1つ目の欠片
僕がリーザさんに拾われてから早くも5年が経った。僕は11歳になった。ちなみに未だに何も思い出せていない。
そんなある日、リビングで本を読んでいるとリーザさんからこんな話があった。
「あなたは今11歳よね?なら再来年には学園に通える歳になるわね」
「学園ですか?」
「えぇ、行って損は無いと思うしどうかしら?」
僕は少し迷ったけど、損がないと言うのなら行ってもいいかなと思った。
「まぁ、良いですけど」
「なら良かったわ」
僕はリーザさんに勉強を教えて貰ったこともあってそこそこのことはもう出来るようになっていたが、行く意味はあるんだろうか?
そんな考えが顔に出ていたのかは知らないけど、リーザさんは
「私の教えたことだけじゃなくて、学園の友達と考えることも大事な経験になるわよ」
と言った。
そこで玄関のドアがノックされた。
「ちょっと行ってきてくれないかしら」
「わかりました」
ドアを開けるとそこにはボロボロになった兵士がいた。
「え!?どうたんですか!?」
その兵士はよく見てみると左腕の肘から先が無くなっているし、鎧なんかも所々砕けていた。
玄関先で騒がしくしていたからか、リビングからリーザさんが来た。
「どうしたの?そんなに大きな声を出して」
リーザさんは僕と兵士の両方を見て大体の事情が分かったのか話を進めた。
「まずはあなたの腕が先決ね」
そう言ってリーザさんは兵士の腕に手をかざして、治癒魔術を使った。
すると兵士の腕から流れていた血は止まった。
「申し訳ないけど、私にはこれぐらいしか出来ないわ」
「いえ、これで十分です。それよりリーザ様、力を貸していただきたい」
兵士はリーザさんに頼み込むように頭を下げた。
「話は聞くわ」
「ありがとうございます。実はここ最近、魔の森の魔物共が強さを増してきたのです。その調査をすべく我ら騎士団が向かったのですが、謎の魔物に襲われ部隊は壊滅、生き残りは私を含めたった数人となりました」
「そう、わかったわ力を貸すわ。元とは言え私の部下だもの見過ごせはしないわ」
「本当にありがとうございます」
僕はとんとんと話が進んでいくのを傍らでぼーっとしながら見ていた。
するとリーザさんに小突かれて言われた。
「なに呆けてるのよ、あなたも行くのよ」
「え?僕関係なくないですか?」
「私の弟子なら私の言うこと聞きなさい」
こうなったリーザさんはもうとめられやしないので僕は諦めてついて行くことにした。
魔の森につくと入る前からなにかすごいイヤな感じがした。
それはリーザさんも同じだったようで顔を顰めている。
だけど僕は嫌な感じとともに何故か懐かしいと思った。何故かは分からない。
「気を引き締めなさい。下手したら死ぬわよ」
いつになく真剣な顔でリーザさんは言った。
「わかりました」
僕も死にたくはないので気を引き締めて森へ入っていった。
森の中はあの頃よりも暗く、禍々しいと感じた。多分例の謎の魔物のせいだろう。
「待って、何か聞こえるわ」
耳をすませてみると草をかきわけるような音がした。
音がした方を見てみるとそこには、血だらけになった兵士がいた。話にあった生き残りだろう。
次の瞬間、兵士の頭が飛んだ。
「なに!?」
「落ち着きなさい、来るわよ」
姿を現したのは、竜のような獣のようなよく分からないものだった。
ただ、その皮膚は光さえ飲み込んでしまいそうなほど黒かった。
「見たことない魔物ね。嫌な感じの正体はコイツだったのね」
リーザさんは至って普通に謎の魔物に相対していた。
けど僕は違った。とてつもない絶望感が全身を襲って身動きが取れなかった。息が荒くなった。涙が止まらなかった。
その異変にリーザさんは気づいたようだ。
「どうしたの!?」
リーザさんからしたらコイツはそこらの魔物より強かったとしても勝てない相手ではないのだろう。
実際そうかもしれない、元とはいえ魔術騎士団の団長だったのだ、倒せない訳がない。
僕もそんな人に育てられたんだ、勝てはしないだろうが死ぬようなことも無い。
なのに何故か恐怖が消えない。
僕はどうしようもなくなってその場に蹲ってしまった。
戦いが始まってからどれくらいの時間が立っただろうか。予想外な事にリーザさんは若干押されていた。もしかしたら僕が邪魔になっているのかもしれない。そう思ったのだが
「くっ!なんなのよコイツ、魔術が全然効かないじゃない」
効いてないわけではないだろう、実際魔物の体にはリーザさんがつけたであろう傷が少数あった。
ただ、想像を絶する程に魔術への耐性があるのだろう。
「ほんとになんなのよ、あの子は急に怯え出すしコイツは耐性がありすぎるし、一体なんなのよ」
リーザさんは余裕そうに愚痴ってはいるが実際はジリ貧なようでもう打つ手がないらしい。
とうとうリーザさんは魔物に押し負けてしまい殴り飛ばされてしまった。
魔物はそのままリーザさんにトドメをさすかとおもったが、何故か僕の方へ来た。
「や、やめて。来ないで。嫌だ、嫌だよ」
足に力が入らず後ずさることもできない。
そこで魔物と目が合った。
全てを吸い込むような黒い瞳。
そこである映像が頭を過ぎった。
それは、巨大な黒い龍が村を破壊している光景。
僕が大好きな◻◼◻◼の村を破壊している光景。
そして、それを何も出来ずにただ眺めている僕。
僕は叫んでいた。ただひたすらに叫んでいた。何も考えず、考えられずただ声の出る限り叫んでいた。
すると魔物は僕に近づかなくなった。よく見るとその右足が無くなっている。
その瞬間僕はある事を思い出した。
まずは名前。そして、ある1つの魔術。
何が起きたのかは分からない。けれど、何かが起こったのは確か。
魔物があの子の所へ向かって、あの子が叫びだした瞬間に魔物の足が消えてなくなった。
まさに消滅したかのように。
「どういうことなの」
私は理解が出来なかった。
けれど、あの子はもう怯えていない。それだけで何とかなりそうな気がした。
僕は思い出した僕の名前を頭の中で反芻した。
心があたたかくなるのを感じた。もう大丈夫、あの魔物にも対抗出来る。
「僕は、お前を倒すよ」
決意のこもった目で魔物を見る。
そして、思い出した1つの魔術を行使する。
「黒魔・破滅の章 第二項 消」
すると、魔物の上半身が全て消えた。
そして残った下半身も次第に塵のように消えていった。
そこで僕は、気を失った。
「僕は、お前を倒すよ」
その言葉を聞いた時私はゾッとした。
本当にあれは先程怯えていたあの子なのだろうか。逞しくなったどころではない。
だが、それはまだほんの序章にすぎなかった。
「黒魔・破滅の章 第二項 消」
そう言ってあの子が手をかざしたその瞬間に魔物の上半身は消し飛んだ。
その事実に驚愕しているとあの子は気を失ったのか倒れてしまった。
そばにかけよって様子を見ても普段と何ら変わりなかった。
何が起こったのかは分からないままだったが、ひとつ決意したことがある。
この子が起きたら、みっちり話を聞こう。