〈勇者〉と賑やかな夏祭り
何話か書けたので、更新です。
前話までもいくらか改稿しています。
「背え伸びすぎだろ、伊吹!」
「マジでめっちゃ伸びた」
「髪も伸ばしてさー」
「なんかチャラいわ。何センチ?」
「百七六。そろそろ止まると思うけど」
「うわ、縮め」
「誠、伸びた?」
「黙らっしゃい」
ゴールデンウィークの総体でも会った北高サッカー部の倉田北斗と中川昂大の二人に加えて、工業高校で野球をやっている大野誠の男四人で花火を見に行くことになった。四人とも、中学三年生の時のクラスメイトということになる。
彼らの通っていた中学は地元の公立。最寄り駅が同じだから待ち合わせて同じ電車に乗る。会場へ向かう道中だから、浴衣姿の女子中高生も少なくない。話している間も誠が目移りしているのがよく分かった。
今日の花火見物の発起人は誠だった。
高校で仲のいい相手が皆、バイトや彼女、部活を理由に集まりそうになく、そのことを部活帰りの電車で会った北斗と昂大に愚痴っていたそうだ。東京に行っていた伊吹にはその場で北斗から「暇だろ?」とメッセージが来ていた。
「高二の夏で全員彼女なしはヤバいって」
恋愛に一番積極的なのもずっと誠だ。
中学の時も四人くらい彼女が居て、毎回あまり長続きしないけれど、円満に別れるのがいつものことだった。
「何二人とも振られてんだよ」
突っ込んだのは北斗。
彼は中学三年時の失恋を未だに引きずっていて、高校では彼女を作っていない。
初耳だったのは伊吹だ。
「え、昂大も彼女居たの?」
誠のことは北斗から聞いていたけれど、昂大のことは特に北斗とも話していなかった。
「春まではねー」
「えー、会った時言えよー」
「聞かれなかったし」
ショックが大きくて、ついつい深入りしてしまう。
というのも、昂大とはクラスでも部活でも、生まれてこの方彼女が居ないことに対する弄りを二人一緒に受けていたのだ。
それで、周りから色々聞かれて、気になると口にした女子が被ったり、その後その女子が本当にすぐにバスケ部の男子と付き合ったりして、仲間意識は大きかった。
「どんな子?」
「なんでだよ」
「こいつ結構ガチ泣きしてたからね振られた時」
「北斗、おい」
「えー、昂大、えー」
そのことを伊吹は、中学の時の友人と中学の時のように話して、ようやく思い出していた。
他にも、小学校の初恋のこと。中学に入ってから周りの空気に当てられて告白なんかしてみて振られたこと。クラスの何とも思っていなかった女子に告白されて、断ってしまったこと。
伊吹の中学生活は、思い出してみればありきたりだった。
本当にごく普通の中学生だったのである。
「……てか、伊吹普通にモテそうじゃん」
「え」
じっと顔を見られて、昂大に言われる。
「チャラいし。校則緩いの羨ましいわー」
「いや、別にチャラくは」
工業高校に女子が少ないことを嘆いている誠にも追随される。
誠の高校が校則で眉にかかる長い前髪やツーブロックが未だに禁止されている、というのは中学の時から聞いていた。彼は野球部だから、校則関係なく坊主だけれど。
「モテてんの?」
伊吹は嘘をついた。
「何もないから、分かんねえよ」
何もない、というのは嘘だ。
「学校で、結構浮いてるし」
口の中の苦みを和らげるように、本当のことを言った。
「え、そなの?」
「バカだから?」
「最近は結構マシですー」
夏の前には学年順位の半分くらいのところまで急浮上しているのだ。三者面談でもよく褒められて、担任の馬場と母の真由美が色々盛り上がっていて恥ずかしかった。
「実際、三高ってキャラではない」
「それはそう」
「おい。誠が工業ド真ん中なだけだろ」
「あんなとこの代表したくねえ……!」
話が逸れたので、嘘をついた意味はあった。
ここまで頭の中に思い浮かんだ顔が、二つか、三つか。あと、先日届いた誘いのメッセージと。
