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スペリオルクロスナイツ  作者: 秋月みのる
2/6


 毒ムカデ。名前はまんまのポイズンセンチピード。

 何故名前を知っているか?


 それは俺が好んで遊んでいた『スペリオルクロスナイツ』のカードに同名のモンスターが存在するからだ。

 『スペリオルクロスナイツ』のアニメ世界だとモンスターを主人公の前に召喚して戦わせることが出来る。

 確か主人公が虫デッキ使いと戦うときにポイズンセンチピードと相対したはずだ。

 

 その時の光景にそっくりだ。


 「……っておかしいでしょ! 何で現実にいるんだよ! アニメじゃないんだからさ!」


 どうする?

 

 何が起こっているかはさっぱりだ。

 とりあえず俺の手持ちは『スペリオルクロスナイツ』のカードデッキと財布とスマホ。

 横に押している自転車。

 あとは空になった弁当とペットボトルの容器しかない。


 来ているのはパーカーにジーンズだし、決して防具ではないので防御力を期待するに酷だろう。

 

 とりあえず、俺は自転車をポイズンセンチピードとの間に配置することで防壁を作った。

 俺はプロレスラーじゃないから投げつけるとか言った使い方はできそうにない。


 で、ここからどうする?


 これがアニメ世界だったら、『バトルスタート』の合図と共に五枚のカードを引くのだが。


 どう考えてもあんなメートル超えのムカデがいる時点でここは日本では無い。

 あんなのがアマゾン流域にいるとも思えないし、地球でない可能性だってある。


 あまりに突飛な発想かもしれないが、アニメに近しい世界に紛れ込んだか、もしくは家を出るところから俺が見ている夢と言うほうがまだしっくり来る。

 そもそも俺がこの森に迷い込んだ事からして異常事態だ。

 もし、これが俺の夢の世界なら登場人物である俺にだって特殊な力が備わっていてもおかしくはない。


 「バトルスタート!」

 

 まさか思いつつ、アニメでよく見るカードバトル開始宣言を口にしてみた。

 何かが起きそうな予感があった。


 ……で、その結果。

 

 「ほんとに出ちゃったよ!」


 俺の手の中に唐突に現れた五枚のカード。全て見覚えのあるカードだ。

 それもそのはず。俺がカード大会に出場するために組んだデッキに入っているカード群だ。

 俺はドラゴン属性のカードを主にデッキ構成をしている。

 今引いたカードもドラゴンに関するカードばかりだ。


 カードのデザインは多少変動している。だがそこまで大きな変更要素は見当たらない。

 一番の違いはカードの中に描かれたモンスターが動くと言うところだ。

 アニメでもカードの中からユニットが主人公を激励するシーンは何度か見受けられた。

 

 ……まさか、いけるのか。


 プレイヤーは初期コストとして1ポイントだけマナコストを所持している。

 そしてターンのはじめに更に1だけこのマナコストを獲得できる。

 マナコストはモンスターを呼んだり、スキルカードを発動するために必要な言わば擬似的なエネルギーだと思ってくれていい。

 おはじきのようなものを使ってどれくらいエネルギーを持っているのかお互いのプレイヤーにわかるようにする必要がある。

 俺はコスト1のモンスターカード「ベビードラゴ」を手札から選択。

 コスト1なので初期コストでいけるはずだ。

 ルール通りならターン開始時と合わせて俺はコスト2持っている計算になるからな。

 アニメ同様に召喚宣言をしてみる。


 「俺は手札からベビードラゴを召喚!」


 その宣言と同時、俺の手元からカードが消失した。

 同時に俺の体から何かがすっと抜けるような感覚があった。

 体力をそのまま直接少し抜き取られたような感覚だ。若干の倦怠感が襲ってくる。

 その代わりに、目の前の地面に幾何学模様の描かれたサークルが現れる。


 そして一瞬だけサークルは眩い光を放つ。

 その光が消えた後、「ベビードラゴ」が俺の目の前に出現していた。


 ベビードラゴは俺を見ると短くグアッと鳴いた。

 全て分かってると言いたげだ。


 ……よし。


 「いけ! ベビードラゴ。ポイズンセンチピードへ攻撃!」


 俺が命令すると、ベビードラゴはポイズンセンチピードへと躍りかかる。

 その直前、俺は何となく嫌な予感を覚えた。

 

 確かポイズン戦地センチピードの戦闘力が800。ベビードラゴは500だったはずだ。

 多分、このまま殴り合えばベビードラゴは戦闘に負ける。

 俺はすかさず手札からスキルカードを選択。

 

