波乱万丈の冒険者登録
本日2話目投稿です。
冒険者ギルド。
それは屈強な冒険者達が互いにしのぎを削り、また切磋琢磨しながら高みを目指す場所。そして伝説の英雄譚に憧れた駆け出しが栄光を夢見る場所でもある。そんな彼等が集まるギルド内はいつも騒がしく、そして熱気に包まれていた。
「ここに一人で来たのは初めてだな······」
その騒がしいギルド内を見回しながら、俺はそう呟いた。初めて来た時はグラノ達と一緒にパーティー申請に来た時で、それ以降も常に四人で行動していたので本当に初めてだった。
しみじみとそんな事を思いながら、俺は辺りを見回す。
右を見れば依頼掲示板と睨めっこしている駆け出し冒険者。左を見れば朝っぱらから酒によっている先輩冒険者。受付では綺麗な受付嬢の人達が、冒険者の応対をしている。
「改めて見るとギルドってこんなんなんだな······」
そう言いながらも俺は受付待ちの行列の最後尾に並んだ。そして欠伸を噛み殺しながら列が進むのを待っていると、酒を飲んでいる冒険者達の話し声が聞こえてきた。
「聞いたか?《戦火の誓い》メンバーが減ったらしいぜ」
「それ本当?」
「恐らくな。てか三人で歩いていたって目撃情報もある」
「あのAランクパーティーが仲違いかー」
「珍しいこともあるんだな」
自分の所属していたパーティーの話をしているのが聞こえ、何とも言えないむず痒い気持ちになる。すると最初の男がまた話し出した。その内容は耳を疑うものだった。
「なんでもその《戦火の誓い》だけどな、新メンバー募集してるらしいぜ」
「マジで!?そんなの入るしかねぇじゃん!」
「けどなんか条件を設けてるらしいんだ」
「条件?Aランク以上とか?」
「いや······女性冒険者限定らしい」
「「「は?」」」
同じテーブルにいた他の冒険者達の声がハモる。俺も思わず声が出そうになった。慌てて口を抑えなんとかその言葉を飲み込む。するとそのテーブルが騒がしくなる。
「なんだよそれ。そんな馬鹿なルール決めたの誰だよ」
「リーダーのグラノだ。同じ男のシンを追放して、自分以外女冒険者だけで固めようとしてるらしいな」
「うへぇ······とんだ屑野郎だな······シンが可哀想だよ」
「あいつは常識人だったしな······今頃どうしてんだろうか」
当の本人の前でそんな話をされ、ますます居心地が悪くなる。いや、彼等は何も悪くないのだが、褒められることに慣れていないので反応に困るのだ。
するとちょうど俺の番が回ってきたので、用事だけ済ませてさっさと退散することにしよう。そう思って俺は、書類と睨めっこしている顔馴染みの受付嬢に話しかけた。
「すいません。新規冒険者登録をお願いします」
「はい。新人の方ですね······ってシンさん!?」
彼女が驚いて大声を上げた途端、周りの冒険者が一斉に俺の方を見た。そして俺の顔を見るや否や、辺りは喧騒に包まれる。
「なっ······なんであの人が一人でこんな所に······!?」
「ちょっと待て······新規冒険者登録だと!?」
「あの屑野郎に追放されたってマジなのか······」
俺を他所に勝手に冒険者達が騒ぎ合う。ますます居づらくなってしまった。皆俺の事を話すので凄く肩身が狭い。
俺はその原因を作った彼女、リルルさんを見ると、彼女はやってしまったというような表情でオロオロしていた。
そんな混沌を極めた時間が過ぎ、しばらくして鶴の一声のように響く女の人の声が聞こえた。
「静かにしなさい」
その瞬間、先程までの喧騒が嘘のようにギルド内が静寂に包まれる。皆が視線を向ける先には、ギルド長のミハイルさんが立っていた。
周囲の視線など全く感じてないかのような足取りで、ヒールを鳴らしながら俺とリルルさんの元へ歩いてくる。そして顔を合わせると急に彼女が深々とお辞儀をした。
「申し訳ありません。リルルが迷惑をかけました」
「いえ、特に被害を被っている訳では無いので······」
「それでもです。とりあえず私についてきてください」
「······わかりました」
