第十二章 〜ホットライン〜
謎は解けましたか?もう少し考えていきましょう。そしてヒロの恋の行方は…
勢いよく書いたら思ったより字数増えました。
外は徐々に暗くなってきていた。街灯もつき始め、夜を匂わせた。それでもまだそこまで遅くないため、車はビュンビュンと走っていた。
-ここをいつか美紅ちゃんと一緒に並んでよ、謎でも解きながら帰りてぇなぁ…
ヒロはまだまだ叶いそうもない夢を描きながら、微妙に長い家路をひたすら歩いていた。高校はまだ始まってから数日。さすがに恋愛沙汰は起こっていなかった。中学時代から恋人がいた人は別だが、そうでない人たちはまだ「あの子めっちゃかわいいよなあ!」「あいつは美人だな!」「でも性格悪そうじゃね?」ぐらいのものであった。
中学時代、ヒロは恋愛とは遠い存在だった。理由は自分でもわかる。まず、イケメンではない。悔しいことだが新堂はイケメンだった。そのせいかどうか、横にいるヒロはますますかっこよくない方というマイナスイメージに付きまとわれてしまったのだ。加えて新堂はスポーツマン。中学時代もそこそこ活躍してたらしい。高一からエース、とまではいかないが、有望株ではあるらしいとかそうでないとか。逆にヒロはと言うと謎解きマンでお世辞にもカッコイイ趣味とはいえない。高校の部活は妹のリンには「ナゾナゾ部」呼ばわりである。
そして王手は新堂がモテないことである。これだけイケててモテない理由。それは圧倒的な正直者だったことだ。可愛い女子が来るとすぐに「可愛い可愛い」とおだてる割りに、ちょっと悪いところを見つけると図星をついた指摘。そこまで可愛くない子に告白されると目を細めて「いや、ムリムリ」と言いながら立ち去る。果てには、可愛い子に告白されても「かつてあいつを好きだった奴とか無理。」といって拒む。理想云々以前の問題だ。結果として隣にいるヒロもクズの欠陥バージョンとなってしまった。
「あれ?思い起こせば俺がモテないのって新堂のせいじゃねえか!」
かなり腹が立ったヒロだったが、
「ま、いいじゃねえか。俺も彼女いないんだからよ。」
と言う新堂の表情が脳裏に移ったせいで、仕方ないような気がしてきた。女子どもからすればクズ中のクズでも、ヒロからすれば憎めない友人なのだ。
気付けば玄関前にいた。いつもの通り家に入りリビングへ行った。
妹の習い事の迎えに行ったのだろうか、薄暗いリビングにはまだ誰もいなかった。ヒロは電気をつけてテーブルへむかった。そして今日の宿題である紙を取り出した。
「今日はここで解くか。」
ヒロは筆箱を取り出して紙の隣に置いた。
fig11. もういいかい?
「どこ?って言われたってな…」
相変わらずヒントが少ないのだ。問題文がない。謎解きによくあることだが、クイズとの大きな違いは問題文がないことなのだ。何を問われてるのか、書かれているものが何を示しているのか、それらを推理しなくてはならない。
-縦横か。上向きの矢印と左右の矢印か。座標か?でもグラフを作るには関数が見当たらないしなぁ…
悩んでいるとドアが開く音がした。
「ただいまー。あれ?電気ついてる。お兄ちゃん帰ってる?」
玄関の方から声が聞こえた。
「おお。リン、お帰り。もう帰ってるよ。」
「何やってるの?」
「うん?別になんでもないよ。」
「あー、またナゾナゾやってるの?本当にナゾナゾ部に入ったんだね。リンには訳が分からないよ。」
「俺も全然分からないんだ。」
「問題じゃなくてお兄ちゃんの行動がだよ。こんなの解いて、お兄ちゃんは自衛隊の暗号解読係にでもなるつもりなの?」
「別にそんな訳じゃないけど。」
「運動しなきゃ、すぐに太っちゃうし、何よりかっこよくないよ。もっとちゃんとした部活入りなよ。」
「んなこといったら、合唱部に吹奏楽部だって運動してないだろ。」
「音楽系って腹筋とか使うから鍛えられるらしいよ。少なくともナゾナゾよりはね。」
「でもチェスや将棋なんてどうなんだよ。」
「屁理屈言ってないで、ちゃんと動きなよ。リンはお兄ちゃんを心配してるんだからね。それにリンはナゾナゾ解くお兄ちゃんより将棋の強いお兄ちゃんの方が嬉しいよ。将棋大会優勝とかなら自慢できるしね。でもナゾナゾじゃ有名にはなれないよ。万が一にもナゾナゾ界の羽生善治ってお兄ちゃんが呼ばれたって、恥ずかしいだけだし。」