 「ドラゴニックダイブを発動!」


 ドラゴニックダイブ。

 スキルカードの一種でユニットの攻撃宣言時に発動することが出来るカードだ。

 効果はドラゴン属性を持つユニットに戦闘力+1500の戦闘力を付与し、縦一列のモンスターを対象に攻撃を仕掛けると言うもの。

 ただし、ドラゴニックダイブにはデメリットがあって発動後にスキル使用モンスターがロストするという効果も持ち合わせている。

『スペリオルクロスナイツ』のゲームフィールドは3×3の計9マス。

 つまり、ドラゴニックダイブは最大で三体の相手に攻撃可能なカードと言うことになる。

 今回の場合はベビードラゴの戦闘力500にスキル効果の1500を加えた戦闘力2000の攻撃。

 俺の知っているカードゲームの知識が正しければ、戦闘力800のポイズンセンチピードは間違いなく倒せるはずだ。

 発動してから気づいたのだが、このカードのコストは2だった。コストが足りない。

 普段だったらしない初歩的なプレイミスなので、それだけ俺がテンパっていたと言うことなのだろう。



 ……にも関わらずこのカードは発動した。

 俺は意図的にコストを増やす行動を取っていないので何かがおかしい。

 計算が合わない。

 この世界ではルールが違うのだろうか?

 モンスターは自由に動き回っているし、何となくだけどターンの概念もないような気がする。


 とにもかくにも検証は後回しだ。今はポイズンセンチピードをどうにかしないと。


 俺のスキルカード発動後、間もなくベビードラゴとポイズンセンチピードが接触。

 ベビードラゴの猛突進にポイズンセンチピードは吹っ飛ばされ、吹っ飛ばされた先で光の粒子となって消えていった。

 それとほぼ同時、攻撃が終わって立ち止まったベビードラゴがスキル効果のデメリットでロストする。

 ポイズンセンチピードと同様に光の粒子となって消えていく。


 消えたカードはどこに行ったんだろう?


 そう思った瞬間、俺の頭の中にこんな情報が流れ込んできた。


 【ロストエリアにベビードラゴが追加されました。再使用可能になるまでの時間はおよそ一日です】


 ロストエリアというのはカードゲームにおいて戦闘に敗北するなどしてそのゲーム中に基本的に再使用できなくなった使用済みカードを置く場所のことである。使ったスキルカードも同様にここに置かれる。

 尚、未使用カードの束をデッキと呼びプレイヤーは自分の手順の開始に一枚だけそこからカードを引くことが出来る。


 今の説明を聞く限り、ロストエリアのカードは一日経たないと再使用が出来ない仕組みらしい。

 今手札にあるカードは三枚。

 カードが戦闘に使えると分かった以上、手札の枚数が減ってしまったのは正直不安だ。

 ドローはどのタイミングで行えばいいんだろう。


 「俺のターン! ドロー!」


 アニメの主人公のセリフを真似して言ってみた。

 その結果、俺の手の中に一枚のカードが追加される。

 なるほど、宣言すればカードは補充できるのか。

 手札が増えれば打てる手も増える。もっと欲しいな。


 「ドロー!」 


 追加でドロー宣言。


 【次回ドロー可能になるまでの時間は29分です】


 脳内に再びこんな情報が流れ込んできた。

 二十九分ね。恐らく秒数は切り捨てだろう。

 つまり、一回カードを引いたらその次のドローまでの時間は三十分なんだろう。

 つまり、あと三十分経つまでは今ある四枚のカードでやりくりしないといけないわけだ。

 カードを使い切った後に外敵に襲われたら終わりだな。


 何か方策を考えないと。

 俺は手札をじっと眺める。

 そして手札のカードの一枚に妙な違和感を感じた。


 【異次元アイテムボックス】

 一度の発動で一つだけ物質を収納または排出することが出来る。収納物リストはカードに記載される。

 

 カードに書かれているテキストが違う。

 俺が今日の朝、出かける前に見たときは確か異次元アイテムボックスの効果はデッキにある他のアイテムカードを一枚手札に加える効果だったはずだ。

 カードテキストの変化。

 この世界に適応して内容が書き換わったとでも言うのだろうか?

 実際にカードが発動できるようになったわけだし、そういう事があっても不思議じゃないのか?


