これから
「スタリカ······ってうおっ!?」
俺が彼女の名前を呟くと、こっちに走ってきたスタリカが突然抱き着いてきた。腕を背中に回し、離さまいと抱きしめてくる。
彼女のフローラルな香りと押し付けてくる胸が俺の理性を刺激し、体が熱くなるが、何とか自制して彼女に言う。
「なあ······スタリカ」
「何ですか?」
「とりあえず······移動しない?」
「······あっ」
周りから好奇の視線を向けられてようやく状況を理解したのか、急に彼女の頬が赤く染まる。そして即座に俺から離れ何事も無かったかのように振る舞う。そんな彼女の切り替えの早さに、俺は苦笑いした。
「そう言えば、マノンはいないのか?」
「彼女なら······あ、いましたよ」
「ん?どこだ?」
「あそこです。ほら」
そう言って彼女が指差した方向を見ると、全力疾走でこちらに走ってくるマノンの姿が見えた。俺が慌てる暇もなく彼女がジャンプしてそのまま抱き着いてくる。
余りの勢いに思わず俺は背中から倒れ込んでしまった。辺りに砂埃が舞い、背中に走る痛みを感じながら俺が目を開けると、マノンは赤面しながら頬擦りをしていた。
「は〜〜······シン様の香りがすりゅ〜〜······」
「おい。何やってんだマノン」
「はえ?」
そう呼ばれて顔を上げた彼女と目が合う。その目はとろんとしていて、熱を孕んでいるようだった。そして顔をだらけさせてそのまま唇を近づけてくる。
「ん〜〜······シン様〜〜」
「待て待て待て待て!離れろ!」
そう言いながら接吻しようとしてきたマノンを何とか引き剥がす。一難を逃れた俺が思わずため息をつくと、彼女がぶぅと頬を膨らませて不満そうに物言いしてきた。
「シン様は······マノンのことが嫌いですか······?」
「別にそういうわけじゃない。時と場所を考えてくれ」
「なら、時と場所を考えれば、行為に及んでも良いのですね!」
「誰がそんな事言った。とりあえず移動するぞ。目立ってるし」
俺はそう言って二人を連れて検問所を後にした。夕暮れの街を、未だ体をクネクネさせてイヤンイヤン言っている彼女を引きずって歩きながら、俺はスタリカに尋ねた。
「なあ······マノンってこんな奴だったっけ?」
「······それだけ愛されてるってことですよ」
言いながら俺に微笑みを向けてきた彼女の顔を見て、俺もふふっと笑みが零れる。まあ、悪い気はしないかもしれないな。
そして依頼の報告の為に向かった冒険者ギルドに着くまで、俺達はたわいもない世間話に花を咲かせた────。
その後、俺達は冒険者ギルドに着いた。とりあえず依頼達成の報告と報酬受け取りを済ませようということで、二人にも一緒に入ってもらった。すると辺りがざわつき、皆が俺達を見ていた。
具体的には俺ではなくマノンとスタリカだが。男冒険者達はマノンの華奢で可愛らしい雰囲気に顔を綻ばせ、スタリカの二つの巨峰を凝視して前屈みになる。
そんな視線を向けてくる彼等に二人は苦笑いを浮かべながら、俺の両腕に抱き着いてくる。そして見せつけるようにマノンが周りに言う。
「お······おい······何やってんだ······」
「私はシン様以外の人にジロジロと見られるのは不快なのです」
「少しぐらい我慢してくれよ······で、何でスタリカまで······?」
「いやまあ、流れというか······」
「······まあいいや。とりあえず受け付けに行こうぜ」
俺がそう言うと二人とも素直に頷く。そうして見せ物にされながら俺達は受付嬢の方に依頼達成の報告を完了し、討伐依頼の他に採集したものも、一緒に換金してもらった。
受付嬢の人が終始恥ずかしそうにしていたのは気のせいだろう。うん。きっとそうに違いない。
そんなよく分からない自己暗示をかけながら、やはり両腕は二人の美女と美少女に拘束されたまま俺は冒険者ギルドを後にした。