「ナゾナゾナゾナゾうるさいなぁ。そんなんだからリンは頭がカチコチになるんだよ。柔軟な頭の持ち主っていうのはね、勉強以外の咄嗟の場面で臨機応変に動けるんだよ。そういうお兄ちゃんならカッコイイだろ?」
ヒロがソファの背もたれから顔を出してリンにそういうと、リンは呆れ顔で下を向いて首を振った。
「本当にどうしようもないお兄ちゃんだよ。リンにとってはお兄ちゃん自体が最大の謎だよ。」
そう言って二階の部屋へ行ってしまった。
奥のキッチンでは母親が夕飯を作ってた。
コトコトと音を立てる鍋、トントンと高く響く包丁の音、謎解きには割といいBGMとなっていた。
バスに揺られて数分、ショッピングモール前で止まった。
そこからすぐの場所に美紅の家はあった。美紅が家に帰ると父親がソファーに座って新聞を読んでいた。
「あら、お父さん。もう帰ってたの?いつもより早いね。」
「ああ。先週からのデカイ仕事があって、それが終わったから社長が今日は午前で全員解散だってよ。」
「そう。よかったわね。」
父はグッと体をねじって美紅の方を見た。
「美紅は部活か?」
「うん、そんな感じ。」
「何に入ったんだ?」
「ええと…」
美紅は迷った。ミステリーサークルのことを何と言おうか。この部活なのか何なのか、正直自分でもよく分からない団体。説明するのもまた面倒。
「うーんとね、小説。そう、小説書いてるのよ。」
「ほお。美紅のことだから推理小説か?」
「そう、その通りよ。今書いてるところだわ。」
「そうか。頑張れよ。完成したら父さんに読ませてくれ。」
「分かったわ。」
と美紅はニッコリ笑った。父は満足気に顔を新聞へと戻した。
-どうしましょう。お父さんのことだから小説を忘れることはないわ。活動ついでに書こうかしら。でも、謎解き以外の部分はどうすればいいか分からないわね…もう一回書くことを前提に小説を読もうかしら。
美紅は部屋の本棚へ向かった。
美紅の部屋にある本棚は天井までの高さがある。家はソコソコの大きさがあり、天井はジャンプしても届かない。いつか届くようになるかな、と期待してた過去の自分であったが、その望みは遠く低身長のまま成長が終わった。その為、上の方の本棚は部屋にある脚立に登らなくてはならない。
そんな本棚びっしりにおいてあるのは全て推理小説だった。もともと父は小説ならジャンルを問わず好きだった。そんな父の部屋から美紅はいつも本を取り出して読んでいた。小学校五年生の頃、とある本が美紅の心を大きく動かした。それがアーサー・コナン・ドイル氏が執筆した『緋色の研究』である。
シャーロックシリーズの最初の作品である。主人公のシャーロック・ホームズは絶大な人気を得て、シャーロックを愛する人を示す「シャーロキアン」という言葉が生まれるほどであった。生き生きと描かれる人間の動き、ホームズと対を成すが欠かせない相棒のワトソンの存在、ホームズのキレまくる頭脳、その全てが美しく輝く推理小説シリーズの金字塔の一つである。
それからというもの、美紅はホームズを始め数々のドイル作品を読んだ。
半年経たぬうちに全てのシリーズを読みホームズ以外のドイル作品をよんた。その次、今度はアガサクリスティーやルブランなどあらゆる海外推理作品を読んだ。
それから数年でほとんど全てのものを読んだ。次はと日本の作品を読んだ。江戸川乱歩に始まり、東野圭吾や綾辻行人、赤川次郎など、数え切れないほどの小説を読んできた。
それらが所狭しと本棚に敷き詰められていた。
その前に立った美紅はどれにしようかと指を滑らせた。
-やっぱり、日本作家の方がきっといい日本語の使い方をしてるはずよね。
一冊の本を取り出し、ベッドの上へピョンと飛び乗った。そしてうつ伏せの状態で本を読み始めた。
数時間後、美紅はハッとした。
「いけない、本を読んでる場合じゃないわ!宿題があったんだった。意外と休まる日がない部活動だわ。」
本は枕元に放って鞄を取りに行った。鞄から宿題の紙を取り出して机へ向かい、椅子に座った。
-考えるときはこうでなくっちゃ。さあ、頑張るわよ!