そう言って踵を返し俺を案内してくれるミハイルさん。俺がチラリと後方を見ると、呆気に取られた様子のリルルが目に入ったが、特に気にすることも無く俺は彼女について行った。
「とりあえずそのソファにでも腰掛けてください。すぐにお茶を出しますので」
「はい。ありがとうございます」
その後、ギルド長室に案内してくれたミハイルさんにそう促され、俺は深々のソファに腰を落とす。
するとすぐに紅茶の入ったコップを俺の前にある長机の前に置いて、ミハイルさんが俺の対面側に座った。改めて俺は彼女の容姿に目を向ける。
紅のように赤く染まっているセミロングの髪。すらりとしている体には、ギルド指定の制服を少し崩して身につけている。そのどこか大人びた雰囲気を、同じく黒のハイヒールや薄ピンクの唇が強調している。
ちなみに周りの冒険者からは「鉄仮面」と呼ばれているが、彼女と話す機会の多い俺は、本当は彼女が人見知りだけなことを知っている。
時々無愛想に思われることもあるらしいが、ある程度仲良くなれば魅力的で、明るい大人の女性という印象である。まあそれはプライベート限定だが。
そんなことを考えていると、彼女が深くお辞儀をした。
「改めて、先程は申し訳ありませんでした」
「気にしないでください。それより本題に入りません?」
「そうですね。ではいくつかお聞きしても良いですか?」
「勿論」
そう言って彼女が何かの正式書類らしき物を出すのを見ながら、俺は差し出された紅茶を一口いただく。今まで何度かミハイルさんの紅茶を飲む機会があったが、今回も例に漏れず非常に美味しかった。
俺が少し軽くなったカップをカチャリと置くのを見て、ミハイルさんが質問を始めた。
「まず······あなたは新規冒険者登録をしに来たのですか?」
「はい。間違いないです」
「あなたはAランクパーティー《戦火の誓い》に加入していたはずですが、何かありましたか?」
「······」
思わず黙り込んでしまうが、彼女に目線で先を促され、渋々ながらも俺はその理由を話した。
「······リーダーのグラノに追放されたんですよ」
「なるほど······その理由までは聞きませんが、とにかくパーティーを外れ、今はソロの状態であると」
「······はい」
俺がそう言うと、彼女がその書類らしき紙に筆を走らせる。今の会話の要点を書き出したりでもしているのだろう。
「それではもう一つよろしいですか?」
「大丈夫です」
「新規冒険者登録を希望ということは、せっかくのAランクの肩書きを捨ててFランクからスタートするという事になりますが、それは理解しておられますか?」
「ああ。もちろん理解してるよ」
「なるほど······」
再びミハイルさんが筆を走らせる。しばらくの間、筆の音だけが部屋に響く。そして一息ついたミハイルさんは筆と紙を机に置き、姿勢を正して俺と向き合う。
「本当に······よろしいのですか?」
「ああ。元々俺は戦闘には参加してないし、荷物運びとしてAランクのパーティーに入ってたんだ。多分実力的には駆け出し冒険者並だろうね」
「そんなことは······いえ、そうですね。あなたがそう決めたのなら、私からは何も言いません」
「ありがとうございます。その方が俺も助かります」
理解のある彼女に、俺はきちんとお礼を言っておく。
「となれば、早速冒険者登録をしましょうか。なんならここでしますか?」
「良いんですか?」
「特に問題はありませんよ」
「なら、お願いします」
そうして数十分後、俺は冒険者登録を済ませ、冒険の心得のようなものを彼女から改めて教えてもらい、ギルド長室を後にした。
ギルドのロビーに戻ってくると、皆が俺に視線を向けてくるが、俺の横にミハイルさんがいるのに気づくと先程のように馬鹿騒ぎすることは無く、すぐに各々の話題に戻っていった。
その光景に半ば安堵しながらミハイルにお礼を言い、俺は最初の依頼を探すべく、依頼掲示板へと足を向けた。
第二の冒険者人生が、始まった瞬間だった────。
次話の更新は明後日になると思います。
更新時間は23時頃でだいたい固定になります。
よろしくお願いしますm(_ _)m