それからは、彼女らも多分会場に居ることに頭の半分くらいで思いを巡らせながら、話の上手い誠のエピソードトークを聞いていた。お笑いが好きで、面白いやつなのだ。彼にすぐに彼女ができるのは、伊吹も納得している。
****
進藤伊吹は〈勇者〉である。そして、〈勇者〉であった。
どういうことかと言えば、現代日本で一年間〈勇者〉としてダンジョン被害拡大阻止に尽力する以前は、異世界でも〈勇者〉として三年と少しの間を全うしていた。
始めこそ伊吹は突然与えられた力に戸惑う少年であったけれど、ぐずぐずと言っていられない戦況を目の当たりにした。ひと月も経たぬうちに迎えた初陣。その勝利。勝利。勝利。そうして、人間社会存亡の危機を照らす光として集めた尊敬。
大勢の前では中身が子どもだとバレるから黙っていろと補佐役としてあてがわれた無二の友人……ピオに言われていたし、実際に彼に匿われていたのだけれど、戦勝の宴にはやはり欠かせず、毎回参加していた。
助けた村、助けた街、助けた国……そして世界。
〈勇者〉は異世界で多くの好意に晒されていた。
最初こそひどく浮かれたけれど、何でもない中学生だった進藤伊吹の身には余るもので自分への好意なのか疑うようにもなって、それは最後まで拭えなかった。
それから、ピオから想定されるリスクの話をされて肝を冷やし、本当に騙されかけた時にはピオが軍の一隊まで率いて伊吹を回収しに来たこともあるのだけど。
伊吹が女性不信に陥りかけたのは、伊吹を騙したことが露見した女性が態度を豹変させたその時だ。一年ほど時折顔を合わせていた純朴そうな彼女が魔王の信奉者に唆された小国の女スパイだったとか、当時の伊吹には慮外のことだった。
ちなみに、伊吹の貞潔を保ったまま元の世界へ送り出したピオには出会った当時から可愛い可愛い年下の許嫁が居て、羨ましいことこの上なかったのだけれど……三年間見せられ続けた二人の純粋な愛が眩しくて、最後には眩しすぎて、妬みも何もなくなっていた。
戦いが終わり、神国へ帰還した日。水色だった髪をほとんど真っ白にしたピオを見た彼女……レタリネフィア嬢が大粒の涙を流しながら、それでも笑顔と共に抱きしめた姿をきっと一生忘れることはない。ピオも、伊吹も、その場に居た誰もが涙を流すような光景だったから。
伊吹は異なる空の下に居る二人が、今はゆっくりと幸せに過ごしてくれていることを、その光景を思い出す度に祈っている。
さて、そんな三年間は伊吹の価値観を大きく塗り替えていた。
人から向けられる視線が本当に好意的なのかどうかを疑う癖もついてしまったし、世界を守る〈勇者〉としての博愛のような意識も培われ、その見返りに得られる好意を近づけまいとするようにもなった。
それに加えてピオだけでなく、お守りを渡してくれた思い人や家族を語る兵たちにも、極限の愛の形を見せられている。
その美しい愛も最初はきっと、伊吹の学校生活と変わらぬ彼らの日常の中で育まれたのだろうけれど、今の伊吹が積み上げていくのを全く想像ができない。
そんなこんなで進藤伊吹は、異世界から帰還し、日本での〈勇者〉の責務から解放されても、人からの好意を簡単に受け入れられない面倒くさい男子高校生になり果てていたのである。
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とはいえ、真正面から向けられる好意から目を背けられるわけでもない。
伊吹をどうにかしたいという偏った恋情ともまた違うならば尚更。
出店屋台の往来で、向こう側から見知った顔が三つと、なんとなく見覚えのある顔が二つ。
見知った顔は「ながたにえん」の三人である。あと二人は他クラスのチア部員のはず。
谷口沙也加が一番に伊吹を見つけ、ぶんぶんと手を振ってきたので無視するわけにもいかなかった。
五人揃って艶やかな浴衣姿の三高チア部に見惚れる誠たちに苦笑いしながら、伊吹は足を止めた。
「進藤じゃん!」
「私服いぶきち、良いじゃーん」
