後日談 おっさんと女子がデートする為には
スマホのアドレスを交換して、お互いの次のオフ日の確認をした後、去り際に そうだ、とさも当たり前の様に金山は言った。
「明日でいいから事務所の社長とマネージャーにだけは話しとけよ。親はビビるかもしれないからまだ伏せておけ」
分かりました、と了承し、明くる朝社長に大事な話があるから時間を作ってもらいたい。と打診した。
丁度外出前に時間があるから直ぐ来いという事になり、マネージャーを連れて社長室に向かった。
「はぁ?」
金山との事を告げる、と、
めったに動じた顔を見せない人のぽかんと開いた口を見た瞬間、自分の事ながら大事なんだな、と改めて思った。
「えーっと、今ここで本人に確認していいか?」
にわかに信じがたい話だと思うし、事務所としては確証を得たい案件なのは重々分かるので、どうぞ、と言った。
社長が自分の携帯でかけている。
(社長、金山さんの携帯知ってるんだ)
旧知の仲? ちょっと、イヤだな。
有ること無いことお互いに吹き込みそう……
「あーーどうもご無沙汰です。
えぇその件で。
あ、ほんと。ええ。それはもう、その様にしてもらった方が本人の為なので。ええ。はい。いえ、こちらこそ。よろしくお願い致します」
携帯を切ると、社長は改めてこちらを向いて、
「交際する事になった事と、つき合うからって仕事を優遇するつもりはない。とはっきり言われたよ。それからご迷惑をおかけしますがよろしく、とも」
「はい、よろしくお願いします」
しごくまっとうな事だと、私も頭を下げた。
「分かりました。親御さんには?」
「いえまだ。金山さんからは驚くだろうからしばらく伏せておいて、と言われました」
「分かりました。ではこの件は、金山さん、白井さん、清里、私の4名で預かる事とします。それでいいね?」
「はい、よろしくお願いします」
深々と頭を下げて、社長室を後にした。
白井とマネージャーの清里が出ていった後、社長の田仲はおもむろに携帯をリダイヤルした。
「おい!」
「何だよ。用件はすんだだろ?」
「いや、そうだけどさ」
「本気なのは分かっただろ?」
「それは分かる。つき合ったの昨日だって?」
「ああ」
「はーーー……お前がなぁ。なんであの子?」
「何でと言われてもな」
「自分とこのタレントだけど、至って普通の子だよ?動じない度胸はあるけど」
「ま、そうだよな」
「何か特別な事でも?」
「さあ、それを探してやるのがお前の仕事だろ」
「まあなあ」
「そうゆう意味では来年あたりもう少し売れてくるかもしれない」
「本気か」
「来年のトレンドがあいつ寄りになってくる」
「ほーーーー。それで売れる前に手を付けたと」
「まだ手はだしていない」
「ツバつけた様なもんだろ」
「ノーコメント」
「へぇ、ノーコメントね」
「うるさいよ、でもよろしく頼む」
「ああ、分かってるよ。影ながら見守らせて頂く」
「ああ。今度奢るよ」
「彼女抜きでね」
「やな感じだね」
「酒の肴が目の前にいちゃやりにくいだろ」
「ちがいない」
くくっと含み笑いをして携帯を切った金山と先程までここにいた白井を頭に並べて浮かばせた田仲は、
「すごい魚に捕まったなぁ、白井」
と一人事をいうと、いやと思いなおした。
(たぶん、釣るつもりなくて釣ったな、あれは)
口に出さずに頷いた。
********
もし、前から金山が好きだったのかと問われると、正直な所、分からないと答えるだろう。
もちろん芸能界の先輩として、一ファンとして尊敬もしていたし、好きでもあったけれど、そうゆう相手として意識してはいなかった。
いつからだろう?
自分の中でははっきりと自覚はしていないけれど、身支度に時間をかけ、少しはオシャレをして行きたいと思って画策するも、今までと同じ感じで来いよと釘をさされている以上、何も変えるところがなく、ため息をついてしまう所を見ると、いつの間にか絆されているな、と思う。
久しぶりのデートで、約束の15分前には来てしまい、いつものベンチで手持ちの本を読むものの、全然文字が頭に入ってこず、数行を読んだだけで諦めて本を閉じた。
正直、大きな波に取り込まれた様につき合い始めた感があったが、もう今は会える日をチラチラとカウントしている自分がいる。
今日は、どこ行くのかな。
そんな事を思い巡らして、いやいやちょっと浮かれ気味じゃない?と頰をペシペシとやっていると、
どかっと横に座って
「何してんの」
覗かれて、ひっと飛び上がりそうになった。
(今その至近距離はやめて!)