 俺はとりあえず異次元アイテムボックスを使用。

 森の中では動かしづらい自転車を一度仕舞っておくことにした。

 カードを使用すると自転車が光に包まれ、そして光と共に自転車は消えていった。

 そして、カードのテキストにはこんな変化があった。


  【異次元アイテムボックス】

 一度の発動で一つだけ物質を収納または排出することが出来る。収納物リストはカードに記載される。


 【収容物】

 自転車×1


 凄いハイテクだな。自動で内容まで書き換わるなんて正に魔法のカードだ。

 ただの紙のカードだった頃には考えられなかった機能だ。

 感慨に耽っていると、効果が終了し手の中にあったカードが光の粒子になって消えていく。

 例によってロストエリアに移動したらしい。

 再使用までの時間はさっきまでと異なり、三時間と短かった。

 どうやらカードによって再使用までにかかる時間が違うようだ。

 

 俺は改めてカードをまじまじと見つめる。

 そして、変化前との違いをいくつか見つけることに成功した。

 まず、再使用までのクールタイムがカードに追加記載されている。

 変化前はカードを発動にマナコストが必要だったのに、記載がMPに変化している。

 

 MPってなんだろ。ゲームとかに出てくるアレかなぁ。

 よく分からないけど多分そうだ。さっきベビードラゴを召喚するときに体の中から何かが抜ける感覚があった。アレがきっとMPなんだろう。

 体の中からMPが抜けきるとカードが発動できなくなるとかそういった感じかな?

 つまり、マナコストに関しては発動条件としてあまり考えなくてもいいのだろうか。

 そうであって欲しい。いや、多分そうだ。

 さっきコストが足りなくてもスキルカードが発動したこと自体が答えなんだ。

 この世界ではマナコストではなくてMPでカードを使える。それは間違いない。

 そして、MPはカードプレイヤーの体力とかそう言ったもの。

 俺が元気なうちはほぼ無制限にカードを使える思っていいだろう。


 俺はカード四枚をしっかり手に持ったまま森の中を進んでいく。俺の生命線だ。いつでも使えるように準備しておかないと。


 グギャギャ!


 ゴブリンが現れた。数は三体。

 横並びに接近してきており、左から、弓、槍、斧を装備している。

 ゴブリンアーチャー、ゴブリンランサー、アクスゴブリンね。

 オーガデッキで採用されているのを見たことあるな。

 もう何となく俺は分かった。

 多分、この世界は『スペリオルクロスナイツ』のモンスターが普通に徘徊している世界なんだ。

 アニメの世界ではそんな描写は無かったから、多分アニメとも違う仕組みで動いている世界だ。


 だとすればここはどこなんだろう?


 いや、それを考える前に目の前のゴブリンを処理しないと。

 俺はすかさず手札から【ライトニングドラゴン】を召喚。

 このモンスターユニットは自前で戦闘スキルを持っている優秀なカードだ。

 その代わり召喚のコストとがちょっとだけ重いけどね。コストは4だ。


 ベビードラゴンを呼び出したときよりも、もっと大きな倦怠感が俺を襲ってきた。

 五キロのマラソンを完走したくらいの疲労感だ。疲労で結構足に来ている。

 だが、その甲斐はあった。

 三メートルほどの体長を持つ真っ白いドラゴンが俺の前に立ってくれているのは非常に頼もしい。


 俺は早速【ホワイトブレス】を命令。攻撃力を半分にする代わりに横一列に攻撃出来るスキルだ。

 モンスターが持っている自前のスキルは手札から発動するスキルと違って一度きりの使用じゃないところが非常に嬉しい。 

 ライトニングドラゴンの戦闘力は2400。半分にしても1200。

 1000前後のゴブリン達を倒すには十分だ。


 ライトニングドラゴンは大きく息を吸い込むと、ゴブリン達に向かって真っ白い電撃のシャワーを浴びせかけた。

 ゴブリン達は電撃に包まれ阿鼻叫喚の中光へと変化して消えていった。


 その直後。俺はゴブリナーチャーがいたところに何かが落ちていることに気づく。

 近づいてみるとそれは『スペリオルクロスナイツの』カードだった。

 俺も結構このカードをやっているけど一度も見たことのないカードだった。


 【食材・肉(粗悪)】

 使用すると肉(粗悪)を召喚することが出来る。

 このカードはデッキのカードとは別にカードホルダーに所有することが出来る。

 尚、このカードはデッキに組み込めず一度きりの使用となる。


 俺はよく分からなかったが、【食材・肉(粗悪)】を発動してみることにした。

 すると目の前の地面に肉塊が現れる。

 粗悪と言うだけあってあまり美味しそうな印象を受けない。

 そもそも直に地面の上に召喚された物だしなぁ。

 どうした物か。


 俺が肉塊を見ていると、ライトニングドラゴンが物欲しそうにこっちを見てきた。

 

 「別にいらないから食べていいぞ」


 俺がそう言うと、ライトニングドラゴンは肉塊に貪りつき始める。

 どうやら意思疎通が可能らしい。


 そして、ライトニングドラゴンが肉塊を食べ終えるか終えないかといった頃。


 【召喚制限時間を迎えました。ライトニングドラゴンをロストエリアへと移動します】


 え? そんなのもあるの?


