャストの男女が熱烈なハグをして誰かの指笛が鳴らされていたりと、文化祭らしさ全開の内容だった。


「凄かったね」

「めっちゃ盛りがってた」


 四人はそれぞれに笑いどころを見つけていたが、全体には面白いとは誰も言わず、それでもやり切った先輩方を褒め称え、次のクラスのステージを待つ。


 次のクラスのステージはやはりコント仕立てのアクションにダンスが加えられるこれまた文化祭らしい演目であったのだが……


「うわ、すご」

「〈勇者〉……?」

「だねー」


 途中で現れたのは六人の黒いジャージを着た演者。

 五人はフルフェイス、一人は通学用ヘルメット。

 体型も様々で、大柄な男子もいれば、明らかに女性らしい小柄な〈勇者〉も居る。


 RPG風勇者の姿をした主人公が、敵役として現れた〈勇者〉軍団の様子に丁寧なツッコミを入れていって、いざ決着というところで彼らの息の合ったダンスが始まった。


 先の演者達のちょっとふざけたダンスとは一線を画す、本気で練習をしたのが一目でわかるダンスに体育館は熱狂し、喝采を浴びた〈勇者〉軍団は特に主人公を倒しにかかることもなく満足そうに退散していった。


 右隣で今日一番の笑いを何とか堪えてくれている水野航希のことを、進藤伊吹は完全に無視した。


 彼らはフィナーレで再び登場し、先ほど以上を思わせる練度のダンスを披露して、もはや主役の座を掻っ攫っている。

 最初から最後まで通学用ヘルメット〈勇者〉以外はセリフが一切なかったため、練習期間はひたすらダンスに力を入れたのだろう。


「めっちゃ面白くなかった?」

「めちゃくちゃおもしろかったわ」


 伊吹は危うく右肘で小突きそうになったが、これも余計な詮索をされないために自制した。


 今更、自分の選んだ珍妙な格好が誰かにいじられるのは慣れているのだけれど、面と向かって面白がられるとどう反応したものか。


 時間の都合もあるのでもう一つのステージを前に中座し、昨日にどういう模擬店を回ったか改めて話しつつ、四人は縁日の模擬店へ。

 先に別の女子のクラスメイトらがいて、伊吹と航希が、莉央と結依と来ていることを二度見していた。

 あと、そもそもの運営が同級生たちだから、邪推や早合点しているようなのもちらほら。


 結依も、伊吹も、航希も莉央もそれを知らんぷりできる胆力を持っていたので、一旦気にしないままにした。


 ここの模擬店は二から六人のチームで四つのレクリエーションをクリアしてスコアを競う仕様となっており、四人でエントリーする。


 スーパーボール掬い、輪投げ、射的、それからモグラ叩きだそうだ。


「結構得意かも」

「俺も割と」


 最初のスーパーボール掬いは伊吹と結依が二人で参加。

 並んでしゃがむ姿を莉央が動画に撮ってご満悦だ。

 二人とも言うだけあって結構なハイスコアを獲得し、二人の勝負には結依が勝利していた。


「負けたー」

「私の勝ち」


 破れたポイから目を覗いておどける伊吹がちょっと可愛らしく、結依が長女らしくふふんと笑う。

 去年、弟の陸とお祭りに行ったときねだられて取った金魚も家で世話をしているのだ。


 続いての輪投げには女子二人で挑戦。

 二人のリングがぶつかって偶然にも一番高いスコアが取れて、両手を合わせてきゃっきゃと喜ぶ。

 終わったあとは見守っていただけの男子陣にも莉央からハイタッチを求め、二人ともが二人に対して応えている。


 続いての輪ゴム鉄砲の射的には莉央と航希。

 二人ともここはまずまずのスコアであったが、二人の競争で勝った航希が無言でガッツポーズを掲げた。

 水野航希は、そもそもの気質として負けず嫌いなのである。


「わーん、負けたー」

「莉央ちゃんも上手だったよ」


 さて、最後の一つはモグラ叩きである。


「ガチってよ、進藤」

「えー」

「いいっしょ別に、こんくらい」

「水野どうすんの?」

「腕組んどいていい?」


 係員に尋ねつつ、自分に渡されたピコピコハンマーを本当に伊吹に渡した航希が本当に腕を組んだ状態でスタートする。


 モグラ叩きの中の係員たちは一人になっているからと手を抜かず、二人用の設定から速度も変えずモグラのパペットを嵌めた手を出した。

 両手のピコピコハンマーが迷いなく二連撃。


 二連撃、四連撃、四連撃、二連撃。


 頼まれたら断れない伊吹である。

 別にガチのガチというわけではなく、ある程度余裕だったのでそれぞれに加減しながら打ち込んでいく。


「え、すご」

「わ、一回で」


 ハンマーの向きを変えて二つを同時に撫でる技や、即座に切り返して両面で叩く小技のようなものも披露してピコンピコンと音を鳴らしていく。

 モグラ叩き自体人生初挑戦だが、なるほど、得意であると自覚した。


 台の裏側は四人がかりらしく、最大八連撃まで求められたためパーフェクトは取らなかったが、見事に一人で本日のベストスコアを叩き出していた。

 圧巻のパフォーマンスを成し遂げた伊吹は周りの拍手に合わせて小さく、お粗末様でしたと二つのピコピコハンマーを叩き合わせている。


「めっちゃ良い感じに撮れた」

「いつの間に」


 途中から動画を回していた航希がポケットにスマホをしまっている。


「超凄かった」

「進藤君、こういうの得意なんだね?」


 何十という敵の急所を瞬時に見抜いて突いていく必要のあった伊吹からしたら、パーフェクトもやろうと思えば狙えたが、テクニックでカバーするような速さではなくなるので差し控えている。

 最後に、四人で暫定チャンピオンの王冠を被り、渡した莉央のスマホで写真撮影をしてもらう。

 やはりここでも莉央、結依、伊吹、航希の並び順で。


 楽しかったね、と外に出たタイミングが示し合わされたようなもので、廊下で見事に鉢合わせた。


「あ」

「あ」

「あ」

「あ」


「ながたにえん」の三人だけでない、チア部様御一行である。

 花火大会の時から一人だけメンバーが増えているのは分かった。


 どうすんだよと航希が弱くふくらはぎを蹴ってくるのを、伊吹は甘んじて受け入れた。


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