「……ありがと。みんな似合ってるね」
「え、嬉しい。ありがと」
最後に伊吹の目を見て礼を言う永井千早は、いつもさらりと伸ばした背中まである髪を巻き上げている。
居心地の悪さにあまり直視していられなくて、困った笑顔を浮かべて、他の二人に逃げ道を求めた。
「えっと、チア部の」
「あ、ども」
「去年同じクラスだったけど、覚えてる?」
「……ごめん」
「進藤サイテー」
ツンとした感じの顔は確かに記憶にあるのだけれど、名前はまったく憶えていなかった。沙也加からの詰りも甘んじて受け入れるほかない。
「渡部」
「りさ!」
「渡部さん」
「小清水でーす」
「ののは!」
「小清水さん」
沙也加が名前を付け加えてくれて、渡部梨沙と小清水乃々芭の顔と名前を覚える。
一年生の時は本当に覚える余裕がなかっただけで、元は苦手ということはないのだ。
「後ろ、中学の子?」
「あ、うん」
別に紹介するわけでもないまま伊吹が頷くと、固まって様子を窺っている三人に向かって、千早が愛想のいい笑顔で手を振った。これは絶対後で面倒臭い。
「友達居たんだ」
「ちは、ひど」
「えー、だって」
けらけら笑っている千早の言い方は嫌なものではなかった。伊吹に友人がいないことは多分、学年でも有名だ。自意識過剰でもなく、伊吹の異常な遅刻、早退は目立っていたと思う。
「中学の時は、結構普通だったから」
「今は?」
「……浮いてたし」
「自覚あったんかい」
菜帆のツッコミに千早も沙也加だけでなく梨沙と乃々芭も笑うものだから、伊吹も口元を抑えて笑う。
「最近は、ちょっとマシかな」
「お、素晴らしい」
「良いことっすなあ」
ながたにえんの三人が拍手してくれるのが、おふざけであっても照れ臭い。マシなのは、伊吹のノリが悪くても積極的に話しかけてくれる彼女たちのおかげでもあった。そこに何か意図が見え隠れしても、悪意でもないのならば、事実は変わらない。
「ねね、写真撮ろうよ」
ありがたいと思っているのが見透かされたのか、口端を上げた永井千早に誘われると、伊吹は戸惑うことなく頷いた。
「うち撮るねー」
「え、うちらも入んの?」
「ほいほい、入って入って」
伊吹、千早、梨沙、乃々芭、沙也加、菜帆の順番に並んで、シャッターが何枚か切られる。
「ピースピース~」
「ハートにしよ。きゅん」
「え、進藤くんやってよ」
「……やだよ」
途中で千早が半歩、距離感を詰めていた。
撮り終わり、わざとらしく伊吹の目を見て、いたずらを成功させたように笑ってから尋ねてくる。
「莉央と結依ちゃんには会った?」
「? ううん」
「そっか! 多分どっかいるよ!」
「……そう」
莉央はこの花火大会にわざわざ誘ってくれた。メッセージではクラスの子たち、と言っていたけれど、そこに成瀬結依が居るのは明白だったし、他のメンバーが居るなら今ここに居る三人だろうと予想はついていた。彼女ら以外の女子とは、挨拶さえ交わしたことがない。それに、わざわざ他の男子が誘われることもないはずだ。
結局、伊吹が断ったことで、結依と莉央の二人は二人で参加しているようだ。伊吹が居ないのなら彼女ら五人で行くことがないという女子の仲の複雑さに微笑んでいると、ひょこりと菜帆が顔をのぞかせる。
「浴衣じゃなくて残念だったよん」
「会ったんだ」
「おうよ。あ、やば、順番」
出店待ちの列が動いて、彼女らが順に手を振る。写真は後で送ってくれるらしい。
伊吹も軽く手を振って返した。
振り返りたくないな、とちょっと思った。別に、彼女らに見惚れていたいというわけでなく。
「……えー、お待たせしました」
「はい、集合」
誠が低い声を作っていた。
「集まってる集まってる」
「集合っすね」
「流石に、集合」
「集まってるから」
当然ながら、味方はいなかった。
時刻は18時半の少し前。空も明るくて、花火大会はまだ始まったばかりなのを如実に伝えている。
ありがとうございました。