筆箱からシャーペンをだしその時、スマホが振動した。
「誰かしら。」
画面を見ると名前の部分には「獅子目」とでていた。
「あら、獅子目くんだわ。」
チャット画面を開くとメッセージが来ていた。
『どうも獅子目です。謎が全く解けない。助けてほしい(´;Д;`)』
美紅はメッセージを返した。
『私も今解き始めたところだけど意味がわからないの。一緒に考えよ!』
「よし、と。」
メッセージを返すとすぐに既読がついて返信が来た。
『んじゃ、どうする?何か思いついたら言い合う?』
美紅はうーん、と考えて伝えた。
『面倒だよ。電話しよ!』
そう送って通話ボタンを押した。
ヒロのスマホはブーンブーンと音を鳴らしながら震えていた。
「ドワァァ!お、おい、ちょっと電話、電話が来たぞ。どどど、どうするんだこれ!」
落ち着け、落ち着けと言いながらとりあえず荷物を持って部屋へ避難した。
-見られて勘違いされちゃ困るもんな。そりゃそうさ。
なんの勘違いなのかはわからないが、避難の完了したヒロはスマホよりも激しく震える指を必死に抑えながら応答ボタンを押した。
「も、もしもし?」
「あ、獅子目くん?今、ダメだったかな。」
とんでもない、こんな大チャンスを逃すかとヒロは答えた。
「いやいやいやいや、全然!全然問題ない!考えよう。一緒に。そう、一緒に!」
「そうだね。まずはこの矢印からかしら?」
「矢印?ええと矢印。そうね。そう!」
ヒロは美紅と通話中だという事実に頭を埋め尽くされ、謎のことはスッカリ忘れていた。
ヤバイヤバイと紙を見直して格好だけは考えるようにしていた。
「そうだな、多分どこからか見てこの位置にあるんじゃないかな。五十音表とかいろは表とか。」
ヒロは慌ててることを隠そうと、どうにか謎解きっぽいことを言って見たが、言ってるうちに自分でも意味がよく分からなくなってしまっていた。
美紅の方はそんなこと想像もせずに、会話を続けていた。
「そうねぇ…でもどこかスタート地点なのか分からないわ。きっともっと絶対的な場所なのよ。きっと。」
「そ、そうだね…」
会話を続けて十分が経とうとしていたがヒロの方は全く慣れることはなかった。
「と、とりあえず、考えようか。ね。」
ヒロは一旦切って体制を整える作戦に出た。
「そうね。今のままじゃ相談する意味もないわ。」
「そうそう。じゃ、また後でかけるよ。」
ヒロが切ろうとした時だった。
「ちょっと待って!」
美紅がそれを止めた。
「ど、どうかしたかな?なんか分かった?」
「いえ、そうじゃないんだけど…シシノメって長すぎるからヒロくんでいいかな?」
「ああ。もちろん。特に『ノ』が邪魔だよな!ハハッ!」
会話は必死に普通にしようと努力したヒロであったが、その喜びやら興奮やらを抑えることは全然できなかった。
「そう。じゃよかったわ。また後でね、ひろくん。」
知ってか知らずか、美紅は最後にヒロの名前を少し強調して言うもんだから、ヒロは胸が踊りに踊ってしまっていた。
部屋から出ると、ちょうどリンが目の前を通ったのでワァ!とヒロは驚いてしまった。
「どうしたのお兄ちゃん。」
「いや、目の前にいたもんだから驚いちゃった。」
「お兄ちゃん、何ニヤニヤしてるのさ。」
「え?ニヤニヤ?してねーよ、別に。」
と軽く笑い飛ばしながらにやけ顔をごまかそうとした。しかし、どうやらリンには隠せていなかったらしく、
「そんなんじゃ絶対モテないから。」
と言い飛ばして先に階段を降りていった。
ヒロはフゥッ、と息を吐いて水を飲むために階段を降りていった。
胸キュンするかどうか我ながら微妙ですが…それは力量不足ということで。次回、いよいよ謎が解き明かされていきます。