「いえ、何でもないです」
努めて冷静を装うけれど、
「ふぅん」
声がからかいモードだ。
「そんなに楽しみだったか」
ズバッと図星をさされてカッと顔が赤らむ。
二の句がつげれなくて、恥ずかしくて、ぱっと立ち上がるのを、まぁまぁと嗜める様にそでをひっぱった。
「ほら、また出た。例のクセ」
「〜〜〜そっちがそう仕向けているんでしょ!」
たまらず反撃すると、あははとしか返ってこない。
くやしい。手の平で遊ばれている。
「悪い、ついね」
本気のすねモードに入りそうな気配を察知して、すぐに懐柔策に転じてきた。
「つい、何ですか」
そんな策には乗らないすねモードである。
「あんたの反応が可愛いからついちょっかいかけたくなるんだよ。許せ」
拗ねたらとんだ爆弾が降ってきて撃沈である。
どうしようもなく赤くなって動けない私を尻目に、今日はどこいくかなーとうそぶいて金山が立ち上がった。
行き先は、たぶんもう金山の中で決まっているのだ。
つき合う宣言をしてから二、三回こうして会っているが、いつもここに行こうという明確な行き先が金山には見て取れた。
お互いもっさい格好で、とてもテレビに出てる人には見えないらしく、ことさら人の目につかない場所を選ぶ訳でもなく、その日の気分で、今日は水族館、今日は美術館と、一般的な場所に行けるのは、私としても気が楽だ。
とは言え、はたから見たら40代のおっさん、20代のおさげ女子である。手を繋いだり、腕を組んだり、というのは憚られた。
(警察に通報されそう、よね)
親戚のおじさんとうだつの上がらない女子学生といった風で歩くので、お互いこぶし一つ分の空間がいつもあった。
「よし、今日は渋谷方面」
私に言ったんだか、自分に言ったんだか分からない宣言をすると、金山はもう山手のホームへと歩き出す。
あっと思って小走りになると、その気配に気づいたか、歩調がゆっくりになった。
そのさり気なさがじわっとお腹にくる。
横に並んだ私を金山はチラッとみて、指の甲でさらっと頬を撫でた。
「え、なに?」
戸惑って横を見ると、目の奥が笑っていた。
そのまま何も言わず、ホームの階段を上がっていく。
この金山がしばしばやる予想もしない行動が、私を一瞬にして非日常に誘ってしまう。
とくんとくんといつもより早い鼓動。
私はまだ、慣れていない。
渋谷方面とは言っていたが、何処に連れて行かれたかというと、原宿に近い五島美術館だった。
敷地に入るだけで外の喧騒から遮断されるようだ。
(こんなにぎやかな街に、静かな美術館があるなんて)
平日という事もあり、中に入っても人はまばらで、客層も定年を迎えたであろう夫婦や女性達。
焼き物を展示している部屋が多く、私にはその価値はわからないけれど、中の空気が静謐で、改まって置かれてる物たちの中で、自然と言葉もなく、そっと思うままに鑑賞していった。
と、数ある焼き物のなかで、ある器に目が奪われる。
青い、というよりは翠の入った乳白を感じられる、静かな器。
「その青磁が気に入ったのか?」
「せいじ?」
「ああ、磁器で作られている器だ」
「じき?」
あぁ、と気付いた様に、無知な私にも分かるようにとつとつと磁器と陶器の違い、土や釉薬で気色が変わる事を教えてくれた。
きっと好きなんだろう。
すらすらと出てくる言葉と共にそんな事を思った。
ひとしきりの説明をうけて、また青磁に目を向ける。
静かで、柔らかい。
「あや」
いつまで見とれていたんだろう。
耳元で名前を呼ばれてはっとした。
「向こうからにぎやかなおばはん達の声がする。先に行くぞ」
それだけ言って金山は離れて行った。
好きなだけ見ていいと言う事か。
しかしすぐにかしましいおばはん達の声にしずかな空気は乱された。
私もその場を離れた。
青磁がある部屋が最後の展示室だった様で、室を出ると金山がベンチに座って待っていた。
「お、早かったな」
私を見つけるとまたさっと歩き出した。
「あのっ」
私も休憩したいんですけど、という言葉の前に、
「庭のベンチに行こう」