そのまま俺の泊まっている《赤の鱗亭》に向かい、二人分の追加料金を払い──何故かマノンが必死に払おうとした──俺が借りている個室に案内した。二人をベッドに座らせ、俺は備え付けの椅子に腰掛けると、スタリカが切り出した。
「ようやく本題に入るけど······シン?」
「なんだ?」
「あなたは本当に······本心から《戦火の誓い》を抜けたの?」
「······ああ。もうグラノにはうんざりだったからな」
「そう······なら良かったわ」
「そうなのです!シン様があいつの下なんて有り得ないのです!」
「別にそんな風に思っていたわけじゃないよ。それとマノン、ベッドに体を擦り付けるのはやめろ」
「ええ〜?こうしているとシン様と身を交わしあっているような気分にふへへへへ〜〜」
こいつ······大人しくしてれば可愛いんだけどな。というかマノンもスタリカも、容姿だけであればかなり綺麗だ。初めて見た時は度肝を抜かれた程である。
マノンは空色の髪をショートの長さまで切っている、ボーイッシュな感じの女の子だ。魔法使い御用達の黒色のローブと帽子をつけて、先端に魔石が組み込まれた木状の杖を所持している。
日頃はスタリカに影響されてかクールに振舞っているが、俺の前だとこのようにオッサン感丸出しになる。彼女はいつも自分の好意をこれでもかとぶつけてくるが、その内面を知っているのでどうにも恋愛感情が湧かない。
スタリカは金色に輝く髪をロングに伸ばしている。髪の一本一本がさらさらなので、彼女の髪の毛は途轍もなく美しい。後光が差すほどだ。······まあ差さないけどね。
職業が武闘家故に、格闘着を申し訳程度に着ている。しかしそのはち切れんばかりの胸や露出の多い地肌がこれでもかと強調され、慣れないうちは俺の俺もよくお盛んになった。
もう今では慣れたが、それでも時々俺の理性に訴えかけてくるものがある。もう少しだけ配慮して欲しいとよく思う。
そんな彼女達だからこそ、特にマノンは、何故俺なんかにここまで好意を向けてくれるのかが謎で謎で仕方がない。自意識過剰とかそういうのではない。傍から見ても俺が好かれる要素など無いはずなのに······
「ほんと······俺にはもったいないよ」
「ん?何か言ったの?シン」
「······いや、なんでもないよ」
「そう」
そう頷くと、ようやく奇行を終えたマノンが真剣な顔つきになりながら、俺に尋ねた。切り替えが早すぎる。
「それで、これからはどうするのですか?」
「とりあえず、まったりとFランクから頑張るよ」
「そうですか······頑張っておられるのですね」
「まあ、ぼちぼちね。それより二人はどうしたんだ?」
「それは······」
逆に俺が質問すると、スタリカは言葉に詰まったように黙ってしまう。どうしたのだろうと思っていると、マノンが代弁するように俺に言った。
「私達もあのパーティーを抜けてきたのです」
「······はっ!?それマジで!?」
「マジです。シン様のいる所に私ありです」
「いやその理論は意味わからん。けど、そうか······」
グラノの奴置いてけぼりにされたのか。まあ当然の報いだな。心の中でほくそ笑みながら、俺は彼女達に尋ねる。
「なら、二人はこれからどうするんだ?」
「とりあえず、二人でパーティーを作ろうと思います。それで、今後シン様にも加入してもらうつもりです」
「ははっ······もう決定事項なんだな」
「当たり前です!シン様なしでは生きられないのです!」
こんなに二人がここまで言ってくれるんだ。俺も誠意を持って応えないとな。そう決意し、俺はマノンとスタリカの顔を見据えて言う。
「将来、俺がAランク冒険者になれたら、またよろしく頼む」
「······はい!もちろんです!」
「いつまでも、お待ちしてますよ」
そう応えた二人の笑顔に、俺も思わず笑みを零した。そうしてその日はいつまでも、楽しく話して過ごした。
そして、次の日────。
少し女性陣の説明を挟みました。
読みにくかったりしたら申し訳ないです。