 【ライトニングドラゴンの好感度が上がりました。戦闘力に+1されます。召喚制限時間が1秒増えます】


 それも初耳だよ! 何その好感度システム。

 上がる幅がやたら小さいのは粗悪な肉を与えたせいか?

 でも、2401の戦闘力があれば2400に打ち負けないから十分に意義がある数字だな。

 やる気が上がって戦闘力アップとかそういった意味なのかな。

 

 「ドロー!」


 【次のドローまで後21分です】


 ……便利だ。

 この機能、時間を確認するのにも使えるぞ。三十分刻みというのが実に丁度いい。

 二枚ドローで一時間と考えれば計算が非常に楽だ。

 今後スポーツウォッチが壊れるようなことがあればこの機能を使えば時間を確認できるな。


 俺は森の中を散策。

 地道に歩いて進む。


 グルオオオオオオオッ!


 今度は狼の群れに遭遇した。迷彩柄の毛並みを持ち、モンスター名はアーミーウルフ。

 戦闘力はそこそこだが、召喚時に同名カードをデッキから呼び出せる厄介な効果を持っている。

 モンスターを大量展開し、スキルなどで全体バフを掛けて一気に強化するようなタイプのデッキと相性がいいモンスターだと言えるな。

 俺はアーミーウルフを対処するべく、手札のカード三枚を見る。


 「ブラストファイアー!」


 駄目だ。このスキルカードはドラゴン属性のモンスターユニットがいないと使えない。

 今、手札にでドラゴン属性のモンスターユニットのカードはない。


 「行け! 王国兵士!」


 俺はコスト1のカードを召喚。

 俺のデッキに入っている一部のカードは人間ユニットともシナジーがあるため、一番コストが低い人間カードを数枚だけ採用している。

 王国兵士はその代表だ。個人を識別する名前がないからモブってはっきり分かるんだね。

 強い人間ユニットカードは大体名前がついている。

 例えば、死線の鬼武者ソウリンとか星天騎士団長グラフェルキスとかね。

 今使っているのは大会用に調整したドラゴンデッキだけど、俺が仲間内で遊ぶ他のデッキでは彼らを主力として採用していたね。


 「は? ここは? 僕は死んだはずじゃ?」


 王国剣兵は混乱しているようだ。

 モンスターよりも理性があるはずの人間の方が状況を理解していないってのはどういう事なんだろう?

 とりあえず俺は丸腰で、目の前の王国兵士は鎧で身を包んでいるのは確かなことだ。

 武器だって持っている。

 気弱な青年に見えるが、彼に戦って貰わないことにはどうしようもない。


 「あの、俺があなたを召喚しました。できれば戦って貰えませんか?」


 「え? 僕召喚されたの? つまりあなたは召喚士?」


 「多分そんな所。俺弱いから代わりに戦って」


 「ムリムリムリムリ。僕、安定した職に就きたいから兵士にはなったけど魔物と戦ったことないって!」


 「でも、兵士なんでしょ。戦ったことくらいあるんじゃ……」


 「……だって僕、補給部隊だったし。死ぬまで戦いとは無縁だったし。死んだのも妻に浮気がばれたのが原因で包丁でめった刺しに……」


 使えねぇ! よりにもよって補給部隊所属の兵士かよ! つーか、妻帯者かよ! あと奥さん怖っ!


 「召喚士さん。魔物と戦うのは危ないのでここは一端逃げましょう!」


 「呼んだ意味がねぇ!」

 

 俺は狼の群れに背を向けると全力で走り出す。

 その少し後方でガチャガチャ鉄をぶつける音を出しながら、懸命に王国兵士は走る。

 しかし、森の中を鎧で移動するのは流石にきついのか木の根っこに足を取られて転んでしまった。


 俺は助けるか若干思案する。そして助けないことに決めた。

 俺が死んだら多分終わりだが、彼が死んだところでロストゾーンに移動するだけだ。

 一定の時間が経てばまた呼び出せるようになるはず。

 むしろ俺が死ねば二度と彼は呼び出せない。

 そう考えるならば、俺が生き残ることが彼の生き残る条件でもある。

 すまんが俺が逃げきるまでの時間を稼ぐ間エサ役をこなしてくれ。


 俺は必死にひた走る。

 そして背後をちらりと確認して狼がいないことを確認すると立ち止まって一息をつく。

 残ったカードは二枚。

 一枚はドラゴンユニットがいない以上使えないしこれからどうしようかな。


 俺は最後の一枚のカードを見る。

 

