不思議の少女 ノノ
「くそっ······!くそっ······!!」
そう喚きながらベッドの枕を壁に投げつける。ぼふっという音が響き、枕がずり落ちる。しかしその程度で怒りが収まるはずもなく、俺はぎりぎりと歯ぎしりをする。
「シンの野郎······許さねぇ······」
俺は、自ら追放したシンに対して憎言を呟く。約立たずの癖に、あいつについて行ったマノンとスタリカの顔が頭に浮かぶ。その表情は絶対零度の嫌悪に染まっている。
「俺のマノンを······俺のスタリカを······!」
俺は腰掛けていたベッドから立ち上がり、剣を携えて部屋を出た。大股に地を踏み女将の静止の声も聞かず、《青の羽根宿》を出た。
「見つけたら······ぶっ殺してやる!」
そうして、まだこの街にいるであろうシンを探し始めた。
「ねえシン様!あのお店に行きたいです!」
「分かったから服を引っ張るな」
「マノンもシンも相変わらずですね······」
俺達はあの後、宣言通り街観光をしていた。良い時間だったのか、丁度良いタイミングで周りのお店が支度を済ませ、開店し始めていた。
ずっとこんな調子で楽しそうなマノンに振り回されながらも、俺もスタリカも何だかんだ楽しんでいた。先程寄ったお店で買った《グリフォン肉》を食べ終え、行き着く間もなくマノンが洋服店に入って行った。
見るからに女性用下着などが売ってあるお店だったので、二人が買い物を終える間、俺は店の外で待っていることにした。
ちなみにお金だが、彼女達が俺の分まで払ってくれている。俺はほとんど無一文だし、有難いことこの上ないのだが、やはり後ろめたい部分はある。今度何かお礼をしよう。
そう思いながらぼんやりと道端を眺めていると、道のど真ん中で人だかりが出来ていた。何だろうと近づいてみると、一定の距離を取って傍観している人々達の輪の中に、二人の人間がいた。
一人は赤く腫れた頬を押さえながら睨みを効かせている赤髪の少女。もう一人はその少女を苛立ちの目で見下ろしている装飾過多とも思える無毛の男性。
その状況を見るに、男性──恐らく貴族などの高い身分の──が少女の頬を殴ったものと思われる。何があったのだろうかと思っていると、男性の方が唐突に叫んだ。
「貴様······この僕ちんに逆らっていいと思ってるのか!」
「······ぺっ」
少女がもちろんと言わんばかりに、唾を男の前に吐き捨てる。それを見て男が憤慨を露わにする。
「き······きさまぁぁっ!」
「うるさい。黙って豚公爵」
彼女がそう言った瞬間、俺はこれがどういう状況なのか完全に理解した。大方、あの豚公爵と呼ばれた男が少女にナンパでも仕掛け、断られて逆ギレしたみたいな感じだろう。
というかビジュアルの差がえげつない。穴という穴から液体を垂れ流している豚公爵と、凛として佇んでいる少女では、皆がどちら側につきたいと思うのかは一目瞭然だ。
周りの観衆も、好機の視線を段々と豚公爵への侮蔑を含んだ視線に変えていく。その視線に気づいたのか、豚公爵は喚くのをやめて顔を青ざめながら足早にその場を去っていった。
一悶着が過ぎ、人垣が崩れていく中、先程の少女がじっとこちらを見ていた。ふとそちらを見ると、彼女と目が合う。何だろうと思っていると、急にトンと肩が叩かれた。
「シン様!おっ待たせー!······ってどうしたの?」
「いや······まあちょっと気になることがあっただけだ」
「そう?何かあったら私達に遠慮せずに言ってね」
「ああ。ありがとう」
気を遣ってくれる彼女達にお礼を言い、俺達は一度《赤の鱗亭》に戻った。ちらりと後ろを見ると、少女の姿はもうそこにはなかった────。
《赤の鱗亭》の自室に荷物を置いた俺達は、丁度お昼頃だったので宿で昼食を取った。その後、観光を続けるらしい二人と別れ、俺は依頼探しの為に冒険者ギルド向かった。
ギルドに到着して扉を開き中に入る。朝に来た時とは違い、既に沢山の冒険者で溢れ返っていた。その中を掻き分けながら俺は依頼掲示板へ向かい、何か手頃なものが無いか探した。
そうして俺がそこに立っていると、服の裾をくいくいっと引っ張られる感覚があった。そちらの方を見ると、先程の少女が俺を見上げていた。そして俺と目を合わせながら言う。
「私とパーティーを組まない?」
「······はい?」
唐突にそんな事を言い出すので、俺は思わず聞き返してしまった。特に怒っている様子もないので、彼女に質問を返す。
「なんでまた急に?······しかもなんで俺?」
「あなたが《戦火の誓い》にいた時、助けてくれた。あなたなら信頼を預けられる」
「俺が君になんかしたのか?覚えてないんだけど······」
「君じゃない。ノノって呼んで」
「じゃあ······ノノ。なんで俺なんだ?」
「なんでってどういうこと」
話していて思ったが、こいつスタリカ以上に鉄仮面だな。言葉に感情が読み取れない。まあ人間ではあるだろうが。
「俺は今はFランクだ。俺なんかと組んでも何も得なんてないぞ」
「大丈夫。私もFランクだから」
「Fランクのくせして貴族に唾吐くとか心臓太すぎだろ······」
「やっぱ見てたんだ。それで、組んでくれるの。くれないの」
彼女がより体を近づけて聞いてくる。美少女特有の良い香りが俺の鼻をくすぐるが、なんとか平静を保って言った。
「俺は当分ソロでやるつもりなんだ。だから無理だ」
「なんでソロに拘るの?パーティーの方が安全」
「まあ······それは······」
ここで、過去に追放された事があるからなんて言っても彼女に理解してはもらえないだろう。そう思って、渋々ながらも俺はノノに交換条件を出した。
「じゃあこうしよう。今日一日臨時でパーティーを組んで、良い感じだったら考えるよ」
「考えるじゃなくて、組んで」
「······そこまで?」
「そこまで」
「······分かったよ。とにかくまずは依頼を探そう」
「それには賛成」
初めて彼女と意見が一致したような気がする。そんなどうでもいいことを考えながら俺達は依頼を探すこと数十分、結局《オーク討伐》というFランクの依頼を受注した。
そうして俺はノノと臨時のパーティーを組んで、《始まりの平原》に向かった────。
グラノ君は近いうちにまた出ると思います。
色々とあやふやで申し訳ないですm(_ _)m