マノンとスタリカ
前半スタリカ視点です
《赤の鱗亭》でシンと別れた後、私とマノンは先程と同じように街を歩いて回っていた。露天で美しい装飾品を買ったり、屋台の食事に舌鼓を打ったりしていた。
ある程度見て回ったということで、今は喫茶店に入って一息ついているところだ。今日だけでかなり出費がかさんだけど、また明日から依頼を受ければいいので大丈夫だろう。
「そういえば、スタリカさん」
「どうしたの?」
カップに満たされている紅茶をコクリと飲みながら、唐突にマノンが質問を投げかけてきた。私は頼んだラテを口に含みながら返事をした。
「さっきシン様が他の女といたけど、何か知らない?」
「······っ!ゴホッゴホッ!」
突拍子もない彼女の問いに、思わずむせ込んでしまう。少し飛び散ってしまったラテを丁寧に拭き取りながら、私は答えた。
「そんなの、私が知るわけないじゃない」
「やっぱりそうですよね······はぁ〜〜······」
そうして彼女が脱力したようにため息をつく。こんな事は実は日常茶飯事だ。普段は明るいマノンだが、シン絡みの話題になると目の色を変えて反応を起こす。
まあそれは彼への恋慕なのだが、だからこそ時々疑問に思うことがある。仮にもAクラス級の実力を持っているマノンが、Fランク並のシンを好きになる理由がわからないのだ。
過去に何があったか聞いた訳では無いが、よっぽど印象的な出来事があったのは違いない。そう思って私は彼女に尋ね返す。
「ねえマノン······なんでシンことがそんなに好きなの?」
「······どうしたんですか?そんな急に」
「ふと思ったのよ。それで、どうなの?」
「そりゃあ大好きですよ!もうぞっこんですね!」
「ちなみに······理由は?」
「初めて見た時にビビっと衝撃が走ったんですよ。それでもうこの人しかいない!ってなりました」
「······はぁ」
要は一目惚れという事だろうか。まあ確かに彼は優しいし面倒見もいい。戦闘能力こそないが、いつも気を使ってくれていた。彼女の恋心もわからないでもない。
「そう言うスタリカさんはどうなんですかー?」
「どうって······?」
「シン様の事ですよ。どうせ好きなんでしょー?」
「どうなんだろうな······」
そう呟き、改めて彼について考えてみる。頭に彼の姿を思い浮かべると、ジンと胸が熱くなる。その胸に手を当てて、やっぱり私もかな······と実感する。
「私も······そうかもしれないかな」
「やっぱり。まあスタリカさんならいいんだけどね」
「それ、どういうこと?」
「スタリカさんがどういう人かは分かっているから、もしシン様があなたとくっついても普通に応援しますよ」
「そんなきっぱり割り切れるものなのか······」
「けど、何処の馬の骨とも分からない輩は例外です。さっきシン様と一緒にいた女とかなんて、言語同断です!」
「······私は別にこの想いが実らなくてもいい。彼の側に居れるだけで満足なんだ。それ以上は求めないよ」
「え〜〜······?そんなのどうせ口だけじゃないんですか?」
「ははっ。そうかもな」
私がふふっと笑い、マノンもクスリと笑みを零す。
そうしてお店の窓に夕暮れが差し込むまで、私達はそんな他愛もない談笑を交わしていた────。
《始まりの平原》でオーク討伐を完了し、街に差し込む夕日に顔を背けながら、俺とノノは冒険者ギルドへ向かっていた。
ちなみに今日一日パーティーを組んでわかったのだが、ノノはどう考えてもFランクの器じゃない。ソロで戦えば恐らくCランク級の実力があるだろう。
一応冒険者のランクをおさらいしておくと、低い順からF、E、D、C、B、A、Sランクという順番になっている。
Fは駆け出し、E、Dランクは一般的に半人前として扱われる。しかしCランクになると一人前として認められ、次第に顔も広まっていく。BやAランクはベテランや凄腕の経験者ばかりで中々到達するのは難しい。Sに至ってはまずいない。
人数の分布的には、Fランクが三割。E、Dランクが四割。Cランクが二割。BやAランクは約一割程しかいないと言われている。これだけで上のランクがどれほど凄いかは誰でもわかる。
······まあ俺はそんな向上心を持ってる訳でもなく、のんびりまったりなので特にランクは気にせず行こうと思っている。何かと気楽に生活できるしな。
そんなことを考えていると、いつの間にかギルドの入口まで来ていた。思考を切り替え、扉を開いて中に入る。たまたま今は列待ちがなかったので、スムーズに依頼達成報告をすることが出来た。
「はい。《オーク討伐》依頼達成です。お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
「これが報酬です。お受け取りください」
そう言って受付嬢の人に、お金の入った袋を渡される。大体の金額を確認したところ、宿代込で数日なら過ごせる量の金額であった。内心で俺は安堵しため息をつく。
そんなこんなで依頼を完了した俺達は、そこら辺のテーブルに腰掛けて大きく息を吐く。そうすると急に、ノノが俺の方を向いてくる。俺も彼女に視線を返し、目と目が合う。
「なんだ?」
「結局決めた?パーティーの事」
彼女にそう言われ一瞬うっとなるが、その件に関してはもう俺の中で結論はついていた。笑みを浮かべながら、俺はノノに言葉を返す。
「あぁ······まあとりあえずは決めたよ」
「うん。それじゃあ教えて」
「俺は、お前と──」
そこまで俺が言った瞬間、ギルド内を揺るがす程の大音量の叫び声が響き渡った。
「あ〜〜〜!いたーー!」
なんだと思って声のした方を見ると、そこにはぷりぷりと頬を膨らませたマノンが立っていた。後ろには苦笑いのスタリカもいる。不意に彼女と目が合うが、変わらず苦笑いを返すだけであった。
そうしてずかずかとこちらに歩いてくるマノンにたいし、俺は今の状況に半分諦めを感じながら問いかけた。
「なんでお前らここに······」
「それはどうでもいいんです!それより誰ですかこいつ!」
「こいつじゃない。ノノ」
「あなたには聞いてませーん!」
周りの目も顧みず叫びまくるマノンと、睨みを聞かせているノノ。火花を散らして相対している二人を見ながら俺は、これが修羅場ってやつか。という半ば場違いな思考を巡らせていた。
結局マノンやスタリカ、ノノ達に泣く泣く事の顛末を全て話すことになったのは、言うまでもない······。