 【エリクシール】

 全ての病気と怪我を治すことが出来る薬を召喚する。

 ただし、使用は一度きり。


 これもカードの内容が変化しているな。

 このカードはロストエリアのユニットカードを手札に戻す効果だったはずだ。


 

 しかし、効果が変化した以上、このカードがあったところで出来る事は血みどろ覚悟の消耗戦だけだ。

 生身で狼と戦って死にかけたらエリクシールで回復。そしたら戦いに復帰。

 多分、勝てる確率は五分以下になるだろう。そもそも痛いのは嫌だ。

 変化前ならライトパルサードラゴンを手札に戻せたのに!


 「ドロー!」


 【次のドローまで後12分です】


 やばいな。戦闘に使えるカードがない。

 今、モンスターに襲われたら生き残れる気がしない。


 何でこんなモンスターがウヨウヨいる森に俺は迷い込んじゃったんだろ?

 俺がカードを手に途方に暮れていると、ガチャガチャと鎧の音が聞こえてきた。


 「酷いじゃないですか! 僕を置いて行くなんて!」


 ぜーはーと息を切らしながらさっきの王国騎士が俺を見据えていた。


 「……あ。よく無事だったね」


 まさか生き残っているとは思わなかったよ。

 ……だって、王国兵士のステータスってアーミーウルフの戦闘力より50だけ低いんだよね。

 だから俺はてっきり死ぬとばかり思っていたよ。カードゲームでは数値が絶対だからね。

 でも、この世界だとカードに書かれている戦闘力を覆す事態も起こるみたいだね。


 「よく考えたら妻ほどは怖くありませんでした! 彼女に比べたら狼なんて何のそのです。少なくても狼には剣は効きます」


 どんだけ怖いんだよ、この人の奥さん。しかも、剣が効かないのか。


 「あの、それより聞いて下さい! 僕、初めてレベルアップしましたよ! 初めて魔物を倒したからですかね。いや~感慨深いな。あ、それよりも自己紹介がまだでしたね。僕、フェデリックと言います。何の因果か召喚されてしまったので、召喚士さんこれからもよろ……」

 ……あ、時間だ。


 王国兵士は光の粒子となって消えてしまった。 


 【王国兵士フェデリックがロストエリアに移動します。再使用可能まで15分になります】


 ん? 名前がついたぞ。モブキャラを卒業したって事なのか?

 それとも自己紹介を俺にしたからか?

 ってか、クールタイム短い。

 ロストエリアに移動した彼のカードを確認できるか試してみると、戦闘力が召喚前より100上がっているのが確認できた。おまけにレベルアッパーというスキルまで持っている。

 効果は一定の戦闘経験を積む度に戦闘力が100ずつ上昇するというものだった。

 長らくカードゲームで遊んできたけど初めて見るスキルだ。

 あれ、この効果かなり強くないか? 

  

 「……しまったぁ! ここがどこなのか聞いておけば良かった」


 後悔してももう遅い。次に呼んだときに確認するしかない。

 再使用まで十五分というが彼は十五分後に手札に戻ってくるという意味なのだろうか?

 それともデッキに加わるのだろうか?


 俺は何となく後者の気がする。

 十五分後にデッキに加わった場合、俺が彼を引ける確率は使用済みと手札を抜いて計算しても四十分の一以下。

 『スペリオルクロスナイツ』は全五十枚のカードでデッキを構成するからな。

 

 俺は魔物に出会わないように必死に祈りながら森を進む。

 戦えるカードはもう無い。

 祈りの甲斐もあってか俺は魔物と遭遇することもなく、無事に次のドローを迎えることが出来た。


 【ドラゴン・ブラッド】


 飲んだ者を竜化させる血を召喚することが出来る。

 飲んだ者は竜の属性を得る。

 このカードの発動は一度しか出来ない。

 

 「……アイテムカード。外れじゃん」


 このカードも効果が書き換わっている。

 元の効果はコスト4以下のカードをロストする代わりにコスト7から9のドラゴン族ユニットをデッキから召喚する効果だったはずだ。

 また、このカードはコスト10以上のドラゴンユニットがロストしたときに手札に戻せる効果もあった。

 俺のデッキの潤滑油でキーカード。それがハズレに変貌したのは痛い。


 そもそも、今俺はアイテムカードじゃなくてドラゴン属性のユニットカードが引きたかったんだ。

 


 グオオオオオオオッ!


 また魔物かよ。

 エンカウント率高すぎないか。これがゲームだったら確実にクソゲーだね。


 まいったね。絶体絶命だよ。


 

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