その方が人が居ないから。と言われ、歩き疲れた足を動かしてついていった。
連れていかれた庭は、中庭みたいな小規模のものではなく、関係者以外立ち入り禁止と竹の柵に掲げられているくらい立派な庭園だった。
スタスタと柵を越えて入っていってしまう金山のように、とてもこの関係者云々の柵を越えられない。
しばらくして、ついて来ていないのに気付いたのだろう。
金山は振り返って「どした?」と言った。
「あの、札が」
「気にしなくていいから」
いや、気にするでしょう。
プロにつっこめる勇気がないので心の中でつっこむ。
でも、ぐずぐずしていてもしょうがないので意を決して柵を跨いだ。
飛石につんのめりそうになりながら側に行くと、金山が手を繋いでくれた。
「そのずるずるのスカートだと、確かにここは歩きにくい」
ニヤッと笑われてくやしくて、
「いつもの格好で、って言ったの金山さんじゃないですか」
本当は好きな人の前でこんな格好したくない。
「いつもの格好でいいんだよ。じゃないと目立ってしょうがない」
金山からのフォローにまだふくれている私を見て、ぎゅっとまた強く手を握られた。
「お前はまだ分からないかも知れないけれど、こうやって手を握ってお天道様の下を歩けるって貴重なんだぞ」
「嫌味ですか」
(売れてないっていう)
「お、嫌味と取ったか。ふーん」
分かった様な分からんような風で何やら頷いている金山に、ベーと心の中で悪態をついていると、東屋が見えて来た。
雨宿りも出来そうな東屋のベンチに二人で座る。
座ってしまうと、二人きりというのが強調されてしまって、私はまたそわそわと落ち着かなくなった。
「あの、社長から金山さんに聞いてこいって言われた事があって」
またしても沈黙に負けて社長をダシに使う。
金山は何だか面白そうに私の手をにぎにぎと握りながら目の奥で笑っている。
「わ、私の魅力はどこか聞いて来いって」
その瞬間、金山は前のめりになって笑った。
「何を言い出すかと思えば、っイテ」
「笑いすぎ」
「おっさんに暴力反対って言ってる側から、いてーって」
あんまり笑うから握られてないもう片方の手で脇をグーパンである。
「どうせ何の取り柄もないですよ!」
「無かったら事務所には居ないだろ」
「じゃあ」
「言えって?」
金山の目がニヤッと笑った。
「タダでは言えないなぁ」
「薄給の私からむしり取るんですか!」
「薄給って」
「薄給です」
くっくっと面白そうに笑いながら、金じゃなくても払えるだろ、と悪い顔をして言った。
「か、身体?!」
ずさっと身を引くと、ニヤニヤしながらおっさんは頬杖をついた。
「ほんと、お前って飽きないね」
「何が?」
「そこも魅力だな」
「分かる様に言ってください!」
「言ってもらえるように仕向けてみろよ」
おっさんはどうしたらいいか考えろと笑っている。
身体はちょっと、まだ無理。
でも、と逡巡してそっと頰にキスした。
やばい、熱い、恥ずかしい!!!
明後日の方向を向いて、空いた手でパタパタと仰いでいると、金山がおー…と感慨深げに呟いた。
「初めてお前からキスされた」
「えぇ?! そうでしたっけ?」
「おっさんの記憶力なめんなよ」
そうだっけ?と考えていると、
「お前、ちゃんとおれの事、好きなんだなぁ」
と、続けた。
何を当たり前な事を、と金山を見ると、思いの外嬉しそうに笑っていた。
「…好きじゃなきゃここに居ません」
「そうだな、お前ってそうゆう奴だ」
「どうゆう意味ですか!」
「自分に正直って事」
「それが魅力??」
なんか漠然としていて売りにならなそう。
「それも魅力」
「他には?」
「もう言った」
「〝も〟って」
「続きはまた今度」
「ケチっ」
「おっさんとはそうゆうものです」
東屋での攻防は続くのだが、どちらに軍配が上がるのかは目に見えて明らかである。
帰り道、私はおっさんに、ばか、ずるい、すけべ、と悪態をつきながら、グーパンを浴びせ続けた。
……手は繋ぎながら。
お読み下さりありがとうございました!
楽しんで頂けたら何よりです。